【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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12話 元気よく死ね

 ひとまず、二瓶鉄造の死体から刺青人皮を手に入れた俺たちだったが。

 新しい囚人の情報は、そう間を置かず白石由竹からもたらされることとなる。

 

「──最近、あちこちの漁場でヤン衆が殺されてるんだ。犯人は、辺見和雄という男に違いない」

 

 自分が殺めた人間の背中に文字を刻んでいく、凶悪な殺人犯。

 そこまで聞いて、子熊を抱いてあやしていた杉元が小さくあ、と声を上げた。

 

「どうした?」

「……ひょっとして、その文字は“目”じゃないか? 漢字の……この、目だ」

「っ、」

 

 ドンピシャだったのか。自らの目元を指し示しながら言う杉元に、白石がぎょっとした顔を向ける。

 

「なんで知ってる?」

「……あれから、コタンに帰る途中で比較的新しい男の死体を見た」

 

 辺見和雄に繋がる手掛かり。それは、アシㇼパ杉元とともに俺もこの目で確認していた。

 杉元は話し出した俺に説明権を譲る構えのようだ。横顔に落ち着いた視線を感じながら、続ける。

 

「後ろ手に縛られ、背中に包丁を滅多刺しにされて……明らかに殺されていた。一応、刺青囚人かもということで、杉元がそいつの背中を確認したんだ」

「……それで?」

「あの刺青はなかったけど、」

 

 よく見える位置に、やたら丁寧にきっちり刻まれたその一文字。ひと目見てわかった。これは、典型的なシリアルキラーの手口だ。

 辺見和雄。もちろん手口その他について知ってはいたが、改めて目の当たりにするとさすがにぞっとする。

 

「包丁で、漢字の“目”が?」

 

 白石の呟きに、頷いて応える。おもむろに降って湧いた特大級の情報に、さすがの白石も顎を摩りながら唸り出した。でもこいつ、この時点で既に土方側のスパイ(?)なんだよな。

 

「……その刺青囚人が近くまで来ているってことだな? 叔父が狙われないか心配だ」

 

 黙っていたアシㇼパが、会話が途切れたタイミングでそう呟いた。

 

「オソマのお父さんだね」

「ああ。今、海岸に行っている。ニシンを追って海岸に来たクジラを捕まえるためだ」

「え、クジラ?」

 

 慣れ親しんでしまった嫌な予感にか、杉元が身を乗り出して口を挟んできた。しかしアシㇼパはそれには構わず俺を見て、

 

「クジラの脳みそ食べたいよな?」

「うん。……うん?」

「タマさん?」

「よしっ、タマもそう言っているし、海へ行こう! クジラを食べに!!」

「アシㇼパさん??」

 

 振られた以上無視はできないし、抗うメリットがないから……許せ杉元。クジラ肉って美味しいよね。脳みそは知らん。

 

 

 

 

 

 

 ──で、到着即きらら海ジャンプ。

 道中、白石が辺見の印象と遍歴を話してくれたが。うーん、性癖が歪むってこういうことなんだなと。それで深刻な心的外傷を回避したはいいが、代わりに連続殺人という業を追うことになってしまったタイプですね。

 二瓶の件があったせい(おかげ?)か、アシㇼパたちは銃の弾数を理由に、また俺を置いて行こうとはしなかった。これはこれで良かったのだと思う。

 アシㇼパの叔父と漁に参加する予定が、追われたクジラに突っ込まれた船からヤン衆が落ちてしまい、救出に向かう──ここまでは原作通り。それはいいのだが。

 

「白石! 杉元! クジラの分け前をしっかりもらってくるんだぞ!」

「ええええ」

 

 ……問題は、船の組み分けがなぜか「俺・アシㇼパ・叔父」「杉元・白石」で、俺たちが辺見の救出に駆り出される側だったことである。え、これマジ?

 

「急げ! 岸の漁場にはニシン加工用の焚き火があるはずだ!」

「ありがとう……ありがとう……」

 

 とにかくここでこのヤン衆──辺見和雄に死なれると、別の問題が雨後の筍が如く発生してしまうため。アシㇼパの叔父と力を合わせて、辺見を引き上げてやる。

 

「海に落ちて死ぬなんて、こんな死に方……絶対イヤだ、」

 

 船の底で心からほっとしたような笑みを浮かべる辺見を、黙って見下ろす。

 

「こんなつまらない死に方……」

「…………」

 

 理解不能な価値観だ。

 生物の死因につまるもつまらないもあるものか。単なる状態変化としての生命活動の終わりがあるだけだ。

 

 

 

 

「ふううう……暖かい……命拾いをした」

 

 岸まで辿り着いて。火にあたる辺見の後ろ姿を、アシㇼパと並んで眺める。

 さて、これからどうすべきか?

 

「……濡れた服は脱いだほうがいい」

 

 とりあえず、序盤は杉元エミュに徹してみる。この段階で、アシㇼパの前で堂々と疑うのもおかしいものな。

 

「え……!? ここで服を?」

 

 案の定、“同じ値段でステーキを!?”並みの謎の驚きっぷりを見せてくれる辺見。

 

「肌着も脱いだほうが……」

「あの……なんというか、若い娘さんたちの前で全部脱ぐのは……恥ずかしいです」

「…………」

 

 原作よりは自然な理由づけ来たな。俺アラサーだから別に若くないけどね。

 予想通りだ、やむを得ない。背負っていた荷物を下ろして、毛布を手渡す。

 

「布がある」

「え……良いんですか、」

 

 ……辺見は、本来ならばここで杉元から同じ人殺しの匂いを感じ取り。自分を残酷に殺してくれることを期待するはずだが──今の男の目に、俺はどう映っているのだろう。

 そんなことを考えながら、その背中を見つめていたら。──目が合った。

 

「……なにか?」

「い、いえ……」

 

 慌てて視線を外し、いそいそと脱衣に戻る辺見和雄。不気味だッピ!

 そこに、

 

「タマ!」

 

 アシㇼパの叔父がやって来た。今回は女1人だからもしかしてと思ったが、

 

「私はひとりで杉元たちを追ってみる、後は任せた! アシㇼパの面倒も頼んだぞ!」

「わかりました」

 

 普通に置いていくんかい。漁師もやってるだけあって声がクソでけえんだなあ。

 

 ──まあ、銃持ってるし……

 

 銃持ってて普通に撃てて杉元たちから仲間判定されている訳で、その辺の女とはまた認識が違うのかもしれない。百理ある。

 

「タマ……これからどうする?」

 

 アシㇼパに着物の裾を引かれて、我に返った。うん、とりあえず事故ったヤン衆を助けるという当初の目的は達成してしまった訳で。

 

「……白石に、辺見和雄の似顔絵でも描いておいてもらえば良かったね」

 

 ……視界の端で、毛布にくるまった辺見がこそこそ番屋に向かうのを捉える。

 辺見和雄。こいつは泳がせておけばおくほど、無関係な死人が増える。

 アシㇼパの安全のためにも、さっさと方をつけてしまったほうがいい。

 杉元が不在なのだから、そうせざるを得ない。それだけだ。

 

「…………」

 

 ……俺は基本的に人殺しが嫌いなんだな。その事実に気づいて、何となくほっとする。

 “道理”があればいいってもんじゃないが、無いならもっと最悪なだけだ。

 よし。

 

「──アシㇼパ、」

 

 彼女に向き直り。肩に手を置いて、その顔を覗き込む。

 

「……ちょっと、あの番屋で便所を借りてくる。ここにいてくれ」

 

 辺見が今まさに向かっている二階建ての建物を指差して、告げる。

 

「タマ……」

 

 アシㇼパは、大きな瞳を瞬いて。耳元に唇を寄せてきたかと思えば、

 

「……オソマか?」

「フフ……すごくでかいオソマだ」

「慌てなくていいから、ゆっくりしてくるんだぞ」

 

 ……アシㇼパがウンコネタ大好きなキッズで良かった。いや良かったのかこれ?

 

「……ああ、」

 

 頷いて、背を向ける。逸る気持ちを抑え、できる限り落ち着いて歩を進める。

 彼女から見えなくなった位置で──走り出す。番屋の扉を慎重に開ける。

 草履を吊るした紐を携える辺見の後ろ姿、それを布団から見上げる初老の男。

 ──間に合った。

 

「おら、風邪が、…………あんた、誰だ?」

 

 いきなり背後へ現れた見慣れぬ女に、風邪っぴきの男が怪訝な顔をした。振り返ろうとする辺見。──でも、もう遅い。

 

「え、──ぐッ」

 

 ──その後頭部目掛けて、思いっきり小銃の柄を振り下ろす。はっきり言ってこれだけで当たりどころが悪ければ死ぬと思うが、この世界のネームド異常に丈夫だからな。

 唐突な暴力行為に目を剥く男へ、出来るだけ落ち着いて呼びかける。

 

「こいつは連続殺人犯だ。早く逃げろ、不運な風邪気味さん」

「ひっ……」

 

 ……どちらにせよ、ここで銃を使えばアシㇼパが気づいてしまう。他のヤン衆が来てしまってもまた厄介だ。できる限り、俺1人で内密に片付けねば。

 発言を信じたのかあるいは俺に怯えたのか(十中八九後者)、這々の体で逃げ出そうとする男。その背中に向かって落ちていた小刀をぶん投げようとする辺見。危ねえ!

 

「油断も隙もない、」

「あっ」

 

 ブーツでその手のひらを踏みつけ、投擲を阻止する。ついでに小刀も回収した。

 堂々と人殺しを続行するな。

 右手で眉間にナイフを突きつけながら、汗だくの辺見に言い放つ。

 

「お前……辺見和雄だな?」

 

 ぎょっ。そんなオノマトペが似合う表情で目を瞠ってから、それでも。

 

「……だ……誰のことです……?」

 

 ん〜シラの切り方が下手っ!

 さっきの男を執拗に殺そうとしてたことはどう説明つける気なのだよ。

 マジで人体の破壊にポイント全振りしたようなスキル構成だな。船からも落ちるし。でも、おどおどしているから一見無害そうには見える……のか?

 

「僕は、」

「しらばっくれても無駄だ。見えたんだよ、お前は隠し通せていたつもりだったようだが」

 

 嘘だ。これはブラフ。

 しかし、こいつは件の刺青を病人に一瞬見られた程度で殺人に踏み切るような男だ。

 確実に、乗ってくる。

 

「…………」

 

 ──匂いが、変わった。

 来た、

 

「うッ」

 

 ──足首を掴まれて、引き倒された。

 こいつ、杉元に負けず劣らずの馬鹿力かよ。とっさに体勢を立て直そうとした頭上に迫る、……取り外された梯子?

 

「やば、」

 

 さっきまで頭があった位置に勢いよくめり込む角材。すると辺見は梯子を躊躇なく投げ捨て、今度は傍らにあった誰かの煙管を取ってこちらの目を狙ってくる。

 銃身で防いだが、だからこいつ力が強いんだって!

 

「この、……ッ!」

 

 クソっ、こいつ日常生活の全てが殺人行為に直結しているタイプ!

 理解しているつもりではいたが、実態は予想以上に厄介だ。杉元を殺し特化にフルチューニングしたような人種で、心身ともに銃頼りの俺では圧倒的に分が悪い!

 

 ──もう撃ち殺すか!?

 

 “もしも”に備えて、弾自体は既に装填してあった。引き鉄さえ引けば撃てる。

 この距離で外す訳がない。

 辺見和雄を殺せる、

 

「…………アシㇼパ、?」

 

 ──窓に。

 映り込んだ黒髪の少女に、思考が止まる。

 一瞬。ほんの一瞬だった。

 けれど、致命的だった。

 

「──が、ッ」

 

 背後に回った辺見が、何か細いもので俺の首を絞め上げてくる。先端で揺れる草履。あの病人を絞め殺すはずだった、?

 

「っ、!」

 

 ぎりぎりと、遠慮なく力が込められる。苦しい。

 こんこん。小さな手が窓を叩く音。

 ダメだアシㇼパ、来ちゃダメ。

 

「……っ、…………ァ……」

 

 声が、出ない。

 窓が開く。辺見が顔を出す。

 クソ、死んでくれマジで。

 

「……はい、何でしょう?」

「んんッ……その……タマは、まだ出てこないのか?」

 

 まずい。アシㇼパ、来るな。

 思考が浮腫む。熱い。脳髄が蕩けていく。

 

「……え?」

「ここで便所を借りると言って……」

「……あ、ああ! そうですね、」

 

 ──取り落とした小刀が、ぎりぎり手の届きそうな位置にある。ああ、アシㇼパ、アシㇼパ──

 

「実は、僕も使いたかったんですが……どうもまだ、聞いたところによれば時間がかかるようで」

 

 震える指を、伸ばす。

 あと少し。もうちょっと。

 

「……本当か?」

「……、ええ」

「…………っ、……!」

 

 拾った小刀を──辺見和雄の太ももに、突き立てた。そのまま深く抉り込む。

 お前、マジで、この子に、何かしたら、海に沈めてブチ殺してやる、から、な!

 ああ、もう、意識が──

 

「っ、……まだ何か、」

「じ、……実は……その、私も、んンッ、へんんっ」

 

 いやトイレ行きたかっただけかよ!

 そう言えばそうだった!

 

「……お手洗いですか? ……ああ、では……親方の屋敷のを借りに行きましょう、かッ」

 

 あ。

 ──ごきん、と。

 自身の頚椎が折れる音を、どこか遠くで聞いたような気がして。

 

「……ご案内しますよ、」

 

 それが、最後だった。

 

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