【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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16話 見る女たち

 白石が持ち込んだ囚人の情報をもとに、日高行きが決定したのはいいが。

 札幌を出た俺たちは結局、苫小牧の勇払で足止めを食らっていた。ここで何かトラブルが起きた訳ではない。

 強いて言うなら、問題の発生源は俺たちの懐にあった。

 

「キツネの皮は1枚1円くらいで売れる。カワウソも同じくらいで、ヒグマだと今年は5円くらい。木鼠はもっと安くて20銭くらい」

 

 油樽の罠で捕らえたキタキツネと、木に仕掛けたくくり罠で捕らえたエゾリス数匹を指しながら、アシㇼパが解説する。

 それを眺める白石、顎をさすりながらしたり顔で、

 

「キツネ1匹で酒が6升、ってところかあ」

 

 酒と女を好む生臭坊主──もとい今回の“元凶”に、杉元の冷ややかな視線が降り注ぐ。

 

「お前がホテルでキロランケの爆弾を台無しにしなきゃ、猟でカネ作って買い直す必要もなかったのに……」

 

 白石由竹、迫真のてへぺろコツン。

 

「腹立つなコイツ」

 

 煩悩にまみれた成人男性のぶりっ子に、シンプルに殺気を漂わせる杉元。

 そう、金が無いのだ。

 ホテルの騒ぎがなければ日高に直行できていたところが、キロランケの手投げ弾がおじゃんになったことで、買い直さなければならなくなってしまった。それで、足止め。

 

「杉元ォ、それにな、この男は札幌で……」

「キロちゃんっそれ言わないでぇ!?」

 

 クソ雑魚白石力ずくの口止めも虚しく、あっさりその手を引き剥がしたキロランケは、

 

「……アシㇼパから借りた金、競馬で全部スッたんだぜ」

「きゃはあああッ☆言っちゃったあああッ」

 

 さくっとクズムーブをバラされて、白石がこの世の終わりみたいな顔になる。

 とはいえ、そんな顔をしたいのはアシㇼパ杉元のほうで。どこからか取り出したストゥを素振りするアシㇼパ、キツネ獲りに使った油樽を構える杉元。

 

「あのお金、博打に使ったのか……」

「樽の底の油舐めろ」

「やだあッ」

 

 そしてその残当制裁を傍観する俺と、キロランケ。

 

「……しばらくここに滞在するしかねえな」

「そうだね」

 

 

 

 

 ここにもアシㇼパのフチの兄弟が住んでいるらしく、今晩は彼の家に泊めてもらえることになった。

 しかし、彼が言うには、奇妙な客人は俺たち以外にもいるらしい。彼の話を同時通訳してくれるアシㇼパによれば、

 

「……“この間も不思議な女がこの村に現れ、居着いている。過去や未来が見えるというその女のせいで、村のみんながおかしくなっている”」

 

 ちょうど来た。

 その発言で、全員が彼の指さしたほうを振り返った。こちらに歩いてくる、紅色のチンヂリを身に纏った妙齢の女。

 

「“インカㇻマッという名の女だ”」

 

 出た、インカㇻマッ。

 彼女は悠々とこちらまで近寄ってくると、薄っすら刺青が入った唇を蠱惑的に緩め。紅で彩られた眦を細めてみせた。

 

「素敵なニㇱパたちがいらっしゃいますね」

 

 良い声(CV. 能登麻美子)で囁いてくる。

 着物の上からでもわかるスタイルの良さ、ミステリアスな美貌。リアルに間近で見ると普通に見惚れてしまうレベルの容姿であり、当然、白石なんかはメロメロである。

 

「白石由竹です!! 独身で彼女はいません!!」

「あら……頭から血が出てますよ?」

「釘のついた油樽を頭から被せられたんです!」

 

 その怪しい情報、恋愛対象にする男としては普通に減点だろ。

 で、インカㇻマッ、頭部から流血する不審な坊主はとりあえずスルーで、

 

「私、顔に傷のある男性にとても弱いんです……そちらの兵隊さんも、とても男前ですね」

「……、そりゃどうも」

 

 真正面から美人に褒められた杉元、軍帽の鍔を下げてちょっぴり照れたご様子。しかしそれで面白くないのがアシㇼパだ。隣を指さして淡々と、

 

「スギモト オハウ オㇿ オソマ オワレ ワ エ」

「んまあ! 臭くないんですか?」

 

 何となく内容を察してしまったのだろう。杉元がぎょっとする。

 

「アシㇼパさん!? 今スギモトとオハウとオソマ並べたよね!? また俺が汁物にウンコ入れて食うって勝手に教えたでしょ!!」

「言ってない」

「入れねーから!!」

「言ってない」

 

 微笑ましいやり取りを見てにやつくキロランケ。ムーブがおじさん臭い。

 そこへ、なんかいかにも占い師然としたポーズを取るインカㇻマッが口を挟んでくる。

 

「あ……ちょっと待って、あなたたちは……小樽から来たんじゃないですか?」

 

 白石だけが迫真の表情で振り返る。

 

「ええ? どうしてそれを……?」

「大叔父の親戚が小樽に多いと誰かに聞いたんだ、きっと」

「なるほど」

 

 白石の100倍冷静なアシㇼパと杉元。白石、普通に詐欺とかに引っかかりそうで心配だな。

 

「私、“見える”んです。あなたたちは誰かを……あるいは、何かを探している」

「嘘でしょ!? すごいッその通りです!」

「…………」

 

 うるせえシライシ。

 ドヤ顔のインカㇻマッが、肩から提げた鞄を開いて、何かを漁り出す。

 

「占いが得意なもので。“ニウォㇰ”といって、アイヌは事の大小に関わらず、何か判断に迷った時は占いで決めます。ニウォㇰの結果は神の意志として、疑うことなく従います」

 

 やがて取り出されたのは──木屑に包まれた小さな何か? インカㇻマッがそれを丁寧に取り払うと、中から獣の頭蓋骨が出てきた。

 

「“シラッキカムイ”……占いに使うキツネの頭の骨です。柳の木の削りかけで作った木幣という祭具に包まれています」

「このシラッキカムイは、私の先祖代々から伝わる頭骨で、最も霊力の強い白狐の頭です」

 

 茣蓙を広げて、地面に敷く。その上に正座して、頭蓋骨の下部分を頭に乗せる。

 

「占う時は、まず下顎の骨を頭の上に乗せます」

「ゆっくり頭を下げて落とし、落ちた具合で物事を占います。歯が上になれば良い兆しです……」

「あなたたちの探し物が見つかるかどうか、占いましょう」

 

 上体を傾けたインカㇻマッの頭頂部から、キツネの顎が落ちる。緩やかな軌道を描いて茣蓙に墜落したそれは、

 

「──歯が、下を向きました。希望は持てません」

 

 沈黙が、流れる。

 

「不吉な兆候を感じます。予定は中止すべきでしょう」

 

 マジかよ、と白石が小さく呟いた。杉元は無言。キロランケはしらけた顔をしていたが、そんな中でアシㇼパはきっぱりと、

 

「何にでも当てはまりそうなことを、当てずっぽうで言っているだけだ。私は占いなんかに従わない。新しいアイヌの女だから」

 

 バーナム効果ってやつっすな。

 しかし、インカㇻマッはここに来ても冷静だった。薄く微笑んで、シラッキカムイを鞄に仕舞う。

 

「……そうですか。飽くまで占いであって、指示ではありませんから」

 

 ところで。

 

「探しているのは、お父さんじゃありませんか?」

 

 自然と提示された正解に、さしものアシㇼパも小さく息を呑んだのがわかった。隣の白石はもっとわかりやすく伊藤潤二作品のやられ役みたいな顔。こいつ何なの?

 

「まあ、当てずっぽうですからお気になさらずに……」

 

 イカッカㇻ・チロンヌㇷ゚め。アシㇼパが忌々しげに呟いたのが聞こえた。

 微妙な空気が流れたところで、

 

「あら、お綺麗なカッケマッ……」

 

 インカㇻマッが、俺に声をかけてくる。カッケマッてなに?

 

「あなたは……また別に、無事が気になる方がいらっしゃるようですね?」

「…………」

 

 思い当たる節は、もちろんあった。

 それはアシㇼパも同じだったようだが、さっそくインカㇻマッへの好感度がマイナス振り切れている彼女はただ冷ややかに、

 

「タマ、耳を貸すな」

 

 言うと思いました。でも、

 

「……言ってみてくれ」

 

 すまんアシㇼパ。好奇心である。

 むーんとした顔になってしまった彼女に一応の申し訳なさを感じつつ、インカㇻマッに向き直る。……すぐ目の前に綺麗な指先があって、ちょっとびっくりした。

 

「ウェインカㇻ。“千里眼”です。これで占ってみます」

 

 やや高い位置に手を差し伸べるようなポーズの彼女が、そう言って微笑んだ。それから目を伏せ、

 

「男性……まだ若いですね、カッケマッより歳下? そしてこれは……軍人さん?」

「家族。きょうだいでしょうか。でも、血の繋がりはない」

 

 淡々と、告げていく。

 俺の探し人についてある程度詳しく知っているアシㇼパと杉元が、怯んだような顔をした。

 

「どこかで大きな怪我を負って……でも、無事です。生きて、この北海道にいます」

「っ、…………」

 

 そして、当てずっぽうで言うにしては細かい内容に、杉元が困惑の表情を俺に向ける。軍人ならば怪我など珍しくないとはいえ、茶を濁すだけならここまでは言わないはずだ。

 なるほど。少なくとも、俺が知っている情報とは完全に合致している。

 最初から疑っていた訳ではないが、確かに彼女の力は本物らしい。

 

「無事?」

「ええ。時が来ればきっと……あなたに会いに来てくれるはずです」

 

 ──会いに来てくれる。

 潤滑に回っていた思考に、小さな棘。

 

「……?」

 

 えっと。

 尾形のこと……だよな?

 会いに来る、というニュアンスが何となく引っかかった。

 原作通りに行けば、尾形は単に夕張で、俺と思いがけず『遭遇』するだけのはずだ。彼は、俺が北海道に来ていることすら知らないのだから。

 でもまあ、歳下の男、軍人、血の繋がらない兄弟と来て、要素は完全に一致している。

 

「…………」

 

 ──インカㇻマッは、鶴見中尉と繋がりがあった。

 だから、尾形百之助について……脱走兵となった彼の弱みに繋がる俺について、知っていてもおかしくは……ない?

 いや、かつての俺は、彼女が中尉に会ったのは競馬場以降だと考えていた。おそらくその解釈は誤ってはいない。インカㇻマッがウイルク殺しの犯人と聞かされたキロランケを警戒するようになるのもそれ以降で、辻褄は合っている。

 やはり、この結果は単に彼女の能力か。そう考えておくのが妥当だし、精神衛生上良いはずだ。

 

「……どうされました、カッケマッ?」

「何でもない」

 

 俺の視線をどう解釈したのか、

 

「ご家族のことが心配なのですね。そんな時にはこれっ」 

 

 え、通販番組?

 彼女が懐から取り出したのは、細い紐というか……ブレスレットみたいなもの。

 

「エカエカというお守りです。白と黒の糸を撚り合わせて作り、火の神様の庇護の精神が乗り移っています。手首に巻き付けておけば、災難を免れます」

「わあ」

「20銭です」

「わあ〜」

 

 商売上手!

 アンパンが1銭で買える時代なので、何というか、結構リアルなお値段である。まあ、俺個人の貯えも多少はあるので、思い出として貰っておくか。

 という訳で、お買い上げ。インカㇻマッに手首の邪魔にならない位置に巻いてもらう。

 

「勝手に売りつけるな、キツネ女!」

「でも、これかわいいよ」

「んもぉ〜、タマぁ〜!」

 

 ぷんぷんアシㇼパ。かわいい。

 そんな俺たちのやり取りを眺めていたインカㇻマッが、控えめに

 

「……カッケマッは、この方たちとどういったご関係なのですか?」

 

 うーん、どういう意図の質問?

 若そうな女が銃持って男3人とアイヌの娘のチームに加わっているのが不思議なのか、あるいは──何かが“見えて”いるのか。

 少し、考えて。

 

「この2人は……命の恩人だ」

 

 事実を、ただ伝えておく。アシㇼパと杉元が、視界の端でちょっと気恥ずかしそうに目を瞬いたのが見えた。

 

「私に協力してくれているし……私も、できる限りのことをしてあげたい」

 

 これも、紛れもない事実。インカㇻマッ相手に嘘をついて良いことはないだろう。

 さりげなく省かれたことに気づいた白石が、ぬるっとフェードインしてくる。

 

「タマちゃん、俺は〜?」

「…………」

「え? タマちゃん?」

 

 や、ノーコメントで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、翌日。

 苫小牧競馬場における、インカㇻマッの占いを利用して大儲けしようという白石由竹の企みは、寓話めいて失敗に終わった。

 錯乱して木の葉に埋もれる白石を、当然ながら誰もフォローすることなく、各々コタンに帰っていく。

 後には、佇む俺と白石だけが残された。いや、特に残った理由はないんだけど。なんかかわいそうだったから。

 

「キツネに化かされた……」

「…………」

 

 別に、インカㇻマッがわざわざ白石をハメたという訳でもないのだが。

 地面に丸まってくすんくすんと鼻を啜る白石。埒が明かないので、肩を貸して無理矢理立ち上がらせる。

 

「……ほら、帰るぞ白石」

「ふぇえん……」

「泣くな」

 

 鬱陶しいから。別に、同情している訳ではない。

 最低限の憐れみがあるだけだ。

 

「タマちゃぁん……ねえ、何がダメだったんだと思う……?」

「え……何もかも……?」

 

 キロランケのことがなくても、いつかは痛い目に遭っていただろうと言える。それくらいお手本のような調子の乗り方だった。

 

「上手くいくと思ったんだけどなあ……」

「そうだな」

 

 適当に相槌を打つ。

 大儲け、か。前世でもギャンブルに興味はなかったが、金持ちにはなりたかった……かもしれない。まあ、金は天下の回り物と言いますし、あればあるだけ良いのだよ。

 

「私も楽して金が欲しい。少しでもいいから」

 

 何気ない呟きだったが。なぜかそこで白石の足が急に止まった。何か呟きながら、ごそごそと半纏のポケットを漁り出す。

 

「……あッ! あった!」

 

 ──で、取り出したるはくしゃくしゃの一円札が2枚。

 先のレースで素寒貧になったと思いきや、まだへそくりが残っていたようだ。白石らしい。それを、なぜかこちらに差し出してくる。

 

「……くれるのか?」

 

 どういう風の吹き回しだよ、と思ったのもつかの間。頬を染めた白石が言うには、

 

「ほッ……ほっぺに接吻してくれたら……」

「…………」

 

 こいつ、自分が何言ってるかわかってるのかな?

 普通にちょっとした買春行為だ。アシㇼパに聞かれたら脛にストゥでは済まなさそうだが。うーん。白石の目を見つめ返す。

 

「頬に接吻ねえ……してほしいのか?」

「はいッ」

 

 良いお返事の白石。金を払って誰かに何かしてもらいたいと思ったことがあまりないので、その気持ちはよくわからない。

 そもそも、白石は素人童貞とはいえ女を知っている訳で、こんな児戯みたいな接触で満足なのだろうか。それも謎だ。

 

「ふぅん……」

 

 ……別に、そこまでの抵抗感がある訳ではない。

 頬にキス。アシㇼパにしろと言われればできるし、それは杉元も同じだ。性別にかかわらず身体的な接触に抵抗が薄いのは、おそらく前世から変わっていない。粘膜同士の接触はさすがにまた話が変わってくるが。

 特に好きとも嫌いとも思ったことがない。必要ならそうする、それだけだ。

 

「…………」

 

 だから、別に良いのだけど。

 手を伸ばして、頬に触れる。なぜか目をぎゅっと瞑る白石。おい、別に唇にする訳じゃないんだが?

 少し、考えて。

 頬から、青々とした坊主頭に指を滑らせる。形の良いそれを、手のひらで包み込むようにゆっくり撫でた。

 

「え、」

「接吻はしない。お前が“これ”に値段をつけて、その分の金を出せ」

 

 そう告げて、手を離す。

 坊主頭、久しぶりに触ったなあ。幼い尾形にはよくしてやっていたけど。

 で、約束を違えられた白石、少しくらいは怒ってみせるかと思ったが。なぜか、おずおずと一円札2枚をこちらに突き出してくる。

 

「あれ、全額くれるのか?」

「ウン……」

 

 何かが彼の琴線に触れたのか。まあ、とにかくラッキー。懐に仕舞い込む。

 

「じゃあおまけでもうちょっと撫でとこう」

「キューン」

 

 ガチ坊主なので、つるつるしていて尾形のそれより触り心地がいい。確かに獣なら齧りつきたくなる……のかも、しれない?

 心地良さそうに目を細める白石を見て、ふと思ったこと。

 

「お前は百之助に何となく似ているよ、」

「ええ?」

 

 何だろうなあ。

 上手く言えない。ダメさの方向性?

 無茶苦茶な計画を立てて、すぐ調子に乗って、案の定失敗する、みたいな。

 可愛げと言い換えてもいいかもしれない。そこが良いところでもあるのに、彼の周りには、彼を白石扱いしてくれる人間はいなかった。まあ、それは尾形自身のプライドの問題も大きいのかも。

 

「仲良くなれるかなあ?」

「いやそれは無理」

「え?」

 

 まあ、会話をガン無視していた原作よりは仲良くなれたらいいねえ。

 そんなことを思いつつ、何となく撫でていた手の匂いを嗅ぐ。うーん、ピーナッツバタートーストが食べたい。

 

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