【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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20話 人の生という芸術よ

「──マ、……タマ、起きろ、」

 

 意識を包む薄い膜の外側で、誰かが俺を呼んでいる。

 ぼやけていたその声の輪郭が、どんどんはっきりしてきて。覚えのあるその澄んだ響きに、声の主が浮かぶより早く。

 

「起きろ!」「ぎゃ」

 

 ……眉間に衝撃が落ちてきた。

 全ての段階をすっ飛ばして、意識が覚醒する。かっと見開いた視界に映るは、見慣れた綺麗な青の双眸。覗き込まれている。

 

「ぁ……アシㇼパ?」

 

 うん、と気負いなく頷いた彼女は、柔らかい微笑みを浮かべて。

 

「タマが寝坊なんて珍しいな」

 

 ……寝坊?

 そうだったか。

 何をしていたのだっけ。体を起こす。全身が妙に怠い。アシㇼパの背後に控える男たちの姿が見えた。杉元、牛山──尾形。

 

「っ、」

 

 そこで、全てを思い出す。

 ヤマシギ、三十年式、銃剣……また、死んだのだ。4度目、尾形百之助に殺された。

 

「おれ、」

「百之助と一緒に狩りに行ったのに、お前だけまた寝てしまったんだろ?」

 

 寝起きでまだ頭が働いていないと見たか、アシㇼパがすらすらと、何でもないようにそう述べてみせる。

 

「百之助がお前を背負って戻ってきたぞ」

「……ああ、」

 

 “そういうことになった”のか。

 さりげなく視線をやった先の尾形は、素知らぬ顔であらぬ方向を見つめている。

 クソが。

 忌々しい気持ちになったが、今さら尾形を責めてもしょうがない。どうしようもないことだ。

 それよりも。

 

「…………」

 

 問題は──今回の件で、花沢勇作の生存説が、絶望的になってしまったことである。

 いや、根拠がある訳ではない。

 今朝の会話でも、その判断に繋がるような核心を突くワードは出てきていない。

 何となくだ。しかし、肌感覚ながらある程度の確信が得られてしまった。

 あの会話の内容で逆上して手を上げるレベルの精神性で、花沢勇作とのコミュニケーションに耐えられると思うか?

 そういう問題なのだ。

 そもそも、俺に対して突発的に殺ハラ(以下略)を仕掛けてきた時点でお察しである。

 

「……はあ」

 

 ──さっそく、先行きが怪しい。

 早々に暗雲立ち込める旅路にうんざりした気分になりつつ、それはそれ。これはこれ。

 気持ちを切り替える。……切り替えた、ということにしておいた。

 完全に覚醒しましたよアピールで、アシㇼパに向き直る。

 それで、

 

「さあ、タマも起きたし、ヤマシギを食べよう!」

 

 ……と、なったはいいのだが。

 

「チンポ先生。ヤマシギの脳みそです」

 

 アシㇼパが敬愛する牛山、好きな人には好きなもの理論に基づいて、さっそく手ずから脳みそを食わされそうになっていた。

 

「…………」

 

 木匙の上でぷるぷる揺れる抉りたての神経中枢を、困惑を滲ませた表情で眺める牛山。

 それから隣にちらっと目をやる。真横で、既にキマっちゃっている顔で脳みそをジュルジュルチパチパやる杉元を無言で見つめてから、差し出されるそれに視線を戻す。

 

「先生ぇ、脳みそは嫌いか?」

「いや……食っていいものなのかい? それ……」

 

 アイヌが味噌に馴染みがないように、和人は脳の喫食に馴染みがない。特に鳥獣の頭に近い部分を食べるの、和人の感覚だとなんとなくグロテスクなんですよね。

 

「私は大好きなんだが……な、杉元ぉ? ヒンナだよな?」

「うん! ヒンナヒンナ!」

 

 杉元からの後押しを受け、再び牛山に向き直るアシㇼパ。父譲りのつぶらな碧眼からきゅるるん、と星が舞っている。

 それを受けた紳士牛山、未知への躊躇と良心の呵責を天秤にかけ。

 

「…………」

 

 紳士らしく、後者を取った。

 指先で掬った小鳥の餌並みの量を、たっぷり時間をかけて口に含み。もちゃもちゃと咀嚼。わかりやすく微妙な顔をしているが、対照的にぱあっと笑顔になったアシㇼパが追撃を仕掛けてくる。

 

「ヒンナですか先生?」

「ひ、ヒンナ……」

 

 チンポ先生、あんた漢の鑑だぜ。

 

「なんだ尾形ぁ、さっきからじろじろ見て……心配しなくても、お前にも食わせてやる」

「いや俺はいらん」

 

 で、12歳児の好意をノータイムで無碍にする25歳児。

 良い大人なら普通は取らない対応に、後ろの男2人がぎょっとしている。だが、アシㇼパはめげなかった。

 

「フッ……」

 

 しょうがねえなあ、という雰囲気で匙を隣の俺に手渡してくる。なぜか。

 

「…………え?」

 

 とっさに受け取ってしまったが、何? 俺の手からなら食うだろうということ?

 明らかにそんな理由で脳みそを拒んでいる訳ではないようだが。事態を察してまた目をキュッとさせる尾形。哀れ。

 

「ほら、タマ。食わせてやれ」

 

 というかアシㇼパ、もしかして俺が尾形を完全に手懐けられていると思っている?

 いや、いやいや。

 その勘違いもそうだしさっき逆上して殺したばっかりの女の手から、普通ものは食わな、

 

「…………」

 

 食うんかーい。

 至極不本意ですみたいな顔で脳みそをもちゃもちゃする尾形。もうお前のことがわかんないよ俺は。どういう感情なの?

 

「…………」

「フフッ」

 

 その横で、被害者と加害者によるバッドコミュニケーションをほほえま顔で眺めるアシㇼパ──と、「なんも言えねえ」な杉元牛山。茶番に巻き込んですみません本当に。

 

「タマも食えッ」

「もがっ」

 

 テンションの上がったアシㇼパにより、選択の余地なく口に突っ込まれる匙。味と食感という観点だけで答えると、くどい白子みたいでそんなに好きじゃないよ!

 

「あとは内臓ごとチタタㇷ゚にする」

「出〜た〜っ、チタタプ!」

 

 ここに来て杉元の情緒がいきなりバグっている。いや、最初からか?

 いざチタタㇷ゚。紳士牛山が素直にアシㇼパの指示に従ってやっているうちは良かったのだが、孤高の山猫尾形に代わったところで。

 

「…………」

「アシㇼパさぁん、尾形がチタタプって言ってませぇん!!」

 

 ぴんと右手を伸ばして言い放つ、不死身ならぬチクリの杉元。正義感からではなく嫌いな同級生を貶めるためだけに密告を行使する、カテゴリ的には悪童の類。

 アシㇼパも放っておけばいいものを、面倒見の良い、優しい彼女にそんな発想はないらしい。

 

「百之助ぇ〜〜……どうした?」

 

 良い教師ヅラの彼女には構わず、無言でこちらに銃剣と小刀を押しつけてくる。え、やれって?

 尾形はそっぽを向いたまま、いつものように髪を撫でつけている。しょうがないので、彼が座っていた位置に腰を落ち着け、チタタㇷ゚の続きとしけ込むことにする。うーん、尻が生温い。

 

「……チタタプチタタプ」

 

 やれと言われている以上、俺には逆らう理由もないので。普通に言ってみたが、新たな争いの火種を生んでしまったらしい。俺を見ていた杉元がハンッと鼻を鳴らして、

 

「はーあッ、タマさんがお前に全然似てなくて良かったぜ尾形ァ!」

「…………」

 

 やめて尾形、杉元に向かって初めて勇作殿とすれ違った時みたいな顔しないで!

 おかげさまで、はらはらしつつ出来上がったヤマシギのオハウをいただくハメになった。一触即発の空気を変えたのは、アシㇼパのふと思い出したような一言。

 

「アイヌの神謡には、ヤマシギのカムイが出てくるお話がある。クマゲラのカムイとの恋の話だ。題して、“ヤマシギの恋占い”」

 

 それまで噛みつきそうな勢いで尾形を睨んでいた杉元の表情が、途端に甘く和らぐ。

 

「え、恋のお話……? 聞かせて……?」

「…………」

 

 さすがの尾形も「何なのこいつ?」顔である。口に出さなかっただけ偉い。

 

「じゃあ、始めるぞ」

 

 息を吸い込んだアシㇼパが、唇を開いて。神謡というだけあって、リズムに乗せて紡がれるその物語。

 ざっくり解説すると……北海道の名産を使った花占いの歌みたいなものだ。と言っても好き嫌いとかいう重たいあれではなく、既に恋仲の人間に会えるかどうかというライトな内容である。お子様にも安心。

 アシㇼパが愛らしい声で歌い終えたところで。しみじみと耳を傾けていた杉元と牛山が乙女フェイスを突き合わせ、

 

「なんてカワイイお話……」

「ああ……」

「おかわりいい?」

「おい、肉ばっかり取るんじゃねえ」

 

 大事なのは色気より食い気。これ、サバイバルの鉄則ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 樺戸近くの、偽アイヌ村にて。

 事情を全て知っているとはいえ、先んじて俺がヤクザの変装を暴いても新たなトラブルが発生するだけなので。万事を適当に流しつつ、アシㇼパとともに幽閉されておく。

 ──熊岸長庵が毒矢で死ぬことも、俺は知っている。……けれど、何もしなかった。

 彼は既に表舞台では死人扱い。そして、ここで実際に死んでいたほうが、何かと都合が良いからだ。

 虫の息ながら、贋作師としての知見から得た手がかりをアシㇼパに伝える熊岸。それを、杉元の隣で黙って見守る。

 

「貧しさゆえ……贋作に手を染めても、芸術家であろうとした……ちっぽけな意地さ、」

 

 芸術家とは。ぼんやり考える。

 

「……本物の、作品を作りたかった……」

 

 本物。贋物。その違いとは何だ? 贋物には何かが欠けているのか?

 ……馬鹿げている。

 足を踏み出す。数歩進んで。熊岸長庵の枕元に、ゆっくり膝を折る。

 

「タマ……?」

 

 左胸に手を当てた。薄い生地越しなのに鼓動が弱い。死ぬのだな、と思った。

 

「贋物にも魂は入るさ」

 

 俺の呟きに、隣のアシㇼパが小さく息を呑んだ。熊岸が微かに目を瞠る。

 

「人生だって変えられる。そも、芸術の本質とは真贋ではない。……あなたの目にはたまたま見えなかっただけ、」

 

 目を伏せる。シスター宮沢の肖像画でも、白石由竹でもなく。江渡貝弥作を思う。

 彼はただ、鶴見中尉の役に立ちたかっただけだった。その一心で作られた贋物だった。

 けれど、杉元たちは最後までその“魂”に苦しめられることとなる。

 

「大丈夫。あなたはちゃんと、芸術家だ」

 

 熊岸が、途端にくしゃりと顔を歪める。その眦に、新しい涙が宿った。

 何かを言いかけて。……けれど、その口から漏れたのは、言葉ではなく魂だった。

 そのまま、静かに息を引き取った熊岸長庵の瞼を、そっと撫でて閉じてやる。

 

「…………」

 

 立ち上がる。微動だにしない杉元の隣をすり抜けて、外に出た。

 つい先ほどまでとはうって変わって辺りに広がる、地獄絵図──というにはつまらない光景。

 死体が、モノのように地面に散らばっている。因果応報にしても退屈な結末だ。風に乗って漂ってくる、人間の中身のにおい。

 

「……臭い」

 

 佇む尾形が、俺を見ている。

 一瞬絡んだ視線を逸らして、まだ綺麗な村の端のほうへと足を向けた。

 今は、何となく1人になりたい気分だった。涼しい北海道の風に吹かれながら、生い茂る草木をただ、眺める。

 

「はあ……」

 

 誰も近づいてこないかと思ったが。

 ……やがて、接近してくる小柄な気配。

 来るなと拒むのもあまりに大人気ないので、気づかないふりで放っておくことにする。

 

「…………」

 

 で、さりげなく隣に来た気配──アシㇼパが、これまた何気なくを装って、俺の投げ出していた右手を握ってくる。……ううん、こんな甘えたな子どもだったかな?

 

「タマは優しいな」

 

 ……先ほどの、熊岸とのやり取りを言っているのだろうか?

 穏やかに、しかし確かに、内側が冷えていく。優しい。……本当に優しい人間は、まず熊岸を見殺しにしたりなどしないはずだ。

 尾形のことも、何もかも。俺は優しくなどない。

 しかし、そんなことをアシㇼパに言っても仕方ない。飲み込んで、空を仰ぐ。

 

「……そうかな」

 

 ああ。力なく肯定したアシㇼパが、次に何を言うのかと思えば。

 

「杉元は、…………ときどき、怖い」

 

 ──怖い。

 息を呑む。

 思わずアシㇼパを見たが、彼女は唇を引き結んで、前を見つめているだけだった。

 怖い。恐ろしい。……それこそ、俺が言われるべき言葉なんじゃないのか?

 杉元佐一は、心からお前を想って、あんなに頑張っているのに、

 

「……お前のことが心配なんだ、」

 

 とっさに口をついて出た言葉に、アシㇼパがはっとしたように顔を上げる。

 お前のことが心配なんだ。

 ……覚えのあるセリフで、それゆえに気分が悪かった。けれど、一度音になってしまった言葉は取り消せない。仕方なく、続ける。

 

「大切で……愛しているから」

「…………」

 

 うつむいたアシㇼパは何も言わなかった。マタンプㇱの下から覗く特徴的な耳が、赤く色づいている。

 

「お前を守りたくて、杉元なりに一生懸命なんだ。あいつはただ“不死身の杉元”を頑張っているだけ。最後は、こちらがどう受け止めるかでしかない」

 

 俺は、アシㇼパの道に必要のない存在だ。

 そうあるはずだし、そうあるべきなのだ。

 だから、俺を頼らないでくれ。愛さないでくれ。お前には、杉元佐一がいるのだから。

 そんな思いを込めて、微笑みかける。

 

「……ああ、」

 

 今度こそ明るい笑顔が返ってきて、少しだけほっとした。

 

 

 

 

「コタンの女たちがお礼をしたいと言っている」

 

 ──この時期に採れるトゥレㇷ゚の料理で、私たちをもてなしてくれるそうだ。

 

 死体の隠蔽も落ち着いた頃。巻き込まれていたアイヌの女性たちから、そんな有難い申し出があった。

 獲ってきたヤマシギを食べたきり、ロクな食事を摂っていなかった我々が、やったあ、となったのも束の間。

 

「あ、手伝う感じなんだ」

 

 アイヌの女たちと並んで、ウバユリの鱗茎を掘り起こす。おいそれさっき死体を埋めてた鍬だろ。

 

「トゥレㇷ゚の加工は水をたくさん使うから、川のそばでやる」

 

 洗った鱗茎を集めて、川辺まで持ってきたイウタニとニス──日本語で言うところの杵と臼──で潰す。もちろん手伝う。

 ドチャドチャとただ杵を打ちつける合間にも、女たちはエッサオーホイ、ホイヤオーホイ。リズムを取って、ずいぶんご機嫌な様子である。

 

「これは掛け声?」

「ああ。単調な作業がちょっと楽しくなるだろう?」

「ふうん……」

 

 楽しい、か。そこでふと、頭に浮かんだ記憶。特に考えず、口に出してみる。

 

「どうせなら、さっき言っていたあの……神謡を歌ってもいいんじゃない」

「ヤマシギのか?」

 

 ふむ、と小さく唸ったアシㇼパは、少し何か考えていたようだったが。ぱっと顔を上げて、

 

「試しに合わせてみろ」

 

 合わせてみろ?

 ……ここで歌えということか。

 うーん。言い出した手前、今さら嫌だと言って後には退きづらい。仕方なく、咳払いで喉の調子を整える。

 えーっと、歌い出しは何だったか、

 

「……ノーノチキ、」

 

 瞼を瞑り、一度聴いたきりのアシㇼパのそれを、なんとか思い出しながらひと通り歌って。……目を、開けたところで。

 ──なぜか、アシㇼパや杉元どころではなく、その場にいた人間全ての視線を集めていることに気づく。皆一様に、呆気に取られたような表情だった。あれ?

 

「……タマ、お前……」

 

 呆然とした表情で固まっていたアシㇼパが、その顔のまま、ゆっくり口を開いて。一体、何を言うのかと思えば、

 

「歌がものすごく下手だな!」

 

 ────は。

 

「げほっ、」

「ア!? 百之助!?」

 

 背後でアシㇼパとともに見学に徹していた尾形が、おもむろに咳き込んだ。

 いや、咳き込んだだけなら良い、タイミングといい、明らかに、明らかに笑いが混ざった息の吐き出し方だった!

 ──歌が、下手!?

 しかも、ものすごくときた。

 その意味を理解した瞬間、俺の脳裏には、今までの人生(主に前世)で歌を口ずさんだ場面が走馬灯のように雪崩れ込んでいた。

 やがて、記憶の群れがキャパシティをオーバーして。宇宙が、広がる。

 いや、尾形、問題は今の尾形で、

 

「う、……ぇ、……い、いま、わらっ……」

「ごほっ、んんッ、」

 

 駄目だ、言葉が出てこない。俺より先に復帰した尾形が、やっぱり笑いが隠しきれていない声で続ける。というか、顔が完全に笑ってしまっている。

 

「いや……下手……下手、ねえ。ガキだった俺の耳は問題なかったってことが十何年か越しにわかって、胸を撫で下ろしただけだぜ」

 

 子どもの頃の尾形!?

 歌っ……いや、歌った、トメの病状が悪化して、いよいよ尾形との添い寝もしなくなった頃。この歳で一人寝はさすがにかわいそうだからと、一緒に寝てやって。

 それで、なんとなく。彼女の真似のつもりで、子守唄を歌ってやったのだ。

 ただ、途中で止められた。

 止められて、それから困ったような顔で、もういいと言われた。

 あの時は、母親恋しさにその真似事を拒んでいるのだと解釈していたが。

 

 ──歌が下手、だったから?

 

 こちらも、答え合わせだった。

 単純に、下手だったから。

 聞くに堪えなかったから!

 言語化できない衝撃に、目の前が明るくなったり暗くなったりして。

 

「〜〜〜〜〜っ、」

 

 結局、やり場のない感情を杵にぶつけて、ウバユリを磨り潰すことに専念する。

 前世では、授業の一環でも歌なんか真面目に歌っていなかったから、誰にも指摘されなかった。カラオケだって行っても歌わなかったし。今世で、初めて真面目に歌ってやって……それで音痴が発覚するなんて。

 顔が熱い。火が出そうだ。

 もういい。もう知らない。

 

「はわぁ……タマさんのほっぺが焼いてるお餅みたいになっちゃったぁ……」

「タマぁ、悪かった、私はその、……個性的でいいと思う!」

「ははぁっ」

 

 もう歌なんか絶対歌わない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紆余曲折ありつつも、月形に到着した俺たちを出迎えたのは、ふたつの“悪い知らせ”で。

 ひとつは熊岸長庵の死亡。正確に言えばこちらは誤認だったのだが、今となっては揺るぎない事実となってしまったため、結果的に問題はない。

 問題があるとすれば、もうひとつの知らせのほうだった。

 その内容とは──第七師団による、白石由竹の執縛。

 

「おそらく今頃は、旭川へ着いてしまっているだろう」

 

 白石を助けるチャンスは何度もあった。

 しかし、それは叶わなかった。

 ──彼自身が躊躇ったからだ。

 機会を完全に失ったことを確かめ合うだけの時間の後、長い沈黙が広がる。

 ああ白石、白石由竹──

 

「……………………」

 

 ──まあ……いいか……

 

 刺青の写し云々以前に、明らかに日頃の行いが災いした結果の淡白な諦めムードが一行に漂った、その時だった。

 

「いや」

 

 毅然と声を上げた男がいた。

 

「俺は助けたい」

 

 不死身の鬼神、杉元佐一。軍帽の下の、輝く琥珀色の瞳がその決意を物語っていた。

 アシㇼパが顔を上げる。

 

「……私も、」

 

 完全に便乗する形になって申し訳ないが、俺も名乗り出ておく。

 

「同じ気持ちだ。杉元」

「タマさん、」

 

 うっすら表情を緩める杉元。

 いや、白石は後半のキーパーソンだし、多少ここで恩を売っとこうかなと思って(クソ)。

 え、対外的な動機? いや、白石はほら……飴とかくれるから……あ、2円もくれたし。

 

「助けるって……どうするつもりだ?」

 

 俺が脳内で後付けの理由を捻り出している間にも、キロランケに問われた杉元は鈴川の禿頭に手のひらを乗せ。

 

「この詐欺師を使う」

 

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