【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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21話 胎内怠慢対談

 近くのコタンで話し合いを済ませた後。俺たちはいよいよ、軍都・旭川に足を踏み入れていた。

 白石奪還作戦の決行である。

 

「タマの分だ」

「ありがとう」

 

 ──まあ、それはそれとして、みんなでおはぎは食べる。

 言うまでもなく土方歳三さんの奢りです。あざーす。ゴチになりまーす。

 集まると目立つので、適度にバラけながら実食。

 

「餡子食べるの久しぶり」

 

 前世で和菓子をそこまで好んでいた覚えはないが、この時代で甘味と言えばそれくらいしかない訳で。じゅうぶん有り難い。

 うん、外観からして明らかに高級志向っぽい店のだっただけはあって、上品な甘さでヒンナでございます。

 

「…………」

「百之助?」

 

 お行儀悪く指についた餡子を舐めたところで、背後に佇む尾形に気がつく。顔バレ防止で外套のフードを目深に被ってしまっているので、いつも以上に表情がわかりにくい。

 無言でこちらに差し出される、懐紙に包まれた手付かずのおはぎ。

 

「……ああ、」

 

 ピンと来て、受け取る。尾形は最後まで何も言わず、フードの端を引っ張りながら踵を返して離れていく。そのやり取りを見ていたらしいアシㇼパが、

 

「百之助、食べないのか?」

「昔からそうなんだ」

 

 そう。今に始まったことではない。

 幼い頃から、尾形は甘味が出る度に手をつけず、俺に横流ししてきた。おやつの干し柿に始まり、四季折々の節句菓子に至るまで。

 俺も別に断ったことはないので、彼がこういった菓子類を食べている姿は見たことがない。

 

「甘いもの嫌いなのかも」

 

 へえ、とアシㇼパが軽く応える。

 原作のプロフィールだと、嫌いなものは確か椎茸だけだった気もするけど。まあ、そんなに好んで食べているような描写もなかったしなあ。

 そんなことを考えながら、2つ目のおはぎにかじりついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いざ、計画実行の時。

 27聯隊司令部敷地内の樹の上から、尾形とともに事の成り行きを見守る。

 

「よく見える〜」「…………」

 

 おニューの双眼鏡を片手に。

 言うまでもなく、ここに来るまでに土方歳三の金で買ってもらったものである。ちなみに、何かと必要だろうとフード付きの外套も貰ってしまった。これがパパ活ちゃんですか。

 

「大丈夫かな」

「……問題があるとすれば、不死身の杉元の演技力だろうな」

「いやアレに演技力も何もないだろ」

 

 皆さんご存知、犬神家のパク……パロ……オマージュの変装である。

 スケキヨって言うけど、あれはだいたい青沼静馬定期。まあそんなネタバレはどうでも良くて、網走監獄看守の杉元はだみ声の「イヌドウ……」しか口にしないという設定なので、演技とかそういう次元の話ではない。

 双眼鏡を全く有効活用できていない俺とは反対に、あちこちに気を配っていたらしい手練れの狙撃手が隣で声を上げる。

 

「む、」「なに?」

 

 まずいぞ。そう呟いてから、微かに眉根を寄せる。

 

「鯉登少尉が慌てて入っていった」

「コイトショーイ?」

「鶴見中尉お気に入りの“薩摩隼人”だ」

「…………」

 

 鯉登音之進。何となく聞き返してしまったが、もちろん彼についてのデータは頭の中に入っていた。今後も、俺が彼と関わることはそうそうないだろうけれど。

 双眼鏡を仕舞い込んだ尾形が、無言で銃を構える。──鯉登が建物の中に消えてから、どれほど経ったのか。

 

「……!」

 

 映画ばりに2階の窓ガラスを突き破って転がり出てくる、杉元と白石。

 

「出てきたっ!」

 

 2人の後を追って身を乗り出した兵士の肩に、尾形が正確に一撃を食らわせる。

 

「逃げるぞ!」「ああ、」

 

 猫ちゃんの如く身軽に枝から飛び降りた尾形を、慌てて追いかける。ちょっと俺はこの高さから飛び降りることを想定した訓練などは受けていないんですけど。

 

「向こうに馬を待機させてあるが……これでは間に合わん、」

 

 門から背を向けて、できるだけ建物から遠ざかる方向へと走る。その途中で、血みどろの杉元を支える白石に出会った。既にちゃっかり手錠を外している。

 

「杉元、白石!」

「こっちはダメだッ! 南に走れッ!」

 

 辺りがにわかに騒がしい。銃声を聞きつけた兵士たちがぞろぞろ集まり出している。何せ、ここは聯隊の心臓部なのだ。

 

「お前ら遅いぞッ」

「無理だ、杉元が撃たれちまった!」

「不死身なんだろ、死ぬ気で走れ!」

 

 無茶苦茶である。さすがの白石も、この傷では危ないと弱気な様子だ。

 かと言って俺には何もできないしなあとか考える視界に、突如映り込む白い塊。

 

「……何か見える、」

「あ、……?」

 

 あれ、と指差した先。ちょうど白石たちも気づいたようで、やや後方から驚きの叫びが聞こえてきた。ええと、あれは確か、

 

「──気球隊の試作機だ!」

 

 

 

 

 何とか兵士たちから気球を奪って離陸できたはいいが、鯉登少尉がぎりぎりで乗り込んできてしまった。さすが、薩摩隼人は気合いの入り方が違う。いや知らんけど。

 それぞれ兵士から奪った軍刀と、尾形から借りた銃剣を構え、一足一刀の間合いで睨みあう鯉登と杉元。

 戦闘能力からして妥当な選出ではあるのだが、今の杉元は胴体に2発も弾を受けている状態だ。普通なら死んでる。

 

「クソっ、」

 

 さすがに責任を感じているのか、焦った様子の白石。置かれた道具を漁って、この状況を打破する手段を探している。

 

「これ以上、あの状態の杉元を戦わせる訳にはいかねえ……! なんとかしねえと……」

 

 尾形と一緒になって鯉登を煽ってもしょうがないので、俺もそれに加わる。回収し損ねたらしい道具箱を持ち上げたところで。その下から、いいものを見つけた。

 

「……俺たちが交戦してあれを退けるのは、もっと無理だ」

 

 ならば。隙をついて、気球から突き落とすしかない。

 俺が引っ張り出してきた麻縄に、白石が目を瞠り。その後、ピュウ、と口笛を吹いた。

 

「冴えてるゥ」

 

 緩く束ねられていたのを解いて、端を白石に放る。そっち側は本人に任せるとして、俺は骨組みに縄を括りつけに行く。うーん、これ原作だと両方白石がやってるんだよな。

 

「どう結ぶ?」

「もやい結びって出来るか!?」

「ああ、船の……?」

「さすがだぜタマちゃんっ」

 

 別に凄くはないだろう。

 というか、そんな誰でもわかるようなのでいいのか。まあ時間もないし、ときっちり結んでから、白石を振り返る。ムカつく笑みのサムズアップが返ってきた。

 あとはタイミングを計るだけだが。

 猿叫とともに軍刀を振り上げる鯉登、そのすぐ脇の柱に見慣れた鏃が突き刺さり。彼の動きが止まる。

 

「今だ、」

 

 身軽に跳躍した白石が、彼らの頭上に影を落とす。振りかぶった爪先が、鯉登の胸元にめり込んで鈍い音を立てた。

 着地のことなど考慮していない、全体重を乗せた重い一撃。完全に隙を突かれた鯉登の体がぐらっと傾いで、白石もろとも気球の上から落下する。

 

「白石ィ!!」

 

 杉元が焦った様子で声を上げたが。

 ──ビンッ。

 即席の命綱のおかげで、白石の体は空中で静止する。いや解けなくてヨカッター。本人はあっけらかんと為す術なく墜落していく鯉登の猿叫を嘲笑って、

 

「あはははっ、アバヨ鯉登ちゃんっ」

「おい、木に突っ込むぞ!」

「え? ──痛ッ、痛ででッ」

 

 うーん、締まらない。

 白石はひと通り林にバリバリやられた後。無事に出てきたが、そこでは思わぬ“釣果”があったようだ。その姿に、顔色の悪い杉元がそれでも明るい笑みを浮かべる。

 

「アシㇼパさん!」

「百之助、白石たちを引き上げるから手伝え」

「フン……」

 

 いや、どう見てもこれを俺が1人でやるのは無理があろうと思われます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──5人を乗せた気球は、結局、大雪山の近辺で止まってしまった。

 おそらく燃料切れを起こしたのだろう。試作機だったということで、最初から大して入っていなかったはずだ。

 気球は目立つ。大まかな居場所は既に第七師団に割れているはず、という訳で、先を急ぐことになったが。

 

「──見つかった!」

 

 今まで以上に双眼鏡で周囲に気を払っていた尾形の一言に、緊張が走る。

 

「大雪山を越えて逃げるしかない、」

 

 マジかよ。白石が呻くように呟いたのが聞こえた。

 明らかに、こんな軽装で進んでいい山道ではない。けれど、他に選択肢はない。

 やむを得ず、俺たちは無謀な大雪山越えを決行することとなった。

 しかし。

 

「……まずいぞ、天気が急に崩れてきた」

 

 鉛色に曇った空、吹き荒ぶ寒風。

 季節が逆戻りしてしまったかのような厳しい気候と、それをカバーする手立てさえもない亜高山の荒れた土地。

 寒いというより、もはや全身が痛い。手足が自分のものじゃないみたいだ。外套があるだけマシかとも思ったが、このレベルでは焼石に水。

 ……この気候、初めて小樽に来た時を思い出す。確か、あれもこんな寒さだった。

 それで、俺はあの時、

 

「う、」

 

 ──何かに躓いたか、踏み外したか。

 それも定かではないまま、大きくバランスを崩した体を。

 

「っ、……百之助……」

 

 いつの間にか、すぐ隣まで来ていた尾形に支えられた。さりげなく外套に包まれる。

 

「……悪い、」

「……風を避ける場所を探すんだ、低体温症で死んじまうぞ!」

 

 がなり声すら、今はどこか遠い。

 駄目だ、しっかりしなくては。強く拳を握り込んで、気合いを入れ直す。

 

「ユㇰだッ!」

 

 アシㇼパの声。この気候でも元気に生きてるんだから動物ってすげえや。

 

「杉元! オスを撃て!」

「エゾシカを!?」

「大きいのが4……いや、3頭必要だ!」

 

 アシㇼパの呼びかけに、一歩早く尾形が反応した。俺からするりと離れて、小銃を構える。銃声が1、2、3発。

 ……そこで、近くにいた白石の様子がおかしいのに気づく。いや、さっきからおかしかったけど。

 

「おい何してる、」

 

 バタバタと、忙しなく手足を動かして何かをしている。……服を、脱ごうとしている?

 

「白石?」

「な、なんかあつくてえ……ヤバいよお、」

 

 暑い訳がない──矛盾脱衣。

 原理は証明されていなかった気もするが、実際にいくつかの事例がある現象だ。

 面倒臭い。が、やむを得ない。右手を振りかぶって、バチィン。

 

「ぶえッ」

 

 良い音が鳴った。

 仰け反った白石の胸ぐらを掴んで、顔を覗き込む。やや光を取り戻したその瞳を睨みつける。

 

「しっかりしろ白石由竹。もっと強い気つけが必要か?」

「あ、あい……」

 

 俺も先ほど尾形に助けられた身だからあまり強くは言いたくないが、ここで脱がれて錯乱されても余計な手間が増えるだけだ。

 

「杉元たちが鹿の皮を剥がしてくれている。もう少しだけ我慢しろ」

「ウン……」

「おい、大丈夫か!?」

 

 鹿の処理が済んだらしい杉元たちが、心配して様子を見に来てくれたようだ。

 

「ああ……ヴェッ」

 

 良かった、と一安心したところで。

 首根っこを掴まれた。そのまま、近くの鹿の中に引きずり込まれる。え、妖怪?

 いや、

 

「百之助、」

 

 白い外套がちらっと見えた。

 3頭しかいないので、必然的に2頭分はタンデムになる訳だが。

 案の定というべきか、俺は尾形と鹿を共有するというのが、彼の中では既に確定事項だったらしい。まあ、別に俺は何でもいいのだけど。

 

 

 

 

「あったかいね」

「…………」

 

 特に返答はなし。成人2人だが、そんなにめちゃくちゃ狭いという感じはない。もしかして、一番大きい鹿を選んだのか。

 少し落ち着いて、細かいところの不調に意識が行く。

 

「……指の感覚が無い……ん、」

 

 背後から回った尾形の手が、俺の手を包んで無言で揉み始める。

 色っぽさの欠片もない事務的な動きだったが、優しさだけは伝わった。凍傷怖いからね、日露戦帰りなら余計だろう。

 

「血の臭い」

 

 節の目立つ尾形の指に指先を絡め返して、思ったことを口に出してみる。

 

「戦場ってこんな感じなのかな」

 

 何気なくの呟きだったが、

 

「……203高地はもっと焦げ臭かった」

 

 あまり間を置かずに背後から答えが返ってきた。狭いところで密着しているので、自然と声量もいつも以上に控えめになる。

 すぐそばでCV. 津田健次郎の囁きボイスが聴こえる環境、好きな人には最高なんだろうなあと全く関係ないことを考えた。が、鹿の裂いた腹の中というシチュエーションはあまりに人を選びすぎる気がしないでもない。

 

「鉄の焦げる臭いと、人間の焦げる臭いだ。すぐに慣れたが」

 

 淡々と続けてくる。珍しく饒舌だと思ったが、2人きりだといつもこのくらいは喋るのだっけ。どうやら会話に人が増えれば増えるほど寡黙になるタイプ。

 

「そう……」

「…………」

 

 相槌に、無言が落ちた。話したいことは話してしまったのか。

 今日はこのまま寝る雰囲気かとも思ったが、尾形はおもむろに、

 

「…………第27聯隊に入って、……」

 

 軍隊の話を聞くのは初めてだな、と思ったが。なぜか早々に言葉を止めてしまう。

 

「うん……?」

 

 さりげなく相槌を打って、先を促すと。それでようやく続きを話し始めた。

 

「本妻の息子に会った」

 

 ──花沢勇作。

 どきりとする。まさか、尾形の口から勇作との話を聞くことがあるなんて。

 だって、第七師団以外の登場人物はほとんどが知らなかったであろう関係だ。第七師団の人間だって尾形から聞いたというよりはただ、『自分の目で見て知っていた』というだけなのだろうし。

 

「花沢幸次郎のか」

「ああ」

 

 どういう魂胆なのだろう。

 本妻の息子がいる、ということは俺も知っていた──のを、尾形は知っていたはずだ。だから、別にこうやって話題に上がること自体はおかしくないのかもしれない。

 でも、花沢勇作は。

 いや、ここは部外者の俺が深刻になるような場面じゃない。努めて平静を装って、毒にも薬にもならない話題を振ってみる。

 

「……百之助に似てた?」

 

 ふん、と尾形が鼻を鳴らす。そのごく軽い響きに、何となく安堵を覚える。

 

「まったく、これっぽっちも、似ておりませんでしたなあ」

「あはは」

 

 誤魔化すような口ぶりではなかった。

 顔を見て、覚えているのか。

 

「おかしな男だった。何度注意しても部下の俺を『兄様』と呼んでまとわりつく。一人っ子でずっと兄弟が欲しかったから、と」

 

 死に体の幸次郎が明け方の自宅で聞かされた話を、鹿の腹の中で聞く。語る尾形は、どこか夢見るような口調だった。

 

「兄様……」

 

 何度聞いても芸術的な呼び名だ。というか話の流れに納得いく箇所がひとつもない。俺が尾形ならタチの悪いドッキリかと思う。

 

「じゃあ私は姉様か……」

「…………」

 

 高身長・高貴な血統・高潔の3Kが揃った勇作殿に『姉様』と呼ばれてまとわりつかれたい人生だった。何か言えよ尾形。

 咳払いして、話を戻す。

 

「それで?」

「203高地で死んだ」

 

 いやいきなり話が飛んだな。

 別に異母兄弟のキャッキャウフフ兵営エピ(例:ぼっとん便所に落ちて軍袴を借りた)等を聞き出したかった訳でもないのだが、紹介即故人はちょっと高低差で戸惑ってしまう。

 

「花沢少尉殿は聯隊旗手をやっていたから、……わかるか? 軍旗を持って、戦場で兵士を鼓舞する」

 

 旗振りの真似で何とかイメージを伝えようとしたのか、軽く結ばれた拳が俺の胸元で左右に振られる。けれど、そこまでしてくれなくても、俺の脳裏には既に軍旗を掲げて戦場を駆ける花沢勇作の画が浮かんでいた。具体的に言うと165話扉絵。

 

「それじゃ良いマトだ」

「ああ、……なるほど、お前も案外、ちゃんと狙撃手をやっているんだな」

 

 頭を撫でられる。尾形はちょっぴり嬉しそうだが、聯隊旗手って良い標的だよねーという話題で義姉と通じ合う異母兄嫌すぎる。狙撃手ってみんなこんな物騒な会話しかしないんですか?

 

「……だから撃たれたの?」

「…………」

 

 沈黙が肯定の代わりだった。

 改めて、考える。

 

 ──そうか。勇作は死んだのか。

 

 浮かんできた感情は、やはり、だった。

 もしも尾形が撃たなければ生きて帰れた、と今まで勝手に思っていた節もあったけれど。旗手の殉職率は尾形も言っていた通り、高い。その上、舞台はあの203高地だ。

 歴史の修正力とか勘繰るまでもなく、何にせよ、花沢勇作があそこで死ぬことは何ら不自然ではない訳だ。

 トメと同じ。ただ結果を先急ぎ、不必要な業を背負っただけ。その気づきはまた新たな悲しさを生んだ。

 

「……処女童貞は弾に中らない」

 

 尾形が、歌うように呟く。

 

「ゲン担ぎなぞ所詮、根拠のない神頼み」

 

 地を這うような低い囁き。どこか恨みがましいようにも聞こえる響きだった。

 どういう意図があっての発言なのだろう。

 わからない。

 花沢勇作は死んだ。敵兵に撃たれて。

 ……本当に?

 

「……百之助……」

 

 尾形百之助は信用できない。

 

「お前が殺したのか?」

 

 ほとんど、反射的な問いだった。

 一瞬。沈黙が落ちた。

 

「……何故そう思う?」

 

 その後、淡々と尋ねてくる。

 なぜ、って……原作の世界線ではヤッチャッテルからですが……とは流石に言えないので、一旦無言で茶を濁す。実際、今もその疑念が払拭できた訳ではない。

 嘘をついている。平気な顔で俺を誤魔化している。

 自分の手で勇作を撃ち殺しておきながら。

 その可能性は、否定できない。

 

「…………」

 

 うーん、でもこれなんて返すべき?

 やっぱり言わなきゃ良かったかな、

 

「やりそうだから」

「ははぁ」

「ゔぅンっ」

 

 再会した時のように頬肉をなかなか強めに引っ張られる。これ嫌いだ。

 

「だとしたら……何のために?」

 

 なぜか頬をつまんだまま続けてくる。いや痛いんですけど。

 

「ひゃくろすけ」

「理由があるはずだ、」

「ほっぺはなへ」

 

 だから痛いって、

 

「おい」

 

 そこでようやく解放された。頬肉もげるかと思った。

 じんじんと痺れる頬をさすりながら、とりあえず一辺倒の案を出してみる。尾形百之助が花沢勇作を殺す“理由”。

 

「……祝福された本妻の子が憎かった?」

「いや、…………」

 

 違うな。

 直々に否定される。それから、例えばだ、と前置きして。

 

「ただ……どうなるのかと思って、」

 

 どうなるのかと思って。小学生のような言い草だが、尾形が口にするとなると不思議としっくり来た。お前はそういう男だよ。

 まあ、小学生がアリの巣に水を流すのと同じ感覚で殺されては、勇作殿も堪ったものではないだろうけれど。

 彼が小さく息を吐いた。ため息みたいだな、と思った。

 

「何も考えた通りにはならなかった。そんなものか」

「…………」

 

 尾形は、ひどく落ち着いていた。

 何も考えた通りにならなかったと言った。勇作に関しては、自ら手を下す前に死んだこと? 少なくともこの段階では、尾形の口ぶりからしてもそう考えるほうが自然なのか?

 幸次郎のほうは……原作通りに祝福された道を否定されたこととも取れるし、単純に勇作が死んでなお愛されなかった、という自身の状態だけを指しているとも言える。

 後者は希望的観測すぎる?

 わからない。謎だらけだ。

 ううん──駄目だ、いよいよ眠くなってきた。温かいし、尾形の声は落ち着くし。

 

「……タマ?」

 

 うつらうつらしだしたのが伝わったのか、尾形が控えめに呼びかけてくる。

 

「寝たのか」

「……ん……おきてる……」

「寝てるんだな」

 

 失敬な。ちょっと目を瞑って静かにしているだけです。それを人は睡眠という。

 

「タマ、…………」

 

 尾形が、また呼びかけてくる。

 今度は何だと思ったが、

 

「……お前は俺のことをいろいろ探っているようだが、俺からすればお前のほうがよっぽどわからん存在だ」

 

 独り言のようにも聞こえる呟きだった。

 

「わざわざ北海道までやって来て……何が目的だ? 中尉と繋がっているのか?」

 

 中尉……鶴見中尉? そこでなぜ鶴見中尉が出てくるのかがわからない──ああ、いい加減頭が回らない。いや、その前に尾形は何と言った?

 

「もくてき……?」

 

 思わず回らない舌で呟いていた。まだ意識があるとは思っていなかったのか、寄り添った体が微かに跳ねる。

 

「俺は、ただ……お前に……」

 

 ダメだ、眠い。

 瞼を閉じる。尾形は、今度こそ何も言わなかった。重なった手が温かい。

 

「…………」

 

 風の音が微かに聞こえる。

 ただ、夜が更けていく。

 

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