【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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25話 ツルカメキナポ

 カムイ穢しの騒ぎが一区切りつき。

 無事に谷垣源次郎の嫌疑を晴らした俺たちは、キラウㇱのコタンで、ヒグマを送るカムイホプニレの儀式を共にした。

 その翌日。

 

「白石たちには、はぐれたら釧路の街で待つように言っておいた」

 

 昨晩のことでフチへの想いを振り切ったらしいアシㇼパ、もうすっかりいつも通りの顔で出発の支度をしている。

 

「今頃きっと心配してるはずだ」

「俺の銃も壊れたし、修理に出さないとな」

「壊れた……」

「ああ。ヤチマナコに落とした時、うっかりそのまま撃っちまった」

 

 土壇場での銃の故障。これがメインウェポンな身としてはもはや他人事ではない。あな恐ろしや。

 

「……銃身に水が入った状態のまま、引き鉄を引いた。結果的に強い圧力が掛かり……破裂した」

 

 シャフ度な尾形がドヤ顔で解説してくれる。それは既に知識として知ってるんだけどね。とっさの場面で活用できるかはまた別ということで。

 尾形、とりあえずノーコメントを貫く俺の肩に軽く手を回しつつ、横目で杉元を睥睨。

 

「軍で何を教わってきたんだか……お前はあんな馬鹿げた真似はするなよ」

「キィーッ」

 

 わかりやすくおこな杉元、ていうか、と前置きして尾形の抱える銃を指差す。

 

「その最新式の小銃! 俺が気球乗る時に第七師団から奪い取ったやつじゃん。返せよ」

 

 詰められた尾形、軽く顎を引いて。

 

「……これは三八式歩兵銃だ」

 

 芝居がかった仕草で表尺をぱちん、と立ててみせる。世界が俺は正しいと言ってそう。

 

「この表尺を見ろ。……2400米まで目盛りがあるな?」

 

 その枠越しに、虚ろな瞳がこちらを見つめてくる。見ろと言ったって、表尺に刻まれている文字なんかクソちっちゃいので、この時点で読み取ろうとしたら顔面くっつくレベルまで近寄らないと無理だが。

 

「三十年式は2000米までだ。この銃から採用された尖頭弾の三八式実包なら、2400米先にまで弾が届く」

「だから何だよ!」

「……お前が使っても、豚に真珠ってことだ」

 

 あんまりな煽り文句にブチギレ顔で黙り込む杉元。原作の彼はそれで終わっていた。

 ──が。

 

「……タマさぁん!」

「…………」

 

 尾形のことがどうしても気に入らない杉元佐一、実戦同様、舌戦においても使えるものはなんでも使っていく戦闘スタイルらしく。案の定というべきか、“使える”俺に目をつけてきた。

 やかましい巻き込むなと一喝するのも大人気ないか。とりあえず受け入れ態勢を取ってみる。

 

「どうしたの、杉元」

「あいつ何とかしてよぉ!」

 

 ドラえもんの威を借るのび太がごとく、俺の膝に泣きついてくる不死身の杉元。己の身内に対して距離感も考えずべたつく杉元に、彼の読み通り青筋を立てる尾形。

 

「おい、気安く触るな」

「ハンッそもそもタマさんはお前のものじゃありませ〜ん! ねータマさん、尾形に豚って言われたぁ〜!」

「モノの喩えだろうが」

「百之助、お友達との喧嘩は結構だけど、あまり強い言葉を使うなよ。弱く見えるから。杉元は重いからそろそろ退け」

「え?」

 

 というか、そろそろ“時間”のようだ。

 呆気に取られた様子の彼の背後にぬっと現れた、小柄な人影を見上げる。さすがに意図的なこれは見過ごせなかったか、

 

「……杉元! タマを困らせるな!」

「あーん」

 

 むくれたアシㇼパの小さな手が、その首根っこを鷲掴み。白石のような鳴き声を上げながらずるずる引きずられていく杉元。膝が軽くなった。

 部屋の隅で杉元にお説教するアシㇼパの、その膨れたほっぺたのシルエットを微笑ましく見守る。

 ……俺を困らせる、か。口から出まかせにしても可愛いものだ。

 俺にはわからない煌めき。しかし、悪い気分ではなかった。

 

「複雑なお年頃だな」

「…………」

 

 まあ、こっちもね。

 視線を向けてはみたが、案の定既にそっぽを向いている尾形。アシㇼパと杉元を囃し立てるような気分でもないらしい。

 しきりに髪を撫でつけるその合間を縫って。手を伸ばして、頭を撫でてやる。尾形は小さく肩を跳ねさせたが、何も言わなかった。それからぽつりと、

 

「……友達じゃねえ」

「はいはい」

 

 うーん、平和ですなあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姉畑支遁とウコチャヌㇷ゚コㇿしたヒグマのオハウを丁重に断りつつ、in 釧路。

 海ジャンプは添えるだけ。

 

「アシㇼパさぁん、尾形が海ジャンプしてませぇん!」

 

 出たチクリの杉元。

 相変わらず無視安定の尾形だが、アシㇼパも飽きずに良い教師ヅラで声を掛けていく。

 

「なんだ百之助ぇ、またみんなと一緒にできないのかぁ〜? タマはできてるのになぁ〜?」

「…………」

 

 だから、俺を引き合いに出しても意固地になるだけなんだよな。アシㇼパに誘われたからやったけれど、尾形の気持ちを汲んで不参加に徹したほうがよかったかもしれない。

 

「ごめんね百之助……私に聯隊旗手が務まるタッパと腕力があれば、百之助を膝から持ち上げてジャンプに参加させてあげられるのに……」

「どういう発想?」

 

 30巻ミニポスターの構図ですが何か。

 鈴川聖弘が吐いた、釧路にいるという刺青囚人──姉畑支遁の皮は早々に確保してしまったので、この時間は余暇みたいなもの。

 各々、自由に過ごし始めている。

 俺はといえば。とりあえずぼうっとして過ごすかな……と海を眺めていた。──ところに、なぜか白石由竹が隣へやって来る。

 無視するのも何なので、

 

「海に来たのも久しぶりな気がする」

「確かにそうかもなあ」

 

 観光地としては当然手つかずの釧路の浜辺には、色とりどりの貝殻だの海藻だのが、あちこちに打ち上げられている。

 最後に海を見たのは、確かまだ水が冷たくて入れないような時期。そう、

 

「……辺見和雄の時以来か……」

「嫌な思い出し方だねえ」

「ほら白石、ウニの殻」

「食べさせようとしないでぇ?」

 

 ウフフアハハとしばらく平和な会話をしていたところで、白石がおもむろに顔を上げる。何かに気づいたらしい。

 

「あ、アシㇼパちゃんが走ってくる……なんか嫌な予感がするんだけどぉ」

 

 アシㇼパ。彼が見た方角に顔を向けると、確かに喜色満面の彼女がこちらに駆け寄ってくるところだった。

 

「タマ! 白石! 船に乗れ、エチンケを獲りに行くぞ!」

 

 エチンケ……って何だったっけ?

 

「エチンケ?」

「ウミガメのことだ。遠くにいるのが見えたらしい」

「ええ……わざわざそんなことしなくてもインカㇻマッちゃんに奢ってもらおうぜ……」

 

 生粋のヒモ男白石由竹のカス発言に、近くでチカパシたちと戯れていたインカㇻマッもさすがに「は?」の表情。石川啄木と通じ合う器なだけはあるぜ。

 

「食べたことないなあ」

「食べてみたいだろう?」

 

 そういえば、ウミガメのスープっていう水平思考クイズがありましたね。

 アシㇼパから目を逸らし。ぎりぎり声が届く位置にいた尾形に顔を向けて、一応呼びかけてみる。

 

「ウミガメだって、百之助」

「…………」

 

 双眼鏡から目を離した尾形、「なんで俺に声を掛ける」の微妙フェイス。かと思えば再びグラスを覗き込む姿勢に戻ってしまう。

 わかりやすく拒否の姿勢だ。

 

「ほっときなよ、タマさん」

「早くしないと船が出てしまうから……」

 

 普通に辛辣な杉元、やんわりと急かしてくるアシㇼパ。……説得している時間はない、か。仕方なく、背を向ける。

 

「…………え? 結局これ俺も行くの?」

「早く来いシライシ」

 

 白石由竹が体を張って(主に頭)捕まえてくれたクンネ・エチンケ、食べた覚えがない味だったので良かったです。

 そもそも俺、無人島に複数人で漂着した経験とかないけどね。

 

 

 

 

 翌朝。

 エチンケのオハウを皆で食し、フチの妹さん(15番目)のチセに泊めてもらったのはいいが。なぜか、アシㇼパによる杉元への呼びかけに起こされた。

 薄く目を開けた先、チセの中はまだほんのり薄暗い。夜が明けたばかりなのだろう。

 で、アシㇼパは杉元を激しく揺さぶりながら何を言っているのかといえば。

 

「なあ杉元ぉ、キナポ食べたくないのか〜?」

 

 ……なんか……よくわからないけど、何かを獲りに行こうと誘っているようだ。

 

「夏しか獲れないんだ、杉元ぉ〜……水面で昼寝してるところを船で固定して、その上に乗って捌くんだ……面白そうだろ?」

 

 いやこれ何の話?

 そして、さっきからまな板のパン生地並みにごろごろ捏ねられている杉元は、

 

「……ぐ、ぐー」

 

 うーん、狸寝入りが下手っ!

 

「…………」

「…………」

「…………ふごッ」

 

 沈黙、それから寝ぼけた白石の鳴き声。

 涼しい朝の空気の中、微妙な静寂が流れたかと思えば。フウと憂い気な息を吐いて、

 

「タマ〜」

 

 やっぱりこっちに来たか。

 インカㇻマッという前提もあるし、キラウㇱのコタンでの件で多少距離を置かれるかとも思ったが、彼女は特にあれを引きずってはないようだ。うーん、よくわからんな。

 別に、アシㇼパのやることについていくのに杉元ほどの抵抗もないので。とりあえず先手を打って起き上がり、揺さぶりをキャンセルしておく。酔っちゃうから。

 

「……どうしたの、アシㇼパ」

「杉元が起きないんだ。お前はマンボウに興味あるよな?」

 

 キナポ……ってマンボウのことか?

 そういえばそんなシーンもあったような、なかったような。俺が記憶を辿っている間にも、アシㇼパはきゅるきゅるの目で、

 

「マンボウの脳みそ食べたくないか?」

「マンボウに脳みそとかあるの?」

 

 やべ、これってヘイトスピーチかな。馬鹿にしてすみませんでしたマンボウ。

 まあ、これで目的はわかった。

 アシㇼパは、杉元をマンボウ漁に誘っていたらしい。ただ、原作でそんなシーンは確か無かったことを踏まえると、今の状況通り、彼は寝たふりでそれを回避したのか。

 ただ、俺は断る理由がない。

 

「マンボウ漁か……いいよ」

「よし、それでこそ私が見込んだメコだ」

「猫ってマンボウ食べるの?」

 

 いざ、出発。

 ──と、立ちあがろうとした俺の袖を引っ張ってくる指先。言わずもがな俺の真横で寝ていた、

 

「…………おい、どこ行く」

 

 尾形百之助。

 ガチ寝起きの掠れた声で追及してくる。自慢の前髪がすっかり乱れてしまっている。

 

「おはよう」

「ん……」

 

 一応あいさつしてみる。呻きだけが返ってきた。もともと寝起きが悪いほうではなかったとは思うが、何だか今日は眠そうだ。目が開いていない。

 

「アシㇼパがキナポ漁に連れてってくれるんだって」

「キナ……何だ……?」

「マンボウだ」

「マンボウ……」

「夏しか獲れないからな」

 

 眠たげな視線があっちに行ったりこっちに来たり。わかりやすく困惑している。会話の理解ができないのは俺がまだ覚醒していないからなのか、とでも言いたげな雰囲気だ。

 

「百之助も行く?」

「…………」

 

 ぎゅっと目を瞑って。文字起こしできない不明瞭な唸りを喉の奥から絞り出してくる。

 うん、見るからにまだ眠そう。珍しいな。

 

「ねむい? 待ってる?」

 

 まだ起き上がる気配のない尾形の崩れた前髪を、それとなく整えてやる。幼少期を知ってしまっているぶん、こんな状態でもセクシーというよりは微笑ましいんだよな。

 

「フフ……心配しなくても、捕まえたら百之助の分も残しておくよ」

「いらん」

 

 いきなり食い気味に拒否された。あれ、そういうことじゃない?

 ぐしゃぐしゃと髪を掻き乱して、大きく息を吐き。勢いづけたように、上体を起こす。

 

「……ちょっと待ってろ」

「百之助も来るんだな!」

 

 そういうことになったらしい。

 ウミガメ漁はパスして、マンボウ漁にはついてくるのはどういった心境なのか。相変わらずよくわからん。

 まあとにかく話も纏まったし、と改めて立ち上がったところで。

 

「おい……銃。目を離すな」

 

 枕元に置きっぱなしだった三十年式を、軽く投げて寄越される。おっと。普通に3キロ以上あるんですけどね、これ。

 なんとか銃を受け止めた俺を見て、アシㇼパが不思議そうに、

 

「でも、銃は使わないぞ?」

「……そういう問題じゃねえ」

「ふふ」

 

 アシㇼパは納得いかないような顔をしていたが。色々あるんですよ、狙撃手には。

 

 

 

 

 昨日も乗せてもらった妹の夫の船に、今日は尾形とアシㇼパと乗る。

 波に揺られる尾形はフードの下でまだどこか眠たげな顔をしていて、

 

「くぁ────む、」

 

 超・あくび。

 しかも、

 

「…………」

「……百之助、舌しまい忘れてる」

 

 髭面成人男性の猫ちゃんムーブ、リアルで見るとなんかこう……全ての感情を超越して『衝撃』が最初に来るな、と思った。

 眠気を覚ますためか、ぐるっと首が回って。それが、微妙な位置で止まる。

 見ている。……俺の腕?

 

「……?」

 

 何かあったっけと視線を落とした瞬間──左手首に巻いていた黒のリボンが解かれて、抜き取られる。

 

「あ……」

 

 そういえば髪、解いたままだった。今さら気づく。

 野宿の場合は、寝る時にも不測の事態に備えてポニーテールのままのことが多い。とはいえ普通に邪魔なので、チセに泊まらせてもらったりする際にはわりと解いたり、下で緩く結び直したりしているのだが。今日に限って忘れていたな。

 

「…………」

 

 そのまま、やんわり肩を掴まれて。背中を向けさせられる。

 髪に指が通る感覚。……尾形に髪を結んでもらうなんて、実家にいた時以来だ。

 

「ありがとう」

 

 礼を告げてはみたが、当たり前のように無言が返ってきた。代わりにと言っては何だが、確信犯疑惑のあるアシㇼパが口を挟んでくる。

 

「メコの耳もかわいいけど……私は下ろしたままでも似合ってると思うぞ?」

「邪魔だからなあ……」

「…………」

 

 前世では当然のように短髪だったので、こんなに長い頭髪があるという時点でそこそこ不愉快なのだが、その点はしょうがない。だが、これを放置しておくのは耐えられない。そういうことだ。

 尾形がなぜか意味深な目でアシㇼパを見ている。ポニテ萌えの性癖でもあんのかな?

 俺の髪の話をしてもしょうがないので、マンボウの話題を振ってみる。

 

「アイヌはマンボウも食べるんだ」

「いや……本州でも、宮城や千葉なんかの沿岸部では食う習慣があるらしい」

「そうなの?」

「俺も実際に食ったことはない」

 

 へええ。前世でも知らなかった知識だった。

 

「百之助は物知りだねえ。アシㇼパもそうだけど……」

 

 大インターネット時代の申し子俺よりよっぽど様々なことに造詣が深い。やはり宝はただ持っているだけでは意味がないのだなあ。

 

「……兵営で聞いただけだ。第七師団はあちこちの地方からの寄せ集めだからな」

 

 髪を撫でつけながら、尾形がそっけなくネタバラシをする。

 

「マンボウ、楽しみだね」

「…………」

「あ! いたらしいぞ!」

 

 指差す先を見やる。……なるほど、大海原に揺蕩う巨大な灰色の板っぺら。

 マンボウの昼寝、諸説あるらしいが、未だ特定されていなかった気もする。

 マンボウに近づいて、一際船が揺れた。アシㇼパが、借りた銛をその巨体に打ち込んでいた。

 

「気をつけて」

 

 固定されたその体に、マキリ片手に軽々飛び乗るアシㇼパ。俺だったら重くて沈んでしまうだろうな。体重の軽い彼女にしかできない荒業だ。

 こちらを見てにかっと笑ったかと思えば、

 

「すぐに食わせてやるからな……!」

「あ、生きたまま捌く感じ?」

 

 躊躇なく突き立てられるその切っ先。既に拘束されたマンボウにもはや成す術はなく、ただぎょろぎょろと眼球を動かすのみ。かわいそう。

 

「あんまり意識したことなかったけどマンボウって顔気持ち悪いな」

「…………」

 

 もはや俺たちにできることはないので、尾形と並んでマンボウの解体を見守る。俺の呟きに、手際よくマキリを振るっていたアシㇼパが反応した。

 

「カムイユカㇻに、人間の始祖である半人半神の英雄オイナカムイが、鬼と術比べをするという話がある」

「鬼?」

「ああ。オイナカムイはそれに勝ち、鬼の体を海に投げ込んだ。その体の半分がマンボウになった、と言われている。……よし、大体皮が剥げたぞ」

 

 なかなかとんでもねえ言われよう。マンボウが何したってんだよ。顔がキモいだけなのに。

 俺が今まさに殺されかかっているマンボウの風評被害を憐れんでいる間にも、アシㇼパはその体内に腕を突っ込み。

 

「これが……っ、肝臓!」

「でかっ」「危なっ」

 

 ひと抱えもありそうな白っぽい塊。体面積の1/10くらいを占めてないか?

 アシㇼパの身を案ずる俺たちとは対照的に、アイヌたちははしゃいだ様子。

 

「キナポスㇺ!」

「なにか喜んでる」

「マンボウは肝臓の油が大事なんだ」

 

 油。魚油ってやつですか、江戸時代にネコマタが舐めてたりする。発想が貧弱で申し訳ない。

 

「ヒグマやシカから採ったりもする。アイヌにとって、その生き物に油がどれくらいあるのかっていうことはとても重要なことだ」

「寒い地域だからかな……」

 

 寒冷地ゆえに、植物油より動物油のほうが主力なのか。

 アイヌたちに肝臓を手渡したアシㇼパは、再びマンボウの上でしゃがみ込んでしまう。まだ何かするんです?

 

「マンボウの肉も食べろ!」

「むぐ」

 

 ……と思っていたら、おもむろに切れ端を口の中に突っ込まれた。マンボウの刺身?

 

「時間が経つとすぐ不味くなる」

「うん………………味がない。ヒンナ」

 

 食べた感触としては、ふぐ刺しとかイカ刺しに近い。こりこりしているが、味らしい味がない。

 

「百之助も、……起きてる?」

 

 フードを目深に被って胡座をかいたその姿、どう見ても寝ているようにしか見えなかったが。尾形は俺の呼びかけに顔を上げ、薄く唇を開いてきた。食わせろってか。

 アシㇼパからどんどんおかわりが来てしまうので、食べつつ、尾形の口にも入れる。

 

「ヴェッ」

「酢味噌とか……合いそうだね」

 

 精一杯のフォローでやんす。

 

「……刺身はそうして食うらしい」

「スミソ?」

 

 アシㇼパが食いついてくる。ああ、味噌を知らないなら酢味噌を知る訳ないか。

 

「あー、えーと……酸っぱいオソマ?」

 

 わかりやすさを目指し、アシㇼパの味噌知識に絡めて答えてみたが、彼女は楳図かずお作品のびっくり顔のような表情になって。

 

「シサㇺはすごい調味料を使うんだな……」

「誤解を生んでねえか」

「下痢ってことか?」

「…………、まあそうだね」

「おい」

 

 明らかに食欲を失うやり取りだったが、排泄物呼ばわりしてなお味噌フリークのアシㇼパはじゅるりと涎を啜り。

 

「酸っぱいオソマは気になるけど、杉元が腹を壊すのはかわいそうだ……」

「不死身だからいんじゃない?」

「…………」

 

 ていうか、あの米味噌自体も杉元からひり出されてる訳じゃないんだけどね。

 面倒だから訂正しない。許せ杉元。

 そのまま、まだマンボウの上のアシㇼパとともに刺身を頂く。味がない。

 

「百之助ぇ、ヒンナか?」

「…………」

 

 懲りずに呼びかけてくるアシㇼパ。いや、本編でも尾形がイエスヒンナしたのは樺太で、

 

「また言えないのかぁ〜? うん?」

「ヒンナ」

 

 ──言った。

 しかも結構はっきり。

 

「え、」

「ヒンナ」

 

 尾形の「ヒンナ」に、アシㇼパがクララが立ったハイジのような表情になる。尾形が言った! ……で、その興奮を隠しきらない顔のまま、俺をぱっと振り返り。

 

「……!!」

「あ、うん。聞いてたけど」

 

 なんか……そこまで親身に喜んでやれなくてごめん。どういう魂胆、みたいなほうに目が行っちゃったよむしろ。

 

「次は杉元たちの前でも言えるようになろうな……!」

「…………」

 

 無理でしょうな。

 

「あとは……腸が美味いらしいんだが、これは火を通したほうがいいな」

「長っ」

 

 容赦なく引きずり出されるモツ。マンボウが既に死んでいることを切に願う。

 そもそも目立つ部位が筋肉と肝臓と消化管しかないのだな。かなりシンプルな体の構造をしている。

 そして、ひと通りの剥ぎ取りが済んだところで。

 

「……何してるの?」 

 

 アイヌたちの手によって、空いてしまったスペースに詰め込まれる木屑。いや、これは確かイナウ……アイヌ文化における神への捧げ物だった気がする。アシㇼパが綺麗に剥がした皮で蓋をして、リリース。

 

「肉や肝臓をもらった後はこうして、海に還すのが決まりなんだ。そうすれば、再び生き返って泳ぎ出すと言われている」

「え、マジ?」

 

 アイヌ文化、奥が深いぜ。主に死生観が今まで学んできたそれとだいぶ異なる。まるで尾形百之助だな……いやこれ悪口。

 まあ、何にせよ。

 

「キナポが獲れて良かったね」

 

 アハハ、ウフフ(尾形を除く)。

 というか、今までは原作に入ったらそのイベントをなぞるだけと思っていたが。思いがけず貴重な経験ができました。

 まあ、三次元で生きてるんだからそういうことも普通にあるよな。……そういう意味でも重要な経験ができた気がする。

 

「……酢味噌くださーい」

「しょうがない、浜に帰ったら杉元に出してもらおう」

「…………」

 

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