【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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26話 小屋とラッコ鍋と私

 結局、あれから。

 若干ながら船酔いしてしまった俺は、アシㇼパの勧めで、尾形とともに先んじて浜まで送り届けてもらっていた。

 未だ元気いっぱいなアシㇼパは、まだ彼らのマンボウ漁に付き合うつもりらしい。パワフルだな。

 

「あー……イヤィラィケレ?」

 

 俺の発言に、わざわざここまで俺と尾形を運んでくれたアイヌたちが笑顔を見せる。

 

「合ってたみたいだ」

 

 アシㇼパからちょっぴりアイヌ語を習っておいてヨカッター。俺が使える単語、「ありがとう」と「こんにちは」くらいしかないけど。

 再び漁に戻るらしい彼らを見送ったところで、隣の尾形が控えめに呼びかけてくる。

 

「……大丈夫なのか」

「うん。……というか、2人が大袈裟なんだって」

 

 ちょっと気分が悪い、程度であそこまで騒がれるとは思わなかった。

 実際、今はもうほとんど平気になったし。とうに成人した女に対して過保護すぎるんじゃないのかね。

 

 

 

「フフ……ほら百之助、ハマナスの実」

「いらん」

 

 浜に戻ってきたはいいが。

 特にやることもなく暇なので、チカパシを通訳としてアイヌ相手に物を売ってみたり、打ち上げられた海藻を拾って食べたり(尾形に止められた)、砂浜で白石と銃を使った棒倒しをしたり(尾形に止められた)して、適当に時間を潰している。

 今は、インカㇻマッが貴重な食料と言っていたハマナスの実を尾形と食べ……食べさせているところだ。強引に。

 

「だからいら、……」

「あ、インカㇻマッと谷垣源次郎だ」

 

 視界の端に見慣れた姿が見えたので、尾形の口にハマナスを押し込むのをやめて、そちらに体を向ける。

 2人は砂浜に何か茣蓙のようなものを敷いて、並んで座っていた。なぜか谷垣は上裸だったが、よく見ればインカㇻマッの手元に着ていたらしいシャツがある。

 

「杉元がちぎったボタンを縫いつけてあげてるみたいだな……夫婦みたい」

「フン……」

 

 しかしインカㇻマッ、顔に傷(痕)のある男性が好みらしいが。この嗜好を形成したのがウイルクであろうことを踏まえると、谷垣の顔面はかなりウイルク度が低いんだよな。あの程度でいいのかよという。

 そんなことを考えながら2人を観察していたら、何かを持ったアイヌの男(老爺?)が彼らに近づいてくるのが見えた。

 

「誰か来た……何か手渡してる?」

 

 色からして肉? 珍味の気配。

 そちらへ向かおうとした背に、尾形の声が飛んでくる。

 

「おい、ひとりで行くな」

「百之助がついてくれば良い」

 

 何気なく返して思ったが、こいつは別に頼んだ訳でもないのに俺のそばをうろちょろしているのだ。構っても鬱陶しげな反応しかしないくせに、おかしな男である。

 今もまた、やや間を置いて後ろをついてくるごく小さな足音。狙撃手として癖がついているのか、尾形の歩みは非常に静かだ。

 

「あら」「……!」

 

 丘を下ってきた俺たちを見て、インカㇻマッは微笑み、谷垣はわかりやすく「うわっ」みたいな顔をして尾形に睨まれていた。

 彼女の切れ長の瞳が、俺と尾形をゆっくり見比べて、

 

「尾形カッケマッ……探していたご家族に無事、会えたのですね」

 

 そういえば、再会しつつも何だかんだゆっくり話す機会がなかったな。

 彼女から購入したエカエカは、今も手甲の上から右手首に巻き付けてある。

 

「うん。……あの時、占ってくれてありがとう。あなたの占いで勇気づけられたよ」

「いえ、私はそんな……」

 

 微かに頬を染めて、首を横に振るインカㇻマッ。可愛い。……と思ったのも束の間、

 

「…………」

「……、?」

 

 なぜか、無言で俺を見つめてくる。何か言いたげで、でもそれを躊躇っているような、なんとも言えない表情だった。

 

「イン、」

「ウムレㇰ エチネ カ ヤ?」

 

 俺の呼びかけを遮る形で、蚊帳の外だったやたら綺麗な目をした老人がこちらに声をかけてくる。顔面が妙に細長いな。

 

「…………」

 

 出鼻をくじかれたが、彼を無視してまで微妙な疑問を解消しようという気にもならず。先ほどの続きではなく、彼の発言に対する通訳を求めてインカㇻマッに向き直る。

 

「……アイヌ語はわからない、何と?」

「ええと……おふたりもどうか、と」

 

 肉の話か?

 俺が首を捻っている間にも、老人はその丸ごと肉を綺麗に背骨から真っ二つに割って。こちらに差し出してくる。

 いや、ていうかこの肉、原作にも出てきていた気がしたけど何だったっけ、

 

「これは?」

「ラッコの肉です」

 

 出、出〜!

 海獺肉奴〜!

 鍋匂欲情脱衣相撲回奴〜!

 瞬間、原作以外でも繰り返し見たワンシーンが走馬灯のようにフラッシュバックする。

 いやでも珍味は珍味だ、現代でラッコの肉を食べる手段なんかほぼないのだから。

 

「いら、」

「イヤィラィケレ」

「…………」

 

 尾形の否定を遮って、老人から肉を受け取る。

 

「煮て食べればいいのかな?」

「そ、そうですね……」

 

 妙に歯切れが悪いインカㇻマッ。ラッコ肉には欲情を煽る作用があると俺たちに言いたいが、谷垣がいるので言えない、という煩悶が手に取るようにわかる。

 

「…………」

「……何見てる、谷垣一等卒」

「い、いや……」

 

 むしろ谷垣は、俺に振り回されている尾形のほうに興味があるようだが。“あの”尾形上等兵が、おとなしく身内の面倒を見ているのが意外だったか。

 

「じゃ」

 

 顔が真っ赤のインカㇻマッがハマナスを採りに行きたげだったので解放してやり、また気ままな2人歩きに戻る。

 谷垣の姿が見えなくなった辺りで、1.5歩後ろを行く尾形が、

 

「訳わからんものを受け取るな」

「訳わからなくない、インカㇻマッがラッコの肉だって言った」

「あの女は信用できない」

 

 大して絡みもないわりにいきなり好感度がクソ低い。鶴見中尉との繋がりが露見する前だっていうのに、野生の勘か何か?

 

「腹も減ったし」

「そんなもの食うんじゃねえ、捨てろ」

 

 容赦ねえ。

 とはいえ、わざわざ貰ったものを捨てるのもねえ。そんなことを考えている間にも、俺から少し離れた尾形は、取り出した双眼鏡で遠くを眺め出してしまう。

 ……と、いうか。

 このまま放っておいたら、俺もあのラッコ鍋騒動に巻き込まれるんじゃないのか? ラッコ肉の味は気になるが、女の身で興奮した屈強な男5人に囲まれるのはちょっと不安だぞ。尾形だけならともかく。

 どうしてあんなことになったのだっけ。

 本筋というか尾形に関係のないことの記憶、いよいよ穴抜けだらけになりつつあるな。漠然とした不安を覚えつつ、空を往く海鳥を眺める。

 そこに、

 

「タマ!」

 

 尾形が、双眼鏡片手に駆け足で戻ってくる。珍しくも焦ったような顔。

 

「どうしたの」

「……まずいぞ」

 

 言いながら、水平線の向こうを振り返る。そういえば、俺も双眼鏡持っているのに全く有効活用できてないな?

 思いながら視線を向けた先。

 

「何が、……!」

 

 息を呑む。

 唸りを上げながら、こちらに接近してくる黒い雲のようなもの。その正体とは、

 

「バッタ!!」

 

 飛蝗じゃん!

 あっという間に視認できる距離まで飛来してきたかと思えば、バシバシ体にぶつかってくる大量のバッタたち。気味が悪いし痛い!

 慌てて外套のフードを被ったが、この状況では焼石に水だ。

 

「いたた、齧られてるっ」

「あそこに避難しろッ」

 

 手首を掴まれて引っ張られる。遠慮のない力の入れ方で、少し痛い。

 向かった先は、平屋の木造建築。原作で避難した番屋かとも思ったが、

 

「……杉元たちは!?」

 

 建物の中に入ってなお、彼らがこちらに来る気配はない。俺は一瞬慌ててしまったが、尾形は落ち着いた様子で、

 

「向こうにも番屋がある、問題ないだろ」

 

 言いながら、ぴしゃんと後ろ手に扉を閉めた。

 

 

 

「……バッタがいっぱい……」

 

 虫が苦手という訳でもないが、このレベルになるとさすがに気持ち悪い。という訳で窓にはできる限り近寄りたくないのだが、窓辺に立つ尾形は平気な顔で外を眺めている。

 

「“飛蝗”ってやつだ」

 

 バッタの羽音に紛れてしまいそうな尾形の呟き。蝗害のことだろう。聞いたというか、その名を見たことだけはあった。

 

「洪水やら何やらで条件が重なると大発生する時がある」

 

 ──ぐきゅるるる。

 う。盛大に腹が鳴った。だから、朝からマンボウの刺身しか食べていなくて、腹が減っていたんだって。

 尾形が一瞬こちらを見て、再びガラス窓に向き直る。

 

「……こいつらが集団で飛び立つと、何十キロもの距離を移動して、海だって越えちまう」

 

 ぐるるっ。

 

「移動した先々では農作物はもちろん、」

 

 コロコロッ。

 

「……草木は食い尽くされ……家の……」

 

 コロコロコロコロッ。

 

「…………」

「…………」

 

 視線が痛い。いや、別に鳴らしたくって鳴らしてる訳じゃあないですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……で。結局。

 

「捨てろって言ったのに……」

 

 囲炉裏にかけられた鉄鍋、その中でぐつぐつ煮えるぶつ切りのラッコ肉。

 

「お前の腹の虫はバッタより厄介だ」

 

 鍋の用意を手伝ってくれた尾形が、淡々とそう吐き捨てる。

 そう。彼はただ、腹減りの俺に食事を与えてくれようとしているに過ぎない。

 ただ、この肉はラッコなのだ。

 当然、頭を過ぎるあのワード。

 

 ──これ……合法的なウコチャヌㇷ゚コㇿチャンスか?

 

 いや、成人同士がウコチャヌㇷ゚コㇿするのに、違法も何もないのだが。俺たちは血筋的には赤の他人な訳だし。

 でも、今まで自然に2人きりになれる夜なんてなかったしな。まず尾形にその気がなかっただけだろとかは言ってはいけない。

 これは、チャンスなのでは。

 そうかな? そうかも……

 

「しかし……やけに臭う肉だな」

「うん……でも窓は開けられないし……」

「腐ってたんじゃねえのか」

「死にたてって感じだったけども」

 

 飛蝗のせいで閉め切られた部屋の中、ラッコの煮える匂いが充満していく。ちょっとしたサウナ状態だ。しかも臭い。

 

 ──ラッコの煮える臭いは欲情を刺激し、ひとりでいては気絶するほどなのだという(原作12巻より)。

 

 さて、いよいよクライマックスという感じだが。ちらっ。様子を横目で窺う。

 

「…………」

 

 なるほど、尾形がどう見ても色っぽ……いやよくわからん!!

 やや顔を顰めて、暑そうではある。

 さあ、これからどう動く、

 

「頭がクラクラする……」

「大丈夫か百之助ッ」

 

 なるほど、セオリー通り来たか(?)。

 実際にふらついたその体を、近くまで行って支える。ぐったりしていて、呼吸が浅い。ここまで弱っている姿は初めて見るかもしれない。

 なんか苦しそうで可哀想。

 

「横になれッ、今すぐにッ!」

 

 こちらも原作通りのムーヴで行ってみる。で、

 

「胸元を開けて楽にしたほうがいい、」

 

 ……とりあえず……脱がしとくか。

 原作通りに。

 暑そうだし。他意はない。

 シャツはともかく、ズボンはダルいから前だけ開けておけばいいや……と思ったところで、あっ、これ抱き枕カバー(公式)で見たやつだ!

 全部脱がせろと言われていたあたり、原作の尾形はガチ全裸だった可能性があるんだよな。

 

「…………」

 

 マグロ尾形、ここまでされるがままで、浅い呼吸を繰り返しながらじっとしているだけ。淡く滲んだ虹彩が、虚ろに天井を見つめている。

 日に焼けない白い肌が薄っすら赤く色づいて。乱れた黒髪が、汗ばんだ額に散らばるその姿。指先でなぞった頬は、熱い。

 

「……百之助……」

 

 何となく、彼の名前を呼んで。

 そこではた、と。

 気づいてしまった。

 いや、

 

 ──別に俺、尾形百之助とウコチャヌㇷ゚コㇿしたくねえな。

 

 うむ。

 見誤っていたな。何を?

 冷静に考えて、したい訳がない。

 俺は男で、まあ自認としてはノンケ寄りだったし、尾形は血が繋がらないとはいえ身内だ。積極的になる要素がない。

 そもそも、俺のほうは特に身体的な変化を感じていないのだが?

 

「…………」

 

 立ち上がる。

 数歩動いて、元いた位置に腰を落ち着け、椀に鍋の中身をよそう。

 

「…………」

「獣臭っ」

 

 リアル抱き枕と化した尾形の寝姿を眺めながら、ラッコ汁を啜る。なんかこんな感じのシュールAVあったよな。

 興奮した男を裸同然に剥いておきながらそれを放置していきなり飯を食い出す異常成人女性が爆誕してしまったが、別に俺自身は興奮してないんだからしょうがない。

 本来なら強引に迫ってでも一発ズドンしておくべきシチュエーションなのか? でもなあ。

 そもそもの生育歴が特殊なので、色仕掛けが効くタイプの男でもなくない?

 普通の男なら抱いた女に情を抱くのだろうが、尾形百之助は普通じゃないから。何せ、一番性欲を持て余してそうな時期ですら乳揉みを躊躇うレベルの男だぞ。メリットがものすごく有るというなら考えなくもなかったが、はっきり言って無さそう。

 尾形も動く気配はない。

 ……別にこいつも、俺としたい訳じゃないらしい。まあ、わかっていたことだけど。

 

「ふー……」

 

 硬く、生臭い肉を黙々と咀嚼して。とりあえず、腹は満ちた。

 箸を置く。窓を見る。まだバッタが大量にへばりついている。これからどうしよう。

 ……それを眺めていたら。迫る人影に対する反応が、遅れた。

 

「……え、」

 

 影が落ちて、視界が暗くなって。ようやく、佇むそれに気づいた。

 尾形の手のひらが、俺の肩を押す。一切身構えていなかった体は簡単にぐらついて、その場にひっくり返る。その弾みで普通に後頭部を強かにぶつけた。いてえ。

 

「いっ、」

 

 頭を抱えて痛みに悶える俺に、ゆっくり覆いかぶさってくる熱。

 ぎし、と板張りの床が軋む音。──半裸の尾形百之助が、熱っぽい瞳で俺を見下ろしていた。

 

「えっちょ、オガタ、……!?」

 

 骨張った手が、着物の袷目から滑り込んでくる。熱い。火傷しそうだ。

 そこまで考えて。

 いや、これは。

 

「っ、……」

 

 し、しちゃう!?

 ウコチャヌㇷ゚コㇿ!!

 いやあの、さっきはああ言ったが、前も言った通りに別に尾形本人がその気なら俺は吝か寄りの吝かでないというか、まあ前世では男だったけど今世の肉体は女な訳だし、これは単なる自然の摂理として、

 

「んッ」

 

 ──顔が、首筋に埋まって。

 思考が、停止した。

 髪が、髭が肌に当たってこそばゆい。熱い吐息が喉元を撫でていく。尾形は、雄として明らかに興奮しきっていた。

 妙に爽やかな香り。これは彼の整髪料の匂いだろうか。不思議なことに、そこで初めて、もう大人の男なのだなあ、と思う。

 尾形の顔が、迫ってくる。目を瞑る。

 ああ、もうごちゃごちゃ考えるのはやめだ。

 いけーっ 淫売の息子!!

 

「わぅ」

 

 ……が。

 想定していた感触は、なかった。

 代わりに、頬を這うざらついた舌。

 あれ、舐められている?

 

「ん、う、……百之助?」

 

 ぐる、と尾形が喉を鳴らす。満足気な響きだった。

 そこからさらに何かしてくるかと思ったが……繰り返し、頬を舐めてくるだけ。ええ。

 はっきり言って拍子抜けだったが、尾形は本当にそれ以上のことをしてくる気配はない。これマジ?

 

「ン猫ちゃん……いでで」

 

 尖った歯並びが頬肉に食い込んでくる。かじるのはやめてください……じゃなくて、

 

「ひゃくのすけぇ〜……」

 

 んもう猫ちゃ、いや乳くらいは揉めや!

 二敗!!

 

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