【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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29話 嫌な予感?

 屈斜路湖を離れ、北見にて。

 

「写真を撮らないか?」

 

 杉元が、おもむろにそんなことを言い出した。何でも、この町には写真館があり、土方歳三の古い知り合いである写真師が招かれているらしい。

 唐突かつ場違いな提案に、

 

「何だって急に写真なんか……」

 

 “本来の目的”の1人であるキロランケは怪訝な顔をしていたが、この謀計を案じた当の杉元は落ち着いたものだった。

 

「アシㇼパさんの写真を、フチに送ってあげようと思ってね」

 

 ──本来の目的とは。

 疑惑の渦中にあるキロランケとインカㇻマッの人相を手に入れて、その正体を探ること。

 まあ、そんなことはもはや俺には関係のないことなので、普通に撮影会に参加する。

 

「…………」

「百之助」

 

 で。さりげなく出て行こうとするその襟首を引っ掴んで、捕獲。

 原作でもこいつのカットはなかった気がするが、やはり撮っていなかったのだろうか。

 

「……俺はいい、」

「何だよ尾形ァ、お前まさか、魂抜き取られるとかいう前時代の噂話信じちゃってんのぉ〜?」

 

 出た煽りの杉元。不名誉な二つ名ばっかり増えていくぞ杉元。

 

「…………」

「百之助〜〜……タマが撮りたいと言ってるんだから撮ってやれ? な?」

 

 「ブチ殺すぞ」みたいな目で杉元を見ていた尾形だったが、アシㇼパによるダメ押しが入ったことで諦めがついたらしい。

 

「……1枚だけだ」

「駄目だ、並んでるのも撮らないと!」

「…………」

 

 谷垣との件でさすがに懲りた。

 こいつは俺とのことを周りの人間に言うような男ではない。その気になれば、尾形は俺を容易に振り切ってしまえる。客観的な証拠が必要なのだ。

 

「さあ、撮りますよ」

 

 俺たちの番が来たのは、皆一通り撮り終わった後だった。それぞれ1人だけの写真を1枚ずつ撮った後に、撮影用バックペーパーの中で、肩を並べる。

 尾形は最後まで納得していないようだったが、逃げ出していないだけ頑張っているほうだろう。

 

「そうやって並ぶとよくお似合いだ……ご夫婦ですか?」

 

 当然のように銃を担いだままの尾形(まあ俺も持ってるけど)が、隣の俺を一瞬見て。

 

「……違う」

 

 まあ、事実だしな。

 尾形の呟きに、写真師──田本は刻まれた皺をさらに深めて、笑みを浮かべる。レンズを通して、さまざまな人生を見てきた含蓄のある微笑みだった。

 で、撮影室を出たところで、神妙な面持ちで待機する谷垣とばったり。あれ、俺たちで最後かと思っていたんだが?

 

「谷垣源次郎……まだ撮ってなかったのか?」

「あ、ああ……なぜか、あの写真師に“最後でもいいか”と聞かれて、」

「次の方ぁ! どうぞ!」

「……!!」

 

 扉を貫通する声量に、真面目な谷垣は飛び上がる勢いで席を立って。ばたばたと、撮影室に消えていく。それから間もなく、

 

『いいよ、いいよぉ!』

『あの……すみません、ほんとに脱がなきゃダメなんでしょうか、』

『他の人たちはみんな脱いだよ!?』

「…………」

「聞くな」

 

 含蓄がある……んだろう、多分。

 

 

 

 

 ──現像が終わった写真を、そっと指でなぞってみる。変な手触り。あんまり直接触らないほうがいいのかもしれない。

 兎にも角にも、尾形百之助の写真ゲットだぜ。

 

「次に百之助がいなくなったらこの写真で探す」

「いいじゃん〜」

 

 実家に写真があればねえ。それなら谷垣も信じただろうし、色々な面倒ごとをスルーできた気もする。

 お祖父様が特に古い人間だったので、そんなハイカラな文化は我が家には入ってきませんでしたね。一面のクソミドリしかないクソ田舎だったし。

 

「あれ……そういえば、タマさんの写真は?」

 

 杉元に言われて、ようやく気づく。尾形の写真が目的だったけど、現像が済んだ写真は一通り見ていた。その中には無かったような。

 

「……出してもらった中には無かったけど」

「そうなのか?」

「ちゃんと撮ってたよな?」

 

 アシㇼパが問うてくる。それは確かだと思うが。

 あと、現実的に考えられる線としては──

 

「誰か持っていったのかな」

「ええ、」

 

 アシㇼパの写真はともかく、なぜか谷垣源次郎のセクシーブロマイドまで持っていた杉元という例もある。誰か、俺の容姿が気に入った人間が勝手に取ったのかもしれない。

 俺が写真を見せてもらったのはかなり早い段階(尾形が自分の写真を回収しそうだと思ったから)のことだったのに、随分と手の早いことだ。

 

「……まあいいや!」

「いいんだ?」

 

 杉元は驚いていたようだが、SNSもないこの時代に、そこまで個人情報に対するこだわりがある訳でもなく。

 

「別にいらないし……」

 

 それに。唇をなぞりながら、呟く。

 

「自分の顔はそんなに好きじゃない」

 

 尾形とのツーショットを持っているのは、やむを得ずだ。本当はこれだって欲しくはなかった。

 鏡を見るたびに、鳥肌が立つ。

 平気で尾形タマのふりを──普通の人間のふりをしているその貌。悍ましい。

 一瞬、沈黙が落ちて。

 

「……私はかわいいと思うぞ?」

「美人さんだよねえ?」

 

 空元気のアシㇼパと杉元が、口々にフォローしてくれるが。そういうことではないんだ。外見など単なる飾りに過ぎない。

 

「とにかく、いいんだ……」

 

 2枚の写真を着物の袷目にねじ込んで、彼らに背を向ける。

 杉元とアシㇼパはまだ何か言いたげだったが、見えない、聞こえないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 写真師田本に別れを告げ。北見を出て、とうとう網走監獄の目と鼻の先までやってきた。

 相変わらず、ウイルク殺害を阻止するための良い案なんてものは浮かんでこない。

 ……そもそも、今までのことだって、俺が知恵を働かせて何とかしてきたという訳でもないのだ。トメは勝手に失踪して自殺、花沢親子に至ってはノータッチ。俺は結局、何もしていない。できていない。

 

 ──変えられるのか、俺に。

 

 浮かんできた不安を、頭を振って払う。こんなところでめげていたら、尾形百之助の悲劇的な死を阻止するなんて土台無理だ。

 ウイルクの射殺は、巡り巡って尾形がアシㇼパの毒矢で片目を失うトリガーとなり得る。

 とにかく……何とかしなければ。

 俺が、何とか、

 

「──はい出ましたチタタプ!!」

 

 杉元のがなりで、はっと我に返る。

 ……そうだ、今は潜入の下準備も済み、網走近郊のコタンで夕飯の支度をしているところだった。決行前夜、全員揃って食事をするのも、これで最後。

 これからのことは考えずに、少しくらいは楽しむか。

 

「チタタㇷ゚とは本来、鮭のチタタㇷ゚のことを指すんだ」

「チタタプの中のチタタプ!!」

「痛ててッつねった!!」

 

 なぜかキマった目でキロランケに飛びかかり、二の腕の下を抓り出す杉元。そこ痛いところじゃん。

 

「エラと氷頭をチタタㇷ゚する。チタタㇷ゚すればするほど美味しくなる」

「チタタプ言えよ夏太郎ッ」

「チ、チタタプ、チタタプ……」

 

 ほぼ初対面なのに不死身のチタタㇷ゚にチタタㇷ゚強要される夏ちゃん。チタハラやめな〜?

 

「何なんだあいつ?」

「杉元はチタタプのこととなると見境がないからなあ」

「どういうことだよ……」

「ハイッ次タマさんの番ッ」

「はいはい」

 

 攻撃された二の腕をさすりながら呆れ顔のキロランケ……を横目に、俺もチタタㇷ゚に駆り出されることとなった。

 

「チタタプチタタプ。……はい、次は百之助でいいのかな?」

「…………」

「……尾形〜〜〜?」

 

 俺から受け取った小刀で、無言でチタタㇷ゚始める尾形を、当然見逃さないアシㇼパ。

 

「みんなチタタㇷ゚言ってるぞ? 本当のチタタㇷ゚でチタタㇷ゚言わないなら、いつ言うんだ?」

「…………」

「みんなと気持ちをひとつにしておこうと思ったんだが……」

 

 フウ、と息を吐いたアシㇼパが立ち上がり、こちらに背を向けたその瞬間。

 

「──チタタプ、」

 

 消え入りそうな声で、淡々と紡がれたその一言。真隣にいた俺にはもちろん聞こえたが、

 

「……!? 言った!!」

 

 クララが立ったハイジリターンズである。次は杉元たちの前で言えるように。釧路でのその願いが叶った訳だから、彼女としては喜びもひとしおだったのだろう。

 

「聞いたかタマ!?」

「聞いてたよ」

「なあ! いま尾形がチタタㇷ゚って、」

 

 喜色満面のアシㇼパとは対照的に、スン……とした顔を向ける杉元谷垣。

 

「んも〜〜!! 聞いてなかったのか!?」

 

 しかし尾形、原作ではこの後、普通に裏切ってくる訳でな。なんか……最後だからちょっとくらい情けをかけとくか……みたいな気分になったのかな? 知らんけど。

 

 

 

 

 鮭のチタタㇷ゚、身の串焼き、米とヒエの粥にイクラを入れたチポㇷ゚サヨ、塩煮ジャガイモのマッシュとイクラを混ぜたチポㇿラタㇱケㇷ゚──と料理が出揃ったところで。

 豪華な夕食が始まった。

 漁と料理を多少は手伝ったとはいえ、こんな良いものタダで食べちゃっていいんですか?

 ──インカㇻマッと谷垣のもだもだがあったりしつつも、宴もたけなわとなってきたところで。

 

「どうした、杉元」

 

 杉元がおもむろに席を立ち。隣のアシㇼパが、それに声をかけた。オソマかな?

 

「クッチをたくさん食べたせいで肛門が痒くなったか? ここで掻いてもいいんだぞ」

「ヤダァ〜アシㇼパさんってば!」

 

 いつもの調子でぷんすこ怒りながら、俺の背後をすり抜けて──

 

「……!」

 

 その瞬間。

 見えない位置から軽く、着物の袖を引っ張られた。

 とっさに視線だけ動かして彼を見る。目が合った杉元は、さりげなく右手を動かした。その微かに持ち上がった人差し指は、チセの出入り口を──外を指差している。

 

「…………」

 

 どういう意図だ。

 別に、拒否する理由はないが。

 かと言って、すぐさま彼の後を追って出て行くのも気が引けた。とりあえず、茶碗に残った飯を全て片付けてから、そっと席を立つ。

 

「タマ、どこか行くのか?」

 

 この騒ぎとはいえ、誰にも見咎められないはずはなく。アシㇼパが、軽い調子で呼びかけてくる。うーん、なんて答えるべき?

 

「……ちょっと花畑に雉を撃ちに……」

「混ざってる混ざってる」

「なんだ、オソマかあ」

「ぼやかした意味〜〜!」

 

 冴え渡る酔っ払い白石のツッコミをBGMに、そろっとチセを抜け出す。

 ……杉元は、少し離れた場所にただ立っていた。やはり、俺を待っていたのか。目が合って、なぜか逸らされる。

 

「……どうしたの?」

 

 寒い、早く戻りたいが正直な感想だが、杉元の横顔は何だかシリアスムードだ。

 少し、間が空いて。

 

「網走監獄潜入の前に……ひとつ確かめておきたいことがあるんだ」

 

 確かめておきたいこと。嫌な予感に身構えるより早く、

 

「──俺は、尾形百之助を信用してない」

 

 俺に向き直った杉元が、きっぱりそう言い放った。

 それは、わかっていたことだが。

 杉元が俺に告げたいこと──否、確かめておきたいこととは、それではないのだろう。

 

「あんたはもともと、あいつを追っかけて北海道まで来たんだろ?」

 

 だったら。……そこで、杉元は一旦言葉を区切った。引き結ばれた唇。

 どうしても尋ねたいのに、口に出してしまいたくない──そんな雰囲気だと思った。

 でも、決心したように顔を上げて。

 

「あいつがもし、俺たちを裏切った時……あんたは、尾形についていくのか?」

 

 ──クリティカルな質問だった。

 そして、いつか来るだろうと思っていた問いだった。さすがに、すぐには答えが出せない俺を見て。先ほどの勢いはどこへやら、萎れた様子の杉元が、再び口を開く。

 

「……タマさん。アシㇼパさんはあんたに懐いてる。信用してるんだ、」

 

 どうか。それを裏切るような真似だけはしないでくれ。

 琥珀色の瞳はそう訴えていた。

 アシㇼパは杉元佐一に愛されている。とっさにそんなことを思った。ああ。言うべきことは、決まっている。

 

「……ええ。私もアシㇼパが大切。彼女のこれからが心配でもある」

 

 杉元がわかりやすく表情を緩める。まさか俺が、アシㇼパに対してあんなクソガキどうでもいいとか言うとでも思っていたのか。

 ただ、俺は杉元が望む言葉を与えてやるつもりはない。単なるその場しのぎとしても、そんな誤魔化しは口にしたくない。

 

「でも、一方で安心もしている」

 

 俺もとい尾形タマは、アシㇼパに必要ない存在だ。元からそうであったように。

 

「あの子には杉元も、白石もいる。何があってもあなたたちがアシㇼパを守ってくれる確信がある」

 

 杉元不在の樺太においても、その意志を引き継いだ白石が立派に彼女を守った。

 

「百之助には誰もいない、」

 

 杉元も、アシㇼパも、土方も、鶴見も。結局、彼を必要とはしなかった。彼自身が振り解いてしまった手を、誰も手繰り寄せようとはしなかった。……当然の話だ。

 

「あちこちをふらふら行ったり来たりするコウモリを、真の仲間だと思ってくれる人間はいない。誰も彼を愛さない」

 

 誰もやらなかったこと。

 できなかったこと。

 それを誰かが成し遂げた時──尾形はその先に、何を見るのか。

 

「──俺には、尾形百之助の選択を最期まで見届ける覚悟がある」

 

 アシㇼパに俺は必要のない存在だった。

 ならば、尾形百之助は?

 彼が本当に俺を必要としてくれるかどうかは、これからわかることであり、自らの手で選び取らねばならないことだ。

 

「愛しているから」

 

 あなたが、アシㇼパを愛しているのと同じように。

 小さく息を呑んだのが聞こえた。それに、微笑みかける。

 

「だから……あなたはあなたの成すべきことをして。杉元佐一」

 

 杉元は、しばらく俺を睨むようにじっと見つめていたが。やがて、観念したように大きく息を吐き出した。軍帽の鍔を引き下げながら、

 

「……わかったよ。タマさん」

 

 いつも通り名前を呼んで、そう言ってくれただけで、今はじゅうぶんだった。否、それ以上を望むのは贅沢というものだろう。

 

「ありがとう、」

 

 杉元は軽く頷いた後、目を逸らして。

 

「ただ……本当にあいつには気をつけろよ」

 

 真に迫った口調だった。

 

「小さい頃からずっと一緒のタマさんに言うことでもないかもしれないけど……何か、嫌な予感がする」

 

 ……まあ、その嫌な予感が手遅れに繋がったことは既に何度かあるねえ、という言葉を飲み込んで、とりあえず頷いておいた。

 

「…………」

 

 杉元佐一。

 俺に背を向けようとしているその横顔を見て。ふと、思い出したこと。

 ……彼は、203高地で花沢勇作の死に様を見ていたのでは?

 

「っ、」

 

 とっさに、口を手で覆う。──どうして今まで忘れていたのだろう。俺が求めていた答えは、ずっとここにあったのだ。

 顔を上げる。

 

「……杉元……」

 

 俺の、蚊の鳴くような呼びかけにも。

 

「ん……何だい?」

 

 杉元は気負いなく応えてくれる。その優しい笑みを見て微かに胸が痛んだが、今を逃せばその機会はないかもしれない。

 

「こんな時に、嫌なことを思い出させるようで悪いんだが、」

 

 振り返った表情が、疑念にか微かに強張った。でも、続けるしかない。

 

「……花沢勇作少尉について……何か、覚えていることはないか?」

 

 杉元が、目を瞬く。純粋に不思議がっているようだった。

 

「……どうして?」

 

 当然の質問が返ってくる。誰、ではない。花沢勇作童貞防衛作戦に駆り出された彼には、顔にも名前にも覚えがあったはず。……この際、言うしかない、か。

 いや、そもそも杉元は土方の口からこのことを聞き、尾形もそれを知っていたはず。躊躇う必要はない、

 

「尾形百之助は──第七師団長……花沢幸次郎中将の息子だ」

 

 俺の暴露に、杉元が目を瞠る。

 

「……異母兄弟だったのか」

 

 この流れで、さすがに勘づいたらしい。まあ、少し考えればわかることだが。

 

「百之助の兄弟なら私にも全くの無関係じゃない……でも、百之助はきっと聞いても教えてくれないだろうから、」

「旅順攻囲戦で見たよ」

 

 気負いなく、答えが返ってくる。

 旅順攻囲戦──それは、俺も知っていた。原作で見た。杉元は、勇作が背後から尾形に撃ち抜かれて死ぬ場面を実際に、

 

「ただ……俺が見た時は、敵兵の弾に当たって怪我をして、後衛に運ばれていったようだったけど」

 

 ────は。

 

「…………え?」

 

 怪我。死んだところを見たならば、死んだと言うだろう。例えば、頭部を撃たれたとか。……でも、そうではなかった?

 

「息があった、……?」

 

 外したのか? 尾形百之助が。

 第七師団が誇るスナイパーが?

 有り得ない。

 

「え、ああ。旗を持てない、みたいな話をしていたから、手でも撃たれたのかな……」

 

 ……やはり、敵兵に撃たれていた?

 しかし、尾形は「死んだ」と言った。杉元の口ぶりからして、それが致命傷だったとは思えない。傷の治りが悪かったのか?

 運ばれた、その後、

 

「その後は……!?」

「えっ、その後!? いやっ、俺も詳しいことは知らないっていうか……!!」

 

 別の師団だったし!

 杉元のやけくそじみた叫びで、はっと我に返る。いつの間にか、彼の胸ぐらに掴みかかる勢いだった。慌てて手を離す。

 彼はそれでごほん、とわざとらしく咳払いをしてから、困ったように。

 

「ええっと……俺も、本当にちらっと見ただけだから……信憑性はないよ?」

「…………」

 

 杉元も、まさか俺がここまでの反応を示すとは思っていなかったのだろう。

 

「わかっ、た……」

 

 少し、落ち着いた。……そういうことに、とりあえずしておいた。

 

「……ありがとう、杉元。色々と」

 

 これ以上、彼を問い詰めても仕方ない。必要な情報は得られた。

 あとは、俺が考えることだ。

 俯いて、黙り込んでしまった俺を見て。杉元が、小さく息を吐き出した。

 

「タマさん……あまり、1人で何もかも抱え込まないでくれよ?」

 

 やんわりと、肩に置かれる温かい手。

 

「俺だって、できるだけあんたの味方でいてやりたいんだ……」

 

 絞り出すような、苦しげな呼びかけだった。

 軍帽の下で、澄んだ瞳が揺れている。彼は、俺を憎むことを拒んでいる。

 ……嫌いになってくれればよかったのに。尾形のように。俺のことで杉元が心を痛める必要なんて、これっぽっちも有りはしないというのに。

 

 

「…………」

 

 今度こそ、踵を返してチセに戻っていく杉元の背中を、黙って見送る。

 彼がチセの中に消えたのと、ほとんど入れ替わりで。……背後から近づいてくる、静かな足音。聞き慣れたそれに、振り返る。

 

「百之助」

 

 返答は、いつも通りなかった。

 外套のフードを目深に被り、双眼鏡片手に三八式を抱えた立ち姿。明らかに狙撃手モードなその雰囲気と、このタイミング。わざわざ俺たちを追いかけ、観察していたのだろうか。

 

「……杉元を撃つ気だったの?」

 

 安全装置が解除された小銃に、思わずそんなことを呟いていた。半分冗談のつもりだったが、

 

「何かあれば、だ」

 

 至極真面目な顔で言ってのけるので、何とも言えない気分になってしまった。

 アシㇼパの意を尊重する杉元が、今のところ俺を脅したり殴ったり、ましてや殺したりなどするはずもないのだが。それに、あの目。

 

「……やつは、アシㇼパに敵対する人間ならば女子供だろうと容赦なく殺すはず」

 

 だから、俺も? ……そうであれば、むしろ安心できるのだけど。思ったが、言わなかった。

 

「何か余計なことを言ってないだろうな」

 

 余計なことって何だ。尾形を愛してるってデカめの声できっぱり言ったことか?

 ……あるいは、花沢勇作についての話を聞いていたか。

 

「大丈夫だよ。……たぶん」

 

 しかし、お互いがお互いを一切信用していないのが面白いな。尾形は杉元が俺を疑って殺しそうだと思っていて、杉元は尾形が俺を裏切って殺しそうだと思っているらしい。

 相手への不信感が強すぎて、本来の対象である俺を素通りしてクロスカウンターで殴り合っている感じだ。

 尾形と、杉元。

 そこまで考えて、思考が再び後退する。2人の、花沢勇作についての証言。

 

 ──203高地で死んだ。

 ──怪我をして後衛に運ばれた。

 

 ……杉元佐一が、この件でわざわざ俺に嘘をつく理由があるとは考えにくい。

 ならば。隣の尾形を、そっと盗み見る。漆黒に塗り潰されたその瞳。何の感情も窺えない。

 ああ、ウイルクの殺害阻止についても何も思い浮かんじゃないっていうのに。

 わからない。

 何も。

 

「…………」

 

 尾形百之助──お前は、一体どこまで、何を俺に隠しているんだ?

 

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