【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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31話 メコオヤシ

 頭上で、何かの鳴き声がしている。

 鳥……波の音? 海鳥だろうか。これは何の鳴き声だろう。聞き覚えがあった。

 ああ、そうだ。

 ニャアニャア鳴くのは、

 

「………………ぁ、?」

 

 ──目が覚めた。

 揺れる青い瞳が、俺を見下ろしていた。その背景で旋回する、あ、ウミネコ、

 

「っ、タマっ!」

「ぐえ」

「目が覚めたか!」

 

 碧眼の主に絞め殺す勢いで抱きつかれて、ぼやけていた意識が一気に覚醒する。地面が揺れる。波の音がする。いや、これは舟なのだっけ?

 

「アシㇼパ……? 白石、」

 

 ぐりぐりと頬に押しつけられる艶やかな黒髪と、その後ろで俺を覗き込む坊主頭。

 ……網走監獄を脱出したのか。

 ぼんやりと思った。尾形は、あれから俺の死体を回収してくれたらしい。その事実に、純粋に安堵する。

 第七師団に捕まることも想定はしていたが、結果的には“怪我の功名”だったと言えるかもしれない。まあ、怪我では済んでいない訳だが。

 小さな手がぺたぺたとあちこちに触れてきて、我に返る。心配そうな表情。

 

「大丈夫か? どこも痛くないか?」

「うん……大丈夫だよ」

「もぉ〜〜全然目を覚まさねーから、心配したぜぇ〜〜」

 

 辺りがとっくに明るくなっているのを見るに、俺は一晩ぐっすり眠ってしまっていたらしい。周りは眠れぬ夜を過ごしただろうに、我ながら暢気なものである。

 アシㇼパの髪を撫でながら、機械的に唇を動かす。

 

「杉元とウイルクは、」

 

 重苦しい無言だけが返ってきた。それが答えだった。アシㇼパが、強く体を押しつけてきた。

 

「そうか……」

 

 結局のところ。

 尾形は、ウイルクを殺さなかった。

 そう見ていいだろう。俺がキロランケに殺されたのを見た尾形は、ウイルクより杉元佐一より、俺を優先した。

 

「…………」

 

 抱きついてくる体を抱きしめ返しながら、何気なく辺りを見回す。大海原という雰囲気ではない。周囲を取り囲む色とりどりの、

 

「舟……」

「港に着いたみたいだぜ」

 

 港。──ここから、樺太行きの船に乗り換えるのだったか。

 そんなことを考えながら、再び口を開く。不自然にならない程度に会話をしておかなければ。

 

「これからどこに?」

「……樺太に向かう」

 

 背後から返答が来た。首だけを捻って振り返ると、船尾に腰掛ける尾形と目が合った。

 ……少しは驚くべきだっただろうか。声を掛けるタイミングを逃したのか、結局はそっぽを向かれてしまった。

 船首で前方を見据えるキロランケは、無言を貫いている。その後ろ姿を目にしてなお、何の感情も湧いてこなかった。

 腕の中のアシㇼパに視線を戻す。彼女は、微かに震えていた。

 

「…………アチャ……杉元……」

 

 

 ──実際のところ。

 ウイルクを守り、杉元とともにアシㇼパの下へ辿り着くことも、俺ならばできたのかもしれない。少なくとも100%不可能ではなかった。

 ただ、そうしなかっただけだ。

 ウイルクの生死は俺にはどうだっていいことだから。彼が生きていると不都合だから。

 杉元佐一のことだって。守ってやりたかったけれど、当たってしまったものはしょうがないから。……本当に?

 

「…………」

 

 瞼を閉じる。

 アシㇼパ。杉元佐一。

 優しい2人の期待を裏切り、踏み躙って、俺は今、この場所に立っている。

 ああ。茨城のお祖母様。お祖父様。結局、短い置き手紙しか残してやれなかった。

 尾形百之助を救おうとする度に、俺は俺を愛してくれた人間たちを傷つけていくことになる。今、漠然とそう確信した。

 俺は優しい人間などではない。

 

「……大丈夫。杉元は絶対に大丈夫だから。元気を出せ」

 

 肩を叩いて、ゆっくり体を離す。

 こんな人間の胸で泣いちゃいけない。涙は、杉元佐一と会う時までに取っておけ。

 立ち上がった白石の後を追う。

 舟底で座り込んだままのアシㇼパに、微笑みかける。手を伸ばす。

 

「行こう……アシㇼパ、」

 

 

 

 

 

 

 

 

 波止場で、女が海を眺めている。

 直立不動。水平線を見据えたまま、微動だにしないその立ち姿の中、黒鳶色の尾と、それを結ぶ黒いリボンだけが海風に靡いている。

 

「……タマ、」

 

 呼びかけに、ゆっくり振り返る。

 こちらの姿を認めて、漂白された無表情に薄い笑みが乗った。悪魔の微笑みだった。

 キロランケ。女が呟いた。

 怯えるどころか、警戒する素振りさえ見せない。それがまた不気味だった。

 

「交渉は決裂したのか?」

 

 淡々と、抑揚の薄い囁き。素人が台本をただ読み上げているような、感情が不自然に抜け落ちた声音だった。

 張りつけたような微笑だけがこちらの様子を窺っている。獣のように。

 

「知っていたのか、」

「何を?」

 

 それでいて、冷静にシラを切ってくる。

 何を、どこまで把握しているのか。光さえ飲み込む朔月の瞳。いくら覗いても、底どころか中身のひとつも見えそうにない。

 血は繋がっていない。尾形の言葉を思い返す。しかし、ぞっとするほどよく似ていた。

 

「……あの時……」

 

 マキリを突き立てた感触を、確かに覚えている。溢れ出す赤色を。

 

「…………」

 

 喉元を刃物で刺されて生きている人間がいるものか? 否、そんな誤魔化しはやめよう、こいつは。闇夜に輝く傷ひとつない肌を思い出す。

 女はじっとこちらを見ている。

 瞬きさえしないその静寂の佇まいには、生命の息吹が感じられない。待っているようだ、と思った。“決定的な言葉”を口にするのを。

 

「──欠けた人間、」

 

 無言のまま、どれだけの時間が経ったのか。

 薄い唇が、おもむろに動いた。

 それだけを呟いて。こちらを見つめていた瞳が自然に逸らされ、再び凪いだ海に向き直る。

 

「愛ある両親から産まれることができなかった人間は、何かが欠けたまま育ってしまうのではないか?」

 

 何の脈絡もない発言だった。

 今までの何とも符合することがないその問いに、思考回路が硬直する。

 

「……は、?」

「あいつが言っていたことだよ」

 

 あいつ──尾形百之助。とっさに気づいたが、随分と冷ややかな態度だ。家族にする扱いとはとても思えない、突き放した口ぶり。

 

「欠けた人間……欠けた人間、」

 

 俯いたまま、壊れたように繰り返す。細い指先が執拗に唇をなぞる。

 やがて、顔を上げる。

 

「尾形百之助は自身が欠けた人間であるという証明をしようとしているに過ぎない」

 

 無表情のまま、はあ。深く息を吐き出した。

 憂いているみたいだな、と思った。

 ぐるりと、柔らかみのない動きで頭が一周する。崩れた前髪が顔にうちかかったままなのも構わず、再び話し出す。

 

「……自分は実は第七師団の脱走兵などではなく……中央のスパイであり、そもそも鶴見中尉とは相反する存在だった……中尉を監視し、その目論見を阻止することが真の目的だった……」

「っ、」

 

 息を呑む。細部は違えど、その呟きは尾形百之助が語った内容によく似ていた。

 尾形が話したのか。

 部外者の彼女に? 有り得ない。

 ならば何故。インカㇻマッは鶴見中尉と繋がっていた。彼女はどこからその情報を得た?

 ただ、当の彼女はそれ自体にはさして興味がなく。また、その出処について語る気もないようだった。瞳孔だけがぎょろりとこちらを睥睨する。

 

「そんなものはただの方便だ」

 

 くだらない。吐き捨てて、続ける。

 

「己を欠けた人間だと思い込んでいるから、それに相応しい道を歩もうとしているだけ。仲間を裏切り──殺人に手を染めても何も感じない、罪悪感など覚えない存在……」

「あの状況でも、ウイルクと杉元を殺すことは可能だった。関係のない俺など無視して、狙撃を続ければいいだけだった」

 

 でも、尾形は怒ってしまった。

 その低い呟きには、どこか怒りが滲んでいるような気もした。それが、ゆっくりと膨らんでいく。

 

「“大切”を壊されたことが許せなかった。自らの証明を、他でもない自分自身の手で台無しにした。……二度も」

 

 恐ろしいほど落ち着いていたはずの女は、今やその内側に静かな憤りをたぎらせて、じっと水面を睨んでいた。きつく握り締められた拳が微かに震えていた。

 それから、しばらく無言が続いて。

 女が息を吐いた。その横顔が、一瞬で冷え切り。もとの凪いだ無表情に戻る。

 

「やはり欠けた人間などでは無いのだ」

 

 解かれた指先が、落ち着いた仕草で前髪を撫でつける。“彼”のように。

 

「馬鹿げていると思わないか?」

 

 穏やかに問われても、何も答えられなかった。

 それどころか、何を思うべきなのかもわからなかった。その感情に寄り添うには、彼女が抱える情動は異質すぎた。

 聞きたいことは山ほどあったはずなのに、今や踏み込むことさえ恐ろしかった。

 無言の返答に、女が鼻を鳴らす。興醒めと言わんばかりの冷たい響きで。

 

「……尾形は……俺に起きたことを受け入れていたはずだ。どうしてだかわかるか?」

 

 その囁きに、尾形百之助のあの眼差しを思い出す。純粋な敵意だけが滲んだ黒の瞳。

 尾形には、彼女が蘇ったことなどはもはや瑣末事だったのだろう。今ならわかる。男はただ、“大切”を壊されたという事実に憤っていた。……それは、何故?

 

「試したからだよ、何度も」

 

 こちらが何か言う前に。女が、どこか愉快そうな響きでネタバラしをした。

 ──試した。何度も。

 その意味を理解した瞬間、背筋が凍りついた。対照的に、女は静かに目を細めて。

 

「……言っただろう? 裏切り者の人殺しだと」

 

 薄っすらと、微笑みを浮かべる。

 美しい女だった。白磁の肌、吸い込まれそうな瞳、通った鼻筋、形の良い唇。どこを取っても過不足がない。なさすぎて、作り物じみていた。

 精巧な人形が、人間のふりをしている。

 そう言われても納得のいく、完成し尽くされたその佇まい。不気味だった。

 考える。

 

 ──彼女を刺しさえしなければ、何もかも思い通りに事は進んだのだろうか?

 

 無理だろうな、ととっさに思った。

 彼女が尾形百之助の家族として存在している時点で、この結末は避けられなかった。なせだかそんな気がしてならなかった。

 

「タマ」

 

 ──背後から、声がした。

 

「っ、」

 

 とっさに振り返る。瓜二つの漆黒の瞳が、こちらを真っ直ぐ見据えていた。

 ただ、それも一瞬で。現れた尾形百之助は、こちらなどいないものかのように隣をすり抜け、彼女のもとへと向かう。

 

「……何してる。あいつらが探してたぞ」

 

 さりげなく間に入るように立ったその背中越しに、女の微笑みが見えた。

 暖かく柔らかい、人間らしい笑顔。

 作られた、微笑。

 

「ごめん、百之助」

 

 尾形、と冷たく呼びつけていたことなど嘘のように、愛しげにその名を呼ぶ。尾形の横顔が、微かに温んだのが見えた。

 そのまま連れ立って、離れていく。並んだ2つの背中が遠ざかっていく。

 それを、黙って見送る。

 

「…………」

 

 黒いリボンが、海風に揺れている。

 このタマはメコだ。

 初対面時のアシㇼパの発言が頭をよぎる。あの時は冗談だと思ったし、事実、そうだったのだろう。彼女は何も知らないのだ。

 どうして猫なのだ、と聞いてみたことがある。髪飾りが耳のようだろう、とアシㇼパは無邪気に笑って言った。

 猫。何となく、腑に落ちる。

 けれど。猫は猫でも、ただのイエネコなどではなく、

 

「……メコオヤシ……」

 

 ウイルクから聞いた昔話。何もかもを喰らい尽くし、奪い去る化け猫の話。

 あの“猫”は、何を喰らおうとしているのだろうか。今はまだ、わかりそうもない。

 

「尾形……お前は一体、何に魅入られているんだ……?」

 

 その微かな呟きは海風に攫われて、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

「あ……タマちゃん」

 

 港の隅でしゃがみ込む白石とアシㇼパに気負いなく近づいてきた女は。その隣に腰掛けることなく、無言で2人を見下ろしている。

 落ち着き払った眼差しに何となく気圧されつつも、白石は、ずっと温めていた疑問を彼女に対しても口にした。尾形とキロランケがいる中では出せなかった内容だった。

 

「あのさ……あの時、気づいたんだろ? どういうやつだったとか……見えた?」

 

 アシㇼパちゃんは見えなかったって。

 言いながら、隣の少女に横目をやる。俯いて、明らかに塞ぎ込んだその姿。こんな様子を見るのは初めてだった。

 タマは、しばらく無言でアシㇼパの姿を眺めていたようだったが。やがて。

 

「……私は夜目が利くし、銃についても多少は詳しいから」

 

 底のない瞳で白石を見つめながら、淡々と唇を動かしていく。

 

「もともと……そういう、遠方からの狙撃に警戒しておこうと思っていた。あの時は、敷地の外側からこちらに銃口を向けている人影らしきものに気づいて、杉元に忠告したつもりだった。私が見たものが、実際に犯人だったのかまではわからない」

 

 焦りも怒りもない、隙の見えない響き。しかし、白石にはその声音以上に、気にかかる部分があった。

 敷地の外側から銃を向ける人影。

 外に下手人を探すまでもなく、該当する人物が1人、すぐそばにいるではないか。

 

「…………それって、……」

 

 とっさの呟きを、やはり反射的に飲み込んだ。続きは、口には出せなかった。

 タマはその挙動不審な仕草をじっと観察していたが、白石が無言で俯いたところで、顔を上げ。

 

「ウミネコって食べられるのかなあ」

 

 にゃあ、にゃあ、と鳴きながら青天井を旋回する海鳥の群れを見て、そう呟いた。それだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 網走監獄近郊の病院にて。

 ──尾形百之助に頭部を狙撃されてなお、意識を取り戻した杉元佐一が、谷垣を通して得られたインカㇻマッの報告を聞いていた。

 ウイルク射殺の際に不審な動きを見せたキロランケを問い詰めた彼女は、逆上した彼にマキリで腹部を刺されて重傷。しかし、キロランケがウイルクを殺すに至ったと思しき理由、そして、彼に連れられたアシㇼパが向かったであろう場所については、既に彼女の中では答えが出ていたのだ。

 キロランケたちは樺太に向かった。

 谷垣は、そこで口ごもり。

 ややあって、ぎこちなく話し出した。

 

「……それと……尾形タマのことだが……」

 

 未だ、行方知れずの“彼女”についての情報。目覚めた杉元佐一が、アシㇼパの次にその居所を尋ねた女。

 

「キロランケは……屋根の上から突き落とした彼女について、『殺すつもりはなかった』と言っていたと……自分を刺したマキリは、既に血で濡れていた、とも……」

 

 インカㇻマッは、発砲の際の合図だけではなく──彼と揉み合った末、屋根から落下した尾形タマの存在を見咎めて、キロランケに詰め寄ったのだ。

 

「……殺した?」

 

 谷垣が再び口をつぐんだ部屋の中。杉元の呟きだけが、やけに響いた。

 殺した。その発言を否定できる根拠は、この場にいる誰も持ち合わせてはいなかった。

 

「タマさん」

 

 ぼうっと、宙を見つめる杉元がその名を呼ぶ。応える名の主は、ここにはいない。

 

「杉元、」

 

 見かねた谷垣が声をかけたが、杉元は一度俯いて。決心したように顔を上げ、

 

「……これで確信が持てた。尾形はキロランケと結託してウイルクを殺すつもりだった。タマさんはそれに気づいた……いや、」

 

 耳に触れた冷たい指の感触を、覚えていた。彼女は、最初から何もかも。

 

「……気づいていた……」

 

 そこで、黙って着衣を整えていた軍服の男──鶴見が、ゆったりと口を挟んできた。

 

「尾形タマ……尾形上等兵から話を聞いてはいたが、まさか北海道まで来ていたとは」

 

 網走監獄を攻め落とし、杉元、谷垣、インカㇻマッを捕らえた第七師団の頭。傷口を隠すホーローの覆いが、射し込む朝陽を受けて鈍く輝いている。

 杉元はその発言に無反応だったが、谷垣は微かな驚きを見せていた。谷垣たち一兵卒は知り得なかった存在だったが、鶴見は既に尾形自身の口から耳にしていたのだ。

 

「あ……それで、インカㇻマッは結局、タマのことは見つけられなかったと……」

 

 ふうむ。鶴見が鼻を鳴らす。

 

「遺体の回収はまだ始まったばかりだからなあ……そのうち見つかるやも、」

「……どちらにせよ……尾形百之助が既に運び出したはずだ」

「ほう?」

 

 鶴見の呟きを遮って、杉元が淡々と語り始める。尾形が、損にも得にもならなさそうな身内の死体を回収した。意外だったのか、鶴見が小さく驚きの声を上げた。

 

「狙いを外したのにあれからさらに撃ち込んでこなかったのは、現場を見ていたからだろう。尾形はその時点で狙撃を放棄して、タマさんのところに向かった……」

 

 仮定などではない。杉元にはそれが事実だという確信があった。

 

「……あいつがタマさんを傷つけたやつを許すはずがねえ。尾形とキロランケの交渉は既に決裂していると見ていい」

 

 そこで。鶴見に呼ばれてきたのか、無言で部屋の隅に佇んでいた将校服の青年が、小さく鼻を鳴らした。

 褐色の肌が眩しいその薩摩隼人──鯉登少尉が、嘲るように目を細める。

 

「……あの尾形百之助が? 信じられんな」

「見てりゃわかる」

 

 きっぱり言い切られて、鯉登がキェ、と小さく猿叫を漏らす。

 尾形と彼の折り合いの悪さは、杉元も旭川で実際に目にしていた。杉元自身、尾形と気が合うなどと思ったことはない。

 しかし、これは事実なのだ。

 鼻白んだ顔の鯉登をよそに、杉元は谷垣の顔を真っ直ぐ見上げて。

 

「タマさんは絶対に生きてる。あの人だってたいがい不死身だ。俺は見てきたからよく知ってる」

「……杉元、」

「インカㇻマッにもそう伝えておけよ」

 

 ああ。明るく頷いた谷垣だったが、それでは済まないのが鶴見一派だった。情報が増えたことにより見えてきた状況は、今まで以上に不透明になっている。

 

「なるほど。彼女の存在で話が複雑になってしまったな? お前の話だと、尾形は既にキロランケを殺している可能性もある」

「タマさんが生きて……白石とアシㇼパさんもいるなら、ひとまずトラブルは避けるはずだ。ただ、時間の問題だろう」

 

 もしも、尾形百之助がキロランケを殺し──アシㇼパたちを連れて逃げ出したとしたら。

 その行き先は、もはや誰にも読めない。

 

「急がねば」

 

 “金塊の謎を解く鍵”の行方を案ずる鶴見一派とは対照的に、杉元佐一は“アシㇼパ”と名付けられた、優しく賢いアイヌの少女のことを考えていた。そして、彼女が愛した1人の猫のことを。

 

「とにかく……尾形は一発ぶん殴るくらいはしてやらねえと気が済まねえな」

 

 握りしめたマキリには、2人分の体温がまだ、残っているような気がした。

 

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