【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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36話 渡る世間は嘘ばかり

 どれほど時間が経ったのか。

 ヴァシリとのスナイパー対決を終えて戻ってきた尾形は、明らかに憔悴しているように見えた。

 

「随分と顔色悪いな、いつも悪いけど……」

 

 橇に腰掛けたまま微動だにしない尾形に、白石がおずおずと声を掛ける。

 ひどい熱だ。額に手を当てたアシㇼパが、驚いたようにそう呟いた。

 俺はと言えば。……何と声をかけていいかわからず、少し離れた場所から彼をただ見ていた。

 とにかく、イレギュラーな中でも無事に戻ってきてくれて良かった。安心した。まず初めにそう思ったが、今の俺にそんなことを言える資格はない気もした。

 

「……少し……雪をくちにし過ぎただけだ……」

 

 掠れて頼りない声に、どきりとする。

 ラッコ鍋の時とは明らかに違う、憔悴しきったその姿。あの時も何となく体調が悪そうに見えていたが、今はその比ではない。

 

 ──風邪を引いても自分で戸棚から薬を出して服むような子どもだった。

 

 もともと丈夫なほうなのだろうけど、病に臥せっている様子は見たことがなかった。看病らしい看病などしたこともない。

 ここまで弱っている姿を見るのは、初めてだった。何となく落ち着かない気持ちになって、足を前に出す。尾形を囲む3人をやんわり掻き分けて、前に出た。

 

「……こんな熱、どうってことな、……」

 

 俯いて、地蔵のようだった尾形が微かな反応を見せた。俺に気づいたのか、ぎこちない動きで顔を上げる。

 タマ。小さく唇が動いて、でも、それきりだった。

 薄く開いた唇から、濃い白霧だけが音もなく漏れている。漏れ続けている。

 

「早く暖かいところで休ませたほうがいいな」

 

 明らかに様子のおかしい尾形を見て、アシㇼパがそう俺に耳打ちしてくる。

 

「……そうだね」

 

 彼はまだこちらを見てはいるようだが、何も言ってこない。だいぶ衰弱しているようだ。

 それと同時に、思うこと。

 熱に浮かされる尾形百之助が見た“悪霊”。その肉体を死に至らしめた一撃の通りに、額から血を流す花沢勇作少尉の幻覚。

 彼の罪悪感の発露。

 今も“それ”は目の前にいるのだろうか。

 

「…………」

 

 黙ったままの彼に、唇を噛む。

 やはり、言ってはくれないのだ。例え、そうだったとしても、事実をありのまま話して、泣きつくことが尾形にできたならば。

 何かを注視しているようで、何も映してはいないその漆黒の瞳。

 

 ──尾形百之助。今のお前には、“何”が視えているんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを頭からかぶれ! 湯気に蒸されてたくさん汗をかけ。ヤイスマウカレという治療法だ」

 

 狩りを先導してくれた親子のいとこだという彼らの家を借りて、尾形を休ませることになった。

 上着を脱がせ、外套のフードを被らせて、スワシを煮出した汁の湯気を浴びせる。他所様の治療法に口出すのも何だけど、これ余計に弱っちゃうんじゃないでしょうか。

 

「……なんだ?」

 

 やがて、見慣れない装飾品をつけたウイルタ族の男がテントに入ってきた。何か太鼓のようなものを持っている。

 

「いとこは“サマ”なんだそうだ」

 

 いわゆる祈祷師みたいなもので、太鼓や歌で神に祈願をして、病人に取り憑く悪い化け物を取り去ってもらうらしい。

 

「賑やかにすれば神はより早く来てくれる」

「うるせえな」

 

 マンボのノリでヨードプ──魚皮のマラカス──を振りたくる白石とアシㇼパ。

 サマの装備はもっと豪華で、太鼓の他にも金属製の腰飾りがとっても賑やかである。

 

「音楽は霊的なものであり、無意識に深く影響する」

 

 患者に取り憑いている“何か”との因果を明らかにするんだ。

 マンボな2人をよそに、優雅に煙管をふかしながら、キロランケが呟く。

 

「取り憑いている何か……」

 

 どうしても、考えざるを得ない。

 外套に包まれ、項垂れる尾形はやはり微動だにしていない。今の彼の目に、世界はどう映っているのだろう。

 

「……ふう、」

 

 飽きたのか、疲れたのか。

 おもむろに白石がヨードプを置き、席を立つ。

 

「ちょっくらウンチしてくるけど、アシㇼパちゃんもう見ないでね」

 

 いつもの軽い調子で言いながら、小屋の出入り口まで来たところで。

 アシㇼパに向かって、立てた親指で外を指し示す。……そうか。“話し合い”の時か。

 

「私もオソマ!」

「お手洗いって言え、アシㇼパ」

 

 すくっと立ったアシㇼパが、彼の後を追うのを横目で眺めていたら、白石と目が合った。

 ややシリアスなその表情は、「来ないのか」とこちらに問いかけているみたいで。

 でも。軽く微笑んで、拒否する。

 

 ──俺は、ここに残るよ。

 ──尾形を置いては行けない。

 

 だから、お前は一人で行くんだ。

 俺はもう、杉元佐一の代わりになってはやれないんだ。お前しかいないんだ。

 

「…………」

 

 白石は、しばらくこちらを見つめていたようだったが。やがて、神妙な表情で、一度深く頷いた。その姿が夜の闇に消えていく。

 

 ──そうだ。それでいい、

 

 これには結局、キロランケの邪魔が入るし。アシㇼパが拒否して終わるけれど、それでも。その程度の話だとしても。

 太鼓の音が鳴り響いている。

 2人は帰って来ない。

 

「…………」

 

 煙管を仕舞い込んだキロランケが、無言で立ち上がった。昏い瞳をしていた。

 

「行くのか?」

 

 俺の呼びかけに、広い肩が小さく跳ねる。けれど、彼は動揺を露わにすることなく、こちらに背を向けたまま、続ける。

 

「白石由竹は……アシㇼパを連れて俺から逃げるつもりだろう」

「知っている」

 

 ──ユルバルス。

 哀しき孤高の虎。尾形は、陽気な彼が内側に抱える虚無感に共鳴したのかもしれない。

 今、何となく思った。

 俺の素っ気ない答えに、キロランケが低く喉を鳴らした。笑っているようにも聞こえた。

 

「……不死身の化け猫め、」

 

 化け猫──キロランケは、アシㇼパのふざけた初紹介をきちんと覚えていたのだな、とぼんやり考える。本当に、真面目な男だ。

 

「お前は……どこまで行くつもりなんだ?」

 

 吐き捨てるような罵りから一転、彼がふと、思い出したように問いかけてくる。どことなく柔らかい響きだった。

 ──どこまで?

 俺は、尾形百之助とともに、どこまで行けるのだろう。考えて、きっとそういうことではないのだろうな、と思った。

 彼は、“覚悟”の話をしているのだ。

 

「地獄の底まで」

 

 そこに至るかどうかは、あの函館駅行きの列車が決めることだ。

 

 

 

 

 儀式として一通りの工程が済んだのか、サマが太鼓を叩くのをやめて少し経った頃。

 やけに神妙な顔つきの3人が帰ってきた。まあ、脱走するしないの話を当事者交えてやってきたのだから、当然なのだが。

 アシㇼパの勧めで、尾形はとりあえず横にならせる。その流れで頭が痛い、と漏らしたのがなんとも言えず可哀想だった。弱音なんか吐く子じゃないのに。

 

「大丈夫か?」

「……寝たみたい」

 

 呼吸が僅かに落ち着いてきた。汗ばんだ、安らかとは呼べないその寝顔を見つめる。

 

「とにかく、少しでも熱が下がって良かったな。あのままでは体がおかしくなってしまう」

 

 とりあえず一安心……したところで、サマが俺に何かを差し出してくる。

 

「……くれるのか?」

「“セワ”というお守りだ。尾形がさっき頭が痛いと言っていたから……これを身につけると頭痛が治るんだそうだ」

 

 木の皮を削り出して作ったらしい……何と言えばいいのか、表面に人の顔のような傷がつけられている。手製のお守りかあ、

 

「とりあえず軍服のポケットに入れとこう」

「勝手に入れるんだ?」

 

 原作だとこの後どうしたかの描写はなかった(白石のチンポは出てきたけど)が、せっかくの好意を無碍にするような真似はしたくないし。

 畳んでおいた軍服の内側に手を入れて。

 

「……?」

 

 ──既に何か入っている。

 薄っぺらい、紙のようなものが何枚かと、これは何だろう。束ねられた……縄? 紐?

 他に内容物は無いようだ。あっ、内容だけに……(激ウマギャグ)

 

「…………」

 

 尾形の個人的な持ち物。気にならない訳ではなかったが、引っ張り出して勝手に検分するまで行くのは、さすがに無礼だろう。既に許可なくなんか入れちゃっている訳だけど。

 中のモノを潰さないように気をつけつつセワを収めて、上着を畳み直す。

 

「フウッこれで良しっ」

「ほんとに〜?」

「白石には子どもの男性器のお守りをあげると言ってるぞ」

「エッ」

 

 差し出される小さな木の棒。鈴口まで仔細に掘り込まれた珠玉の一品です。

 

「どうしてボクが遊郭に行った後、時々オチンチンが痛くなることを知ってるんですか?」

 

 いっそのこと性病でもげてしまったほうが平和だと思うぞ白石由竹。

 

「子どもみたいなチンポしてるからじゃ?」

「いやらしい下品な顔だからだ」

「お前さっきから赤ん坊におっぱい飲ませるとこじろじろ見てるだろ」

「失礼なこと言うなッ」

 

 と、言いつつ。

 

「…………」

「ゔッ」

 

 性懲りもなくぢっと授乳風景を視姦する白石の脇腹に、軽く肘を入れておく。

 痴漢、ダメ、ゼッタイ。

 しかし実際、男性器のお守りって何を治したい時に使うんでしょうね。尿結石とか?

 

「た、……タマちゃんこそ、怪我は大丈夫なのかよ?」

「掠めただけだ」

 

 尾形を待っている間、簡単な手当てをしてもらったが、それでもう血も止まった。今は痛くもない。

 

「私より、百之助のほうが……」

 

 原作通り行けば、翌朝には良くなっているはずだけれど。わかってはいても、いざ弱っているところを目の当たりにすると、心配というか。不安というか。

 

「熱は下がってきたし、このまま横になって休めばきっとすぐ良くなる」

 

 膝を使って彼の枕元へにじり寄った俺の背中に、アシㇼパの気遣いがかけられる。

 まあ、そうなんだろうけどねえ。

 思いつつ、何度目か汗ばんだ額に手を伸ばそうとして。

 

「……勇、作」

 

 乾いた唇からこぼれたその一言に。

 世界から一瞬、色が消えた。

 今、

 

「…………ぇ、……」

 

 頭を鈍器で殴られたような衝撃だった。

 何とか復帰して、思考を回す。

 ──今、この男は何と言った?

 ゆうさく。勇作、

 

「ユウサク……って、誰だ?」

 

 図らずも、同様にその譫言を耳にしていたらしいアシㇼパの疑問で確信を得る。

 今、尾形は“彼”の名前を。

 

「……花沢勇作……」

 

 杉元、尾形両名からその面影を見出されておきながら。彼女自身はついぞ知ることのなかった人物。既に失われた輝き。

 

「自刃した第七師団長──花沢幸次郎の、正妻の子」

 

 俺の呟きに、アシㇼパが目を瞠った。賢い彼女は、網走監獄潜入直前の土方歳三の発言を、しっかり記憶していたらしい。

 

「じゃあ、」

「百之助にとっては異母弟にあたる。同じ師団に所属していて……百之助にとても懐いていたようだ」

 

 とても懐いていた。そのワードに、今度はその大きな目を瞬いた。

 二重螺旋をさらにねじったような性格の尾形、基本的に周囲の好感度はさんざんなもので。その中で、わかりやすく好意を示していたと評される身内の存在は、彼女の興味を惹いたらしい。

 

「その人は今……どうしてるんだ?」

 

 好奇心を隠さないままに問われる。……でも、残念ながらその期待には応えられそうにもなかった。なぜなら、などと言うまでもなく、彼は。

 

「203高地で死んだ」

 

 尾形が俺に告げた内容を、そのままそっくり差し出す。アシㇼパが小さく息を呑んだ。

 

「私は顔を見たこともない」

 

 俺が知っているのは、杉元と尾形の目を通して見た『偶像』としての花沢勇作だけだ。生身の彼については、何も知らない。

 アシㇼパが、重苦しく息を吐き出した。原作では知り得なかった事実に、彼女は心を痛めているように見えた。

 

「そう、か……百之助は戦争で家族を、……」

 

 家族。自然に貼られたそのラベルに、一瞬、息が詰まった。何でもないふりをした。

 

「……百之助の弟なら、タマにとっても弟だな。どんな人だったんだろう。私も会ってみたかった」

 

 アシㇼパはこちらを励ますような優しい微笑みを浮かべているが。正直なところ、俺の主たる関心は、もはや彼女には向いてはいなかった。

 俺の意識の大半を占めていたのは。

 アシㇼパから目を逸らし。顔を歪め、浅い呼吸を繰り返す尾形を、じっと見つめる。

 

「…………」

 

 満身創痍の尾形百之助が、夢うつつに花沢勇作の名前を呼んだ。これは原作にも登場したシチュエーションである。

 大問1。

 ここから導き出される解を述べよ。

 目を瞑る。息を、吐き出す。

 

「……きっと、お前みたいな優しい(ひと)だったはずだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 これまでさんざん世話になった、ウイルタ族との別れの時が来た。

 見ず知らずの尾形の不調にも親身になってくれた彼らは最後まで優しく、俺たちの助けになるだろう、とひとつお使いまで与えてくれた。

 

「大切な馴鹿を貸してくれてありがとう。……必ず兄弟に渡しておく」

 

 北に住む兄弟に、飼馴鹿を一頭届けるという簡単なもの。

 

「アグダプシェー」

 

 俺が習いたての礼を述べると、笑顔で肩を撫でてくれた。本当に、良い人たちだ。

 

「…………」

 

 隣の尾形は、もうすっかりいつも通りの無表情。

 結局あれから一晩眠って、目覚めたと思ったらいきなり抱きつかれた時は驚いたが、その真意はよくわからなかった。

 

 ──もう、大丈夫だ。

 

 俺を抱きしめる尾形は憑き物が落ちたような雰囲気で、そう言ってみせた。

 大丈夫。問題は、ない。

 ……何の話だ?

 正直な話。原作で起きた花沢勇作とのあれこれを知っている俺は、この場面で出てきたその発言には、嫌な勘繰りをせずにはいられない訳だが。

 

 ──自分の中で勇作とのことを振り切れた、という意味なのか?

 

 罪悪感に蓋をして。俺という不完全な代替品で、彼の存在も記憶から塗り潰して。

 杉元佐一の証言が頭をよぎる。

 花沢勇作は即死ではなかった。これは少なくとも事実で、原作との明確な相違点だ。

 

 ──では、誰が勇作を殺したのだ?

 

 ……駄目だ。ここまで来ても、筋の通った仮説は生み出せそうにない。

 だから、諦めた。

 考えるのを諦めることにした。ここまで来ては、もはや単なる時間の無駄だ。

 

 ──希望的観測は、捨てろ。

 

 尾形百之助が、花沢勇作を殺したのだ。

 その“最悪”を想定して動くしかない。

 俺は、それでも構わない。……この際、そう考えるしかない。尾形が、実際に欠けた人間にふさわしい道を選んでしまっていたとしても、受け入れるほかない。

 俺は彼に高潔な人間になってほしかった訳ではない。清らかさとは罪悪感を生み出さないための単なる手段でしかない。

 罪悪感を“乗り越えて”、普通の人間として生きおおせられる可能性があるのなら。全てを懸けて、その道を選び取ろう。

 その選択に迷いは、無い。

 ──近くにいたキロランケは一番世話になった親子と二、三言会話を交わしていたようだったが。やがて、振り返り。

 

「……白石由竹。お前ともここで別れよう」

 

 唐突に別れを促された白石だったが、彼は慌てなかった。……昨晩の件で、覚悟はしていたのだろう。

 

「お前が言う通り、俺はロシアではお尋ね者で、一緒にいればこれまでになく危険が伴うはずだ」

 

 優しく、肩に手が置かれる。

 

「俺から“逃げる”必要なんかねえんだぜ」

 

 最初から部外者だと。

 やんわり諭される。甘い毒だ。安心という蜜で舌が痺れてしまえば、その裏に潜んだ苦い無力感などどうでも良くなる。

 アシㇼパは、柔らかい無表情で白石を見上げていた。透き通った青の瞳には、怒りも悲しみも浮かんでいなかった。ただ、待っていた。

 俯いた白石が、声を絞り出す。

 

「確かに……命あっての物種ってな。俺とアシㇼパちゃんとでは、背負ってるもんが違うわ」

 

 投げやりな呟き。

 アシㇼパが、穏やかな笑みを浮かべた。わかっていた、と言わんばかりに。

 

「……お前にはいろいろ、」

「──でも!」

 

 瞬間。白石が、声を張り上げた。

 彼らしくもない、付け焼き刃の元気が空回っているようなトーンだった。

 

「ロシア側には金髪のおネエちゃんと遊べるところが、きっとたくさんあるんだろぉ? “白石由竹、世界を股にかける”……なんつってな!」

「…………」

 

 その勢いに、最初は呆気に取られた様子の彼女だったが。

 

「ったく……」

 

 やがて、嬉しさを隠しきれない年相応の苦笑を浮かべて、

 

「またチンポ痛くなっても知らないぞ!!」

「これがあるから大丈夫ッ!」

 

 懐から取り出されたウイルタ族お手製のチンポが揺れる。おい、それは別に身代わり人形的な使い方をする訳じゃないだろ。

 呆れつつ、彼の横顔を見ていたら。……また、目が合った。何となくデジャヴを感じた。

 ふざけたベロ出しの顔でグッドサインでも見せてくるのかと思いきや、

 

「…………」

 

 白石は、悲壮と呼べるくらいに張り詰めた──それでも優しい微笑みを浮かべて、俺を見つめ返してきた。

 全く彼らしくない表情に、とっさに息が詰まる。肺が、上手く膨らまない。

 予想外に大きな何かを見せつけられて、動揺してしまった。……でも、彼は俺との“約束”を果たしたに過ぎないのだ。

 手のひらに、まだ彼の滑らかな頭皮の感触が残っている。

 ああ。わかっているよ。

 蟠っていた二酸化炭素を、ゆっくりと吐き出す。

 

「……白石、」

 

 白石由竹は、逃げなかった。

 最初からここに残り、アシㇼパを守ることを選んだ。その根底を支えているもの。

 そうだ。覚悟。

 ──覚悟だ、

 

「…………」

 

 拳を、強く握る。

 お前がそう言うなら、お前に託した俺が逃げる訳には行かないよな。

 

 俺には、尾形百之助の選択を最期まで見届ける覚悟がある。

 

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