【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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43話 野良猫に首輪

 来たぞ大泊港。2度目。

 馬と金があったので、まあそれなりの復路だった。改めて、原作尾形のガッツは箍が外れ過ぎていると思う。

 ──5人で辿り着いた場所を、今は尾形と2人きりで歩く。

 数ヶ月前、ここへ降り立った時、俺はどんな未来を脳裏に描いていたのだろう。思い出せなかった。

 

「……!」

 

 その時。普通に並んで歩いていたのがいきなり、物陰に連れ込まれた。俺の肩を抱える尾形は神妙な表情で、外の様子を窺っている。

 

「どうしたの、」

「第七師団がいる」

 

 食い気味に吹き込まれた囁き。そろそろと尾形の肩から顔を覗かせた先、地面と辺りを交互に見回す兵士の後ろ姿が見えた。

 

「……何か探してる……?」

「逃げたのかもな」

「逃げた、」

「アシㇼパたちだ」

 

 ほぼ断定する口調だった。少し驚いてその横顔を見返すと、

 

「杉元はおそらく、アシㇼパの身柄を引き渡すことを条件に鯉登少尉たちと行動を共にしてたはずだ。でも、あいつがそんな条件素直に飲む訳がない」

 

 はあ。原作でも同じ答えには辿り着いていたはずだが、実際にこうして解説を聞いて、改めてその聡明さに感服する。

 撃たれてから病院まではおそらくほとんど意識がなく、目覚めてからも彼らと取ったコミニュケーションなど「バルチョーナク……(脅迫)(暴力)」くらいな中で、よくそこまで思考が巡らせられたものだ。小さい頃から賢い子だとは思っていたが、凄まじいな。

 そこで、

 ──シュパァアッ。

 

「……!!」

 

 鋭い風切り音。とっさに身を乗り出そうとしたのを、尾形の手に押さえられる。

 尾形はじっと、待っていた。

 二発目は来なかった。

 平和な港町がにわかに騒がしくなってきたタイミングで、

 

「…………」

「あ、」

 

 物陰から飛び出していく。その背中を慌てて追いかけた。

 尾形は防波堤から氷の張った水面へ躊躇なく降り立ち(一応俺にも手は貸してくれた)、一面の白の中で流れ出す赤が目立つ死体へ近づいていく。異様な雰囲気の2人組に、流氷で遊んでいた子どもたちがこちらの様子を窺っている。

 

「この撃たれちゃった人、知り合い?」

 

 その中の1人が臆すことなく話しかけてきた。いかにもわんぱくそうな鼻垂れ小僧。

 

「違う」

 

 すげなくあしらいつつ、尾形は流氷のその向こう、水平線を見つめている。

 

「船から撃たれたのか」

 

 ──ヴァシリ・パヴリチェンコ。

 わかってはいても、どきりとする。恐ろしい腕前だ。

 尾形と同レベルの狙撃手を、俺ごときが何とかできるものだろうか。

 

「連絡船はどこに停まってた?」

「あのへん」

 

 当たり前だが、子どもが指差したのは氷の途切れ目の辺り。ここからは離れているなんてもんじゃない距離だ。

 

「……手練れだな」

「…………」

 

 尾形はしばらく凪いだ水面を見つめていたが、やがてしゃがみ込み、息絶えた兵士の軍袴を脱がせ始める。ムイムイ。

 

「どうして脱がせるの?」

「必要だからだ」

 

 上着は取らなかった。荷物を検め、最後に三十年式を担いで、ぽつりと呟く。

 

「坊主。……生きてるっていうのはそれだけで意味があることなんだ」

 

 ──それから。

 もう少し情報が欲しい、という尾形について行って、旅館街を練り歩く。

 地道な聞き込みを続けた先。

 とある立派な旅亭の、エラ張りが世紀末レベルな女将が、“正解”に繋がる情報を持っていた。

 

「アイヌの女の子? ああ、泊まってたわよ」

 

 彼女曰く、海軍がその船を追いかけて連絡船を砲撃したとか何とか。めちゃくちゃ詳しい情報じゃねーか。さすが、宿泊客のバフを受けた井戸端マダムは敵無しだぜ。

 

「その女の子は捕まった?」

 

 女の子て。かわいいなオイ。原作だと普通に撃ち殺そうとしてましたけどね。

 

「北海道の近くで、船から流氷に下りて逃げちゃったんだって」

 

 だから、なんで女将さんはそんなことまで知ってるの?

 

「やっぱり逃げたか」

 

 淡々とした尾形の呟き。嬉しげとも、悲しげとも取れない無表情の横顔。……でも、これで心置きなく北海道に行ける。

 

「……連絡船に乗らなきゃ」

 

 こちらに向き直った隻眼の狙撃手が、厳かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原作尾形が茶番で無賃乗船した連絡船を、今回は普通に金を払って乗る。それでほぼ素寒貧になってしまったが、北海道に着いてしまえばこちらのものだ。

 記憶力の良い尾形に連れられて、辿り着いた土方一派の隠れ家にて。

 

「あ」

 

 出迎えてくれたのは土方歳三──ではなく、今日も今日とて居残り組だったらしい門倉利運と、キラウㇱのコンビだった。

 

「げ、尾形……」

「サロルンカムイ食べたカッケマッ」

 

 速攻でドン引きの門倉とは対照的に、無邪気に俺を指差して言うキラウㇱ。それからワンテンポ遅れて、

 

「……と、子熊ちゃん連れて逃げた兵隊さん」

「…………」

 

 尾形が普通におまけみたいな扱いである。どちらかと言えばこっちが本体なのに。

 キラウㇱの印象は、鶴食った俺>谷垣を連れて逃げた尾形だったようだ。尾形も鶴食ってるし、俺も谷垣連れて逃げてるんだけどね。

 

「え、知り合い?」

「ああ。一度、世話になったことがある」

 

 そこで、尾形のほうも彼のことを思い出したらしい。髪を撫でつけながら、

 

「……姉畑の時のアイヌか」

 

 思い出し方ゴミで草。

 

「あなたこそ、どうしてここに?」

「あの後、コタンがオンネ・シペシペッキの大群にやられてな……しょうがないから出稼ぎに行った先で、土方ニㇱパたちに会って、それで雇われることになった」

「そう……オンネ・シペシペッキって何?」

「バッタだ」

「バッタかあ」

 

 原作を読んだ時も思ったが、金がないにしても何だってこんな鉄火場に。

 対して絡みもなかったくせにさっそく良い思い出がないらしい門倉、キラウㇱの後ろに隠れてこちらの様子を窺っている。

 

「なんで尾形がここに来るんだよ……」

「俺はもともと土方のジイさんに雇われていた。杉元たちとは利害の一致でたまたま行動を共にしてただけだ」

 

 言いながら、勝手知ったるとばかりに上がり込み、すたすた廊下を進んでいく尾形。しょうがないので俺もその後を追う。

 その背中は途中で右に急カーブを切って、開けっ放しの襖から部屋の中に入った。

 あ、暖かい。火鉢がある。

 なぜか棒立ちの尾形を横目に、いそいそと火鉢のそばに腰を落ち着ける。

 

「はあ……う、」

 

 ──で、その膝にいきなりごろんしてくる尾形。これが目的か。

 枕代わりにされた太ももから、じんわりと温もりを感じる。とりあえず頭でも撫でておくか。目を細めて気持ちよさそうなのは結構だが、ここで寝ないでくれよ。

 

「……ウムレㇰだったのか?」

 

 やや遅れて部屋に入ってきたキラウㇱが、俺たちを見てそんなことを言った。

 うーん。キラウㇱ、体感だがアシㇼパよりアイヌ語の割合が高く、特にその解説もしないので、和人の俺はちょっと話すのが大変。

 門倉が代わりに聞いてくれる。

 

「ウムレ……何?」

「夫婦のことだ」

「ふ……え?」

「違う」

 

 静かに仰天の門倉、躊躇なく否定の尾形。

 ウムレㇰ。夫婦。……そういえば、釧路でラッコ肉をくれた老爺が同じ単語を口にしていたような?

 

「コタンでは気づかなかったぞ」

「違う」

 

 大事なことなので二度言いました。

 膝上で頭の収まりがいいところを探しながら言っても、いまいち説得力がないが。

 

「一緒にいられてよかったな」

 

 で、話を聞かないにっこりキラウㇱ。

 ……あの時共にいた杉元たちがいなくなっても、俺だけは尾形のもとに残ったことを言っているのだろう。

 

「……家族だから」

「そうか」

「…………」

 

 尾形は、これに関しては否定しなかった。こら、火鉢ケンケンするのやめなさい。

 

「え、きょうだい?」

「うるさいぞ門倉」

 

 容赦ねえ。

 

 

 

 

「尻の穴覗き野郎が!! “尻覗き”するって……!!」

「うるせえこの野郎ッ」

「こいつら毎日だらだらと……」

「おや、」

 

 俺たちを構うのに飽きたキラウㇱたちが花札を始めた頃、家主たちが帰ってきた。

 

「野良尾形が女連れで戻ってきてる」

 

 土方、永倉、牛山。

 前者2人は面識がほぼ無い中、最後の1人だけは俺もそれなりに知っていた。目が合う。

 

「チンポ先生」

「よう、銃のお嬢さん。元気だったか?」

「チンポ?」

 

 撃たれてて全然元気ではないんですけどね。土方歳三の姿を認めた尾形が、ゆっくり膝上から身体を起こす。胡座をかく。

 

「……網走監獄から今日まで、何をしていた?」

 

 机の対面に腰を下ろした土方が、厳かに問いかけてくる。

 それを鶴の一声として、各々席に着く。永倉と牛山がそれぞれ残りの面に座ってしまったので、俺の席が無くなってしまった。門倉がさりげなく手招きしてくれるのに有り難く乗っかって、彼らの側で膝を折る。

 

「あの夜……混乱の中、アシㇼパがのっぺら坊を父親と確認するまでは出来た」

 

 尾形が、髪を撫でつける。

 

「……キロランケはウイルクを殺すつもりだった。その可能性を疑ったタマがやつに襲われたので、俺はそっちに向かった。その後、アシㇼパを連れたキロランケと合流した」

 

 口内の空気を、飲み下す。

 自分がそこに加担していた事実は巧妙に伏せてきた。原作同様に。それは、そうか。

 無言で尾形を見つめていた土方が、俺に横目をくれてくる。

 

「あの女……初めは杉元のところにいたな?」

 

 ひー。

 鋭い眼差しに冷や汗が滲み出た。なんだか知らないがもしかして疑われている?

 尾形のほうがよっぽど怪しい、

 

「元は俺の身内だ」

 

 ──彼の呟きが、俺の思考を遮った。

 

「初めから俺を探していた。俺がいれば杉元たちに協力する理由がない」

 

 しきりに髪を撫でつけながら、淡々と続ける。いや、協力する理由は普通にたくさんあるんだけどね……アシㇼパとか杉元とか白石とか。とりあえず黙っておく。

 尾形に視線を戻した土方が、小さく息を吐き出した。穏やかな響きだった。

 

「……手負いの娘一人つまみ出したところで、野良猫の怒りを買うだけで益も無い、か」

 

 ふん。尾形が鼻を鳴らす。

 そうしてまた、経緯を話し出した。ひと通り語り終えたところで、

 

「俺の樺太土産はふたつある」

 

 ソフィア・ゴールデンハンドについて。

 そして、アシㇼパの持つ暗号の鍵について。

 それを聞いて、泰然自若としている土方たちをよそに、ほぼ部外者の門倉がなぜか慌て出す。

 

「一刻も早くアシㇼパを探し出さなくっちゃ!」

「向こうからも来るさ。杉元たちだって刺青人皮を集めるしか無い。これの在処はもはや土方陣営か、鶴見陣営かに二極化しているんだからな」

 

 気持ち良さげに火鉢へ当たりつつ、尾形がのんびり答えた。にゃーん。

 そこで、ふと思い出したこと。樺太土産。俺にもあったのだった、物理的なやつが。

 

「あ。そういえば手土産が」

「お、こっちは本物の樺太土産か? 気が利くねえ」

「お前にじゃねえだろ」

 

 矍鑠として門倉を罵る永倉老人。お元気そうで何より。

 鞄から、右手だけで何とかその“手土産”を引っ張り出す。土方に差し出す。本当は両手でやりたかったが、

 

「棒鱈です……」

「なんで?」

 

 樺太で手に入れて誰かにご機嫌窺いで渡すものと言ったら棒鱈でしょう。異論は認める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家永が捕まったならここも危険だ、という尾形の意見が聞き入れられ、次の隠れ家を探す方向で意見が纏まったのは良いが。

 とりあえず日も暮れてきたし、ということで、今日はこの隠れ家で休むことになった。なんかまだ帰ってきてないっぽい人がちらほらいるみたいだけど、いいんでしょうか。

 畳の上にずらっと布団が並ぶ。

 修学旅行かな?

 

「ん」

 

 棒鱈の甲斐あってか、尾形のおまけの俺にもきちんと端っこに寝床が用意されていたが。潜り込もうとしたところで、隣の尾形の布団に引きずり込まれた。妖怪?

 いや、別にいいけどね。

 狭いけど。クソ狭いけど。

 

「おお」

 

 大して広くもない中にぎゅうぎゅうに詰まる俺たちを見た牛山が、謎に声を上げる。布団の中からじっとりした視線を送る尾形。

 その様が面白かったのか、豪快な笑い声を上げてみせた。

 

「お前のだろ、誰も取りゃしねえよ」

「…………」

 

 うーん、完全に猫ちゃん扱いである。

 

 

 

 

 ──明かりが消えて、どれほど経ったのか。もう、周囲からは時計の秒針と、門倉のいびき(うるさい)しか聞こえてこない。

 尾形のおかげで、寒くはない。

 それはいい。

 いい、のだが。

 

「…………」

 

 悲報、肩の傷が痛んで寝つけない。

 同じような場所を銃剣で刺された鯉登少尉は、病院で数ヶ月安静を強いられていたのに対し、俺は治療もそこそこにあちこち駆けずり回っていたのだからさもありなん。

 痛すぎてしんどいし、よく動かす場所だからしょっちゅう傷口が開いている、なんて尾形に言っても嫌がらせにしかならないので、言いはしないが。

 少しは良くなってきたと思っていたんだがな。むしろそのせいか?

 

「ぅ、…………」

 

 痛い。寄り添った体、その肩口に頭を押しつける。

 布団の中は暖かいのに、冷や汗が滲んでくる。昼間はバタバタしていて気づかなかったが、落ち着くと駄目だな。

 尾形には申し訳ないが、別の部屋で頭を冷やして気を紛らわせるか。

 そう思って、布団から這い出そうとした瞬間。

 

「……っ、」

 

 手に、長襦袢の袖を掴まれた。

 やんわり引っ張られて、元いた腕の中に引き戻される。

 ──尾形。さすがに眠っていると思ったのに。いや、これで起きてしまったのか。

 仕方ない。ちょっとお手洗いに、とでも言って誤魔化すか、と思った矢先。

 

「──────、」

 

 小さな、本当に小さな囁き──否、メロディ。秒針の響きにかき消されてしまいそうなほど密やかな歌声が、吹き込まれる。

 低く、丁寧に紡がれるそれが耳に心地良い。その穏やかなテンポに合わせて、胸元で弾む指先。

 子守唄だった。

 トメが歌っていたものではない。知らない曲だった。同じワンフレーズが、手の動きに合わせて淡々と繰り返される。

 

「…………」

 

 ──幼い頃から寝ぐずりもしない、手のかからない子だった、と言われた。

 それを今、思い出していた。

 俺が実際に耳にしていて、真似て歌える子守唄などひとつもない。トメのそれはただ童謡として知識があっただけだ。

 黙って、天井を睨むように見つめる。

 なぜだか、どうしようもなく泣き喚きたいような気分だった。

 そこに意味など、理由などない。わからない。わかりたくもなかった。

 

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