【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

45 / 58
45話 狙撃手の凱旋

 しばらく経ったある日のこと。

 昼下がりに、尾形が帰ってきた。

 彼がふらっと出て行って、ふらっと帰ってくること自体はよくあることだったが。その日は、背後に土方歳三がいた。

 2人で出掛けたのだろうか。珍しい。弾薬の調達か何かか、と考えかけたところで、

 

「タマ」

 

 ただいまをすっ飛ばして、畳に座って新聞を読んでいた俺に声を掛けてきた。

 どっかと、目の前に座り込む。

 

「……?」

 

 何か言いたいことでもあるのかと思ったところで。尾形が、おもむろに右眼を覆っていた包帯に親指を掛けて、引き上げた。

 露わになる空洞──ではなく、

 

「うわ」

「…………」

 

 ……とっさに引き気味の声が出てしまい、微妙な雰囲気にしてしまったが。

 少し驚いただけだ。

 何のことはない、

 

「義眼か」

 

 眼球が抉り出されたはずの場所に鎮座する精巧なガラス玉。艶出しの施されていない表面は黒々としていて、およそ人間らしい質感ではなかったが、彼の目元に嵌ると不思議とそれらしく見えた。

 手を伸ばして、指先で偽物の眼球に触れる。尾形は嫌がらなかった。つるりと冷たい、乾いた感触。生物のそれではない。

 何となく瞼の下に指先を掛けたら、そこで初めて止められた。尾形の手が、やんわりとこちらの手を退けてくる。

 

「……出るからやめろ」

 

 弾みでポォンしちゃうから、ということらしい。ちょっと見たい。

 というか、それサイズ合ってないからなんじゃないの? 大丈夫か?

 

「有り物ではなく、ドイツから来た職人にわざわざ作らせた一点物だ」

 

 戸口にもたれかかってこちらを観察していた土方が、そんな注釈を入れてくる。

 原作で公開されたのはビール工場戦の最中だったが、当然、それより以前にモノ自体は完成していたという訳だ。

 しかし、義眼かあ。

 両手を伸ばして、頬を包み込む。腰を上げてその目元を覗き込む。

 ……正面から見ると、本当に天然物と区別がつかないな。元から生気のない作り物みたいな目をしているだけはある。

 俺を見つめる尾形がゆっくり瞬きした。

 当然、その動き自体は自然に左右で連動している訳で、違和感はない。

 

「…………」

「…………」

 

 ただ、覗き込む角度を変えると、左眼は追従してくるが、右眼は正面を見つめたまま。そこで生まれる違和感に気づいているのかいないのか、首を捻って頭全体でその動きを追いかけようとしてくる。

 

「おい、動くな」

 

 釘を打ちつつ、四方八方からおニューの義眼を観察してみて。元の姿勢に戻って、一息つく。

 うん。

 

「……なんか嫌だ」

 

 何となく。

 義眼や斜視を差別したい訳じゃないけど、というおまけすぎる言い訳を内心でくっつけておく。

 俺の率直な感想に、むすくれた真顔の尾形はふすん、と鼻から息を吐き出して。

 

「…………」

 

 無言で、包帯を下ろした。義眼が隠れて、元の隻眼に戻る。

 途端、頭上から小さな笑いが降ってくる。土方だった。

 

「もうお蔵入りか」

 

 それ高かったのにな〜、というからかい半分の恨み節が窺える呼びかけだった。

 案の定というべきか、出資者は土方だったようだ。さすが足長おじさん。

 パトロンの茶々に対して尾形はふん、と短く鼻を鳴らして。

 

「……元々、顔の形を変えないように入れておくという話だったはずだが?」

 

 身内が嫌がったんでお披露目やめます、というだけのことを、髪を撫でつけながらやたらスタイリッシュに告げる尾形。コマぶち抜いてそう。

 

「ああ。違いない」

 

 これ以上言っても無駄と判断したか、あるいはそれ以外の理由か。くつくつと喉を鳴らしながら、土方老人が遠ざかっていく。

 その背中を見送りながら。

 ……ふと、気づく。

 

 ──尾形は、手に入れて、失くしてしまったものを手繰り寄せようとしているのだ。

 

 意識的なのか、無意識なのかはわからないけれど。

 それはおそらく、良いことでも、悪いことでもある。今、そう感じた。

 俺は、左撃ちの練習に励む彼の姿に、背中を押してもらったような気になっていたが。

 失くしてしまったもの、二度と還らぬものについて、無理に“元通り”を繕おうとする必要はないのだとも言ってあげたい。軍服も、右眼も──あるいは、銃の腕前すらも。

 そこには既に、失われたという事実が“在る”のだから。直視するのは苦痛かもしれないけれど。痛みを伴うかもしれないけれど。

 それはお前が確かにここまで生きてきた証なのだと、思いたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 江別の川岸に立てられた即席の囲炉裏。

 そこに掛けられた鍋の中では、チョウザメ──ピシコㇿカムイチェㇷ゚──の切り身と魚卵が、湯気を立ち昇らせながら煮えている。

 それを見つめる少女、アシㇼパがぽつりと呟いた。

 

「タマにも食べさせてやりたかった」

 

 今はこの場にいない人物。

 その名に、彼女を知る男2人の間に一瞬、重苦しい空気が流れる。

 沈黙を破ったのは、彼女とは面識のない刺青囚人の1人──海賊房太郎の一言だった。

 

「タマ?」

「お前には関係ねえ」

 

 興味津々といった様子で巨体を乗り出してきた房太郎に、噛みつく勢いで睨みを利かせる杉元。しかし、アシㇼパはそれには構わず淡々と、

 

「タマは……私たちの仲間だった、……いや、仲間だ」

 

 俯き加減に放たれたその呟き。抑えた口ぶりながら、そこに含まれた重みを知る杉元は眉を下げて口をつぐむ。

 

「優しい猫だった」

「え? ネコ?」

「私は一人っ子だけれども、姉がいたらこんなふうかと思ったこともある」

「うん? アシㇼパちゃんネコだったの?」

「銃が得意で歌が苦手だった」

「人間?」

 

 一貫性のない情報に、頭上へクエスチョンマークを散りばめる房太郎だったが、そこでやや持ち直して。

 

「……、その子は今どこにいるの?」

 

 沈黙。アシㇼパは、地面を睨むように見つめて、唇を引き結んでいる。

 

「おい、」

「あいつは……どうしても家族のことが心配だったんだ」

 

 見かねた杉元が間に割って入ろうとしたところで、それを遮るように口を開いた。

 

「弟のところに行ってしまった」

 

 弟。それを聞いて、房太郎は長い睫毛に縁取られた瞳を微かに見開く。澱み、濁り切って底の見えない虹彩。その目は、彼女の──あるいは“弟”のそれによく似ていた。

 

「家族想いだったんだね」

 

 にこりと、人好きのする微笑を浮かべてみせる。

 

「じゃあ、良いやつだな。俺は家族を大切にする人間が好きだ」

 

 言いながら、芝居がかった仕草で顎を上げ、分厚い胸板に手を当てる。稀な長さの黒髪が水のようにさらさらと流れた。

 

「彼女は正しい選択をした」

 

 睥睨と呼んで差し支えない、鋭い眼差し。それを受けて、アシㇼパが身構える。

 先ほどまでのやり取りを、まさか忘れた訳ではなかった。祖母は孫娘を心配しているのではないか。そして、ここに来て当てつけるようなこの発言だ。身構えざるを得なかった。

 

「……何が言いたいんだ?」

「いや?」

 

 剣呑な少女の呼びかけに、対照的に雰囲気を温ませる房太郎。

 

「……アシㇼパさん。あのさ、」

 

 そこで、ずっと沈黙を貫いていた杉元が、重々しく口を挟んでくる。軍帽の鍔を引き下げながら、ゆっくりと語り出す。

 

「今まで言っていなかったけど……タマさんは、尾形をひとりにしないことが自分のやるべきことだって言ってた。このままだと、誰もあいつを必要としなくなってしまうから」

「っ、」

 

 アシㇼパが目を瞠る。

 網走監獄潜入前夜の、彼女との会話。ここまで話す踏ん切りがつかなかったが、いつかは話しておくべきだとも思っていた。

 

「俺は、本当は尾形なんて放っておいて、何があってもアシㇼパさんのそばにいてほしかった。……でも、それは俺が、俺たちがやるべきことなんだって」

 

 ──尾形百之助の選択を最後まで見届ける覚悟がある。

 ──愛しているから。

 彼女は、裏切りに近い傷を負ってなお、それを成し遂げてみせた。彼女が語った“覚悟”がそこにはあった。

 

「あの人は、あの人がやるべきだと思ったことをやり遂げたんだ……」

 

 深刻な空気を嫌うはずの白石由竹さえ、今や神妙な面持ちで膝頭を見つめていた。箸を握っていた右手が持ち上がり、自身の坊主頭を撫でさする。優しく、慈しむような手つきだった。

 

「やるべきこと……」

 

 聞き終えて。

 呟いたアシㇼパの瞳が、揺れる。それから俯いて、膝上で拳をきつく握りしめた。

 

「……タマは、ずっと私の味方だと言っていた」

 

 頬を包む冷たい指の感触を、まだ覚えていた。どこにいても。蘇ったその囁きをそっと胸に仕舞い込んで、顔を上げる。

 憑き物が落ちた表情のアシㇼパに、杉元が優しく微笑みかける。

 

「俺も第七師団に捕まった時、あの人が死んだって話を聞かされたけど、結局生きてた。だから、きっと大丈夫だよ」

「杉元の言う通りだぜ。タマちゃんが簡単に死ぬはずない。きっとどこかで元気にやってるって」

 

 彼女と共に歩んできた男たちからの励ましを受けて、ようやくその頬に笑みが灯る。

 

「……そうだな」

 

 それからふと、空を仰ぐ。優雅に頭上を行く鴨の群れが見えた。

 

「タマ……今頃何してるんだろうな……」

 

 彼女は、狙撃の練習をする時、弟の真似をして鴨をよく撃ったと言っていた。

 今もそうしているのだろうか。

 ──そこで、ここまでずっと蚊帳の外だった海賊房太郎が一言、

 

「…………え、結局ヒトなの? ネコなの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しゃあっ五光!!」

 

 取った札を持ち場に叩きつける。

 並んだのは光札が5枚。松に鶴、桜に幕、ススキに月、小野道風にカエル──そして、先ほど取れた桐に鳳凰である。

 横で見ていたキラウㇱが、なかなか見ないその光景におおっと声を上げた。

 

「またタマの勝ち!」

 

 カドクラ弱すぎる。脇ではしゃぐ野次馬がとどめを刺し、彼の顔色がさらに悪くなる。

 いやまあしかし、

 

「マジでこれ逆にイカサマしてんじゃないかってくらい引きがカスですね!」

「ウッ良い笑顔で恐ろしいことを……」

 

 脂汗を滲ませる門倉だが、何度やっても高得点の役はおろか、カスやタンすら揃えられないのだ。やり方が悪いという以前に、手札はもちろん山札の引きが異常に悪い。具体的に言うと、芸術的なまでに中途半端。

 勝っても何にもないんだけどね。健全なお遊びですよ。

 

「監獄で尻覗きしてた門倉さんは花札で尻覗きしても勝てないと思います」

「は? おまっ、キラウㇱ言ったのか?」

「門倉はイカサマしてくるから気をつけろとしか言ってない」

「言ってんだよそれは」

 

 連続で10戦くらいした(そして門倉が10敗した)しな……という訳で、とりあえず茶を淹れて休憩することになった。

 何せバックがあの土方歳三なので、高いお茶菓子食べ放題。やったね。

 

「しっかし、お嬢さんはあんな男のどこがいいのかねえ」

 

 本来の目的そっちのけで羊羹をモリモリ食らう俺に、茶を啜る門倉が話題を振ってくる。……尾形の話か。塩味が効いていて美味しい。

 

「……家族なので」

「家族って距離感じゃねえだろお、あれは」

 

 ニヤニヤ笑いを向けてくる門倉。

 そうなのか? 俺は一人っ子だったから、異性のきょうだいとの正しい接し方なんてものはわからない。

 

「いや……俺も娘がいるもんでな。ちびの時に別れてもう長らく会ってないが、もうあんたくらいになってるかと思うと、色々考えちまうよなあ……」

 

 そういえばこの男、バツイチ子持ちなのだっけ。見かけより歳がいっていないであろうことを考えると、娘はおそらく俺より歳下の可能性が高いが。

 俺がそんなことを考えている間にも、門倉は一転、苦々しい顔で机に突っ伏して、

 

「娘が……サチが尾形みたいな男連れてきたらどーしよ? なあキラウㇱ」

「マチにもマッネポにもとっくの昔に逃げられてるんだから、お前が心配することじゃないぞ門倉!」

 

 笑顔でしれっと個人情報をバラすキラウㇱ。何のフォローにもなっていない。門倉のアドバイスの信憑性が薄れただけだ。

 

「お嬢さんよ、俺は監獄で何人か似たようなのを見てきたけど、アイツはなあ、女を不幸にする手合いの男なのよ。見りゃわかる。ツラと雰囲気の良さに騙されちゃダメだぜ」

 

 とか言ってたら、さっそく。

 したり顔と頬杖のコンボから繰り出される謎バイスを、黙って聞く。

 門倉的には尾形はミステリアスな美形、という認識なのが一番の驚きだった。男はハートで勝負的なタイプだと思っていたから。

 

「お嬢さんは別嬪さんだし、銃も使えるしでしっかりしてるから、余計にアイツみたいなのがよく見えるのかもしれんが。このひとにはアタシがいてやらなきゃ……みたいなのは将来的に自分の身を滅ぼすだけだぜ〜?」

「実体験からですか?」

「…………」

 

 実際に嫁と娘に逃げられた側の発言だ、重みが違う。まあ、逃げてるってことは彼女たちは凶運からの脱出には成功してるのだが。

 

「娘さんいたんですね」

「まあな……」

「門倉みたいなのがアチャだったら嫌だ!」

「さっきからちょっと手厳しすぎない?」

 

 暇を持て余した有閑マダムの御茶会かよと言いたくなるような俺たちの暢気さに、

 

「はあ、もう……」

 

 またもや溜息の永倉老人。常識人枠はつらいよ。ストレスで抜ける毛ももう無い。

 そこで──ガラッ。

 引き戸が開いて、誰かが帰ってきた。

 立っていたのは。

 

「おお……」

 

 牛山が、感嘆の声を上げる。

 視線の先には、小銃を担いだ尾形百之助。そして、その右手にぶら下がる、

 

「尾形が一人で鴨獲ってきた」

 

 獲物を上り框に置いた尾形が、隻眼を細める。その顔に、目立つ包帯はもう無い。義眼の収められた右眼は、今は黒革の眼帯に覆われていた。

 

「やっと左撃ちに慣れてきた」

 

 尾形の呟きに、土方が笑みを見せる。

 

「では、狙撃手は完全復活した訳か」

「いや……」

 

 背負った三十年式を下ろして、胸元で構えながら。真っ直ぐ前を見据えた隻眼の狙撃手が、きっぱりと言い放った。

 

「新生だ」

 

 ──旅の終わりが、近づいていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。