【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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53話 血迷い事

 握るボーチャードピストルの銃口から、仄かに硝煙が立ち昇っている。

 薄くたなびくそれは、汽車の煙突が吐き出す黒煙に呑まれてすぐに消えた。

 足音が聞こえる。

 真後ろで、止まる。

 

「鶴見中尉殿」

 

 蒸気機関の吐息に容易く掻き消されてしまいそうな、低く抑えた声音。

 車両の繋ぎ目から視線を上げ、慎重に振り返った先。鶴見篤四郎にとっては懐かしいとも呼べる顔が、小銃を片手に立っていた。

 

「尾形百之助上等兵……」

 

 撫でつけられた黒髪と、外套の頭巾が煤混じりの風に靡いている。硝子玉を嵌め込んだようなその瞳は、いつの間にか片方が欠けていた。

 狙撃手の命であるはずの右眼。しかし、男は──尾形は、ごく落ち着いた様子で残った隻眼から鶴見を射抜いている。

 彼は、その呼びかけにすぐさま反応することはなかった。代わりに、硝子窓がところどころ欠落して、今なお呻き声の止まない車両を振り返り。

 

「……はあ、」

 

 息を吐き出す。

 呆れた、というふうだった。

 

「鶴見中尉殿も土方歳三も、お互いこんなに被害が出るとは思わなかったでしょうな。圧勝する戦だと……」

 

 淡々と、絞り出すように唇を動かす。凍りついたような無表情が、ゆっくりと向き直る。

 

「もう終わりでしょう」

 

 男は冷静で、乾いていた。何の高揚も湿り気もない、事実を事実として語る無味感想の呟きが風に攫われていく。

 その左足からは血が滴っている。けれど、それを気にしたふうもなく続ける。

 

「権利書が手に入ったところで、どう責任を取るおつもりですか」

 

 鯉登平二海軍少将は雷とともに函館湾に沈み、ソフィア・ゴールデンハンド率いるパルチザンは長たる彼女を含めて玉砕した。

 数え切れない程の人間が死んだ。呪われた金塊という悪神によって。

 

「あなたは余所見をし過ぎた。舵取りを失ったこんな鉄屑では、もはや何処にも行けやしない。この列車は地獄にしか繋がっていない」

 

 愉悦の滲む余地のない、突き放す口ぶりだった。地獄行きの特等席。そう言った男が居た。それを今更思い出していた。

 

「…………」

 

 何を考えているのかわからない。

 尾形百之助を知る人間は大抵、二言目か三言目には彼をそう評した。良い意味であれ、悪い意味であれ。

 しかし、男が求めているものは初めから一貫していた。少なくとも、鶴見はそう感じていた。正確に言えば、その行動原理は、という話になるが。何処までも真っ直ぐ過ぎて、常人の目にはそう映らなかっただけだ。ヒトは銃口から放たれた弾薬の速度を視認できない。それだけの話だった。

 

「……やはり、第七師団長の肩書きが欲しいのか?」

 

 左手の止まらぬ出血が目に入る。強く握りしめる。

 

「邪魔ばかりして、引っ掻き回して、私が追い詰められるのを待っていた訳か?」

 

 こちらを見つめる黒の瞳に、この手に掛けた菊田杢太郎を見る。同じ裏切りの色。

 

「私がお前だけを見るように」

 

 尾形は、一瞬口を噤み。

 そこで──初めて、笑顔を見せた。皮肉と愉快さの滲んだ、彼らしい笑みだった。

 

「……ははあ、」

 

 右手が持ち上がり、崩れた前髪に伸びる。見慣れた悪癖だった。頭蓋を包み込むその掌が、毛先まできちんと撫でつけて──

 

「──中尉殿が本当にそう思っていたなら、父上は俺に殺させたでしょうな」

 

 だらりと、おもむろに操り糸が切れたかのように垂れ下がった。瞬時に笑みが掻き消える。

 

「しかし、あなたは途中から俺を利用することをやめた。それは他ならぬあなたが一番よくわかっていたはず。……何故だ?」

 

 低く、地を這うかの如く潜められた声。恨み節というにはさらりとした手触りのそれを、落ち着いて味わう。

 

「…………」

 

 鶴見の返答は、無言だった。尾形は、それに対して焦りも怒りも見せなかった。やがて細く息を吐いて、青天井を仰ぐ。

 

「……質問を、変えましょうか」

 

 ぐるりと回して、元の位置に帰ってくる。尾形百之助の、もはや澱さえも舞い上がらない淀みきった瞳が、鶴見を見つめている。

 その頬が、微かに緩んで。

 

「勇作を殺したのはあなたでしょう? 鶴見中尉殿」

 

 ガアア。加速し続ける蒸気機関車、その車輪が軌条を削る金切り声が、やけに耳に障った。

 虫の息の宇佐美時重が遺した置き土産。

 ──勇作殿を殺したのは僕じゃない。

 ──思い出すたび腹が立つから、お前には言っていなかったけど。

 ──僕は失敗した。本当は、鶴見中尉殿がその始末をつけてくれたんだ。

 それを聞いた時の気持ちは、今はもう思い出せなかった。辿り着くべき場所が決まった。そう確信したことだけは覚えていた。

 

「……勇作殿を殺しては軍の士気に関わる。お前が私に初めて述べた提案だったな。表面上だけでも無下にするべきではない──したくない、と思ったのだよ。そしてそれは事実でもあった、」

 

 先ほどまでとは打って変わって異様な熱を孕んだ呼びかけ。もはや、それに触れていたいとは思わなかった。

 

「はは、この期に及んでくだらん甘い嘘はやめてください。劇場はもう懲り懲りです。どいつもこいつも……」

「…………」

 

 愛という鎖。その痛みと支配に自覚的でなお、それから逃れられなかった、逃れようとしなかった哀れな幼子──だった男が、鶴見の目の前に立っている。

 

「……花沢少尉の弔い合戦のつもりか。お前は既に宇佐美上等兵を殺しているな?」

 

 はて。

 そんな鶴見の問いを聞いて、今になって茫洋と思考を巡らせる。

 弔い合戦──葬式をやり直したかったのだ。誰にも知られず非業の死を遂げた弟の為に。その優しさと悲しみを無駄にしない為に。

 自らが喪主であり、たった一人の参列者である葬式を。

 けれど、そこに“合戦”などという物々しい比喩表現が付くのには違和感があった。

 ただ、したかったからそうした。

 それだけだった。

 

「いえ。そんな高尚なもんではないですよ、俺が思う限りですが……」

 

 勇作。その笑顔も、涙も、声も、温度さえ未だ思い出せるのに。全てが失われていて、もはや手遅れだった。その事実の手触りを確かめる度に、心に去来するものとは。

 

「……ただ、ずっと考えていたんです。なぜ……あいつは……勇作は、死ななければならなかったのだろうと、…………」

 

 そこで、ふと。

 点と線とが、脳裏で繋がって。

 ひとつの解答を照らし出す。

 

「…………あ、そうか」

 

 ──思ったよりも、軽い声が漏れた。

 何だ。簡単な話じゃないか。

 葬いとは──確かに死者ではなく、生者のために存在しているものなのだ。

 額に手を当てる。項垂れる。

 はあぁあ。

 深く、長く、息を吐き出す。そうして、ゆっくりと顔を上げた。

 鮮やかな色彩に満ちた光景が視野に飛び込んでくる。ああ、確かに、世界はこんなにも輝いているのだ。

 自然と、笑みが溢れた。頬が熱い。

 

「見放された理由とは……俺が、お飾りの師団長の座にしがみつくより────ただの兄として、勇作に愛される道を選ぶことができる人間だったからですか?」

 

 祝福された人間。

 ごく普通の、ありふれた人間。

 両親に愛があるかは関係がない。子供は親を選べない。──だからこそ、誰しもが満ち足りた道を選べるはずなのだと。

 そんな考えは馬鹿げているのだと。

 お前は価値の無い存在などではない。

 こんなにも愛し、愛されているのだから。

 繰り返し告げられ、反芻したはずのそれだった。今、やっと手中に収めることができた。自らのものとした。それをはっきり感じた。

 ──欠落のない人間を、歪な愛で支配することはできない。

 鶴見が必要だと思っていた。愛すべき理解者だと感じていた。しかし、他でもない彼こそが、203高地で尾形百之助には自身を求める理由が既にないことを悟っていたのだ。

 だから手放した。駒として不適当な存在だった。それを理解してなお、あの時のような苦痛は覚えなかった。

 温もりを分けてもらう必要はもうない。灯火は、既に己の中にある。

 やはりここが辿り着くべき場所だったのだ。

 全ての始まりにして、終わりでもある男。こちらを見つめる鶴見篤四郎の漆黒の瞳に、彼女の暗闇を見る。

 

「……タマ……そういうことだったのか?」

 

 師団長でもなく、少尉でもなく。上等兵でも、帝国軍人でさえなくて良い。

 何も必要なかった。

 だって、彼らが見ていたのは初めから。

 歓喜とも、何ともつかない沸き起こる衝動が喉を震わせる。何もかもがわかった。ようやく。いや、今までずっと気づかないふりをしていただけなのかもしれない。

 けれど、それをやっと、こうして真っ直ぐ受け止めることができたのだ。

 

「俺が本当に欲しかったものは既にここにあった、」

 

 ただの尾形百之助として。

 兄として、弟として。

 初めから、何も無くとも手に入れていたはずのものだった。全てがそこにあった。

 

 ──失ってしまった。傷つけてきた。守り、慈しむことが出来たかもしれなかった。

 

 やはり。

 

 ──もっと早く気づいていれば。

 

 脱力に近い落胆を覚えるより早く。

 金属音。

 息を、吸い込む響き。

 

「……やはり、お前は最初から何も欠けてなどいなかった────尾形百之助!」

 

 はっと、我に返る。

 鶴見の、空洞じみた瞳の先──彼が構えたボーチャードピストル、その銃口が冷静にこちらの臍下丹田を捉えていた。

 

「っ、」

 

 撃たれれば死ぬ。殺すつもりか。

 否、“だった”のかもしれない。初めから。妙に落ち着いてそんなことを考える。

 

 ──彼女が恐れた旅の終わり、

 

 ……変わらないのか?

 安全装置は解除してある。だが間に合わない。視線を前に固定したまま、それでも小銃を構えようとして。

 ふと、気づく。

 鶴見の背後。

 そこには、

 

「──────、」

 

 阿修羅が立っていた。

 

 そうとしか形容できなかった。

 結い直す暇が無かったのだろう。乱れた総髪が激しくたなびき、見慣れた和装も泥と血とに塗れて無残な有様だったが。

 仁王立ちに、三十年式を握りしめた立ち姿。

 その表情に浮かぶ鮮烈な瞋恚、宝珠の如く美しく光り輝いたそれだけが、今の“彼女”の全てだった。

 目を奪われていたのは、ほんの一瞬とすら呼べない刹那の間だったのだろう。

 

「────ッ、!」

 

 次に瞼を開けた時──既に、鶴見の右腕はボーチャードごと三十年式の銃身で弾かれていた。数歩の距離を一気に踏み込んだ女が、長物の要領で握った小銃を叩きつけたのだ。

 さしもの情報将校も、ここで全く無関係な人間の妨害が入ることまでは想定出来なかったか。たたらを踏んだその顔を、激しく睨みつける。三十年式を握る手に力が篭ったのが、端から見ていてもわかった。

 

「よくも勇作を……」

 

 呪詛、としか呼びようのないその声音に、背筋が粟立つ。聞いたことのない、見たことのない姿だった。彼女は、確かに怒っていた。

 全身から立ち昇る激情が肌を炙る。

 修羅の獣が、吼える、

 

「俺たちの弟をッ!!」

 

 怒号とともに、再び構えられる小銃。今度は鈍器代わりではなく、明確に銃火器として。

 発砲するために、銃口が向けられる。

 焦りも、怒りもなかった。

 新聞の写真を眺めるように、ただその光景を見つめて──そこで、彼女の背後で、ゆらりと何かが立ち上がった。

 

 ──どうして、今まで気づけなかったのだろう。

 

 ……否、そもそも誰が予想できた?

 どうやって列車に?

 登って来られるのか?

 有り得ない。

 その“有り得ない”が、今まさに、彼女目掛けてその巨大な手のひらを振り下ろすところだった。

 アイヌが恐れ、敬うキムンカムイことヒグマが、列車の上で人間を襲う。

 目の前で繰り広げられる光景だというのに、全く非現実じみ過ぎていて──何もかもが、夢であっていてほしかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──グチャッ。

 あ、?

 すぐ耳元で、肉が潰れる音が聞こえた。伸し掛かる重み。鉄錆と獣の臭い。

 反射的に目を遣る。

 

「──────、」

 

 爪が。

 鈍く、黒々と輝く獣の指先が、深々と俺の肩に食い込んでいた。──けれど、それも一瞬のことで。

 小枝がへし折れる響き。どこかの骨が折れたのだ、と気づいたのは、首筋から肩口に掛けて抉り込んだ鋭利な切っ先が、そこにあった皮膚と筋肉と骨とを纏めて吹き飛ばしてからだった。

 俺の一部だったモノが、青空に舞い上がる。血肉の花びらが、黒煙を彩る。

 その、下手人とは。

 

 熊──いや、ヒグマ。

 

 混乱はなく。

 存外、落ち着いて状況を受け止める。ああ──そうか。この列車には、最終的にはヒグマが乗り込んでくるのだっけ。

 痛みはなかった。

 やられた。

 ただ、そう思った。

 仕留めなきゃ。次にそう思えたのは、この旅で培われたサバイブ根性の賜物か。とにかく、重心を崩して傾いていく視界の中、ほとんど気合いで小銃を構えて──

 

「ギャッ」

 

 件のヒグマが、立ち上がった状態だったのは不幸中の幸いだった。強い奴を倒す時は頭を狙わない。ヒグマの頭蓋骨は分厚い。しかし、骨で首筋を守ることはできない。

 俺が放った弾丸は、奴の喉元を撃ち抜いて。体勢を崩したヒグマは、ともかく車両からは転がり落ちた。これでいい。こうなってしまえば、生死などもはや瑣末事だ。

 ──けれど、不安定な姿勢で小銃を撃ったその反動は、俺にとっても致命傷になった。

 背後に吹き飛ばされる。

 とっさに伸ばした手が、足が、空を切る。

 手放してしまった三十年式が一足先に視界から消える。

 足場が無い。肌を撫でる風の流れが、やけに緩慢に感じる。

 あ。

 

 ──落ちる。

 

 しかし、その断定が実際に現実で花開くことはなかった。

 左腕に強い衝撃。危険な浮遊感が消える。ブーツの爪先が宙で揺れている。それが見える。

 すんでで繋ぎ留められた。

 ……誰に?

 

「ぐ、ッ──」

 

 頭上から降ってきた呻き声。そこから読み取れた馴染みある響きに、はっと凍りつく。

 顔を上げる。車体から身を乗り出した尾形百之助が、左腕だけで俺の身体を支えていた。

 とっさに浮かんだのは、安堵ではなく──焦燥と恐怖だった。

 

「馬鹿ッ、何やってる……!」

 

 いくら尾形がある程度は鍛えている軍人とはいえ、この中途半端な体勢で、手首一本で人間一人を引き上げられるほど彼の腕力は狂ってはいない。実際、今の尾形はわかりやすく苦痛を露わにした表情を浮かべている。

 彼の体が、僅かに前へ傾いた。

 引っ張り上げるどころか、現状の維持も難しい。わかっていたことだ。それなのに、何故?

 車上に鶴見中尉の姿は見えない。

 この間に逃げて、仕切り直すつもりか?

 少なくとも、動けない尾形に追撃を仕掛けてくるつもりはないようだ。それは安心材料だが、根本的な解決にはなっていない。

 撃ち損じた。仇を取り損ねた。そんなことは今やどうだって良かった、

 

「無理だ、離せ尾形!」

 

 最期の力を振り絞って、叫ぶ。

 駄目だ、

 

「このままだとお前も落ちる!」

 

 ──樺太でのことが頭をよぎる。

 それまでの流れにどれだけ差異があろうとも、特定の条件さえ揃ってしまえば、そこには原作と同じ結果が発生し得る。

 そんな確信があった。

 花沢勇作を殺さず、アシㇼパに彼を重ねなかった尾形だけれど。結局はアシㇼパに右目を毒矢で穿たれ、そこを杉元に救われた。

 自ら左目に銃弾を撃ち込み、幻覚の勇作に抱かれながら列車を落ちていく彼の姿が思い浮かぶ。ぞっと血の気が引く感覚。

 だから、このままでは、

 

「っ……い、いいっ、どうせこの傷じゃ、どのみち助からない……!!」

 

 思わず吐いた言葉に、尾形が微かに目を瞠った。気がした。

 この速度で列車から落ちれば、まず無事では済まないだろう。この腕では割れた窓から上手く車内に滑り込むことも不可能。

 ──そうでなくとも。

 生命が傷口から絶え間なくこぼれていく感覚。手足が、魂が冷たくなっていく。

 そもそもが脇腹に銃弾を受けていた身だ。そこでさらに無茶をした。

 ああ。

 俺はここで死ぬ。

 これもまた運命?

 何度目だろう。

 けれど、この物語にこれ以上の続きはない。函館駅のその先は存在しない。ほんの少しの後日談を最後に、この話は終わる。

 ならば、俺の物語もここで、?

 

「ッ、…………」

 

 ずっと、考えていたことだった。

 この旅に終わりがあるとしたら、きっとこの暴走列車で迎える死なのだろう。

 奇妙な黄泉帰りの繰り返しも、ここでおしまい。俺はそれでいい。それで構わない。

 けれど、彼は駄目なのだ。

 せっかく、せっかくここまでやって来たのに。欠けた人間などではない、普通の人間だと認められたのに。何もかも無駄ではなかったのに。

 

 ──こんな土壇場で、血反吐を吐く思いで手に入れた何もかもを放り投げるつもりか?

 

 俺のためだけに。

 尾形は動こうとしない。

 焦りだけが募っていく。

 

「聞け、お前まで死ぬぞッ!!」

 

 ──尾形百之助がこの列車で死ぬ未来を変えたくてここまでやって来たのに!

 

「尾形っ!」

「それでもいいッ!」

 

 彼らしからぬ大きな声に、一瞬どきりとして──次いで見せた表情に、呼吸が止まりそうになった。

 今にも泣き出しそうな、それでも満ち足りた、柔らかくて痛々しい微笑。確かに覚えのある笑みだった。

 怒号じみた叫びから一転、穏やかに彼が繰り返す。

 

「それでもいい、」

 

 それでもいい?

 どういうことだ。

 

「あ、……?」

 

 ──そこで、尾形の背後に何か、否、“誰か”が立っていることに気づく。

 胸の辺りまで真っ直ぐ伸ばしたダークブラウンを靡かせる、長襦袢の女。スリングでその背に負われているのは、楚々とした雰囲気に相応しくない輸入品のライフル──スペンサー銃。

 その名がするりと出て来たのは、罷り間違っても俺がミリタリーマニアだったからなどではない。ただ、何よりもよく“知っていた”からだ。

 その銃を──持ち主だった、人間を。

 恐る恐る、視線を上げる。

 息を呑む。

 黒く塗り潰された女の瞳が、無感動に俺を見下ろしている。

 

『さあ。証明の時間だ』

 

 

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