【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について   作:捕まえようとした蝶

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8話 さよならだけが人生か

 杉元に次ぐ形でアシㇼパのコタンに身を寄せて、数日が経った。

 今のところ、アシㇼパのフチの話を聞いたり、2人と一緒に狩りに行ったり、のんびりとした日々を過ごしている。

 

 

「……どうしたの、アシㇼパ」

 

 で、何日かめの朝。

 このチセには鏡がないので、小屋の隅の何もない空間を見ながら身支度する俺──の様子を観察してくるアシㇼパ。

 あんまりまじまじ見つめてくるので、無視するのも逆にどうかと思い、声をかけると。

 

「タマの髪飾り……耳みたいだな!」

「耳?」

 

 俺の頭あたりを指差して言い放ってくる。

 髪飾り──ちょうど今、髪に結んでいたこのリボン? 前世は男だし髪なんか短くてもいいのだが、この時代の女の短髪、異常に目立つからな。そもそも、束ねず短くしてはいけないみたいな法律あった気もする。

 で、リボンの話か。

 確か15歳になった時、尾形がくれたものだったような。本人は別に何も言っていなかったが、祖母は「大人の女になったお祝いとして寄越したんだろう」とか何とか喜んでいたっけ。

 

「あー、それ俺も思ってた!」

 

 何が?

 ……えーと、要らぬ回想を挟んでしまったせいで話の流れがわからなくなった。

 耳がどうとか言ってたような。

 

「……何の話?」

「リボンだよ、そのかわいいリボン。黒い先っぽだけ頭から飛び出してるからそう見えるんだ」

 

 わりと高い位置で結んで、先端を立てる形で整えてますからね。

 これも最初にやってくれた尾形の手つきを真似してるだけなのだが、ここまで織り込み済みだったのだろうか。俺は自分の容姿なんか興味ないから今まで気づかなかったけど。

 

「猫ちゃんの耳みたい……フフッ」

 

 しかも猫耳っぽくて可愛いとな。

 平成生まれアキバ育ちの俺には慣れ親しんだアイテムだが、杉元にはやはり先見の明がある。……何にせよ、尾形プロデュースというところが微妙な気持ちになるなこれ。

 

「ねッおばあちゃん!」

「アー?」

「…………」

 

 そんな話題フチに振ってもわからんだろ。

 この空気なんとかしてよ、という意を込めてアシㇼパを見たが、彼女はしたり顔で、

 

「タマはメコかぁ」

「メコ?」

「アイヌ語で猫のことだ。“寒さで死ぬるもの”という意味がある」

「もっとかわいい名前つけてあげてぇ?」

 

 ああ、俺が猫ちゃんすぎるせいで、樺太で披露されるはずのアイヌ語豆知識がこんなところで……俺が猫ちゃんすぎるせいで……

 

「名前……あ、でも、“タマ”って名前も猫ちゃんっぽくてカワイイ!」

「…………」

 

 杉元の笑顔を尾形リスペクトスマイルで受け止める。こいつ、俺のただひとつの地雷を悠々と踏み抜いてきやがったな。

 

「そうなのか?」

「うん……日本では猫の名づけとしてすごく一般的な名前なんだ」

 

 畜生の名前を人間様につけるな。……でも明治時代の名付けって結構テキトーだよね。

 

「初めて会った時も寒さで死にそうだったし……なるほどなぁ〜」

 

 なぜかさらなるしたり顔のアシㇼパ。迷探偵やめろ。

 

「…………」

 

 ……やりづれえ〜。

 2人(+1人)に好奇の目で見守られながら、止めていた手を再開してリボンを整え終える。一瞬、低い位置で結び直そうかとも思ったが、逆張りすぎるかと思ってやめた。

 終わったよ、という目をアシㇼパに向ける。輝く笑顔が返ってきた。

 

「……さ、タマも支度が終わったようだし。今日は何を獲ろうか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──こんな穏やかな生活がずっと続く、と心から信じていた訳じゃない。

 アシㇼパもそうだったろうし、これからの出来事を知っている俺なんかもっとそうだ。

 ……でも、それは思っていた以上に唐突だった。

 

 

「タマ、……タマ、起きろ」

 

 体が揺れている。アシㇼパの声がする。

 ああ、もう朝か。それにしても、わざわざ俺を起こしに来るなんて、何か珍しい動物でもいたのだろうか。

 瞼を開けて。

 ──彼女が、いつもの弾ける笑みではなく。暗く表情を曇らせていることに気づいて、即座に意識が覚醒した。

 

「……アシㇼパ?」

 

 とっさに呼びかける。アシㇼパは何かを言いかけて──でも、口をつぐんでしまった。

 

「っ、…………」

 

 目を逸らして。……でも、決心したように再び口を開く。絞り出すように呟いたのは、

 

「杉元がどこにもいない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──杉元佐一が姿を消した。

 まあ、これ自体は原作にもあったイベントだけれど。……まさか、俺にも何も言わず出ていくとはね。アシㇼパに倣ってわりと早寝だったのが災いしたか。

 そもそも金塊云々についても何も教えていないから、部外者という認識だったのか。

 アシㇼパとフチ宅の居候扱い?

 

「杉元のやつ、許せん……黙って出ていくなんて」

 

 今は、2人でコタン近辺の狩猟小屋を見て回っているところだ。今のところ全てがもぬけの殻、使われた形跡もない。

 困惑と不安の賞味期限が切れたのか。アシㇼパは今朝方の戸惑ったような態度から一転、ぷりぷり怒り続けている。

 

「勝手すぎるぞ。……私にも理由があるから一緒に行動していたんだ」

 

 うーん、正論すぎて杉元を擁護する余地がない。いや、別にしなくていいのか?

 

「……まあ……杉元にも思うところが、」

「タマの話も聞いていたはずなのに」

 

 え、俺?

 

「私だけじゃなく、お前まで黙って置いていった。お前は身近な人間に“また”置いていかれた。しかも、その痛みを知っている男にだ。……私はそれが許せない」

 

 予想外の発言で、言葉に詰まる。

 ──この子は、俺のためにも怒っていたのか。

 

「……アシㇼパ……」

 

 清廉、高潔、世界に愛された子。

 さすが、あの尾形がジェネリック勇作として光を見出すだけはある。

 

「ありがとう、優しい子。私は大丈夫だから」

 

 頭撫では……ちょっと馴れ馴れしいよな、尾形のなら躊躇なく撫でられるけど。

 

「杉元を探す方法を考えよう」

「……でも……どうしよう、街にいるならもう見つけるのは難しいかもしれない」

「…………」

 

 俺がいてもその問題は解決しそうにない。それどころか女子ども2人きりでは新たなトラブルを招きかねない、残念ながら。

 でも俺からレタㇻの話をする訳にも、と思っていたところに。アシㇼパの呟き。

 

「……まさか、何か良くないことでも起こったのか?」「アシㇼパ」

 

 正面に回って、膝を折る。俺よりだいぶ背の低い彼女と、目を合わせる。不安げに揺れる碧眼。12歳の女の子の目だった。

 

「そういうことは考えてはいけない。どちらにせよ“探す”という目的に変わりはないのだから、嫌な予感じゃなく、楽しい未来を想像しよう。そうしないと、心の寿命が縮まってしまうよ」

 

 特に彼女はこれからも色々ある。その問題解決そのものに、俺が役に立てるかはわからない。だから、気の持ちようくらいはアドバイスしてあげたい。

 アシㇼパが、ぐっと眉を寄せて唇を噛みしめた。

 

「……わかった。すまない、タマ……」

「気にしないで。あなたが心配なだけ、」

 

 ──その瞬間。

 獣の遠吠えが、大気を震わせた。

 背後からだった。いきなりのことでさすがに一瞬驚いたが、声の主を先んじて認めたらしいアシㇼパは顔を綻ばせる。

 

「……! レタㇻ!」

 

 ようやっと主役のお出ましらしい。

 振り返る。切り立った崖に悠然と佇む、白銀の毛並みを持つオオカミ。それが、軽い足取りでこちらまで歩み寄ってくる。

 おお、デカ。怖。実は動物ってあんまり得意じゃなかったりする。食うのは好き。

 一歩引いたところで北海道版ジャングル・ブックみたいな戯れを見守る俺の前で、賢さSSのアシㇼパは見事答えを弾き出してみせる。

 

「どうしてここに……いや、そうか、お前の鼻を使えということか!」

 

 さすがぁ。

 やや離れたところでぱちぱち拍手する俺を、怪訝そうに振り返ってくるアシㇼパ。

 

「どうした、タマ。来ないのか」

「……私が近づいて平気なの?」

 

 初対面ですが。馴れ馴れしく接して食いちぎられたりしない? 別に食いちぎられても大丈夫だけどな。

 

「大丈夫、レタㇻはメコを食べない」

「猫ではないんだけど」

 

 うーん、義弟を差し置いてすっかり猫ちゃん扱いされてしまっているな。すまん尾形。

 

「触っても平気だぞ」

「……では失礼して……」

 

 撫でてもいいぞとばかりに突き出される頭部に、恐る恐る手のひらをうずめる。うわー、寒冷地の獣だけあってとてももふもふ。

 

「レタㇻって良い響きだね」

 

 俺の記憶力は基本的に尾形周りの事象にしか働かせていないので、細々とした話の流れだとか、アイヌ語の意味なんかは失念しているものも多い。

 まあ、27年経ってこれだけ覚えているのだから上出来だろう。もともとかなり物覚えは良かったほうだと思っていたけど。

 

「ありがとう。小さい雪だるまみたいだったからそう名づけたんだ。アイヌ語で『白い』という意味だ」

「白い……」

 

 白……え、シロ? あっやべ、

 その瞬間、俺の脳内は尻尾を振りながらヘッヘッと舌を出す柴犬の映像で占拠された。

 シロ……シロか。ダメだ、レタㇻだとなんかものすごく格好いい雰囲気なのに、日本語に直すとその辺の軒先で繋がれてるワンちゃんのイメージしか浮かんでこない。

 こんな綺麗で立派な白狼なのに……和名はシロ……あーもうおしまいです。

 

「……知りたくなかったな……」

「うん?」

 

 アイヌでも何でもない女にも毛並みを触らせてくれるレタㇻの優しさを噛みしめながら、そう呟かずにはおられなかった。

 ……そしてまた観察されている。

 背後のアシㇼパから。何さ。

 

「タマ」

「……なに?」

「……どうして私が杉元と一緒にいるのか、聞かないんだな」

「…………」

 

 そういえば、というあたりだった。

 何か意図や配慮があって切り出さなかった訳ではない。確かに珍しい組み合わせなのかもしれないが、そもそも俺は全てを知っているから。ううん、逆に不自然だった?

 

「……話そうと思わなかったのは、言いたくないことだからだ。そう思ったことは口に出さなくてもいい。あなたのことなんだから、あなたがそれを選んでいい」

 

 とりあえず毒にも薬にもならないセリフで茶を濁す。知らなくても知ってはいるから、実際どっちでもいいし……?

 

「いや。タマは私たちに百之助のことを話してくれたから……私も、私たちの目的を話しておこうと思う」

 

 今のは雀の涙ほどの良心が痛んだな。打算と偽りにまみれた人間で申し訳ない。

 アシㇼパは、覚悟を決めるように一度深く息を吐き出して。勢いづけて顔を上げる。

 

「私たちの目的……杉元はどこかに隠されたアイヌの金塊のありかを──私は、それのせいで命を落とした父の仇を討つために」

 

 ……かなり詳しく話してくれそうな予感がする。杉元不在で聞いて大丈夫なヤツ?

 

「金塊?」

「もっと言えば、そのありかが刻まれた刺青を上半身に持つ網走監獄の脱獄囚たちだ」

「刺青でありかを……」

「実物を見たことがある。全員分でひとつの暗号になるらしい」

 

 実際に耳にしてなお思う、やはり酔っ払いの夢物語じみた話だ。刺青囚人たちが実際にいなければ、話の強度は徳川埋蔵金と大差なかっただろう。

 

「囚人たちに刺青を入れた男はまだ網走監獄で生きている。そいつが父を含めた7人のアイヌを殺して、大量の砂金を奪った。父たちは金塊を別の隠し場所に移動している最中だったらしい」

 

 アシㇼパは、俺が本当にこんな話を信じると思っているのだろうか?

 こんな、野心も何もない、自分を捨てた男に未だ甘ったれているような田舎娘が。

 

「…………」

 

 他人を信用するとかしないとか、よくわからないな。今まで経験がないから。

 でも、彼女を嘘っぱちだと非難するメリットはない。今はそれでいい。

 

「……、7人も殺して、まだ死刑執行されていない。金塊が見つかっていないから」

「……!」

 

 碧眼が瞠られる。彼女が僅かにこちらへ身を乗り出した。アンサーとしてはこれでじゅうぶんだったようだ。

 

「見つかれば存在価値のなくなったそいつも死ぬ──それで仇討ちの代わりということか、アシㇼパ?」

 

 俺を真っ直ぐ見据えるアシㇼパが、厳かに頷いてみせる。

 まあこれ、俺が賢いとか聡いとかじゃなく杉元が言ってたことのパクリなんで。俺が優れてるのは限られた分野の記憶力だけだ。

 

「だから杉元に協力している? あいつはそんな大金が必要なのか?」

 

 そこで、若干憂いを帯びた表情で俯いてしまう。あれ、まだ目的知らないんだっけ?

 

「……何に使うのかまでは教えてくれなかったけど……」

「また会えたら聞き出すといい。お前にはその権利がある」

 

 いやてか、尾形に言ってアシㇼパに言わない理由なんなの? 別にアシㇼパのこと女の子として意識してる訳じゃないんでしょ?

 

「大丈夫。絶対に見つかる」

 

 ダメ押しで、白い毛皮の上着に包まれた肩を軽く叩いてやる。うわっめちゃくちゃ触り心地良い。レタㇻの親のなんだっけ。

 

「……ああ、」

 

 ようやくはっきりとした笑顔を見せてくれたアシㇼパに、何となく胸を撫で下ろす。

 子どもがかわいそうなの無理だから。大人と獣はどうでもいいけど。

 

「あ、その前にストゥで一発ぶん殴ってやらないとな!」

「…………」

 

 わふっ。蚊帳の外だったレタㇻが応じるように短く鳴く。それが一体何なのか、聞かずともわかってしまった。

 ストゥ、乱用、ダメ絶対。

 

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