【完結】「不死身(物理)なら尾形を愛せるのでは」という仮説とその検証について 作:捕まえようとした蝶
「レタㇻは目立つ。決行は夜だ」
アシㇼパのその一言で、回収した杉元の(ではない)きったねえ片っぽ靴下ちゃんを手がかりに、すっかり夜も更けた小樽の街へ下ることになった。
広い街中を彷徨って数分だか、数十分だか。すっかり手がかじかんできた頃、レタㇻはようやくとある建物の前で足を止めた。
「……この中にいるのかな」
「でかしたぞ、ついに見つけたか」
まあ居るの白石なんですが。
どちらにせよ今後ともに彼の協力が必要不可欠なので、ここはスルー。
「よし、行けッ」
開けた窓からぬるんと中に入り込むレタㇻと、アシㇼパ。その後を慌てて追う。
入った民家らしきその建物の内部は……よくわからない、土間に直接囲炉裏(?)があって、周囲を囲む框がやたら高く作られている。ちょっと見慣れない構造だった。
雪国特有のものなんだろうか? 俺は前世も今世も関東暮らしの人間だから。
「うううっ」
炉端に寝そべる白石、その上に跨って牙を剥くレタㇻ。なかなかシュールな絵面だ。
暗がりの中でも居所がわかったのか、アシㇼパがそこに向けて棍棒もといストゥを振りかざす。
「え? ……うわあああっ妖怪!?」
──で、バキン。痛そー。
「痛だァっ」
「……暗すぎる、灯りをつける」
「灯り?」
「チノイェタッだ。樺の皮でできている」
こんな時にも豆知識。二股の木の棒、丸めた木の皮を懐から取り出したアシㇼパが、火打ち石で器用に火を灯す。
俺は見えているんだけどね。兎にも角にも明るくなり、アシㇼパはそこでようやく自分がぶん殴った男の顔をはっきり視認することになる。
「──杉元じゃない、」
柔らかい明かりに照らされる、打撃の痛みに悶える坊主頭。半纏寒くないのか?
「はあ!?」
「お前は確か“脱糞王”の、」
「俺は“脱獄王”の白石由竹だ!」
いきなり謎の棒で殴られてもそこだけは譲れないらしい。それからようやくアシㇼパを指差して、
「なんだおめえ……こないだのアイヌのガキじゃねえか──ぁああいだだだだッ」
「食べちゃダメ」
当然のようにかじられる。それを不貞腐れた顔で制止するアシㇼパ。
「レタㇻが匂いを間違うはずがない。杉元はどこにいる?」
「いる訳ねえだろ俺ひとりだ!」
「そんな……」
マジで一緒にいたら面白すぎたけど……とは真剣なアシㇼパの前ではとても言えない。
「……おかしい。杉元の靴下のニオイをレタㇻに憶えさせて追ってきたのに、なんで白石のところなんかに……」
「靴下ぁ?」
アシㇼパのぼやきに、白石が反応した。しばらく考え込んでいるふうだったが、いきなり手のひらを拳で打って、
「……あっ、まさかあの時!」
「あの時?」
「一度、あいつと川に落っこちた時! 服をいっぺん脱いで乾かしたんだが……間違いねえ、その時に片方取り違えたんだ!」
「…………」
おぞましい事の顛末に、アシㇼパがしわくちゃのピカチュウみたいな顔になってしまった。まあでも、気持ちはわかる。
「気持ち悪いッ」
「汚ねえ」
「どおりでいつの間にか靴下が片方だけ新しくなって、…………」
暢気なぼやきが、不自然に途切れた。え、何? 何となく辺りを見回していた視線を白石に戻す──目が合った。
「…………」
白石は惚けた顔でこちらを見つめている。なんだよ、どこかでお会いしたことありましたっけこの茶坊主……と思ったら、
「……あ?」
シュバッと、目にも留まらぬ速さで俺の前までやってきて。ピシッと背筋を伸ばし。
真っ直ぐ手を差し出して、
「白石由竹です。独身で彼女はいません、付き合ったら一途で情熱的です!」
ああうん。
……もしかして今まで気づいてなかった? 明かりなくても見えるからちょっと離れたところにいたしね。そして口説かれてる?
適齢期の女とあらば見境なしかよ。杉元は紳士だったんだな。いや、こいつがおかしいだけか。
「……あ、尾形タマですー」
「はい!」
何となく伸ばし返した手を、速攻で握りしめられる。うわ、汗ばんでて気持ち悪い。
「タマさん……確かに、あなたは珠のように美しい」
「うーん、祝福されてなくてもちゃんと自立してそうな男はちょっと……」
「タマに変なこと言うな!」
「ギャーッ」
後頭部にストゥの二撃目。痛そう。
「何なんだお前!」
「黙れ、気持ちが悪い」
「……アシㇼパ、この人誰?」
「こいつは一度捕まえた刺青囚人の1人。ウサギ用の罠にかかる間抜けだ」
「おい。お前こそ、こんな美人どこで捕まえてきたんだよっ」
うーむ、話が一向に進みそうもない。
というか、白石この後に一回逃げるんだよな。肝心な突入のタイミングはこの脱獄王が上手く図ってくれるから良いとして、そこのくだり時間の無駄だよね? うん、無駄。
じゃあ、こうするか。
「……おい、白石由竹」
「ふぁいっタマひゃんッ」
柔らかいほっぺたを片手で鷲掴みにして、きらきら輝くその目を覗き込む。
どうやら、こいつにとって俺の存在は好ましいものらしい。だったら利用しない手はないだろう。
「博打は好きか?」
にこっと微笑みかけてやる。あ、確かに若干ピーナッツバター臭するかも。
「……ふぇ?」
間の抜けた顔で首を傾げた白石が、不思議そうに目を瞬いてみせた。
──あれから。
白石の協力の下、無事に杉元の奪取に成功した俺たちは、コタン近辺の仮小屋にて一番の被害者(獣?)たる馬の肉を煮た鍋を囲んでいた。
アシㇼパにストゥでぶん殴られて、俺もなぜか謝られて、オソマ(ではない)を通した仲直りが済んで。
これで一件落着──かと思いきや、なぜか杉元の表情は曇ったままだった。ここに来て何を憂いているのかと思ったが、
「……タマさん、あの……」
中身が減らない取り皿を握りしめたままの彼に、慎重に名指しされる。
嫌な予感がした。
「──言わなきゃならないことがある、」
……言わなきゃならないこと?
何だ? 身構えて次の言葉を待ったのに、杉元はなぜか俺からアシㇼパに視線を移した。
「……アシㇼパさん、最初に2人で捕まえた刺青囚人を覚えてるかい」
2番目の刺青囚人──確か名前は笠原勘次郎──それがどうした? 何か重要なイベントがあっただろうか、と考えかけて。
最も大事な出来事を見落としていたことに気づく。間違いない、あれを殺したのは、
「ああ、……? あの……軍服の男に撃たれて死んでしまった、…………っ、!」
ショウ・タッカーが嫌いそうな勘のいいガキ筆頭であるところのアシㇼパは、それだけで全てを理解ってしまったようだった。おもむろに目を瞠り、杉元を見やる。
「まさか、」
「ああ」
アシㇼパと杉元が頷き合い、そこでようやく視線が俺に戻ってくる。
……ああ。言いたいことは全てわかっている。忘れるはずもない。
「俺は顔を知らないから、おそらく……おそらくだが、俺たちを狙撃しようとして返り討ちにした第七師団の兵士……あの男が、多分タマさんが探している“尾形百之助”だった」
おそらくではない。“そう”なのだ。
さて──これ、どうしたものか。
とりあえず、杉元が一通り話し終わるのを待ったほうがいいな。
「…………」
「……エ? なに?」
この件に関しては100%部外者の白石が、間の抜けた顔を突っ込んでくる。ちょっと黙っててくれ。杉元に続きを促す。
「……どうして?」
「鶴見中尉が言っていた。川岸で瀕死の部下が見つかって、その男は『ふじみ』と指で文字を書いた。名前は尾形、尾形上等兵……」
──ああ。ここで、繋がってきたのか。
そういえば、そうだったかもしれない。原作の杉元は当然、軽く流したはずだ。だから俺もあまり意識していなかった。
「鶴見中尉は結局、そいつの生死については口にしなかった。少なくとも、崖から転げ落ちたというだけでは死ななかったようだが……」
死んでいるかもしれない。
湯気に溶けた語尾はそう語っていた。実際、杉元は殺すつもりで小銃をぶち当てて突き落としだのだろう。死んだ、と思ったはずだ。彼だけではなくアシㇼパも。
茨城からわざわざ探しに来たという身内を、既に殺めてしまっていたかもしれない。
どんな感情なのだろう。
……でも、それは今の俺にはどうでもいい。
生きているはずだ。
そして、軍病院を逃げ出す。
記憶から導き出された解という以上に、確信めいたものが胸の裡で揺れていた。
「……やっぱり間違っていなかった」
唇をなぞる。何度も、執拗に。
呟きに、杉元が伏せていた顔を上げた。
「……え、?」
「正面から行っても会えないんじゃないかと何となく思っていたんだ。案の定、大っぴらには言えない危険なことに首を突っ込んでいた……むしろ、これは僥倖なのだと思う」
僥倖。
隣のアシㇼパが、呆然と繰り返した。それにしっかり頷き返す。
「ああ。ここで手を引いても、何もわからないままだし。杉元たちに金塊を巡って第七師団と争うなと言う権利もない。だったら、私はあなたたちに協力し続けるほうを選ぶ。それが唯一の手掛かりだと思うから」
淡々と、脳内のカンペを読み上げる。
今は、ある程度筋の通った理屈を捻り出して、杉元とアシㇼパを納得させることが最優先事項。こんなところで立ち止まってはいられないのだ。何とか同伴の継続を飲み込ませないと。
「い──いやいや、良いのかよ、そのヒャクノスケとやらが敵になっても……」
そこで、黙っていた白石が身を乗り出してきた。うーん、常識人枠。
「既に事態は取り返しのつかないところまで回り始めている。私がそこから目を逸らすことで、百之助を取り巻く状況が好転する訳もない」
「いや、」
これは事実だろう、と思ったのだが、白石の顔が引き攣った。何故。
“私”が“俺”であることとは関係なく、この時点の“尾形タマ”にはもはや「尾形百之助の死を直視するか否か」という選択肢しか残されていないはずだ。一介の田舎娘に根本的な解決方法などある訳がないのだから。
手をついて、上半身を捻る。
飴玉のような白石由竹の瞳を覗き込む。頭皮はどうも甘いらしいが、目玉も舐めたら甘いのだろうか?
「──私の目の前で死ぬか、私の与り知らぬところで死ぬか。もはや、その違いしかないと思わないか?」
ごくん。白石の喉が上下する。
しばらく見つめ合って。さらなる反駁はないようなので、身を引いて元の位置に戻った。
すると、それでようやく口を開いたかと思えば、
「…………肝が据わってるを通り越して、実におっかねえ別嬪さんだなオイ……」
肖像画一枚で全国津々浦々の監獄に収監されていた男には言われたくないな、と思った。俺は囚人生活なんか御免だ。
「最初からある程度の覚悟はしていた。そのための銃だ」
ライフルの銃身を撫でる。……もう、弾が残り少ない。
道中に覗いた店に、これに合う弾薬は売っていなかった。女の鉄砲撃ちにも優しかった男店主は、払い下げの軍用銃を勧めてくれたが、何となく買う気にはなれなかった。
尾形と会えたら調達しよう。
それで、撃ち方を教えてもらおう。
それまでに間に合うだろうか。ぼんやり考える。
「まあ……とにかく。襲ってきた見知らぬ男を撃退しただけのことを今さら悔いてもしょうがないだろ。アシㇼパと杉元が無事で良かった」
「…………」
無理矢理、話題を終わらせて。それきり、無言が流れる。杉元も白石も、何か言おうとして、躊躇っているようだった。
結局、口火を切ったのは、
「……タマ。お前が知っている百之助は、どんな男だったんだ?」
少女の声に優しく問われて、何となく息が詰まった。
──どんな男? とんだクソガキだ。俺を何度も殺した。屁理屈ばかりで、本当のことなんか何ひとつ口にできない臆病なひねくれ者。
今も俺のことなんかどうとも思っちゃいないはずだ。
……でも。それでも、
「……真面目で、優しい子だよ」
ずっと前に、そう囁いたことを思い出していた。祈りと、事実。目を伏せる。
アシㇼパがそっと肩を寄せてくる。目線を落とした膝に乗せられる、
「百之助に会えたら、このストゥでぶん殴ってやれ」
小さな手が、慎重に肩を撫でてくる。
励ましてくれているんだな。
そう思った。優しい。優しい、光だ。今の俺には眩しすぎて、よく見えない。俯いたまま、ただ頷いた。
「……うん」
ただし、ストゥの乱用は決して許されていない。