ニーカルナ幻想譚   作:榊 華枝

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霊廟の女神

また一つニーカルナの地の幻想譚を語るとしよう。かの地では夜(ニーカルナでは太陽が昇らないため、月が沈んだ真っ暗な夜)になると死者がその躯体を起こし、霊廟まで自ら歩んで行くことがある。

 

これは非業の死を迎えた男によくあることで、霊廟の女神ソールサコースに謁見するのが目的である。ソールサコースは無口で静寂を好む神として祀られている。

生者には一切の感心がないが、冬の妖精クヴァツァを従え、冷気によって死体の腐敗を防ぐ。そのため遺族がいつ霊廟を訪れても、死体は綺麗なままである。

霊廟の女神ソールサコースは時に死者を慰める者としても知られ、思わぬ事故や欲深い女の霊ヴィリチャーによって殺された者など、非業の死を迎えた死者を労ることがある。

 

そして今夜も霊廟の女神の傘下に加わろうとする死者たちが、ニーナカルの地を闊歩していた。

 

女神ソールサコースの支配する霊廟は、かのクーン街から徒歩1時間ほどの距離にあり、ニーカルナ唯一の霊廟である。しかし死者は生者に比べあまりにも歩くのが遅い為、霊廟に辿り着く前に躯体が崩れ去ってしまう死者も多く、辿り着く者はごく僅かである。

 

 *

 

冬の妖精クヴァツァが失踪してから2週間経った霊廟で、女神ソールサコースは安寧を求めて来た死者たちを迎い入れ、ため息をついた。

するとたった今、霊廟に着いたばかりの死者が頭を垂れてから口を開いた。

 

「美しきソールサコースよ。何故、ため息をおつきになるのです?我々に不甲斐ないところがあるのであれば、是非申してください」

 

ソールサコースは死者の躯体から霜を叩き落としてやりながら言った。

 

「貴方たちに落ち度などありません。むしろ好ましく思います。」

 

それから顔を反らし、使用人がいなくなって寂しいだけです。と呟いた。

 

 *

 

滅多に口を開かないソールサコースの蜜を含んだ甘い声音に、先程まで酔っていた死者は僅かに躯体に付着した霜を払いながら黙想に耽っていた。

ソールサコースの言っていた使用人とは冬の妖精クヴァツァに違いなく、かの妖精は自身の故郷であるクーンの街で、神官と暮らしていた。

その妖精と神官のせいで街の者たちは皆、天罰によって死者となった。そのため私、グルド・ヘンディットはクーンの街が一瞬にして冷気に飲まれるのを見た。そう自らに死を与えるそれを見たのだ。

 

死者となった時グルドは憤怒から起き上がり、唯一生き残った妖精と神官の住まいを窓から覗いた。直感ではあることに違いはないが、このクーンの街に降された天罰の原因が、生き残りの二人にあるに違いないと思ったからだ。

赤い目を爛々と輝かせ睨みを利かせるも、クヴァツァは気にした様子もなく、神官に至っては気づきもせず晩餐を開いていた。

そこには誰の介入も許さない空気があり、例え唯一神リドールヴァセーラでさえ、この二人の間の仲に入るには不可能と察せられた。

グルドは段々と冷めていく憤怒と、孤独の冷たさを感じ始め、ため息一つ霊廟を目指すことにした。

 

「死者は生者を憎み、生者は死者を羨む...か」

 

グルドは霊廟の端で一人呟く。死者は生者の五感ならではの楽しみを、強く欲するという。失ってから良い香りの花や妻の料理が、いかに素晴らしいものであったか知るからである。

 

しかし同時に生者は死者を羨むとも言う。何故なら死者にとって全ての出来事は過去のことであり、もう二度と誰と喧嘩することなく、誰かを失うこともないのだ。死によって与えられる安寧と言ったところか。

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