ニーカルナ幻想譚   作:榊 華枝

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夏の妖精

へーゲーレスとオーソン=アルジンの神学院時代の話。

 

私、へーゲーレスは先代アレアン=エブエンス王が治めるエブエンス王国の時代に、神学院にてオーソン=アルジンという良き友人と共にレティーデを呼び出したことがある。

 

レティーデは私達人間の守護者とされている生の神々の使者であり、別名夏の妖精と呼ばれている。

 

ニーカルナの世界において生の神々の力が強まれば、レティーデが姿を現し、夏が訪れる。

一方、死の神々の力が強まれば、冬の妖精と呼ばれているクヴァツァが姿を表し、冬が訪れる。

 

私とオーソンはこの妖精の性質について、暫し議論を交わし合っていた。

それは夏が訪れるからレティーデが姿を現し、冬が訪れるからクヴァツァが姿を現すのではないか?

というオーソンの一言から始まったものだった。

 

当時の私はと言えば、恥ずかしながら敬虔な生の神々の信徒とは言えなかった。オーソンがクヴァツァによって冬が訪れた時に、レティーデを呼んでみようと提案した時も、私は下心から彼の意見に賛同したのだ。

 

神学院に伝わる話が正しければ、レティーデは金糸の髪に、サファイアの瞳と豊満な胸の持つ娘の姿で現れる。そして何とその妖精は一糸まとわぬ姿で現れると言われているのだ。

 

オーソンは純粋な神学的好奇心からの行動だったのだろう。しかし私はそんな噂につられ行動する、神学院の生徒として恥じるべき態度だっただろう。

 

2期生になり、死の神々について学び始める様になった頃。クヴァツァの姿がちらほらと、王国内に見えるようになった。

 

「クヴァツァ クヴァツァ 来い

静寂の妖精よ 冷気の妖精よ

人肌好まぬお前の室を想い雪を積まん

クヴァツァ クヴァツァ 来い

霊廟の女神ソールサコースの奴隷よ

不毛なお前の墓を拵えるため石を積まん」

 

あっちこっちから聞こえてくる”冬祓いの唄”を聞きながら、オーソンは冬が来るな――と学院の外にある飲食店の帰り際、私にそっと呟いた。

 

私は遂にレティーデを呼び出す時が来たと、心が色めき立つのが分かった。

しかしオーソンはそんな私の心境とは逆の憂いを孕んだ目線を、子供たちから石を投げつけられているクヴァツァに向けていた。

 

 *

 

夜、私とオーソンは学院内の寮をこっそり抜け出し、授業でも使用される祭壇がある教会へ向かった。

この教会は正式なものではなく、司祭や神官になる生徒の練習場として建てられたものだ。

 

神官を目指すオーソンにとって見慣れた場所であっただろうが、なんとなくで神学院に入った私には無縁にも感じる場所であった。

 

むしろ祭壇に祀られた生の神々――美の女神クリシャル、詩の女神アルスラ、豊穣の女神ディデヤコル、――の神像に、私の下心を見抜かれているのではないだろうか?、という恐怖が湧き上がってきた。

 

オーソンは見慣れているのであろう。自ら先行して教会内を進んでいった。

オーソンと私は祭壇裏にある儀式部屋に入ると、教会内を見回してからそっと扉を閉める。私たちが寮を抜け出したことは知られていないだろうが、万が一寮長に後をつけられていたら面倒だからだ。

 

神学院では教員の立ち会いが無い状態での、儀礼や魔術の実践は原則禁止されている。

許されているのは祈ることだけだ。その為、もし今から私たちが行おうとしていることが、誰かに知られたら長い長い説教と、厳しい罰が与えられるだろう。

 

誰も追ってきていないことを確認した後、オーソンは石造りの床に胡座をかいて座り、大きく一つ深呼吸を終えてから瞑想を始めた。

 

そして暫しの瞑想の後、オーソンはよく通る声で詩の女神アルスラへの詩篇を口にした。

 

「詩の神アルスラよ、銀糸の髪と翼の乙女よ。

 黒き生娘の胎より聞こえし産声の主よ。

 万人が御身を讃えん――」

 

長い詩篇を何も見ずに諳んずるオーソンの姿に、関心を覚えつつ、私ちらりと部屋の中を見回す。

 

生の神々の遣い、夏の妖精レティーデを呼び出す儀式は着々と、確実に進んでいるというのに一向に変化が現れない。

 

本当に変わったところはないだろうか?と、扉横に掛けられた松明を手に取ろうとした時――

 

コンコン……と儀式部屋入口、ちょうど私が手を伸ばした右手の扉から控えめなノック音がした。

 

もしかして寮長だろうか?まさか教員?

やはり追けられていたのだろうか?

 

悪戯がバレた子供と同じ様に、早くなっていく鼓動を鬱陶しく思いながら、私は最悪の状態を考える。

しかしそんな不安を他所に、いつの間に儀式を終えていたオーソンは、なんの警戒もなしに儀式部屋の扉を開けた。

 

――開かれた扉の先、照明のない真っ暗な礼拝堂の中にそれは在た。

それが人間ではないことは、動物の本能と言うべきか、直感的に理解できてしまう。

 

布を一切纏わぬ蜂蜜色の髪が美しい女性と、ディアンドルを連想させる緑を基調とした衣装に、特徴的なオレンジ色のリボンを飾った黒髪の少女が、私たちの眼の前に現れたのだ。

 

オーソンは彼女たちに数歩近づくと、自身が羽織っていた深紅色のローブを脱いで差し出した。

 

服を着ていない女性、レティーデと思われる方がオーソンに近づき、差し出されたローブを受け取るとすっぽりと羽織ってしまう。

 

少し残念に思いながらもローブを羽織ったレティーデを見てみれば、ローブといえど暴力的とも言えるサイズがある胸の主張は隠しきれず、かえって男を刺激する格好になっていた。

 

内心、色めき立つ私に刺さる視線があることに気づいたのは、オーソンにローブの袖を引っ張られてからのことだった。

 

我に返った私にオーソンそっと耳打ちする。

 

「レティーデの後ろに立っている黒髪の少女は、恐らくディデヤコル神だ」

 

反射的にディデヤコルだと教えられた方を見れば、件の黒髪の少女は私の方に柔らかな笑みと視線を向けていた。

 

あれがディデヤコル、豊穣の女神にして唯一神リドールヴァセーラの妻なのだろうか。

神学院での教材が正しいのであれば、太陽の無いこの世界において、植物が育つのは豊穣の女神の力によるとされている。

もしオーソンの指摘が正しいのであれば、今私たちは最高神の御前にいることになるのだ。

 

私とオーソンはゆっくり膝をつき、頭を垂れた。普段、神々に祈りを捧げる際にとる姿勢だ。

 

するとコツコツと、ディデヤコルのものと思われし足音が近づいてくる。

そして頭上から柔らかな、しかし何処か冷気を帯びた声音が響いた。

 

「頭を上げなさいオーソン=アルジン」

 

名前を呼ばれたオーソンが一瞬肩を震わせ、ゆっくりと顔をディデヤコルへ向ける。

私もそれに倣いディデヤコルの方を見ようと、顔を前へ向けようとした。しかし背後から後頭部を掴まれ、それは叶わなかった。

 

「へーゲーレス様。ディデヤコル様はオーソン様だけ、ご指名になられたのです」

 

いつの間に背後にいたのか。私の後頭部を掴み、顔を上げさせまいとしていたのは、オーソンのローブを羽織ったレティーデだった。

 

ディデヤコルとオーソンは二三ほど言葉を交わした後、口づけを交わした。それはディデヤコルからオーソンに対し、一方的な、迫るかたちでの結果となった。

口づけを交わした後、ディデヤコルは「祝福だ」と一言残し教会を去っていった。

 

一方、私はディデヤコルが教会から出ていくまで、レティーデによって頭を押さえつけられたままになっていた。

 

 *

 

──神学院時代の親友であったへーゲーレスが亡くなったという知らせを聞いたのは、同居人のクヴァツァの口からだった。何でもクヴァツァの主である霊廟の女神ソールサコースが、わざわざ使者を使い連絡を取ってきたのだ。

 

へーゲーレスの死体こそ無かったが、彼が肌身離さず付けていたロケットペンダントを、ディデヤコルの使いを名乗る夏の妖精レティーデが霊廟に届けてくれたらしい。

 

そしてそのロケットペンダントは霊廟の女神の使者から、同居人のクヴァツァの元へ。そして私、オーソン=アルジンの手元に届いたのであった。

ロケットペンダントには一枚の写真が入っており、神学院時代にへーゲーレスと二人で撮った写真が入っていた。私はかつて神学院にて、豊穣の女神ディデヤコルの祝福を受けた。

 

ディデヤコルの祝福が、オーソンの敬虔な態度が、今の奇異な生活を紡ぎだした。オーソンはその事実に対する、神学的な哲学を夢想し身震いした。

 

未来、オーソン=アルジンが生の神々を裏切り、死の神々の使者であり、冬の妖精であるクヴァツァを匿うことを知っていたら、ディデヤコルは祝福を与えてくれたのだろうか?と。

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