6話目「好きな人ができたんだけど」の短編になります。
508年間の生涯で初めての経験だった。
◇◇◇
高校3年の新学期初日、いつもより長い欠伸を噛み殺しつつ通学路を行く。今朝は酷い夢を見た。好きな子に知らない男が肩を回し、好きな子がその男に撓垂れ掛かりながら去っていく夢。
いい歳して思春期の人間みたいな夢を見たなと、満開に咲き誇る桜を見て思った。桜は好きだけど、今日ばっかりは『別れ』を感じさせて思わず顔を顰めた。
どこまでも続く桜並木に辟易としながら正門をくぐると、鳥たちの囀りを遮って、天を衝くような掛け声が鳴り渡る。
その声に引かれるようにしてグラウンドを見ると、10数名の生徒たちが列を成してタータントラックの上を一定のスピードで回っていた。
その中に1人、見知った顔があるのを認めて、なぜだか私は胸を撫で下ろした。
上下赤いジャージに身を包み、ポニーテールに結った明るい茶髪をたなびかせて走る彼女は、美しいフォームでビートを刻む。
「ダッシュー!」
と先頭の人間が叫ぶと同時に、一糸乱れぬ隊列がみるみる崩れて各々が全力で走り出す。彼女も、まるで矢のように走り出し、みるみるうちに他を置き去りにする。
ゴールラインまで笑顔で走り切った彼女はジャージの襟で汗を拭こうとして──見つめる私の視線に気づいたのか、満開の桜が霞むほどの笑みでこちらに手を振ってくる。
彼女の名前は
身長は166cmと人間の女性にしては長身で、スレンダーながらしっかりと筋肉の付いた肢体が艶かしい少女だ。
視界の先の彼女からは想像もつかないけど、運動してる時以外の彼女はひどく怠慢で、いつも授業を気だるそうに受けては机に突っ伏している。そんな彼女をクールな人と捉える人間もいるみたい。
ルックスと陸上部のエースという肩書きのためか、彼女はよく告白される。主に女子から。私に男の先輩とくっつけるように頼んだのも、告白避けのためだとあとから教えてくれた。
聞かれたことには答える。だけど自分では必要ない限り話さない。彼女の声は少し低く、透き通った声音で、ずっと聞いていたいくらいに心地いい。だけど、省エネな性格だから一言、二言しか話さないせいでその魅力に気付いてる人は少ない……と思う。もったいない。
勉強はあまり得意ではないようで、テスト前にはいつも教科書を開いてうんうん唸ってる。
昼休みになると大急ぎで弁当をお腹に詰め込んでどっかに行ってしまう。まぁグラウンドで走ってるんだけど。食べたあとすぐ動いて大丈夫なのかと言うと、「ちゃんと噛んで食べてるよ」と返してきた。そういうことじゃないんだけど。
「変わってるけど、まぁいい人だよ」
彼女に私の正体がバレた次の日に彼女をよく知る女子生徒が私にそう言った。『いい人』というのがどういう人なのか私には未だに理解できないけど、互いに全く干渉しない関係性を見て、『いい人』というのが好意的な意味では使われているわけではないのは分かった。
まぁそれでもクラスは回ったし、彼女を排斥するような動きもない。彼女はそういうものとしてクラスに受け入れられてる感じだった。
私はある意味彼女に弱みを握られている立場だったから、彼女のことをずっと気にしてた。初めは警戒だった。でも今はきっと違う。とはいえ私が彼女を目で追っている理由は、正直今でもはっきりはしてない。
───────
日も傾いて桜が橙色に色づいた時間になって私はようやく荷物をまとめて部室を出ることに成功した。
新学期早々部活動をすると言うものだから、
入部当初は文芸部でオタサーの姫やってハーレム作ろうなんて思っていたけど、想像してた部活とは全然違って部員全員彼女持ちだった。もげろと思った。しかも全員ギャルっぽい。オタクに優しいギャルはいたんだと思った。
そんなわけで客寄せパンダに徹した私は校舎を出る。夜の帳と夕暮れの茜が混じり合う境界線が美しい。数多くの学生たちは、『放課後』という単語にプラスのイメージを持ってるだろうと思う。私もそうだ。この空の色を見ることが出来る以外にもうひとつ、要因はあるのだけれど。
「遅かったね」
太陽のある方向を眺めていたせいか、校門にあった人影を今まで認識してなかった。慌てて視線を正面に戻す。
「悠里」
校門に寄りかかりながらスマホをいじるジャージ姿の悠里。
私が校門を抜けると悠里も連れ立って歩き出す。
彼女とは背丈がかなり違うし、悠里は足がすらっとして長い。だから一緒に歩くと私は少し彼女の後ろをついていくような形になる。悠里はその辺の気遣いはできない。
でも私はそんな帰り道が好きだ。彼女の明るめの茶髪が夕日を受けて悠里だけの色に染まる。それを特等席で見られるのだから。
そうやっていつも見つめているからだろうか。今日はなんだかその輝きがくすんでいるように見えた。
「待って」
私は小走り気味に彼女の隣に立つ。悠里は怪訝そうに私を見下ろした。
「なに?」
「寄ってこうよ、奢るから」
私は悠里の手を取った逆の手で『喫茶 Lilith』を指さす。テスト前の勉強会など、何かとお世話になっている喫茶店だ。
「いい。夕飯入らなくなるから」
悠里は首を振る。
「マスターから聞いたの。フロート始めたんだって」
ピクリ。と悠里が反応する。大の甘党の彼女がその甘言に反応しないはずもない。
「リリは行きたいの?」
「コーラフロートとコーヒーフロート、どっちも気になるからコーラ頼んでよ。分けっこしよ」
それでも意地が邪魔するのか、あくまでも私のせいにしたいらしい。だからそれに乗ってあげる。
私がそういうといかにも仕方ないといったように肩をすくめる悠里だけど、緩む口元を隠せていない。
古ぼけたドアベルが店内に鳴り渡ると、奥からのそっと薄幸そうな女性が出てくる。私の昔馴染み、つまりサキュバスなわけだけど、それはこの際どうでもいい。私は「コーラフロートとコーヒーフロート、1つずつ」と注文した。
古めかしい割にはきちんと手入れされた椅子に向かい合って腰を下ろすと同時にフロートが目の前に置かれる。私の目の前にはコーラフロート。悠里が顔を顰める。
私はコーラフロートをひとくち飲んで悠里の前に出す。代わりにコーヒーフロートを受け取ってグラスの表面に付いた水滴を拭き取った。
ストローから飲むコーヒーは苦かったけど、グラスに口をつけて飲むコーヒーフロートは甘かった。
「最近なんかあった?」
私が聞くと悠里は躊躇いがちに目を伏せた。
「最近サキュバスが男の人襲ってるって聞いて……リリトじゃないよね?」
「え?違うけど」
そういえばRedWaveとかいう輩が制約を破って好き放題しているらしい。私がその一員ではないかと悠里は思ったようだ。彼女は正義感が強いし、仮にも友人がそういうことをしていたらと不安になったんだろう。
私はそれを即座に否定して笑った。ありえない。と普段使わない強い言葉も。
それを聞いて悠里は安心したのか、「美味しいね、フロート」と言って笑った。
緊張の糸が切れたみたいな、そんな気の抜けた笑みだった。
─────────
悠里と一緒にフロートを飲んだ数日後、衝撃的な事件が私の耳に飛び込んできた。
曰く、RedWaveが
クラスの男子たちは襲うなら女じゃなくて俺にすればいいのにと馬鹿なことを言っているけど、私は気が気じゃなかった。
それはつまり、悠里も異種族の性犯罪に巻き込まれる可能性の示唆に他ならない。さすがに私も焦った。獲物を横取りされる恐怖、それもある。だけど異種族に襲われることで異種族に対する恐怖が生まれてしまえば……いや、間違いなく生まれる。そうなれば私はどんな形でも彼女のそばにいることは叶わなくなる。悠里を失ってしまう可能性に対する恐怖が私を支配していた。
「ねぇリリ、ここまでする必要ある?」
悠里が戸惑うのも無理は無い。何せ私は登下校を彼女と共にし、弁当を毎日悠里の分も作る。文芸部に断りを入れて陸上部のマネージャーに。選抜大会が近く、陸上部は快諾してくれた。そんなわけで悠里のプライベートはほとんど家だけ。
「心配だから」と押すと悠里は納得してくれる。でもその押しへの弱さにさらに不安になる。自分のことを棚に上げて悪いけど本当に淫魔はどうしようもない。
性に関して奔放で、酷く気まぐれなのが淫魔だ。
そしてその特性は他ならない私にも適用されると思う。でも私はそれを認めたくない。私が1年かけて醸成したこの想いを、単なる気まぐれで、一時の性欲という形で片付けたくなかった。私が悠里に執着するのは、その事の証明であることにも気付いてきたけど、私は見て見ぬふりをした。
「別に、さっさと催淫して手篭めにしちゃえば?」
喫茶Lilithのマスターは簡単に言ってくれる。
「それは正しい事じゃないでしょ」
「私たちは淫魔なんだから、人間基準の正しい事を守る必要はないと思うけどね」
でもだって、と繰り返す私にマスターは頬杖をつきながら面倒くさそうに言った。
「催淫しないっていうかできないんじゃないの?」
核心を突いた言葉に私ははっと顔を上げる。マスターはしてやったりとニマニマ私を見つめてきた。
「人間の世界に身を置く異種族はみんなそうだよ。睡眠が必要ないのに夜は寝る。あまつさえ夢を見る。瞬間移動でひとっ飛びなのにわざわざ電車に乗る。必要ないのに恋をする。人間よりはるかに優れた私たちが、人間の真似事をするのはなぜ?それこそ唯一にして無二の人間の力だと思ってる」
マスターは興が乗ってきたのか、両手を広げて優しい笑みを作った。
「人間の集合的無意識、規範、慣習は、私たちすら人間に近づける。あくまで私の所感だけど、貴女は本物の恋をしてる。人間みたいにね」
私のオゴリ、と出されたコーラフロートを1口飲む。ストローからでもグラスからでも、その飲み物は甘かった。
──────────
マスターの助言を得ても私の思考はモヤがかかったように冴えない。今日も心ここに在らずって感じで悠里の隣にいる。そんなんだから悠里にすら「何かあったか」と尋ねられる始末。原因は貴女な訳なんだけど。
心配してくれて嬉しい半面、私は本当に彼女のことを愛せるのか、幸せにできるのかと思い悩む。人間同士の同性愛ですら難しい。まして異種間の同性愛など異種族側の気まぐれでしかない。そんなケースしか知らない。
彼女への想いを知りたくて、知りたくなくて突き放してしまう。そばにいたいけど離れたくて、離れたいけどそばにいたくて。悠里にはそんな想いを話したくて黙っていて、黙っていたくて話したい。背反する感情が私の心を撹拌する。
そんな不安定な日々が続いたある日、悠里と微妙な空気の中一緒に帰る。悠里も最近選抜大会の調整で忙しい。二人の間に会話はなかった。
無言のまま校門を抜けようとした私たちの前に1人の男子が姿を表した。
クラスメイトの1人だ。名前は覚えてない。頬が紅潮して、緊張から来る汗の匂いが鼻をついた。
あぁ、告白かぁ。と他人事みたいに思った。
「入間リリトさん!好きです!付き合ってください!」
今どきこんなストレートな告白も珍しい。異種族がこんな純情な感情を向けられたら即座にその全てを自分のものにしてどうしようもないほどに彼を壊すのだろう。
そんな危険種族筆頭であるサキュバスの私の心の中は、まるで無感動だった。あぁ、告白されたんだ人間に。その事実だけが味のしないガムみたいに反芻される。
隣を見ると悠里も私を見ていた。不安と怒りが混じりあったような表情だった。
「返事は後でもいいですから……!」
男子は私たちに背を向けて走り去る。返事をしてもらうことは彼の中で確定事項らしい。
「帰ろっか」
私が言って歩き出す。悠里は珍しく私の後ろを歩いていた。
「返事、どうするの」
微かに震えた声で悠里が問う。表情は見えない。
「…………」
「………付き合っちゃいなよ」
私が黙っていると、悠里は投げやりにそう言った。
「なんで」
「リリはサキュバスだし」
無性に腹が立った。確かに私はサキュバスだ。人の精を食らう淫魔だ。でも、私はサキュバスであってもリリであって、悠里にもそう思っていて欲しかった。
「………なにそれ。私がサキュバスだから告白受けろって?私の気持ちは無視するの?」
自分でもびっくりするほど刺々しい口調で口をついて出た。それ以上、何も言わないように唇を噛み締める。悠里は酷く後悔したような、なにか言おうとして何も言葉が見つからないみたいな、縋るような視線を私に向けてきた。その視線を振り切って思わず声が漏れる。
「……そんなこと、あなただけには言って欲しくなかった」
走っても陸上部の悠里には追いつかれる。私は今まで使おうとも思わなかった瞬間移動で悠里の前から逃げ出した。
自宅のアパートの部屋に飛んだ。座標が少しズレて頭から床に落ちる。
「あー……
首の痛みとともに私は嘆息した。彼女に近づく理由を、隣にいる権利を手放してしまったような気がした。
そこからはもう早い。催眠だろうが催淫だろうがお手の物。夜は寝ないし学校には行かない。認識阻害を学校に丸ごとかけて出席してることにしてる。これでもクイーンだから。反対に擬態魔法が使えなくなった。サキュバスであることを隠す必要が無くなったからだと思う。角は生えてるし背は高いしスケベボディだし、知り合いがみても『入間リリト』だとは分からないと思う。彼女はもう居ないのだ。
基本引きこもって下らないスレを見たり立てたり。自堕落な日々。
それでも男漁りをしなかったのは悠里への一欠片の気持ちから。多分認識阻害魔法を使える最後の砦がその気持ちなんだと思う。
月末にはあっちの世界に帰ろうと思い、荷物をまとめていた休日、不意にインターホンが鳴った。ドアスコープを覗くと、悠里が立っていた。驚いて足でドアを蹴ってしまう。
居留守を使おうかと思ったけど、ドアを蹴って鳴った音は悠里も聞いていると思う。諦めてドアノブに手をかけた私に悠里がドア越しに口を開く。
「来週末、県の選抜があるから。見に来て欲しい。絶対来て」
矢継ぎ早にそう言った後、コンクリートを蹴る軽快な音が遠ざかる。
「なんで今更……」
私は大きなため息をついてカレンダーを見た。来週末は、ちょうど月末だった。
──────────
迎えた月末、私は担任から陸上部の県選抜の会場を聞き、そこに向かっていた。
電車を乗り継いで1時間と少し。痴女してるサキュバスをとっ捕まえたから余計に時間がかかった。痴女されてたサラリーマンは残念そうにしていた。私が止めなきゃこの人間の人生はもっと残念なことになってたことは言っても理解されないだろう。
ようやく会場に着いた時には予選はもう終わっていた。悠里たちの高校は危なげなく勝ち残れたらしい。
私は認識阻害魔法をかけて別人に扮して観客席に腰を下ろす。ウォーミングアップをする女子高生たちを観客席から撮影しているのは全員男。コースに降りているカメラマンは男と女が1人づつ。私は観客席の撮影者にピンボケする呪いと絶対ブレる呪いをかけておいた。まさかコースにいる女子高生全員の父親であるわけでもあるまい。
悠里の高校もアップを始める。悠里はただ一点を見つめて険しい表情を浮かべている。調子が悪い時のサインだ。部員もそれがわかっているらしく、心配そうに声をかけるが悠里はそれを手で制して取り合わない。時折観客席をチラチラと見ては息を吐く。
迎えた本戦、選抜の枠は1位のみ。どの高校も必死だ。マネージャーをしていたとはいえ、私に陸上の競技がわかるわけもない。長距離だったり短距離だったりハードルだったり高飛びだったり、そんなことで一喜一憂する人間たちを私は眩しく感じた。
悠里は400mハードルに出場する。タイムテーブルを見ると次がその種目のようで、既に端っこでアップが始まっていた。
悠里の目は相変わらず一点を見つめていて、口は引きつったように真一文字に結ばれている。とことん調子が悪い日なんだろう。せめてケガだけはして欲しくないなと思う。
私の軽い心配をよそにスタンバイする悠里。ふーっと長い息を吐いたのが聞こえた。スタンバイの合図、一拍置いてスタートのアラーム。弾かれるように走り出す選手たち。
皆ここが終着点だと言わんばかりに全力を振り絞る。彼女の姿を目で追う中、早回しのように悠里との記憶がフラッシュバックする。
私は悠里のしなやかな足が滑らかにハードルを飛び越える姿が好きだ。次を見据える視線も、食いしばった歯が剥き出しになってるのも、闘争心全開の表情も大好きだ。太陽を受けて輝く緋色の髪が尾を引いて青いタータントラックに映える。
1着でゴールラインを駆け抜けた時の笑顔が好きだ。僅差で負けた時の涙ぐんだ表情も愛おしい。
コーラフロートを美味しそうに飲む顔が好きだ。カロリーと葛藤しながらクレープを頬張って、結局笑顔になってしまうのが好きだ。
残り200m、横並び。
どうして今まで気付かなかったんだろう。確信を持てなかったんだろう。勇気が出せなかったんだろう。
40m、ハードルを飛び終えて最後の直線。完全な実力勝負。
私は最前列に居座るカメラマンを押し退けて柵にかじりつく。迷惑そうに顔を顰めるカメラマン。お前らの写真は全部ピンボケブレブレだから安心しろ。
残り10m、瞬きすれば終わる距離、大きく息を吸い込む私。
「頑張れぇぇぇぇぇ!!ゆぅぅぅりぃぃぃぃ!!」
瞬間、悠里の口元が緩んだ──気がした。
ゴールラインを、3人がほぼ同時に駆け抜けた。
──────────
「惜しかったね」
「うん」
電車に揺られながら私──入間リリトは傍らに座る悠里に声をかける。
結局私たちの高校は全国への切符を手にすることは無かった。コンマ1秒、悠里が早かったなら。もしもの話をしても仕方ないけど、私もそう思った。
「でもいいよ」
「なんで?」
「リリが応援に来てくれたし」
……こういう時、悠里はずるい。なんというか、ずるいだろう。屈託もなく笑うのだから。
ちょうど私たちが降りる駅に電車が止まる。私は赤らむ顔を隠すように悠里の手を取って引っ張った。悠里は黙ってついてきた。
夕暮れに2人で歩く帰り道、最後に2人で歩いたのは、私が告白された日だったか。あの時とは違って嫌な沈黙じゃない。両方が話すタイミングを窺ってるのは相変わらずだったけど。
「「ごめん」」
口から出た言葉は2人揃って同じタイミングに同じ言葉だった。なんだか可笑しくて2人でひとしきり笑い合う。
「リリからどーぞ」「いや悠里から」なんてやり取りを2、3回繰り返して、私が先に折れた。
「あの日、悠里の話も聞かずにいなくなったこと」
「それは私が無責任にあんなこと言ったから」
自分を責めようとする悠里の口を手で塞ぐ。目を白黒させる悠里に首を振る私。
「私、ずっと考えてた。私は入間リリトとして生きるのが正解なのか、それともサキュバスとして正しい形に収まることが正解なのか。でもさ、考えてみたら『私』って存在はどっちにしても異端で、結局『私』でしかないことに気づいたの」
「え?ちょっと待って難しい。リリはリリだよ?ね?」
「うん。私は私。だから私は私が誰を好きになっても私という存在を疑わない」
胸を張って言う私にますます混乱の表情を浮かべる悠里。
「悠里、あなたが好き。友達としてじゃなくて、恋愛対象として。いつとかなんでとかは正直私でもわかんないけど、とりあえず好き。これだけははっきりしてる」
私は覚悟を決めて悠里を見つめながら言った。
「え……?」
ポカンと口を小さく開けて硬直する悠里。私は擬態を解いてるから彼女よりも背は高い。今までとは違った角度で彼女の顔を見られることが嬉しかった。
「え……、マジ?嘘じゃないよね……?揶揄ってないよね……?」
ぐに。と頬をつねる悠里。そんな悠里に頷く私。
「私、女だよ……?」
「別に搾精は男でしかできないわけじゃないし」
「背も高いし胸もないよ……?」
「私より低いし胸は間に合ってる」
「後でやっぱり男がいいって言っても逃がさないよ?」
「そっちこそ」
「しょっちゅう確認するからね?面倒くさがっても確認するからねっ?」
「そうしてくれた方がむしろ嬉しい」
「ほかの女の子と話しても嫉妬するけどいいの?」
「ほかの女の子に優越感感じるくらい愛してあげる」
悠里の目からぽろぽろと涙がこぼれる。試合に負けても涙を流さない悠里の初めての表情に胸が高鳴った。なんか感極まって私の頬にも涙が流れる。
「返事……聞かせて欲しいな、ここで」
返事はいつでもいいなんて言わない。逃げないし逃がさない。
悠里はしゃくり上げるように泣きながらうんうんと首を縦に振る。
「ひっく……わっ、わたしも……りりのこと……好きだったよぉっ……!」
ついに決壊してしまったのかわぁっと泣き出す悠里を抱きしめる。
「私たち、両想いだったんだ」
「うんっ……うんっ……!」
それが言葉にしないと伝わらないなんて、なんて不便で面倒なんだろう。以前の私ならそう思っていたに違いない。でも今の私は、その愛を確かめる行程が愛おしくてたまらない。かくも言葉は美しい。
「悠里、これからも末永く、よろしくね」
悠里はパッと私から離れて、腫れた目でニカッと笑う。
夕日をバックに、揺れた髪が彼女の色に染まる。
あぁきっと、この色に染められてしまったんだろうなぁ。
その笑顔を、私は生涯忘れない。
メイドラゴンだったかな、こういう人間の社会性、規範を遵守する環境こそ人間の力だって言ってたの。ルールへの適応力と強制力は人間のある種の能力なんじゃないかって作者も思います。