綾小路清隆にラッキースケベは難しい?   作:雅みやび

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彼女がいると、何かと苦労も多いわけで......

体育は、授業の中では好きな方かもしれない。

この学校に来てからは、何もかもが俺にとって新しい経験ばかりだが、学校の授業内容に関してだけは、そのどれもが十年ほど前に身につけた知識ばかりで、正直言って退屈だ。

勿論、外の景色を眺めたり、クラスメイトの仕草などを観察したり、ホワイトルーム以外の普通の学校の授業ならではの楽しみ方はいくつかあるし、入学したての頃こそその全てに目を輝かせていたが、この学校にきてはや一年八ヶ月。いい加減、授業中の過ごし方のレパートリーの少なさに困っていた。

授業を面倒くさがるという、実に高校生らしい感覚を持つことができたのは素直に嬉しいことかもしれないが、退屈は退屈。

しかしそんな授業の中で、唯一俺が経験したことのない体験ができる授業がある。

それが、体育の授業だ。

サッカー、野球、バスケなどの球技から、テニスやバドミントンなどのラケット競技。

どれも、名前を知っているだけだったスポーツの数々。

競技の勝ち負けなどどうでも良く、ただ経験したことのない事に挑戦できるだけで嬉しかった。

そういえば、ホワイトルームではラケット競技や団体戦の競技はカリキュラムに組まれていなかったな。

ひたすらに個人の実力のみを追求するあの施設にとって、それらは重要ではなかったのだろう。

 

「お、綾小路いんじゃん。お前今日なんでいなかったんだよ、寝坊か?」

 

なんとか授業開始前に体育館にたどり着き、クラスメイトと合流すると、真っ先に池たちが好奇の目で近寄ってくる。全体を見回すと、恵や堀北に加え他のクラスメイトも何人か、俺の様子を気にしている。確かに冷静に考えたら、学校へ報告もせず2時間目まで姿を現さなかったら、何かあったと思うのが普通か。

 

「おはよう。ああ、見事に寝坊した」

 

「寝坊っておまえ......とんでもないやつかましたな...今3時間目だぞ?」

 

「昨日はなんだか寝つけなくてな。多分そのせいだ。すまない」

 

「まあ一二回程度じゃ問題ねーだろ。この前三宅たちが一週間休んでてもクラスポイント減らなかったしな」

 

意外と知られていないが、遅刻や欠席がクラスポイントに直結したのは入学初期だけだったからな。その後も本堂たちと他愛ない雑談をしていると、チャイムが鳴り、先生が少し遅れてやってきた。

 

「おはよう。本来ならば、今回の授業から男子はバスケ、女子は卓球の予定だったが、昨日バスケ部の練習中にゴールが一つ破損してしまった。修理は明日予定されているため、今日は急遽男子も卓球をしてもらうことになった」

 

そういえば、今日から体育がバスケになると前回先生が言っていたな。

しかし昨日バスケのゴールが破損したので、急遽卓球に変更された。

ちなみに卓球も勿論やったことがない。

19世紀後半に古代のテニスゲームを元にしてイギリスで考案されたラケット競技。

他のスポーツに比べて激しいフットワークが少ない分、男女や身体能力の差が出にくいが、その分高い動体視力や反射神経が要求される。

 

「えーマジかよ!まだ一つ使えるんだからバスケやらせてくださいよ先生!」

 

「これは決定事項だ。私に言われてもどうすることもできん」

 

「マジかー、卓球とかクソつまんねえじゃん。なあ須藤?」

 

「あ?いや、俺は別にどっちでもいいぜ」

 

「え?なんでだよ、お前バスケ大好きじゃん」

 

「そりゃバスケは好きだけど、お前ら素人とは実力が違いすぎてつまんねえよ。俺はむしろ卓球の方がいいぜ」

 

「へー、部活やってるやつはそういうもんかねー」

 

日々部活でトレーニングを積んでいる須藤にとっては、俺たち素人とバスケをするより、実力差が少ない卓球の方が楽しいと感じるようだ。

その気持ちは分からなくもない。

 

「ふーむ......ではこうしよう。お前たちが楽しみにしていたバスケが出来なくなった代わりと言ってはなんだが、今日は卓球のトーナメント戦をするのはどうだ。全員で好きなようにダブルスのチームを組み、一位になったペアには、私から1万プライベートポイントずつ進呈しよう。どうだ、やるか?」

 

「おおー!なんか面白そう!」

 

「やろうぜやろうぜ!」

 

気まぐれかなんなのか、体育教師から急遽提案された卓球トーナメント。

額は大きくないものの、生徒たちの下がったモチベーションを上げるにはいいやり方だ。

貰えるものは貰っておくに越したことはない。

 

 

ルールは授業時間との兼ね合いもあり、早く決着がつく1ゲーム11点先取のデュースなし。

授業は50分しかないが、クラスのほとんどが素人であるためそう長い戦いにはならないだろう。

 

 

そうこうしている内に、早くもまばらにペアが決まり始めている。

出来上がったペアを少し観察してみる。

彼氏彼女で真っ先にペアを作る者、深く考えずその場のノリで決める者、意中の異性と組めないか思案する者と様々。

しかしその中に、意外なペアを発見する。

 

「へえ、高円寺くんとみーちゃんねえ....」

 

意外な組み合わせに関心を持つものは俺だけではないようで、たまたま(?)近くにいた松下も二人の様子を遠巻きに観察していた。

 

「そもそも高円寺が真面目に授業に取り組むのは意外だな。いつも昼寝ばかりしているイメージだが」

 

「そうだね。でも、好きな人のためなら頑張れるんじゃない?」

 

「?高円寺はみーちゃんが好きなのか?まさかそんなわけ...」

 

「夏休みの船上でも一緒にいるのを見たんだよね。確か宝探しの時だったかな」

 

そういえば、あの二人は宝探しで100万ppを取った数少ないペアだったな。

その前にも、一年生の時みーちゃんをお姫様抱っこしたこともあった。

思い返してみると、案外接点が多いのか、ああの二人は。

それに、松下は勘が鋭い。

 

「でも、高円寺がみーちゃんに好意を寄せているのは想像しにくいな。まあ元々想像の範疇にとどまるような男じゃないが」

 

「うん。私もまだ確信はしてないかな。......それにしても綾小路くん、今日は2時間も遅刻するなんて、珍しいね。何かあったの?」

 

接近してきた目的はそれを聞くためか。

松下は俺が裏で動いているのにも勘付いているし、今日の遅刻にも何かあると考えているんだろう。

 

「期待させて悪いが、本当にただの寝坊だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

「ふーん、そうなんだ...」

 

全く信じてないな。

まあどうでもいいことか。

さて、俺もそろそろ誰かペアを見つけないとな。

クラスは偶数人なので余り物になる心配はないが。

誰と組むか.....一番最初に思い浮かんだ相手は、勿論彼女である軽井沢恵。

その恵はというと、、、、今まさに親友の佐藤と共にトーナメント表に名前を書き込んでいる最中だった。

そして恵が俺の視線に気がつくと、こちらに向かって申し訳なさそうな顔をしながら両手を合わた。

どうやら恵は佐藤と組むようだ。

それならば仕方ない、こちらも別の相手を探すとしよう。

洋介あたりが空いていればいいが...

 

「そうだ、綾小路くんが良ければなんだけど、卓球私と組まない?」

 

「え?」

 

松下からの思わぬ申し出。

恵という彼女がいる手前、他の女子と組むと恵がうるさいんだが。

でもまあ、この授業だけだし問題はないか。

 

「ああ、松下がいいなら別に構わなーーー」

 

「ちょぉぉっとまったあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

俺が了承する直前で、20メートルほど遠くから恵がとんでもない速度で走ってきた。

この距離で俺たちの会話が聞こえたのもすごいが、それ以上にその瞬発力に驚く。

これが授業で出せれば恵のOAAの身体能力は優にA+を超えそうだ。

俺と松下の間に入ると、息を切らしながら松下に言った。

 

「はぁ、はぁ........ま、松下さん、どういうつもりかなぁ?うちの清隆を誘うって......ていうか清隆もあっさり受け入れすぎ!」

 

「うーん、男女の指定は特にないって先生言ってたから、問題ないと思うけど?」

 

とぼけたように言う松下。

 

「いや、そういうことじゃなくて......清隆は私の彼氏だからさ...そ、そこんところわかってるでしょ?」

 

「フフ、軽井沢さんって綾小路くんのことになると必死だよね笑。大丈夫。そんな気持ち全くないし、この授業の間くらいで軽井沢さんから綾小路くんを奪うなんてできないって」

 

「まあ、松下の言う通りだな。恵、そんなに俺が信じられないか?」

 

「うっ、それはないけどさ......あーもぅ!分かったわよ!この授業に限って特別に許可してあげる!」

 

「ありがとう軽井沢さん。ちょっとだけ綾小路くん借りるね?」

 

そう言って、急激に俺との距離を詰める松下。

 

「...........」

 

二人が無言で火花を散らしているように見えるのは俺だけだろうか?

女心というのは本当に難しい。

 

 

 

10分ほどで組み合わせは決まり、時間が少ないためすぐにトーナメント戦は開始された。

複数のボードで何試合か同時に進めることができ、ボードが空いたら次の試合がすぐに始まる。

審判はその都度空いている生徒か先生が入るようだ。

滞りなく試合が進み、俺は暇だったので須藤小野寺ペアvs篠原池ペアの試合を観戦することにした。

 

「ぎゃあああーーー!!健おまえ!もうちょっと手加減しろって!今の速すぎて見えなかったぞ!?」

 

「彼女の前だからってそれは無理な相談だぜ寛治。スポーツってのは常に全力同士のぶつけ合いなんだよっ!」

 

そう言って放たれた須藤渾身の一撃は、篠原と池の間を凄まじい速度で抜けていった。

 

「こいつ人間じゃねえ......」

 

「もう......あんた仮にも男なんだから、一泡吹かせるくらいの気概を持ちなさいよこの根性なし」

 

「はあ!?俺にあいつが止められる訳ねえだろ!そこまで言うならお前がやってみろよ!」

 

「うわ、彼女に任せるとかサイッテー。彼氏失格ね」

 

池と篠原は付き合ってからも相変わらず喧嘩ばかり。

言葉はかなりきついが、日常的すぎてもう誰も反応しなくなっている。

でも、それがあの二人なりのコミュニケーションなんだろう。

俺と恵も口喧嘩することは多々あるが、あそこまで過激になることは多分これからもないだろうな。

一方須藤小野寺ペアに目を向けてみると、スポーツに対して真摯に向き合う須藤を横からまじまじ見つめる小野寺という構図に。

ここまでわかりやすければ、クラスの何人かも気づき始める頃だろう。

 

「あ.....っと.......お、小野寺、次、お前のサーブだぜ?」

 

「......えっ!?あっごめんぼーっとしてたみたい!りょーかい、りょーかい.....」

 

眺めていた須藤と目が合ってしまい、あたふたする小野寺。

そして、須藤も、前まででは考えられないような微妙な反応をする。

以前の俺の言葉によって、確実に須藤も小野寺を意識し出している。

大方予想通りの展開だな。

 

 

ちなみに俺&松下ペアはというと、対戦相手にも恵まれ運よく準決勝まで勝ち進むことに成功した。

松下は身体能力がCと決して高くはないし、俺も卓球は初めてで最初の方は松下と変わらないくらいだったことを踏まえると、ここまで勝ち進めたのはラッキーだった。

正直俺としては、もう十分卓球というものを楽しめて満足している。

この辺で負けておくのがベストだな。

残ったペアは、堀北&櫛田ペア、須藤&小野寺ペア、高円寺&みーちゃんペア、そして俺たちの4組。

既に負けてしまった他のクラスメイトは好きな試合を観戦したり雑談したり。

 

「あはは、私たち以外で残ってるペア、みんな強そうだね」

 

「だな。でも強運もここまでらしいぞ。次の対戦相手はあの高円寺のペアだ」

 

高円寺&みーちゃんペアは、ほぼ高円寺一人でここまで勝ち上がってきている。

みーちゃんは後ろでただ眺めている状態だ。

相変わらずの非常識ぶりを発揮している。

 

「......それ、本心?」

 

恵を揶揄って遊ぶのはやめてくれ

それもあるけど、それだけじゃないかもよ

 

 

「どういうことだ?」

 

「なんだか、とってつけたような言葉だなあっと思って」

 

「松下は鋭いんだな」

 

「.........へえ、否定しないんだ」

 

「肯定もしてない」

 

「それくらい教えてくれてもいいんじゃない?」

 

教えてもよかったが、どうせすぐにわかる事だ。

ここでいう必要はない。

 

「そんなことより松下、これ以上恵を揶揄うのはやめてくれ。恵が機嫌を損ねるとこっちも大変なんだ」

 

「あー、ごめんごめん。ちょっとやりすぎちゃった?だって軽井沢さん、綾小路くんのことになると必死で可愛いんだもん。いつも強気だからそのギャップがクセになっちゃって」

 

まあ気持ちは分からないでもない。

特に最近はクラスメイトに対する接し方も優しくなったので、以前より人気があるようだ。

大勢を統括する器が完成したといってもいい。

 

「でも........理由はそれだけじゃない......かも」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「あ、ううん、なんでもない。...あっ、あそこ空いたみたいだしそろそろ私たちの試合始まりそうだよ。いこっか」

 

そう言って、話を切り上げて試合に向かう松下。

大した内容ではなかったのだろう。

切り替えて、高円寺たちのいるボードに向かう。

 

「次の相手は、君たち...ということでいいのかな?」

 

「松下さん綾小路くん、よろしくお願いします!」

 

「ああ、お手柔らかに」

 

「よろしくねみーちゃん」

 

こうしてみるとますます二人が正反対に見える。

この二人が付き合う未来が、全く想像できない。

 

 

軽く挨拶を終えると、先生が試合開始を宣言した。

サーブは俺から高円寺へ。

早くもなく遅くもない平凡なサーブを打つ。

当然高円寺は軽々とそれを打ち返した。

瞬間、鋭い一振りから放たれた異常な速度の球が松下を襲う。

 

「はやっ!」

 

プラスチック製の球は松下の構えていたラケットに跳ね返り、はるか遠くの方に飛んでいった。

 

「ごめんね...あれはちょっと無理かも」

 

「謝る必要は全くない。あれは返せなくて普通だ」

 

「今回も退屈な勝負になりそうだねぇ、綾小路ボーイ」

 

「お前が手を抜いてくれれば、それなりにいい勝負になると思うぞ」

 

「はっはっは。いい勝負にしたいなら、もっといい方法があるだろう?さっさとしたまえ」

 

俺が全力を出すことを指して言っているんだろう。

以前の綱引きか、それよりもずっと前から、高円寺は俺の実力に気づいている素振りを見せていた。

俺の卓球の腕前に関しては全く知らないはずだが、当然のように全て見抜いてくる。

野生の勘か、ずば抜けた洞察力か。

俺にメリットが一つもないので極力避けたいことだが、こいつの場合、機嫌を損ねるとどんな行動に出るか分からない。

それなりに奮闘するが惜しくも敗退、これがベストなシナリオだな。

 

「清隆ー!そんな奴蹴散らしちゃえー!」

 

後ろから恵が物騒な黄色い声援を送ってくる。

悪いがその期待には答えられない。

次のサーブは高円寺から俺へ。

 

「フッ!」

 

閃光のような一撃。

さっきの松下への一撃もそうだったが、高円寺は相手のラケットの定位置をあえて狙って打っている。

正確なコントロール技術がなければ不可能な芸当だ。

意表をつければ確実に、仮にわかってたとしても初心者ならまず処理できない。

これまでまともに反応できる相手がいなかったのも納得だ。

俺はラケットをほぼ動かさず、ダイレクトの直前少し手前に引くことで衝撃を吸収した。

球は相手サイドのネットの手前に落ちる。

 

「ハッ!」

 

高円寺はそれに素早く反応して少し前のめりになって打ち返す。

高円寺が体勢を崩した隙をついて、俺はさっきの高円寺のレシーブと同等の速度で打ち返した。

これで1−1。

スコアが振り出しに戻る。

点を取られた高円寺はというと、表情を一切変えず既に次のラリーを待っていた。

俺の狙いはお見通し、というわけか。

 

「いいぞ清隆ー!頑張れ清隆ー!」

 

「やっぱり嘘ついてたんだね、綾小路くん」

 

「嘘はついてない。本当のことを言わなかっただけだ」

 

「むー、そんなの言葉遊びだよね」

 

隣で膨れ顔をする松下。

こんなに会話を弾ませてしまうと、後ろから監視している恵から叱られそうだ。

既に背後からの視線が痛い。

今日は何かと叱られてばかりだな。

 

 

そうしてスコアが進んでいき、最終的に11ー7で高円寺&みーちゃんペアの勝利で終わる。

当初の予定通り程よく奮闘して高円寺の機嫌をとりつつ負けることができた。

今は、堀北&櫛田ペアを下した須藤&小野寺ペアと高円寺&みーちゃんペアが決勝戦をしている。

 

「お疲れさま、き・よ・た・か?」

 

「目が怖いぞ恵」

 

「そう?きっと彼氏に何か問題があったのよぉ。例えばぁ、こんなに可愛い彼女がいるのにぃ、他の子に鼻の下伸ばしてるとかねぇ」

 

「誤解だし、鼻の下は伸ばしていない」

 

「ふーん、彼女が不機嫌なのにそういう態度とっちゃうんだ?」

 

「綾小路くん、お疲れ様。さっきは惜しかったね」

 

「げ、松下さん......清隆に何か用?もう貸出期間は終わってるわよ」

 

「そうかな?軽井沢さん確か『この授業に限って』って言ってたよね?まだ授業は終わってないよ?」

 

そう言って俺との距離を笑顔で詰める松下。

確かに授業はまだ10分ほど残っている。

松下の反論は正しいが、これ以上は恵が怒るのでやめてもらいたい。

 

「あの、松下さん、この際聞いちゃうけど、もしかして本気の本気で清隆狙ってたりすーーーーーーー」

 

「きゃっ!?」

 

「...あ!」

 

松下が、短い悲鳴のような声を出す。

反射的に出てしまったのだろう。

突如、"ライナー性の軌道で"一直線にピンポン球が決勝戦をしているボードからこちらに飛んできたのだ。

そのピンポン球は何度か壁や地面に跳ね返り、ようやく勢いを落とす。

どうやら高円寺のイージーミス...みたいだ。

猿も木から落ちると言ってしまえばそれまでだが.........何か変だな。

当の本人はいつも通り不敵な笑顔を浮かべて...いなかった。

自分の手元や周囲を真剣な面持ちで見回していた。

それを観察していた俺と目が合い、視線を外すとすぐにいつもの高円寺に戻る。

 

まあ、少し気になるが、今はそれ以上に早急に解決すべき問題があるので後回しだ。

所詮はピンポン球なので、どんなに速い球が当たったところで人が怪我することはほぼないが、高円寺レベルの速度が急に来たら、誰だって驚きはするだろう。

 

そう、誰だって驚くし、身を守るために"反射的に近くにいる人の胸に飛び込んでしまっても"不思議はない。

 

計算高い松下も、自分の反射的な行動まで計算に入れることはできないからだ。

 

つまり、意図的にこうなったわけじゃないんだ。

 

.........だから、恵。

頼むから、そんなに怒らないでくれ.........

 

「あちゃー。なんかごめんねっ♪」

 

俺の胸の内に小さく収まっている松下が、わざとらしく俺に謝る。

普段は他の女生徒より大人びた雰囲気を纏っている松下が、猫のように俺の胸元からくっついて離れない。

ああ、なるほど....これがギャップか......。

いやいや、今はそれどころじゃない。

 

「待て恵、話せばわかる。冷静になれ。これは不可抗力だ」

 

 

「きっよったっかぁぁぁ〜〜〜っ!!!!」

 

 

俺の淡い願いも届くことはなく、恵は鬼の形相で、拳を握り締め、こう言った。

これまで何度も恵を怒らせてきた俺だが、今回のは過去1だな....

 

 

こうして、いつもと少しだけ違った体育の授業は幕を閉じた。

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