長かった一日も放課後になり、ようやく終わりが見えてきた。
「摩耶ちゃーん、一緒に買い物して帰らない?」
「おっけー。私行きたいところあるんだけどいい?」
「全然いいよー。今日はたくさん遊びたい気分なんだ〜」
「ははは、なにそれー」
恵は俺を露骨に避けて佐藤と教室から出ていった。
今日のことでかなり機嫌を損ねてしまったようだ。
仕方ない、今日のところは一人で帰るとするか。
そうして帰り支度を終えたタイミングで、松下が俺に近づいてきた。
表情には反省の色が見えていた。
「改めてちゃんと謝っておこうと思って。ホントごめんね?仲直りできそう?」
「どうだろうな、少し時間がかかるかもしれない」
「最後のは仕方ないにしても、私もちょっとやり過ぎかなって反省してる。なにか手伝えることあったら何でも言って?」
「ああ。でもそこまで責任を感じる必要はない、俺の日頃の行いというやつだ。気持ちだけもらっておく」
松下と別れ一人帰路につく。
今朝俺が気を失った並木道を歩いていると後ろから声をかけられる。
「綾小路先輩!」
「七瀬か」
振り向くと、笑顔の七瀬が走って俺の元に向かってきた。
そういえばしばらく七瀬とは会っていなかったな。
「ようやくお会いできました。先輩」
「俺になにか用があったのか?」
一応聞いてはみるものの、このタイミングで七瀬から用があるとすれば例の件に関してしかないだろう。
むしろ思っていたよりコンタクトが遅かったくらいだ。
俺は歩きながら七瀬の様子を窺う。
「はい。もっとはやくお話ししたかったのですが、最近なにかと忙しくて、後回しにしてしまっていました」
体育祭に文化祭と、最近は忙しかったからな。
それでも文化祭が終わってから既に二週間ほど経過しているが、一年生なら特にクラス同士の競争が激化していてもおかしくない時期だ。
特別試験がなくても、この学校の生徒たちは常に競争の渦中にいる。
「そうか。それで用って?」
「......八神くんの退学のことは、ご存じですよね?」
「ああ、それなりに噂になっていたからな。生徒会役員で真面目だった一年生が、なんの前触れもなく文化祭の日に突然退学、中々ショッキングな話だ」
「そうですよね。退学の理由も、何故か学校側が伏せているそうです。今、八神くんのいたBクラスは混乱状態になっています」
「だろうな。七瀬からすれば、他クラスが混乱状態に陥ってくれるのは嬉しい展開なんじゃないか?」
少し考える素振りをしてから、七瀬が答える。
「確かに、そうですね。Bクラスのリーダーは八神くんでしたから、今は完全に統率を失っている状態です。次の特別試験次第なところもありますが、このままいけばBクラスはAクラス争いからドロップアウトすると思います」
「そうか。......話が逸れた、俺に用があるんだったよな。聞こうか」
「あ、はいそうでしたっ。...単刀直入に聞きますが、先輩は八神くんの退学に関与していますか?」
どうやら七瀬は、八神の退学と俺との繋がりに勘付いているようだった。
当日あの現場にいなかったはずの七瀬が、なぜそれに気付いたのか。
「どうしてそう思った?」
「一番の理由は、やはり退学理由を学校が隠蔽している点ですね。自主退学やBクラス内でのみ公表されたというパターンなら理解できますが、隠蔽は不自然です。私たち一年生も先輩たちに比べて日は浅いですが、この学校の仕組みについて理解してきたつもりです。学校が退学理由を隠蔽するのは、普通ではありません」
「退学理由の隠蔽は、確かにこの学校の理念に反することだ。だが、それと俺がどう結びつく?」
「私もロジックを説明することはできません。しかし、学校が退学理由を隠蔽する理由に一つ心当たりがあります」
分かりますよね?という視線を送ってくる七瀬。
「俺の退学をかけた特別試験も、学校の理念に大きく反すること。そこに共通点を見出し、俺にたどり着いたわけか」
「はい、そうです...って、え、先輩!?...それ、言っても大丈夫なんですかっ」
口に出すことを避けた"俺の退学をかけた特別試験"というワードを俺があまりにあっさり言ってしまったことに驚いた七瀬が、耳打ちするように小声で俺に聞いてくる。
七瀬が急接近してきたことで、七瀬のたわわに実った胸が俺の右腕にあたる。
七瀬は自分の容姿に自覚がないんだろうか、あまりに無防備すぎる。
いや、ただ天然なだけか?
少なくとも櫛田のように計算ずくでやっているとは考えにくい。
しかし色々言っても、自分から離れることはしたくない。
こんなことをしてるから、恵を怒らせてしまうんだろうな...
「勿論、隠す必要がないと判断したから言った。そもそも月城もいなければ懸賞金もなくなったんだ、隠す必要はないだろう。今さら第三者がそれを聞いたところでどうすることもできない」
「まあ、確かにそうですが...」
きっと七瀬は俺が無駄に注目集めることを心配してくれているんだろう。
だが、これからの事を考えれば、むしろそれはプラスとして作用する可能性の方が高い。
そこら辺の話をこれ以上広げても無意味だな。
俺は、話が聞こえる範囲に人がいないことを確認して、少し小声で話す。
「話を戻そう。さっきの質問だが、答えはYESだ。直接手を出したわけではないけどな。八神が天沢と同じ類いの、俺の退学を狙う生徒である可能性があると判断したから、身を守るために手を打たせてもらった」
簡潔に七瀬の質問に答える。
七瀬はホワイトルームを知っていて尚且つ俺の味方をしてくれる数少ない駒の一つ。
次ホワイトルームから攻撃を受けた時、円滑に七瀬からの協力を受けられるようにしておくために、情報を開示した。
だが念の為、詳しい手口や電話の黒幕の存在は伏せておく。
七瀬なら、今言った情報だけで欲しい答えにたどり着くだろう。
天沢と同じ、つまり八神がホワイトルーム生だったということに。
七瀬は驚嘆するも、すぐに平常心を取り戻す。
「......驚きました。まさか八神くんが......全く分かりませんでした」
隠密行動には長けているだろうし、外から見て気づくのは俺でも不可能だ。
悲観する必要は全くないのに、暗い顔をする七瀬。
あの無人島試験の夜覚悟したのにも関わらず、俺を守ろうと奔走していたのも空回りに終わり、結局俺が一人で解決してしまったことで自信を失っている、そんな所だろうか。
ここは話題を変えてやるか。
「そういえば気になっていたんだが、最近の天沢の様子に関して、なにか知っているか?」
文化祭での組み合い以降、天沢とは一度も会っていない。
「天沢さんですか.........実は、私も気になっていました。昨日、久しぶりに天沢さんと廊下ですれ違ったんです」
「何か変わった様子はなかったか?」
「なんというか、気迫というか、活力を全く感じませんでしたね。ノイローゼ...というんでしょうか、目の下もひどいクマができていて、制服のシワも目立ちました。それに声をかけても全く反応してくれませんでした。まるで私に気付いていないみたいに」
「そうか。とりあえず、七瀬からはあまり刺激しないようにしてくれ」
ホワイトルームとは、特別なカリキュラムを受けることで常人では到達不可能な実力を身につけることができる裏の教育機関。
その中で厳しい競争に生き残った子供たちは、遅かれ早かれ、自分の優秀さに自覚をもつ。自分が他人より優れている。その絶対的に揺るがない自信が幼い自我を形成することになる。
ではもし、その絶対的な自信が破綻したら。
自分の実力が全く及ばない領域を認識してしまったら。
それは自分という存在の全否定、つまり精神の崩壊を意味する。
なぜならあの部屋で育った子供たちにとって、実力こそが自分の唯一のアイデンティティなのだから。
天沢は学校に登校しているだけ、まだマシだろう。
彼女に関しては、自分の実力の他に何かしらの心の支えがあったから、軽傷で済んでいるのかもしれない。
「綾小路先輩。これから、私にできることは何かありますか?先輩が私を繋ぎ止めて下さったから、私は今も学校に通っています。無人島での約束通り、私は綾小路先輩を守るためならなんでもする覚悟です」
立ち止まり、胸に手をあて、真剣な面持ちで俺の目を見て言った。
"なんでも"というのは、自分に退学の恐れがあっても、という意味だろう。
あの無人島の夜での約束、というより、七瀬の覚悟。
あのときは月城や天沢といった明確な敵がいたが、今はホワイトルーム生も月城も退き、とりあえず敵はいない状態。
例の電話の男も、八神や天沢と違い俺に仕掛けてくることは考えにくい。
七瀬に空回りされては困るので、この辺で待機命令をだしておくべきだな。
「協力的なのはありがたいが、とりあえず当面の問題は片付いたから、今七瀬にできることはない。もしホワイトルーム関連でまた七瀬に助けてもらう必要があったら必ず声をかける。それまでは、俺のことなんて忘れて自分の学校生活に集中してくれ。特別試験で俺と対峙することになっても、その時はあくまで敵として正々堂々と勝負しよう」
「.....はいっ。それでは、先輩からのお声を待っていることにします!」
今日一番の笑顔で警官のような敬礼をする七瀬。
本当に分かっているのだろうか...
やる気がありすぎるのも考えものだな。
「そういえば、先輩たちはもうすぐ修学旅行ですよね。やっぱり楽しみですか?」
「そうだな。素直に楽しみだ」
「あ、でもこの学校のことですし、特別試験もあったりするんでしょうか」
「さあ、今のところは分からないが、俺個人としてはないと踏んでいる。仮にも”旅行”と名のつくイベントだしな」
「確かにそういう見方もできますね...でも、もしあったら修学旅行も素直に喜べませんよね」
一週間後にせまった学生時代の一大イベントの一つ、5泊6日の修学旅行。
ネットで調べて分かったことだが、5泊6日というのは一般的な高校の修学旅行より長いらしい。
問題は修学旅行中に特別試験が行われるかだが、俺はないと予想している。
既に俺たちは二度長期の豪華客船の旅を経験しているので、もし特別試験があった場合、生徒たちの中で修学旅行よりも豪華客船の方が旅行としてのグレードが上になってしまうのも理由の一つだ。
「旅行先はどこなんですか?」
「京都に決まった。」
「京都ですか、いいですね!私、お寺とか神社みたいな歴史を感じられるもの大好きなんです!」
俺たち生徒にとって重要な修学旅行先は、今から一週間ほど前のホームルームで茶柱先生の口から発せられた。
満場一致試験に突如としてだされた修学旅行先に関する投票。
俺たちのクラスは最終的に沖縄への投票が決まったが、他クラスの投票で京都が逆転した形となった。
茶柱先生が言った内約によると、京都2票、北海道1票、沖縄1票。
龍園クラスが北海道、坂柳&一ノ瀬クラスが京都へ投票したらしい。
何はともあれ、堀北クラス内の若干3名による淡い願いは届いたということだ。
発表の時、確かに堀北が机の下でガッツポーズしていたのを俺は見逃さなかった。
他のクラスメイトはというと、最初こそ露骨にテンションを下げていたが、その後行われた電車やバスの席決めの頃には、須藤たち沖縄派も机に身を乗り出し興奮が隠しきれない様子だった。
結局、旅行先がどこかなんてちっぽけなものなんだろうな。
「ああ、本当に楽しみだ」
そう、本当に楽しみだ。
俺が京都に行きたかった理由は、やはり有名な歴史的建造物をこの目で観たかったから。
ふと思い浮かぶだけでも、外せない寺院仏閣は10や20を軽く越える。
清水寺、伏見稲荷大社、天龍寺、石清水八幡宮、元離宮二条城、東寺..........
次点で、抹茶、和菓子を中心とした名物スイーツの数々も挙げられるだろう。
時間は限られているため、悔いを残さないため旅行前のリサーチは必須だな。
「綾小路先輩?」
改めて京都の魅力に思いを馳せていると、七瀬が不思議そうな面持ちで俺の顔を覗いてきた。
「ああ、すまない。何か話していたか?」
「あ、いえ違います。先輩が見たことのない顔をしているなと思いまして...」
見たことのない顔?
全く気づかなかった。どんな顔をしていたんだろうか。
「京都はずっと行ってみたかったところだからな。それだけ楽しみ...ということなのかもしれない」
「...あはははっ。先輩もそんな事思ったりするんですね、何だか意外です」
可笑しいものでも見たかのように、七瀬が笑う。
「そんなにおかしいか?」
「あ、いえ、可笑しいというか何というか......先輩って真剣な時は一切隙を見せないので、てっきり日常生活でもそうなのかと思っていたんですが、案外そうでもないんだなって......あはははっ」
ツボにでもハマったのか、七瀬がまた笑い出す。
そういえば以前、坂柳からも同じようなことを言われたことがあったな。
日常生活では案外隙だらけ...か。
「では先輩、修学旅行、楽しんできてくださいね!」
寮のエレベーターが俺のフロアで止まったところで、七瀬が別れを告げる。
「ああ、七瀬にもお土産を買ってくるよ」
「はい、それでは...って、え!?おみやーーー」
七瀬が言い切る前に、エレベータのドアは閉まってしまう。
すごく驚いた様子だったが、なんて言おうとしたんだろうか。
七瀬ちゃんの心の中もかこうかと迷いましたが、ご想像にお任せすることにします。
この1日を無駄に長くしたくないので...
ということで今回、修学旅行先が京都に決定しました。
3クラスの話し合いのアバウトなイメージ。
坂柳クラス →綾小路が京都に行きたがっていそうだと想像して坂柳が強引に。
一ノ瀬クラス→男子は沖縄行きたいけど、女子の方が発言力が強く、さらに女子の中で北海道or京都に別れるけど学力高い層が多い一ノ瀬クラスなら僅差で京都になりそう。
龍園クラス →京都はそっこう却下。石崎あたりが沖縄派として名乗りを挙げるも、バカなので北海道派に丸め込まれて北海道に決定。ちなみに唯一の京都派はひより。
ちなみに言っとくと、あと2話で第一章終わります。
第二章は、この二次創作の一つ目の山場”修学旅行編”です。
よう実らしい心理戦と、ラキスケの化学反応はここから。(ハードル上げすぎな。)
時間かかるかも。