ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

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side:Trainer(後編)

 西崎リョウ。チームスピカのトレーナー。

 日本総大将スペシャルウィークを筆頭に、名優マックイーンや不死鳥トウカイテイオーを導いた名トレーナー。

 強豪チームリギル東条ハナの永遠のライバルにして、彼女に並ぶ新人トレーナー達の憧れの的。

「……西崎先輩。そういえば気になってたんですが」

「なんだ」

 小春は西崎の頬を指差す。彼の頬は赤々と腫れ上がり、誰かに足をぶつけられた跡がくっきり残っていた。

「いや、素質がありそうな娘のをちょいと触ってたら、本人が恥ずかしがってズガーンっとやられて」

 たぶん、またウマ娘の太ももを揉んできたのだろう。一歩間違えればセクハラで逮捕されるような話だ。

(…………新人トレーナーの憧れの的、のはずなんだけどなぁ……)

「ま、オレの頬が赤いのはいつもの事だ。それで話を戻すが……」

 西崎はパソコンの画面を切り替える。映し出されたのはハルウララの模擬戦・公式戦のデータだ。

「ウララのトレーナーであるお前さんならとっくに気づいてると思う。敗因はなんだ?」

「ウララさんの敗因……最終直線で速度を緩めるクセ」

 直後退。スタミナの配分ミスか、競り合いに気圧されるか、ウマ娘によって原因は様々だが最終直線で速度が出せずに負ける事を指す。

 特に最終直線で競り合わなければならない《差し》や《追い込み》の脚質にとってこれは致命的で、この症状は通称【あきらめ癖】とも呼ばれている。

「私は、ウララさんのスタミナ不足が原因かと思ってスタミナ強化を中心にトレーニングメニューを組んでいました」

「だが改善されてない」

 小春は静かに頷く。頼れる先人と問答を繰り返し、一つずつ原因の元を手繰り寄せる。

「たぶん、ウララさんの直後退は精神的なものが原因です」

「だな。模擬戦ではそのクセが出てない」

 ヒトでも本番で緊張するという現象はよくあるから、それは理解出来る。

 そういう考えもあって、以前からスタミナ練習と並行して精神的なケアは欠かしてこなかった。

「まぁ未勝利戦に出る奴らってのは大体気が立ってる。なんせ『勝たなきゃ中央から追い出される』って必死になってるんだ」

「つまり、その迫力に気圧されて速度を緩める……」

 西崎トレーナーの話は実際的を射ていた。彼女たちが1着を目指して競り合う光景は、重賞クラスのウマ娘達とは違った死にモノ狂いの迫力がある。

 ――だけどウララさんの性格的に、これに怯えてるとは思えない。

 小春はそんな疑問を抱き、西崎も彼女の表情からそれを察して言葉を続けた。

「他に思い当たる事はなんだ?」

「…………」

 小春は少し考える。メイクデビューやジュニア期のレースでこの兆候は見られなかった。

 おそらく、その時期は《本格化》といわれる現象が発現する前で、単純に実力負けという理由で片付けられる。

 だがクラシック期に入ったハルウララは、未勝利戦は勝てる能力はあったと思う。しかし精神的な側面で負けていた。

 仕方がないかもしれない。クラシック期を未勝利で過ごすウマ娘は、いよいよ後が無くなって必死になる。同じレースのウマ娘は一位を取るべく全員が藻掻いてくるはずだ。

(――いや、もしかして)

 そこまで考えて、一つの要因に思い至った。

 小春は思わず「アァ!」と大声を出しそうになった口を慌てて塞ぐ。彼女はゆっくりと深呼吸をして、己の懸念を西崎に尋ねた。

 

「レースに負けて泣いてるウマ娘ちゃんを見て先輩はどう思います?」

「どうした急に」

 

 性癖の話かと誤解し微妙に引いてる西崎。それをみて言い方を間違えたと咳払いをする小春。

「自分の担当しているウマ娘が一着を取って他のウマ娘を負かしたとして……負けた子が悔しくて泣いてたら、心がズキっとしたり、しませんか?」

 小春の問いに西崎は腕組みしながら答える。

「なる。だが勝負の世界に手加減は無用だとオレは考えてる。むしろ手加減なんて失礼にあたる」

 西崎は言葉の意味を理解した上で大真面目にそう答えた。小春自身も彼と同じ考えだ。

 たとえ他人の夢を潰す事になれど、真剣勝負の世界に手加減など不要。だが、しかし。

「ウララさんはそうじゃないかもしれません」

 ハルウララというウマ娘の性格上、誰かが泣いてる姿を見るのを極端に嫌がる。

 泣いてる者がいたら一緒に悲しんだり、慰めたりするだろう。それはレース直後のウイニングライブ舞台袖でも同じだった。

「そんなウララは自分が勝って誰かを泣かせると想像すると、恐怖を抱いて足が重たくなる。と」

 ライスシャワーというウマ娘も一時期それと似たような状態になっていたから、そういう事が起こりうるのは理解は出来る。

 だが西崎は自分が出した結論に対して、納得のいかない顔をする。

「そこまでの悩みをトレーナーに相談してこなかっていうのか?」

「そ、その辺りについて尋ねた事はありました。けれど『ううん、違うよ』って明るい笑顔で……」

 西崎の真剣な顔をして問いただしてきたので、小春は慌てながら返答する。

「……単にトレーナーに弱いところを見せたくないのか。無意識的な症状か。どっちにせよ、お前さんが考えてる通りの可能性が高いな」

 ウマ娘は真剣勝負の世界を生き抜くアスリートだ。しかし、そうである前に彼女達は中学生や高校生といった多感な時期の子供だ。

 個人個人で差はあれど、同世代のウマ娘がレースに負けて悔し泣きしているところを見て心を痛める娘は多く居るだろう。

「――だが、レースで走る以上はそれを乗り越えなければならない」

 西崎は厳しい目つきで告げた。そしてどうすれば乗り越えられるかは、そのウマ娘と担当トレーナーに委ねられる。

 西崎トレーナーの言葉を聞いて小春も黙ったままでいるわけにはいかず、意を決して立ち上がる。

「西崎先輩、ありがとうございます! 私、ウララさんとちょっと話してきます!」

「ちょっと待った」

 空になった丼を片手に席を離れようとする小春を制止する西崎。

「それ以外にも、オレからもう一つ助言がある。そろそろ更新されてるみたいだが、これについてはレースに勝つのにきっと役立つ」

「助言……?」

 西崎はそういって携帯を手に取る。それで開いたのは天気予報アプリ。

 そのアプリの画面をみて、西崎トレーナーはまたあくどい顔でニッと笑った。

 

「――いわゆる20世紀のひみつ道具ってヤツだ」

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