東京近辺で運営されているウマ娘向けの高級トレーニングジム。
そこでランニングマシーンを走る少女がいた。設定した速度は、他のウマ娘の全力疾走程度。
しかし、フォームは非常に綺麗で、一切の無駄がない。優雅だ。そんな言葉がよく似合う。
機械のアナウンスが1200mを走りきった事を告げて、少女はぴたりと止まる。汗の雫がきらめき、肩にかかる程度の栗色の髪が揺れる。流れるような動きで彼女はタオルを手に取り、それで首筋を流れる汗をぬぐう。
そのままマシンから離れ、休憩用のベンチに座って水筒を口に付ける。ほっと一息ついた所で、彼女を遠巻きに見守っていた担当トレーナーが賞賛の声をかけてきた。
「最後までトップスピードを維持し続けるだなんて、素晴らしい逃げ脚だ! これなら次のレースの奴らも目じゃないぞ!!」
彼からすれば、《本格化》を迎えた目の前のウマ娘は間違いなく天才であり、短距離路線のスター候補。育て方次第では中距離まではいけるかもしれない。いずれにせよ、日本中の強豪が注目する存在になるだろうと考えていた。
「……っせーな」
だが、彼の言葉に対してそのウマ娘は不機嫌そうに眉根を寄せた。
彼女にとって、このトレーナーは最高のトレーニングの環境を提供してくれる恩人ではある。
しかし、彼女に馴れ合うつもりはなかった。レースで結果を示すだけだ、と言わんばかりに。
「今のアタシなら一勝クラス相手なんざ、勝って当然だろ」
恫喝じみた口調に怯んだトレーナーへそう言い捨てると、彼女は再びウォーミングアップを始めた。
――納得いかねぇ。
彼女は内心舌打ちをする。彼女が不機嫌なのは、自分が出場するレースの出走相手が原因だった。
【ハルウララ、再起を賭け】
『12月に執り行われる1勝クラスレースに対してハルウララは推薦出走する事が決定した――』
新聞の内容が頭の中でフラッシュバックする。出走資格という部分だけでも全戦全敗のウマ娘と同格扱いを受ける事が屈辱でならなかった。
――アタシはこんな1勝クラスでくすぶってるタマじゃねえ。次のレースで実力を見せつけて、重賞で暴れ回ってるオペラオーとかいう王子サマと戦う機会を得てやる。
勝つのは自分だ。その思いを胸に秘めて、彼女はサンドバッグを使ったトレーニングに励みだす。
「…………」
トレーナーは彼女の気迫に押されたのか、黙って彼女の背を見つめる事しかできない。
ウマ娘の中にはやけに気性難なものがいる。有名なウマ娘でいえばエアシャカールやゴールドシップなどがソレに近い。
だが彼女達だって『超えてはいけない一線』は理解しているし、同じレースを走る者に対しては最低限以上の敬意を払っているだろう。けれど、この子は違う。
まるで自分こそが絶対の勝利者であると疑っていないような。絶対的な自信とプライドが滲み出ている。
「こ、これだけはいっておくぞ! 他のウマ娘に何かしでかそうなんて考えたら――」
そう諌めようとした瞬間、揺れる。
軋みながら、サンドバッグが揺れる。ジムが揺れる。
サンドバッグを吊るしたチェーンが軋み、サンドバッグを打ち上げた音が鳴り響いて――そして、サンドバッグを吊るしていたチェーンが断末魔の悲鳴をあげて弾けた。サンドバッグが重たい音を鳴らして接地した時、その目の前にいるのは一人の少女。
彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、鋭い眼光をトレーナーへと向けた。
思わずトレーナーは、後ずさる。何かを言いかけたが、口を閉じた。
下手に口を出せば、何をされるか分からない。そんな不安感があったからだ。
少女はゆっくりと拳を握り締める。その瞳には憤怒の炎が燃えあがっている。
「大丈夫っすよ。スネ吉トレーナー。他のヤツ妨害して降着とかバカみたいな真似しないんで」
――正々堂々一着とって、あのおちこぼれを中央から叩き出してやる。
少女はそう呟くと、トレーニングジムから立ち去った。
後に残されたのは、呆然とする『スネ吉』と呼ばれたトレーナーだけだった。
スキル表現を描写にもちいる事について
-
良
-
可
-
悪