ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

19 / 63
休日の裏側1

 ハルウララが休日を楽しんでいる一方で、宗石小春トレーナーは理事長室に呼び出され根岸ステークスでの健闘をたたえられていた。

「見事ッ! 一ヶ月前まで全戦全敗のハルウララが、G3掲示板入りどころか3位まで入着するとは!!」

「い、いえ。ハルウララが頑張ってくれたおかげです」

「謙遜するな。君の実力と努力もあってこそだろう」

 秋川やよいの頭に乗っかっている猫が、その言葉を肯定するように甘く鳴き声をあげる。

 理事長に呼び出され、契約解除を告げられるとおもいきやハルウララ共々その実績を褒められる。新人の宗石小春にとって非常に喜ばしい事であったのは間違いない。

「……」

 しかし、彼女の表情は浮かない。というより、何かを考え込んでいるようにも見える。

「うむ、考えている事は分かるぞ。予定通りフェブラリーステークスに出場させるかどうか悩んでいるのだな?」

「はい」

 G3根岸ステークスはG1フェブラリーステークスの前哨戦ともいわれる存在。

 そんなところで3着という善戦をしたのだから、否が応でも世間からの期待は高まっている。『あのハルウララがG1に勝利出来るかもしれない』と。そうでなくとも掲示板入りの5位まで入着できれば、大快挙といっていい。

 しかし、現実問題では1位を狙うのは無謀だ。5位も怪しい。『レースに絶対はない』とはよく言われている事だが……。

「フェブラリーステークスの5着に入らずとも、それでキミとウララの契約解除させる事はない。それは約束しよう」

 秋川やよいは優しくそう語りかける。それを判断材料にレースを選んでほしくない。そういった意思を感じさせる。

「…………うぅ……」

 宗石小春は今にも泣き出しそうだった。どうすればハルウララの為になるか。ここ三日三晩、そればかりを考えていた。それでも結論が出なかった。秋川理事長にまで気を使わせて、自分が情けない。

「質問。ハルウララには相談したのか?」

「えぇ、もちろん……フェブラリーステークスを目指すと大はしゃぎしていました」

 だけれど、合理的に考えれば直近のG3に鞍替えした方が確実に良い。そちらは勝利するまでの方程式を組み立てられる。

「感情で考えれば、ハルウララさんをG1に出してあげたい」

 それが宗石小春の本音であり、迷いの正体である。

 ハルウララというアスリートの為に実利を取らせるか、ハルウララという学生の為にやりたい事をやらせるか。

 トレーナーとしての器が試される選択。

 そんな宗石小春に対して、秋川やよいは懸命に励む教え子を見るように優しく微笑んだ。

「小春。キミは西崎トレーナーとも東条トレーナーとも違う考えを持つ子なのだな」

 どこか感情的な西崎と、とことん合理的な東条の二人は、担当しているウマ娘が活躍する道を模索する。

 共通しているのは担当ウマ娘の為に最善を尽くすという事だ。

 だからこそ、互いのやりかたを真似るのではなく、違うアプローチの仕方をする。思い悩んだ時は啀み合うのではなく、同じ志の者として意見を交換する事もある。

「二人に意見を求めてみるといい。幸い、二人とも職員室で資料を纏めているから話を聞けるだろう」

 諭すように、柔らかい口調で話す秋川やよい。

 それに対して宗石小春は、不安げな表情ながらも力強く頷いた。

「……私も、同じ立場の人間に面白い意見をもらえたからな」

 秋川やよいは猫の頭をゆっくりと撫でながら、あの眼鏡をかけた謎の『理事長』を思い返してそう付け加えた。

 

 宗石小春は早速、西崎トレーナーと東条トレーナーに相談を持ちかけた。

「素直に1勝クラスに行きなさい。G1に挑戦するべきではないわ」

 開口一番、東条の口から出てきた言葉はそれであった。

 それもそのはず。ハルウララは本来そのラインにいるはずのウマ娘。

 合理的な東条ハナからすれば、まずその段階で実戦経験を積ませてから上を狙うのが道理。そういう考え方が根本にある。

 対して西崎はというと、こちらはまた違った視点で見ていた。

「どうだろうな。オレならG3以上で一着を狙わせる」

 そう言って腕を組み、難しげに考える仕草を見せる。二人の見解は正反対。

 お互いの主張がぶつかり合い、東条の視線から火花が散った。それに合わせる事なく、頬を指で掻きながら視線をそらす西崎。

「あ、あの! お二人が言っている事は分かります! どちらも正しいと!」

 小春は慌てて両手をバタつかせ、なんとか話を落ち着かせようとする。

 しかしこの場は言い争いではなく、ハルウララという教え子の将来を決める重要な分岐点。妥協点などどこにもない。

 小春は一度深呼吸して気持ちを切り替えると、もう一度しっかりと二人の顔を見て話を切り出した。

「……フェブラリーステークスに行かせたとして、二人から見たらウララちゃんは良い結果を残せると思いますか?」

 宗石小春の質問に、一瞬の間が生まれた。しかしそれはほんの僅かな時間でしかない。

 次の瞬間には東条が即答した。

「無理ね」

 その回答はあまりにも淡白で、宗石小春は少し戸惑う。西崎がフォローする形で言葉を付け加えた。

「小春。ウララの得意なレース状況はなんだ?」

 問われて宗石小春は考えた。そして、思いついた事をすぐに口にする。

「不良バ場」

「あぁ、根岸でもそれは顕著だった。他のヤツがいくらかスピードを落とす中、あいつは全くそれが苦になってない」

 それを最大限に発揮してノボトゥルーやサンフォードシチーにも迫れた。それは間違いない。

「あとは最終直線の速さ」

 ハルウララの最大の強みである底知れぬ脚力は、スタートや中盤での弱さを補って余りあるモノ。

 それがあるからこそ、12月の1勝クラスでも勝ったし、根岸でも見事3着を取れた。

 つまりハルウララがG1で好成績を出すならば、この二点は絶対に外せない。

 

 しかしフェブラリーステークスの日程はおそらく晴天になる。良バ場だ。ならば後者はどうだろう?

「ハルウララは、フェブラリーステークスであのトップスピードと加速力は出せないわ」

 そう言ったのは東条だ。西崎も小春も彼女の方へ顔を向ける。

「どういう意味ですか?」

 小春が尋ねると、東条は静かに聞き返した。

「その話の前に、ハルウララの走り方。『頭を下げない特徴的なピッチ走法』。あれはそもそも誰から教わったの?」

 小春は少し考える。確かにハルウララの走り方は独特だが、彼女が編み出した走り方は立派に結果を出していた。

 あれは自然と出来たものというよりは、誰かに教えられたか真似をして結果仕上がったフォーム。

 真っ先に思い浮かんだのは共同トレーニングでよく一緒に訓練しているキングヘイローだ。彼女はピッチ走法ではないにしろ、頭を下げない特徴的な走り方はする。

 キングヘイローはよくハルウララを気遣ってくれた。ハルウララがそんな彼女に感化され、あの独特な走り方に繋がったのかと小春は思い至る。

 東条は答えを待たずに続けた。

「あの走り方には明確な欠点があるわ」

「……欠点?」

 小春は首を傾げた。

 正直、ハルウララの走り方に欠点があると思った事が無い。なにせちゃんと結果を残している。だから余計に不思議に思った。

 そんな小春の態度を見て西崎が茶化すように言う。

「小春~。ストライド走法とピッチ走法は分かるよな?」

 西崎がからかうように尋ねてきたので、少しムッとする小春。

 新人とはいえトレーナーなのだからその二つの走り方がどんなものであるかくらい知っている。

「バカにしないでくださいっ! ストライド走法は歩幅を大きくする走り方で、ピッチ走法はその逆に歩幅を小さく、その代わり地面を蹴る回数を多く……」

 そこまで言って、小春はハッとした。東条が口を開く。

 

「ピッチ走法のデメリットは、心拍数の上昇と体力の消耗が激しい。加えて、頭を下げない走法は姿勢やスピードが安定する代わりに更にスタミナを消耗する」

 

 東条の指摘はまさに的を得ていた。あの走り方では体力の消耗量は膨大。

 ハルウララは練習していた時にスタミナ切れを起こしてぶっ倒れ、入院までした経緯がある。

 おそらく練習の際にもあの消耗の激しい走法で行い続けた事も影響しているだろう。

 小春は少し震えた。それは寒かったからではなく、恐ろしかったから。

 ――また、私はウララさんの事で気づいてあげられなかった……?

 小春が理解した事を確認すると、東条は残酷な結論を告げた。

「あの走り方だと、今のハルウララではどう足掻いても『1400m』が限界よ」

 東条の言葉に、小春の視界がぐらぐらと歪んだ。今にも崩れ落ちそうな小春を見かねて、西崎は助け舟を出す。

「ちょっと待ってくれ。あの走り方も悪い事ばっかじゃねぇだろう」

 西崎の指摘通り、ハルウララはそのデメリットが緩和出来る短距離戦では華々しい成果を挙げている。

「たとえマイル距離のフェブラリーステークスが絶望的っていえど、他のダートG1で勝つという道筋が見えたってもんだろ?」

 そういう優しい言葉で西崎が小春を慰めると、東条の視線がますます険しくなった。

「……G1ダートの距離」

「は?」

「全部言ってみて。トレーナー試験の時の課題だから覚えてるでしょ?」

 東条にそんな事を言われた西崎は面倒くさそうにしながらも、G1ダートの距離を暗唱する。

 

「えーっと、まずはダート重賞で最も歴史ある《フェブラリーステークス》1600mマイル。ジャパンカップのダート版のジャパンカップダート……今は《チャンピオンズカップ》っつー名前のが1800mマイル……」

 暗唱を続ける内に、面倒くさそうにしていた西崎の顔がどんどん真剣なものになっていく。

「…………《東京大賞典》2000m中距離。大井の祭典《帝王賞》が2000m中距離。クラシックダートの花型《ジャパンダートダービー》が2000m……」

 先に東条から告げられた結論も併せて、事態の深刻さを理解した宗石小春の顔がサッーと青ざめた。

「JBCクラシック2000m中距離。JBCレディスクラシック1600mマイル……」

「……私が『G1に挑戦するべきではない』って言った意味、分かる?」

 数あるG1ダートの中で1400m以内のレースはたった一つ。それが小春の口から漏れ出た。

 

「――《JBCスプリント》1200m短距離……」

 

 ハルウララにG1を勝たせるとしたら、とんでもなく狭まっている道を駆け抜けなければならない。

 小春は今更そんな重大な事に気づいて、思わず頭を抱えた。そして東条が宗石小春に提示したプランは二つ。

 まず一つ目は、フォーム変更に挑戦してマイル路線に切り替えて挑戦していくというもの。

 しかし運動技能においてフォーム変更というのは容易い選択肢ではない。期間も鑑みるとフェブラリーステークスは絶望的だろう。中途半端にクセを切り替えると、短距離戦にも悪影響をもたらすかもしれない。

「もう一つは、適正のオープンやG2G3で実績を積みつつJBCスプリントにすべてを賭ける。その為にもフェブラリーステークスなんて出ている余裕はないのよ」

 どちらにしてもフェブラリーステークスに出場するのは合理的でない。それが東条ハナというトレーナーが導き出した結論だった。

 青ざめている小春を前に、西崎は黙り込む。東条が言いたい事は分かる。とても理にかなっている。だが……。

「……ハルウララがそれで納得するのか?」

 西崎は小春の代わりにそう尋ねた。東条は即答する。

「それがハルウララというウマ娘の為よ」

 東条はリギルを率いる優れたトレーナーであるからこそ、その考えに至った。小春はその考えに屈したように、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。

 東条はそんな小春へ労うように微笑みかけると、すぐ西崎へと向き直った。

「私は貴方の考えも聞かせるべきだと思うけれど」

 チームリギルを導く『東条ハナ』。彼女とある意味で相反する考え方を持つチームスピカのトレーナー『西崎リョウ』。

 彼の意見を問うべく、東条は言葉を求める。

 西崎はやれやれと苦笑いしながら頭を掻いたものの、やがてトレーナーとしての頼り甲斐のある笑みを浮かべた。

今後も史実馬モデルをライバルに宛てるかどうか

  • ウマ娘のネームドキャラ中心がいい
  • 史実モデル・ネームド両方ともバランスで
  • 史実モデル多めでもよい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。