――おハナさんや小春の手前、格好つけて不敵な笑みを浮かべたはいいモノの。おハナさんの意見に全く言い返せねぇ……。
東条と小春からの期待と打って変わって、西崎の心情は冷や汗にまみれていた。
そもそも、残酷な現実を突きつけた事以外は東条ハナの意見は何も間違っていない。非常に合理的なのだ。
ハルウララの能力が理解出来ないほど、西崎も安易な人間ではない。
東条の言う通り、今のハルウララはフェブラリーステークスを勝ち抜くにはフォームが適していない。完全に短距離向き。
「…………」
とはいえ、全く考えがないわけではない。今以上に博打寄りの手段しか残されていないというだけだ。
とても合理的とは呼べる代物ではない。東条と小春に呆れられるかもしれない。
それでも、ハルウララの事を考えれば選択肢の一つとして提示する事が筋だった。
「オレの意見を提示する前に、12月の1勝クラスのレースを覚えてるか?」
西崎の質問に小春はコクリと首を縦に振って答えた。
忘れるはずもない。彼女はあの日、自分の教え子が初めてレースで勝つところを見届けたのだから。
「逃げ二人が先手を打って先行集団が潰れた」
意図を察した東条の回答に、西崎が頷いた。
「逃げと先行がバテるレースは差し・追い込みに有利だ。差しはそれを中団で追う必要があるが、そうしない追い込みの方はもっと影響が出る」
「だから短距離不利なはずのアリスブルーがあんな位置に居た」
逃げ・先行のウマ娘達がスタミナ切れを起こしてペースダウンし、体力を温存して虎視眈々と機会を窺っていたアリスブルーが集団を追い抜いて、ハルウララと1着2着を競り合った。
それが12月に現れた『迫る影』の正体だ。
「……えぇ、っと。つまり?」
小春の表情にハテナが浮かんでいる。ハルウララの話かと思えば、アリスブルーの話をしているのだから小春の疑問も当然かもしれない。
そんな小春に呆れる様子もなく、西崎は真剣な眼差しで彼女に問いかける。
「ハルウララは追い込みでも走れるよな?」
「は、はい。中団差しが一番得意ですけど……」
小春は西崎の意図を察すると、少し考えてからそう答える。
「…………『アリスブルーの作戦を模範しろ』って事ですか?」
その西崎は首を縦に振る。
「追い込み策ならスタミナの余裕が出来る。他のウマ娘に完全に主導権を委ねる事になるが、正攻法で実力勝ち出来ないのなら大博打を打った方が必然的に勝率が高い」
東条は頭が痛そうにこめかみを押さえた。
ウマ娘の戦いにおいて『レースに絶対は無い』という。それはほぼすべてのウマ娘に言える事。1勝クラスのウマ娘がG1ウマ娘を討つことだって起こり得るかもしれない。
しかし、それは格上側の心得や慢心を戒める言葉であって格下側があてにする言葉ではないような気がする。
「……G1のウマ娘達が、スタミナ切れで伏兵に討たれるような真似すると思う?」
「わかんないぜ? ウチのスペとそっちのオペラオーが戦った時みたいに――」
東条の眼鏡が怪しく光る。この話題はやめとこう。お互いに傷をえぐる。
気を取り直すようにゴホンッと西崎は咳払いをする。
「確かに大博打ではある。だが、それがハルウララにとって格上に逆襲出来る一番の作戦だとは思う」
1勝クラスレース。アリスブルーにとって圧倒的人気差のあるメイオーやノーエクスキューズが立ちはだかった戦いだった。だが、彼女は《追い込み》という得意の作戦で苦境を覆してみせた。
その戦術を、戦法を、今度はハルウララがG1のフェブラリーステークスで試すのだ。
「…………すごい! それ、すごくすごいです!」
小春は西崎の考えを聞いて、青ざめていた顔色が生気が戻ったように紅潮していく。
アリスブルーの走り方は当時の小春から見てもかなり鮮烈なものだった。
レースの主役達を撫で切って、圧倒的な実力を見せつけながらハルウララと共にゴールに飛び込んでいく勇姿。
――あぁ、あれはすごかったなぁ。
レースが終わった後、彼女の勇姿にも見惚れたものだ。
その時はどういう感情か分からなかったが、今は分かる。
あの鮮やかな追い込みは、ウララさんが目指す理想形の一つかもしれない! きっとそうだ!
「まずフェブラリーステークスに挑むならその作戦をハルウララと相談――――おーい……? 聞いてるか?」
「完全に自分の世界に入ってるわね」
恍惚とした表情で妄想の世界に入っている彼女に西崎と東条の声は届かない。
ハルウララの事を思って嬉しそうにしている小春を見て、西崎と東条は呆れ気味に苦笑いを浮かべていた。
そんなこんなでトレーナー達の腹積もりが決まった頃合い、キングヘイローは喫茶店で一人お茶を飲んでいた。
彼女が注文したのはロイヤルミルクティー。そしてケーキは期間限定のモンブラン。
ハルウララと一緒に食べたかったのだが、のび太という少年と遊びに行きたいとメイオーについていったのだから仕方ない。
そんな風に落ち込んでいる彼女に対して、店員が恭しく声をかけてくる。
「申し訳ございません。相席よろしいでしょうか……?」
ちょうど食事時。別に断る事でもないので優雅に「どうぞ」とキングヘイローが返事する。
「ありがとうございます」
店員に案内されてその席にやってきたのは、鹿毛のウマ娘。頭に翼のような装飾を付けている。
その少女の顔を見た瞬間、キングヘイローの目が少し見開く。彼女の対面の席に、鹿毛の少女が座った。
「――キミは相変わらず親切な人だ」
相席を許可してくれたお礼なのか、鹿毛のウマ娘はにこやかに微笑む。
「…………」
対して、微妙な表情をするキングヘイロー。
決して、この鹿毛の少女自身が悪いわけではない。むしろ怪我にもメゲない健気な子だ。
「あぁ、やっぱり迷惑だったかな?」
そう問いかけてくる彼女に、キングは首を横に振って否定する。
「久しぶり。一年ぶりかしら?」
「うん。大体そうなるね」
そう言って、彼女もメニューからロイヤルミルクティーとモンブランを頼む。
その様子にキングは複雑な表情で目を細める。
(……相変わらず、私と同じものを選びたがるのね)
注文した品が届くまでの間、手持ち無沙汰の彼女達はお互いの現状について話し合いを始める。
先に口を開いたのは、鹿毛の少女。
「高松宮記念勝利したんだってね、おめでとう。ボクも嬉しいよ」
素直にそう祝福してくれるので、キングは少し驚いた顔をしながらミルクティーを飲んでいる。
「……貴方も、チャンピオンズカップ勝利おめでとう」
「ありがとう。お互いにまごうことなき一流のウマ娘になれた。ボク達の夢はハッピーエンドってヤツだね」
鹿毛のウマ娘はそう朗らかに笑う。だがキングは冷静に切り返す。
「ハッピーエンドとはいうけれど、貴方の『夢』とやらはまだ終わってないでしょう?」
その言葉を受けて、鹿毛のウマ娘の瞳が一瞬だけ揺らいだ。
だが、すぐに穏やかな笑みに戻る。
「うん、ボクは今年もフェブラリーステークスに出るんだ! もしかして知ってた? さっすがキング!」
鹿毛のウマ娘はおちゃらけた態度でそんな事を言った後、上目遣いで伺い立てるように尋ねてくる。
「……キング。キミは出ないの?」
「出ない」
即答。鹿毛のウマ娘は残念そうに俯く。
「そっか」
キングヘイローはそんな風に落ち込む彼女を見て、半ば慰めるように言葉を出す。
「代わりに、ハルウララ――ウララさんがフェブラリーステークスに出るわ」
鹿毛のウマ娘はその言葉に目を丸くして驚く。
「ハルウララ? あの全戦全敗って喧伝されてた子がG1に?」
「えぇ、貴方が重賞に勤しんでる裏で彼女は一勝した」
それを聞いて、鹿毛のウマ娘は心底嬉しそうに破顔する。まるで、自分の事のように喜んでいるようだ。
そして、彼女は歓喜の表情を見せながらしみじみと語る。
「新鋭のノボトゥルーに帝王候補のサンフォードシチー。それに最近出てきたアグネスデジタルって面白い子に、全戦全敗から花開いたハルウララ……ホントに、ダートもいよいよ面白い事になってきたね!」
その言葉には、キングヘイローにとっては色んな感情が込められているような気がした。
同じウマ娘として、この子の『夢』というのはキングヘイローもなんとなく理解している。
キングヘイローはその者の夢を鼓舞するつもりで、《彼女の名》を呼んだ。
――前年度のフェブラリーステークスを1分35秒で一着を勝ち取った者の名。
「ウイングアロー、私は貴方も応援してるわ」
キングヘイローに呼ばれた名前に呼応するように、鹿毛のウマ娘――否、《ウイングアロー》の瞳に闘志が宿る。
それはもう既に走り終えた者が抱けるものじゃない。まだ走れる者だけが放てる輝きだ。
彼女の輝きを目にして、キングヘイローは確信した。
ハルウララのライバルはノボトゥルーやサンフォードシチーだけではない、と。
今後も史実馬モデルをライバルに宛てるかどうか
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ウマ娘のネームドキャラ中心がいい
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史実モデル・ネームド両方ともバランスで
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史実モデル多めでもよい