G1フェブラリーステークス当日。選手個別控室。
「―――」
ハルウララは鏡の前で、自らの両頬をパチンと叩いて気合を入れる。
「いたい……」
「強く叩きすぎですよ」
G1独特の空気に感化され、慣れない真似をするハルウララを困った顔でなだめる宗石小春。
普段の体操着とは違う、今日の為に新調した体操服。彼女はこの衣装に身を包む。
「ウララさん、今日の作戦把握は大丈夫そう?」
小春トレーナーに身だしなみのチェックをしてもらいながら、作戦の旨を尋ねられる。
彼女は休日からレースの間に、ウララがどのようなレース展開をするのか分析を重ねていた。
「うん、最初は後ろの方で溜めて様子を見るんだよね」
「そう、ウララさんにはほんの少し長い距離だから差しか追い込みか……とにかく先頭の雰囲気に流されないで、状況に合わせて温存出来る位置について」
12月の戦いでは、本命の先行集団がスタミナ切れでペースダウンしていったのに対し、追い込みのアリスブルーが逆襲に成功した。今回はその作戦を模範する。
「出来れば、根岸で勝ったノボトゥルーをマーク。分かった?」
「…………」
ハルウララは少し考えるような仕草をしてから、ゆっくりと口を開く。
彼女は決して自分の考えを持たないわけじゃない。自分の気持ちを理解していないわけでもない。
でも、自分の答えはいつだって決まっている。ハルウララの答えはシンプルだ。
「うん、小春トレーナーの言う事を信じるよ!」
たとえそれが、自分の運命を大きく変えてしまう事であっても。
身だしなみを整えてからパドックの方へ向かおうとすると、控室を出てすぐ鹿毛のウマ娘に話しかけられた。
「ハァイ♪」
まるで小さな子供にいたずらを仕掛けるように、そのウマ娘はハルウララに笑いかけた。
背丈はウララよりも高く、彼女よりもずっと大人びた雰囲気をしている。
長い髪の毛の一部を三つ編みにして纏めており、服装は黒と青を基調とした一等星がモチーフの勝負服を着ている。
そして髪には、羽ばたく翼をあしらった特徴的なアクセサリーがあった。
ウララがキョトンとした顔のまま立ち止まる中、ウイングアローはクスリと笑う。
彼女はそのままウララに近づき、耳打ちするように呟いた。
「ドラえもんって子はキミの知り合い?」
「ドラちゃん? うん。ウララのお友達だよ!」
その回答に満足したかのようにウイングアローは微笑みを強め、更に話を続ける。
「そっか! 先日、その子が落とし物をしててね。だから届けてあげたいんだけど……」
「落とし物! じゃあ、ウララが代わりに届けてあげる!」
ウイングアローはその返答に嬉しそうな顔をしたが、すぐに困ったように苦笑を浮かべる。
「ありがとう。アァ、デモナァ。直接届けた方がいい代物だと思うんだ……他人に任せるのはトテモトテモ……」
ウイングアローの思わせぶりな態度に、ハルウララはまるで探偵か何かのミステリーに関わったような感覚を覚える。
――それはきっと、とても大事なものに違いない!!
どうにかしなければならないという使命感がウララの中で沸き上がってくる。
その様子を見て、ウイングアローはまたニヤッと悪戯っぽく笑った。
「それじゃあ、その事については試合の後に話をしよう。ボクはウイングアロー。よろしくね?」
「うん!! 私、ハルウララ!」
ウララはドラえもんがどんなモノを落としたのかと想像を巡らせながら、元気よく返事をした。そして、二人一緒にパドックへ向かう。
パドックへ向かうと、出走するウマ娘達は返しバ(試走)に入っていた。
各々がバ場コースを軽く駆け、足元の状態を確認している。これがG1レースだという事もあり、どの選手も真剣な面持ちだ。
「えぇっと。ノボトゥルーって子はどこかなー……」
「どうしたんだい?」
ハルウララはきょろきょろと辺りを見回しながら、ある人物を探し始めた。
その様子に気付いたウイングアローが再び声をかける。
ウイングアローが傍にいることを確認すると、ハルウララは迷わず彼女に頼る事にした。
「んっとね、ノボトゥルーってウマ娘を探してるの! 前に一度会った事があるんだけど、見つからなくて……」
それを聞いたウイングアローはパドックにいる他の選手達に視線を向けながら確認する。
ノボトゥルー。自分と同じ鹿毛のウマ娘。ミドルにカットされた髪の真ん中にちょこんと流星がある小体の子。
「あぁ、その子ならあっちにいるよ。外周の方」
ウイングアローがそう言って指さした先には、確かに探していたウマ娘がいた。
ハルウララの瞳に映ったそのウマ娘は、まるで影絵のシルエットのようなウマ娘だった。
胸元には黒いリボンが結ばれており、両肩は露出させた白い勝負服に身を包み、小さな体にも関わらずまるで舞台俳優のように堂々と歩く姿は、彼女の存在そのものが星のように輝いているように見えた。
彼女はパドックの外周を走っている。まるで自分が走る姿を観客に見せつけるかのように。彼女は自信に満ち溢れた笑みで。
これから行われるGIレースに対する不安など微塵もないようだ。
やがて彼女が大きく両手を広げてポーズを取ると、観客席から大きな歓声が上がった。まるでその姿に魅了されたかのよう。
『応援してるぞ! ノボトゥルー!』
『頑張れーっ!!』
老若男女問わず、様々なファンからの声援を受けた。
「…………」
ハルウララは、彼女の走る姿を見つめてフルフルと武者震いをする。
――あの人ともう一度一緒に並んで走れたら、きっとすごく楽しい。
ウララは直感的にそう思った。
この感覚はいつだってウララに強者へ立ち向かう勇気を与えてくれる。
「根岸ではあの子と一緒に走ったんだっけ」
そんな彼女の様子に、ウイングアローはどこか嬉しそうな顔で耳打ちをする。
「他の子の事も教えてあげようか」
そう言って、ウイングアローはパドックの周囲を軽く回りながら、ハルウララへ各選手の事を教えていった。
三番人気ゴールドティアラ。レースで見せる末脚は鋭く、ハルウララと同じく最終直線の勝負を得意とするウマ娘だ。
「彼女は去年もフェブラリーステークスに出場してたんだよ。……なんと二着!!」
「えぇ!? じゃあ、すっごく強い子なんだね!」
ウララの感想に、ウイングアローはニンマリと満足げに笑う。次に、見覚えのあるウマ娘を指さした。
「そしてあの子がサンフォードシチー」
「根岸で一緒に走った子だ!」
「うん、正解」
ノボトゥルーとは対照的に落ち着いた雰囲気のサンフォードシチー。根岸で活躍した彼女もまたフェブラリーステークスに出走していた。ハルウララは、彼女ともまた一緒に並んで走ってみたいという気持ちが強い。
ウイングアローはハルウララがそんな風にいちいち武者震いする様子がたまらなく可愛く思えて、次々と出走者の事を教え込み始めた。
「……あのぅ……」
ふと、そんな二人の元に一人のウマ娘が声をかけてきた。
黒に寄った栗毛の長い髪の、痩身のウマ娘。おどおどとしながら二人の顔を交互に見上げる。
その声音はまるで小鳥が鳴いているかのような小声であり、少し聞き取るのに苦労するほど。
彼女の視線の方向に目を向けてみると、返しバの時間を終えて係員やウマ娘達がレースに向けての準備を始めている。
「あぁ、教えに来てくれたんだ」
ウイングアローは「了解した」とばかりにひらひらと手を振る。
それを受けた痩身なウマ娘は、ぺこりと頭を下げてから二人の傍を離れていった。
「……あの子はね。ノボジャックって子。ノボトゥルーの相方みたいな子だよ」
ハルウララは不思議そうに彼女の後ろ姿を見つめていた。ノボトゥルーと対照的に、彼女が落ち込んでいるように見えたからだ。
ウイングアローにとって、ノボジャックが落ち込んでいる理由は手にとるように分かる。相方のノボトゥルーが自分よりも先に重賞を勝利し、あまつさえ強豪集うG1であの人気っぷりとくれば、落ち込みたくもなるだろう。
ウイングアローがそんな事を考えて彼女の見送っていると、ハルウララがとことことノボジャックの傍に駆け寄って声をかけた。
「教えてくれてありがとう」
その明るい声を聞いたノボジャックは慌てたようにウララの方へ振り返る。彼女は何かを言おうとしていたのか、口をパクパクさせてから視線を逸らすと、そのまま逃げるようにして自分の持ち場へと戻っていった。
その様子にハルウララはそれに気分を害する事もなく、ニコニコとした笑顔のままだ。
「あの子とも楽しく走れたらいいなぁ」
ハルウララがそんな期待をする姿に、ウイングアローは同意するように小さく頷く。
「さぁ、ウララ。行こうか。もうすぐスタートだからね」
「うんっ!」
ウララは元気よく返事をすると、一歩前へ足を踏み出した。
フェブラリーS(G1)
ダ左1600m / 天候 : 晴 / ダート : 良
今後も史実馬モデルをライバルに宛てるかどうか
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ウマ娘のネームドキャラ中心がいい
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史実モデル・ネームド両方ともバランスで
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史実モデル多めでもよい