ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

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G1《フェブラリーステークス》(後編)

 本日のメインレースとなる、GIフェブラリーステークス1600mマイル。

 ダートマイル路線の頂点を決めるこのレースには、ノボトゥルーをはじめ、サンフォードシチーやゴールドティアラなど有力馬が多数集結している。

 そんな中で注目を集めるのは《稲麟号サンフォードシチー》。 武蔵野ステークスでアグネスデジタルに勝利したのを始め、G1ジャパンダートダービー2着やG3根岸ステークス2着と重賞に対して好走を続けている。

『注目の一番人気。サンフォードシチー!』

『パドックでも注目を集める素晴らしい仕上がりですね。掲示板入りは間違いないでしょう!』

 場内アナウンスが彼女の名を呼ぶ。続けて解説者も彼女に太鼓判。

 それに歓喜するように観客席から大きな声があがった。その人気の高さから、今か今かと待ちわびられていたのが伝わってくる。

 ――すごい歓声だ。キミは人気者なんだね。

 ウイングアローはそんな事を思いながら、その大歓声に煽られることなく落ち着き払ったサンフォードシチーを期待するような目で見つめる。

 そのほとんどが1着から3着を占めている彼女の戦歴は、ウイングアローからしても素晴らしいとしかいいようがない。

 ウイングアローは恍惚とした感情をサンフォードシチーに抱きながらも、ちらりと横目で他のウマ娘を窺った。

 この場にいるどのウマ娘にも気迫というものが感じられる。それは『自分が勝つ』という絶対の意思。いずれにせよ、誰しも真剣勝負になる事は間違いない。

 そんな中でも、ウイングアローが特に目をかけたウマ娘は他とはまるで異質の存在のように思えた。

『11番人気。ハルウララ』

『前年12月の真冬に花開き、ついにここまで辿り着いたハルウララ! ここにいる全てのウマ娘が格上であり、非常に厳しい勝負ですが、ぜひ結果を残してほしいものです』

「うっらら~♪」

 陽気なリズムと共に、ハルウララはニコニコしながら観客へ手を振っている。

 その姿は緊張など微塵もしていない。いや、むしろ、これから起こる事にワクワクして心躍らせているようにすら見える。

 ウイングアローの視線に気づいて、満面の笑みを浮かべながら彼女の方にもぶんぶんと手を振るハルウララ。

 それを受けたウイングアローはなんともいえぬ表情をしながらも、ノボジャックの方へ視線を向けた。

『10番人気、ノボジャック』

『直近のレースよりもだいぶガレている印象でしょうか? これは、少し難しいかもしれません』

「……ッ……ッ……」

 緊張からかガチガチと歯を鳴らしてしまっているノボジャックの姿は、好調にあるハルウララとは対照的に見えた。

 解説者の言う通りノボジャックの顔面は蒼白で、鬱屈した様子から他のウマ娘と比べて痩せ細っているような印象を受ける。

 ノボジャックは1週間前に行われたオープンレースで一着を取った。ウイングアローからすれば、その時の彼女はまぎれもなく優れたウマ娘に思えた。その時の調子を維持していれば今回も一着争いに加われたかもしれない。

 ……だが、しかし。あの様子では一着争いどころか相棒のノボトゥルーにも並び立てまい。

 ウイングアローはそう考えながらも、実況と解説の注目が自分に移ったのを気取って、凛々しく腕を組む。

『2番人気、ウイングアロー』

 彼女の名が呼ばれると同時に、サンフォードシチーの時に負けないくらいの大歓声が沸き起こった。

 ウイングアローはその声援に自信ありげの笑みを向けて応える。

『前年優勝者ウイングアロー。その走りは今年も陰りを見せていません。彼女も本命の一人でしょう』

 その解説の声が届いたのか、ハルウララの耳はぴょこぴょこと動き、桜色の瞳がウイングアローの方に向いた。尻尾も落ち着きなく揺れている。

 ハルウララは先程まで話していたウイングアローが、フェブラリーステークスの優勝者だなんて思っていなかったから驚いているようだ。

 花開いたようにキラキラと輝くその眼差しは、ウイングアローに対する憧憬の色が混ざり始める。

 ――あぁ、やっぱり可愛いなぁ。

 その様子を見たウイングアローは、キリッと整えた表情が思わず緩んでしまいそうになる。

 しかし、すぐに気持ちを引き締め直した。

『5番人気。ノボトゥルー』

 そのアナウンスが流れた瞬間、会場は大歓声が上がる。

『サンフォードシチーに続いて、彼女もここに現れました。雌雄を決するにうってつけの舞台。それにふさわしい最高の仕上がりにみえます』

 彼女は前哨戦ともいえる根岸ステークスで一番人気のサンフォードシチーをくだしている。つまりは主役のライバルだ。

 次代のダート帝王候補筆頭のサンフォードシチー。前哨戦で彼女に打ち勝ったノボトゥルー。前年優勝者ウイングアロー。そしてその優勝者と1着2着で争ったゴールドティアラ。その他のウマ娘も話題に尽きない。……そのおまけに、全戦全敗からいきなりG1まで繋いだハルウララ。

 これらが相まみえた組み合わせに観客達は湧いているのだ。

 しかしノボトゥルーはその重圧に動揺する事もなく、むしろその期待に応えようという自信満々の表情を浮かべている。

 彼女の精神状態は極めて良好。少なくとも、レース前から怯えているようには見えない。

 ウイングアローは感激すると同時に、とても嬉しく思った。

 前年競い合ったゴールドティアラもそうだが、こうもダートの次代を担う面々がこの場に揃い踏みしてくれるとは。

 

 思い返せばウイングアローは黄金世代の一人に数えられながらも、スペシャルウィーク達のように何度も競い合うライバルといえる存在はいなかった。《岩手の怪物》や《地方総大将》などと呼ばれる生ける伝説のような存在と戦う機会もあったが、そんな彼女達も全盛期を過ぎていて全力でぶつかり合える機会もついに訪れなかった。

 だからだろうか。ようやく自分と互角以上に渡り合える実力者達が大挙して現れた事で、ウイングアローは気持ちが高揚していた。

 ダートの帝王として君臨してきた自分が、ついにその座を追われる時が来たのだ!!

 あのキングヘイロー(王者)と同じように、多くのライバルと対峙してたった一つの玉座を奪い合う。ただそれだけの事が、このウマ娘にとってはたまらなく嬉しかった。

 ――だけど、まだ足りない。黄金にも負けない、もっと多くの輝きを。

 どこかの世界で果たせなかった夢。そこから生まれる果てしない欲。空想じみた漠然とした感情。

 それでも構わぬ。自分達ダートを走る者が、スペシャルウィーク達のように芝を走るウマ娘に劣らない事を証明するのだ。

 その為にも、自分自身がここで無様な戦いを見せるわけにはいかない。

 ウイングアローは改めてそう決意し、ゲートの中に入りながらその時を待った。

 

 やがて、運命のファンファーレが鳴り響く。

 ゲートの金属音が「ガシャコン」と小気味良く鳴った途端、それぞれのウマ娘が一斉に飛び出した。

『さぁ、スタートしました!』

 16人。まずは先行争いから、各ウマ娘達の駆け引きが始まる。

 

【ノボジャック:集中力】*1

【ノボジャック:逃げのコツ○】*2

 

 ノボジャックは真っ先に飛び出して、ハナを切ろうとしていた。そこに外枠からトゥザヴィクトリーというウマ娘が並び立つ。更に内からもう一人。二人と続く。

「……ッ!!!」

 

【ノボジャック:バ群嫌い】*3

 

 ノボジャックは左右に挟まれ、慌てたように瞳を揺らした。しかし、すぐに気を取り直したように歯を食いしばる。ノボジャックは前だけを見据える。

 ――そうだ。前を譲るんじゃない。キミの足はとっても速いはずなんだ。

 後方について先頭集団の争いを見守るウイングアロー。

『ノボジャック! トゥザヴィクトリー! 先団かたまる! そこから三バ身ほど離れてサンフォードシチー!』

 先頭を行き急ぐノボジャックの走り方とは対照的に、サンフォードシチーは相変わらず落ち着き払った態度でやや抑えて走っている。その真横についていくのは、宿敵のノボトゥルー。

 彼女達は横目にお互いの視線を合わせ、ニッと挑発的に笑い合う。今回は自分が勝つと言わんばかりに。

 ――あぁ、そうだ。そういうのだ。ボクが見たかったのは。

 ウイングアローは胸の中で喜びが沸き上がるのを感じる。だが、ウイングアローがそんな高揚に包まれる一方で不安に苛まれるウマ娘が近くに居た。

 

『あとは一バ身離れて――囲まれた形でハルウララ! 後ろにウイングアロー! 真横についたゴールドティアラ!』

 

 ハルウララは、他の強豪達に混ざって懸命に走っている。

 しかしレースの成り行きは彼女の思惑に合わせてはくれない。前後右。左は内枠に阻まれる形で、好きなように走れない。

 後方から差しか追い込みで走り、虎視眈々と一着を狙うはずが気づけばバ群の袋小路に入れられていた。先行とも差しともつかぬ中途半端な状態で宙ぶらりん。強制的に苦手なペースに付き合わされる。

 事態を打開しようと一旦後ろに下がろうと考えたが、ウイングアローが塞いでしまっている。

 ――さぁ、この状況をどう打開する。ハルウララ。

 ウイングアローの瞳はウララの事を試すように見つめていた。それは一種の期待であり、ポジション争いという形の真剣勝負。

 このままではハルウララはトレーナーとの作戦を果たせない。だからといって無理矢理抜け出そうとすれば、ウイングアローを巻き込んでしまうかもしれない。そうなれば降着、あるいは失格。

 ……いいや、そんな事よりも。『他のウマ娘に怪我をさせてしまうかもしれない』という事がハルウララにとって何より耐え難い。

 ――だったら固執しない! 予め決めておいた作戦が無理なら、他の方法を取っちゃえばいい!!

 そう判断してからのハルウララは、切り替えが非常に速かった。

 彼女は気持ちを落ち着かせ、息を整えて周囲のバ群にペースを合わせる。

 ――得意じゃない走り方でも不安を抱く事なんてない。いつも通り、楽しく走ればいいんだ!

 

【ハルウララ:どこ吹く風】*4

 

 乱れかけていた動きを即座に修正し、調整しきったのを目の前に、ウイングアローも思わず驚いた。

『800を通過!』

 半分を過ぎてもハルウララはG1のウマ娘達に大きく遅れる事なくついてきている。

 ハルウララの実力はまだまだ未熟。今回はおそらく御得意の末脚に繋ぐ為の余力までは残せない。

 ……だが、それを言い訳に諦める様子は決してない。

 ――これが、ハルウララ。

 全戦全敗の落ちこぼれ。ごく最近までそう喧伝されていたにも関わらず、今やG1の出走条件を満たした一握りのウマ娘。

 ウイングアローは彼女のひたむきな魅力に惹かれつつあった。その底なしの明るさは、砂塵に巻かれようとも影に堕ちる事はなく光り輝く。まさしく『負け組の星』。

 彼女が次代の帝王と並び立って走り続けてくれたら、どれだけのヒトがダート走者の魅力に気づいてくれるだろうか。どれだけのウマ娘に勇気を与えるだろうか。

 ――だからこそ、こんなところで潰れないでくれよ。ハルウララ。

 ウイングアローは祈るような思いで、未だ先頭に喰らいつくノボジャックの方を睨みつけた。

 

【ウイングアロー:仕掛け抜群】*5

【ノボトゥルー:恐れぬ心】*6

【サンフォードシチー:抜け出し準備】*7

【ゴールドティアラ:豪脚】*8

【トゥザヴィクトリー:鍔迫り合い】*9

 

『第四コーナー。各ウマ娘、先頭へ接近していきます! ノボトゥルー! ノボトゥルー! あるいはウイングアロー。更には間をついてサンフォードシチー――』 

 カーブに差し掛かろうかというところで、中団と後方集団がノボジャックを含めた先頭組へと一斉に喰らいかかった。カーブをきっかけに後ろから来る者達に続々と追い抜かれ続け、ノボジャックと競り合ってペース配分を間違えていたウマ娘の心が砕けた。

 類まれな才能を持ったG1ウマ娘が一つの戦術ミスで、落ちこぼれであるはずのハルウララよりもずっとずっと後ろの最後方に堕ちていく。彼女を応援していたであろう観客集団から悲鳴じみた叫び声があがる。

「……ぁぁ………」

 ノボジャックはその光景を視界に入れてしまって、ぞっとするあまり蚊の鳴くような声をあげた。

 先頭を切って逃げるノボジャックの顔が苦悶に歪んでいく。序盤からここまでずっと一番手だったはずなのに。後ろから迫り来る理不尽の塊のような存在群が、そのアドバンテージをたった数秒で容易く覆していく。

 それでもレースにおいて逃げの戦術を取った者は前に走るしかない。最前線を走る足を止めたら、何もかもが崩れ去ってしまう。

 無様に負けたら、それこそノボトゥルーの方が強いのだと笑われてしまう。自分を応援してくれた人達の期待を裏切ってしまう。

 

 ――怖い。

 

 ハルウララより着順が後ろで、落ちこぼれ以下だとみなされたら、二度とノボトゥルーと一緒に走れなくなる。

 

 ――怖い……! 怖い……ッ!!

 

 後ろから着実に距離を詰めてくる数々の恐怖が、ノボジャックの小体を蝕んだ。

 そもそもの話、ここ一週間という短期間で彼女の体重は激減していた。精神的だけでなく、体調的にも絶不調なのだ。そんな状態で、逃げの戦法が満足に遂行出来るはずもない。

 ついにトゥザヴィクトリーが先団の競り合いに勝ち、ウイングアローが彼女を追う形で前に進み出る。サンフォードシチーやゴールドティアラの脚が二人に迫り、それらの影を縫う形でノボトゥルーが走り去る。

 皆が、次々とノボジャックを追い抜いていく置き去りにしていく。

 

 ――もう嫌だ!!

 

 泣き言が口を突いて出そうになったその時、真横で併走していたハルウララの様子が目に入った。

 彼女は懸命に走っている。その顔は楽しそうに笑っている。

 もはや一着争いに加わる事も出来ない位置なのに? お前は悔しくないのか? どうしてそんなに顔をしていられるんだ?

 そう思っている内に、ハルウララがノボジャックに短く語りかけてきた。

「みんな速いね!」

 ――何を今更呑気な事を言うんだ。お前もG1を走る資格がある一人なんだろ。だったら、もっと悔しがれよ。

「ジャックちゃん! 最後まで諦めずにいこうっ!!」

 ハルウララからあまりにも安直な言葉を投げかけられ、ノボジャックはぐちゃぐちゃになっていた頭の芯がスッと冷えた。

 ――いや、そうだ。諦めるのは早い。着順で全てが評価されるわけじゃないんだ。タイムで悪くない結果を出せば面目も立つ。

 そう考える内に、諦めかけていたノボジャックの内心に戦う気持ちが再び芽吹く。

 ――私の事を『のろま(Jackass)』などと言わせない。

 

【ハルウララ:ワクワククライマックス】Lv2*10

【ノボジャック:前列狙い】*11

 

『直線コースに入った! ハナを行くのはトゥザヴィクトリーか! トゥザヴィクトリーだ! 内で頑張っているのはノボジャック! 付き従うようにハルウララ! 残り400の標識を通過!』

 

 コーナーから最後の直線に入り、体力を温存していたウマ娘達がスパートをかけていく。

 先頭を駆け抜けるのはトゥザヴィクトリー。二番手から3バ身、4バ身という差を広げてゴール目掛けて一直線で駆けていく。

 

《1:25》

 

【ノボトゥルー:努力家】*12

 

『トゥザヴィクトリー3、4バ身のリード! いやしかし内から追い込んでくるノボトゥルー! サンフォードシチー!』 

  

 ゴール手前の直線。観衆の大歓声に応えるように、そこでトゥザヴィクトリーへと一気に距離を詰めていくノボトゥルー。

 3バ身。強者同士の戦いにおいて大きな差であるはずのそれが、ノボトゥルーによってほんの五秒で斬り詰められる。

 サンフォードシチーはそれに追いつけない。両者の上り速度はほぼ同速。されどノボトゥルーが先に好位置を築いて彼女を差し置き一位に躍り出る。

 

《1:30》

 

【ウイングアロー:直線一気】*13

 

 ノボトゥルーがトゥザヴィクトリーを抜き去った。その後ろから猛烈な勢いで一人のウマ娘が追い上げてくる。

『外からウイングアローが伸びてくる! 翼を広げて一気に詰めてきた!!』

 ウイングアローはそのままトゥザヴィクトリーに並び立つ。

 しかし、ノボトゥルーはウイングアローが追いつく間に、更に一歩先へ。二歩先へ。伸びる。

『だが抜けてきたのはノボトゥルーだ! 前年優勝者ウイングアローが追い込んでくるも、ノボトゥルーが一着を取って今ゴールイン!!』

 

《1:35.6》

 

 そして何者にも拒まれる事はなく、ノボトゥルーはゴールへ入った。

『ノボトゥルー! 根岸に続いて実力を証明してみせた! これは強かったノボトゥルー! 日本の砂の上にもはや敵はいないのかーっ!』

 

《1:35.8》

 

 トゥザヴィクトリーとウイングアローが彼女に続いてゴールに入り込んだのは、およそ0.2秒後。

 ウイングアローは独り、ノボトゥルーに対する賞賛を呟く。

「……あぁ、ノボトゥルー……やっぱり、キミは強いんだね……」

 1:35.6。奇しくも、それは前年ウイングアローが叩き出してみせたのと全く同じタイム。

「……もう一年早くキミが現れてくれていれば、もっともっと面白いダートレースを皆に見せられただろうに……悔しいなぁ……悔しいなぁ……」

 誰に言うでもなく、口惜しそうにするウイングアローの唇からそういう言葉が漏れ出ていた。

 

《1:36.8》

 

 ノボジャックとハルウララがゴールに滑り込んだのはその1秒後の事だった。

 16人中の13位と14位。決して良い着順とはいえない。

 ノボジャックは疲労感から空咳が喉を裂き、観衆の目の前で胃の内容物を吐き出しそうになった。それを堪えるべく、天を仰ぐ。

 ――たった1.2秒の差。

 優勝したノボトゥルーと13位のノボジャック。前年のウイングアローと今現在のハルウララにある差は、たった1.2秒。

 そうは思えど、ノボジャックの目から涙がこぼれた。

「1.2秒……それだけなのに……遠い……遠すぎる……」

 彼女達の間にある距離はおよそ『7バ身』。

 彼女がノボトゥルーに対しての実力差を自覚させられるには、その事実だけで十分だった。

 

1着:ノボトゥルー

2着:ウイングアロー

3着:トゥザヴィクトリー

4着:サンフォードシチー

5着:ゴールドティアラ

13着:ノボジャック

14着:ハルウララ

 

 ハルウララはレースを終えて、いつものように観客達へ手を振り、笑顔を浮かべながらパドックを走った。

 観客達は彼女に声援を送り、その走りを褒め称える。

『うららー! がんばったなー!』

『ナイスラン! よくやったぞ!』

 そんな肯定的な意見が飛び交う。14着である事を口惜しく思う声はあれど、誰もハルウララを批難などしない。

 ハルウララにとって、皆がそんな風に喜んでくれるのは嬉しい。彼女は再び大きく手を振ってそれに応えていた。

 

 ……ただ、ハルウララ本人には一つだけ大きな悔いがあった。

 

 それは着順についてではなく、小春トレーナーとの約束を果たせなかった事だ。

 自分があまり上手く走れなかったせいで、作戦通りに出来なかった。

 きっと14着だったのはそのせいに違いない。

 ハルウララはそう考えて、どんな顔をして謝ろうかと頭を悩ませながらパドックの端で待ち受ける小春トレーナーの元へ行く。

 そこには真面目な面持ちで腕を組む小春の姿。 

 彼女は自分へ一言何か言うために待っていたのだと、ハルウララは『ふいんき』から察した。

 ――し、叱られちゃうかな。

 たはは、と乾いた笑いが浮かびそうになるも、いざ謝罪を口にしようとした瞬間、小春はハルウララを抱きしめた。

 きょとんとするハルウララの耳に届いたのは、思いもよらなかった予想外の言葉。

「貴女の実力は、G1でも十分に通用する事が、今日ここで証明されたわ……!!!」

 小春の声は歓喜にふるえていた。ハルウララは思わず真顔になって目をぱちくりとさせる。

 怒られるどころか、まさか喜ばれるなんて夢にも思わなかった。

 

『1:36.8』

 

 フェブラリーステークスのゴールタイムとして、それは決して馬鹿に出来る代物ではない。

 小春トレーナーはこの日の為にフェブラリーステークスの過去データを頭に叩き込んでいたからよく理解している。

 二年前のフェブラリーステークスの一着のゴールタイムが『1:37.5』。同名レースでもその日その時で細かい条件は違うし「ウララさんは二年前に出場していたら勝ってました!」などと大言壮語を発すれば東条に長い説教を喰らうに違いない。だけど、それでもハルウララがG1で通用するであろうという事実は変わらない。

 しかも小春が提案した紋切り型で戦うのではなく、臨機応変に考えてウイングアロー達へ対応してくれた。この日の経験は、間違いなくハルウララの才能を一つ先のステージへと押し上げてくれる。

 小春は笑顔を取り繕いながら、ハルウララを抱きしめ続ける。そこでハルウララはようやく理解した。自分は叱られていない。むしろ、褒められている。

 ――ハルウララが、G1でも十分に通用する。

 ハルウララの頬に一滴の雫が伝う。

「……? ……トレーナー。ないちゃだめだよ?」

 それは、小春の瞳から溢れ出た涙だった。昨年、ハルウララとの契約解除を迫られていた時のように小春の両目からぼろぼろと涙が溢れていた。

 ハルウララは心配そうな表情で小春の体を抱きしめ返し、彼女の頭をてのひらで「よしよし」と撫でる。

「不安事があったらまた私と一緒に解決していこう!! だから、えぇっと……」

 ハルウララは空いた手を自分の頭に乗せて、うんうんと難しい顔で考え始める。

 彼女自身は気づいていないのだろう。己がどれだけ凄まじい快挙を成し遂げたのかを。

 一般世間には専門の記者やニュースの有識者がその事実を、どんなに凄いことか理解出来るように解説してくれるはずだ。

 ――この子の努力が、報われた。

 それが、今まさに小春が感じているものだった。

 小春は今回ばかりは涙があふれるのも構わず、もう一度強くハルウララの体を抱いた。

 まるで二度と手放さないとばかりに強く、強く、彼女をぎゅっと抱き締め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『G1フェブラリーステークス。栄光を掴んだ勝者の裏で、敗者の涙あり。ハルウララの挑戦を称える拍手喝采はいつまでも鳴り止まず……』

 フェブラリーステークスを生放送していたテレビメディアは、宗石小春とハルウララのワンシーンを取り上げていた。

 敗者であるにも関わらず、話題にされるのはそれだけハルウララの世間の注目度は高かったのかもしれない。

「今回も、一着取れなかったかぁ……」

 画面越しにその姿を見守る野比のび太とドラえもん。宗石小春がボロボロと涙を流してハルウララを抱きしめている場面を見て、その心意を推し量れぬ二人は不安げに思った。

「きっと、今回も秋川理事長って子に契約解除を迫られたに違いない!!」

「なんだって? それは大変だ! なんとかなるように、キングさんへ相談しに行こう!!」

 ドタバタと騒がしく作戦会議を始めるのび太とドラえもん。見当違いな理由で押しかけてもキングヘイローに「このへっぽこ!!」と追い返されるに違いないが……。

 そうなる前に、一緒にテレビを見ていたパパが慌ただしい二人へ一声かけた。

「……あぁ、いや。あれはそう手助けする必要はないんじゃあないかなぁ」

 そう言いながら、パパは傍らに居たママと顔を見合わせる。

 パパはなんとなく、宗石小春が泣いている理由に察しがついた。おそらくは、ハルウララという少女の成長に喜びを隠せないのだと。

 小春の表情からそんな心情がすぐに理解出来た。

 なんたって、パパはのび太の親だから。

 ママもそれに対して異論はないらしい。ハルウララという子が微笑ましく思えてきて、静かに頷いた。 

「パパやママも、いつかあぁいう風に泣いちゃうかもなぁ……」

 のび太が立派に成長するのは、まだまだ遠い遠い話かもしれぬ。

 だけど、子供というのはいつの間にか大人になっているものだ。

 自分たちがそうであったように、のび太も誰かと結婚して、そしていずれは孫が――なんて、夢想が膨らんでいく。

「あら、貴方ったらもう泣きそうな顔をしているわよ?」

 そんな未来を思い描いて、思わず涙腺が緩んでしまった。それをママに見抜かれてしまう。

 涙を拭い去り、誤魔化すように鼻の下を擦り上げた。

 まだ、のび太に自分達が泣く姿を見せるには早すぎる。その時まで、決して泣く顔は見せずにおこう。

 

 なんだかよく分からないが、とってもいい雰囲気である事は子供ののび太でも理解出来た。

 この感じなら、ちょっとした事なら笑って許してくれるに違いない。

 これを機会に、のび太は今まで隠していた事をパパとママに打ち明けてみる事にした。

「ボク、この箱にさ。隠していたものがあったんです」

 そのまま自分の部屋から小さなダンボールを持ってきて、パパとママにそれを見せる。

 

 ……ママに見せずにとっておいた0点のテスト答案の束。

 

「正直に話したんだから、パパやママはきっと許してくれますよね。えへへへ」

 そんな風に媚びた笑いを浮かべてみるが、パパは気難しい顰め面を浮かべ、ママの方は……あぁ、うん……いつもの鬼の形相……。

「のび太ァッ!!!」

「せっかく良い話だったのに! 今日という今日はボクもみっちり勉強を仕込んでやるぞ!」

「うわぁぁぁあん!! 助けてドラえもぉぉーーーん!!!」

「しーらないっと」

 のび太が成長するのは、本当にいつの話になる事やら……。

*1
スタートが得意になり出遅れる時間がわずかに少なくなる

*2
良い位置に少しつきやすくなる<作戦・逃げ>

*3
周りを囲まれると持久力が少し減少する

*4
レース中盤に囲まれると持久力が回復する

*5
レース終盤に後方にいると追い込み態勢に入り位置をわずかに上げる<作戦・追込>

*6
レース後半に中団にいると速度がわずかに上がりさらに加速力がほんのちょっと上がる<作戦・差し>

*7
最終コーナーでわずかに抜け出しやすくなる<作戦・先行>

*8
レース終盤に後ろの方だと追い抜く力が上がる<マイル>

*9
レース終盤に前方にいると加速力が上がる<作戦・先行>

*10
最終コーナーで後ろの方にいると近くのウマ娘を見て持久力を回復する

*11
レース終盤に少し前を目指す体制をとる<ダート>

*12
追い抜こうとするときしばらくの間加速力が少し上がる<作戦・差し>

*13
ラストスパートの直線で加速力がわずかに上がる<作戦・追込>




⇒『シニア重賞《黒船》編』へ続く

宗石小春は

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