ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

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シニア重賞《黒船》編
黒船への招待


「栄転ッ! 宗石小春、ならびハルウララに! 高知への出向を、提案ッ!!」

 理事長室に呼び出された宗石小春とハルウララは、満面の笑みを浮かべる秋川やよいからそのような言葉を投げかけられた。

 それを受けた宗石小春は……ちょっと女性としてやっちゃいけないほど顎をあんぐりと、そのまま外れそうなくらい口を大きく開けて驚愕の感情をありありと表現する。

 

 ――出向? つまり解雇……いや、左遷? ウララさんごと? 私達二人とも地方トレセンへ移籍?

 

 宗石小春の頭の中で色々な感情がぐるぐると巡る。何故ノボトゥルーやノボジャックがその場に同席しているのかという疑問も投げ出して、わんわんと大声で泣きながら秋川理事長を批難した。

「あ、あんまりです! あんまりにもあんまりです!! G1に14着だったからって、1着と1.2秒差ですよ!?」

「うむッ!! 実に素晴らしい結果だ! で、あるからに! 君たちに良き話が……」

「5着に入らずとも契約解除しない約束をしたじゃないですか! あ、もしかしてウララさんと私は契約したまま、二人とも移籍させるという罠だったんですか!!?」

「いや、小春。まずは話を聞……」

「高知トレセンなんて赤字経営で潰れる寸前だってウワサじゃないですか!! そんなの共倒れ必至の状態で解雇とさほど変わらないじゃないですか!! 試験の勉強であんまり時間取れなくて彼氏にフラれる事になってもトレーナー職に就いたのにあんまりだぁーー!! あァァァんまりだァァアァ!! うわぁぁぁぁん!!!!」

「大丈夫だよ小春トレーナー! 私も中央の皆と別れるのは寂しいけど、トレーナーと一緒なら頑張れる……! それに高知での生活は遠征で慣れっこぜよぉ!! おじることなかっ、(怖がる事ないよ)恋にうってつけぇ土佐の漢は、(恋にうってつけな土佐の男の人も)よけぇ居ろぅがよぉ~(たくさん居るよー)

 悲しみのあまり小春もいらぬ事を言い出し始めた上に、なんかハルウララもその気になってメラメラと闘志を燃やしている。何故に土佐弁。

 やよいが二人をどう宥めたものかと困っていると、傍らにいた理事長秘書の駿川たづなが一歩前に出た。

 低身長の小春に対して、視線を合わせるように前屈みになった彼女は、柔らかい笑顔を浮かべて優しい声色で子供を諭すように語りかける。

「大丈夫ですよ。小春さん。あなたが思っているような話ではありませんから、ひとまず落ち着きましょう?」

「ぐすっ……そうやって男心をくすぐる笑顔で数々の男性トレーナーのお財布(ジュエル)を葬ってきたんですね!!? 良バ場の鬼! 緑の悪魔! 人の皮をかぶったウマ娘!!! そんな風に前屈みでデカい胸を強調したって私は騙されませんよ!!!」

「だまされんぜよっ!!」

 出所不明の噂で糾弾する宗石小春と、お遊戯に合いの手を入れるように同調するハルウララ。

 たづなはニコニコと笑みを強めながら、宗石小春を両脇の下から優しく持ち上げる形で、そのまま軽々と抱え上げる。

 

「もう一度言います。落ち着きましょう?

「はい」

「それと私は他人の財布を葬ってません」

「はい」

「緑の悪魔でもウマ娘でもありません」

「……はい」

 

 宗石小春は大の大人である自分が赤ん坊のように「たかいたかい」されて、さすがに身の危険を感じたのか途端におとなしくなった。

(……良バ場の鬼である事は否定しないんだ……)

 宗石小春と駿川たづなのやり取りを目の前に、乾いた笑いで顔が引き攣るノボジャック。

 たづなは優しい笑顔のまま呆れたようにため息をついて、小春が落ち着いたのを確認してから床に降ろした。

「感謝ッ! たづなよ、相変わらず小春の扱いが上手いな!! さて……」

 秋川やよいが話を改めると、小春は背筋を伸ばして姿勢を正した。ハルウララも彼女を手本にするようにピーンッと背筋を伸ばす。

「ハルウララは、高知トレセンから交流重賞《黒船賞》への参加を打診されたッ! ゆえにハルウララ、並び宗石小春は中央から在籍出向ッ! つまりは……『招聘』ッ!!」

 正式名称『農林水産大臣賞典 黒船賞』。土佐藩出身の坂本龍馬の運命を変えた黒船から由来しているらしい。

「クロフネ賞? ……重賞? そのレースにウララが招待されたの!? やったぁー!!」

 ハルウララはピーンと背筋を張ったまま両手を上げてバンザイしながら、ぴょんこぴょこと跳ね回った。

 ノボトゥルーはそれを見てクスクスと優しい表情で笑う。……ノボジャックは何故か苦々しい顔をしている。

 地方トレセン所属ウマ娘7人(内、高知所属3人以下)、そして中央トレセン所属のウマ娘5人。その中央枠の一人に、ハルウララが出走。

 距離は1400mとまさにハルウララの得意距離であり、その開催が先の《フェブラリーステークス》からおよそ一ヶ月の間がある事から休養期間も取れる。小春からも、ハルウララが黒船賞に参加出来ることは願ったり叶ったりなのだが……。

 疑問に思った小春は、率直に秋川理事長に問いかけた。

「……えっと、なんでウララさんへ打診がきたんですか?」

 勝歴だけで語れば、ハルウララは1勝クラスレースを一つ勝っただけのウマ娘だ。いくら世間で人気だといえ、そんなウマ娘に対して高知の方から直接の重賞参加要請が来るとは考えがたい。

「うむ! その疑問も当然ッ! 小春は先ほど、『高知トレセンなんて赤字経営で潰れる寸前』という話をしていたな?」

 小春はギクリと体を強張らせる。左遷させられると誤解した挙げ句、失言してしまった事を恥じた。

 しかし秋川理事長はその失言を全く気にする様子もなく、むしろ笑顔で答えてくれた。

「快挙ッ!! 当面はその心配はなくなった! まさしく、『ハルウララのおかげ』でな!!」

「……え?」

 宗石小春は、思わず素っ頓狂な声を出した。

 

 

 ハルウララと高知の関係は、ハルウララのジュニア期に遡る。

 その時期、中央に所属しながら高知でメイクデビューするという謎の遠征を行った事から端を発する。

『高知でデビューしてきたきにぃ!』

『いやー、レースって気持ちいいんだね! うん、なんと五着! 「ウララは一生懸命でいいね、がんばれー」って言ってくれたの!』

 自分のメイクデビューをそんな風にスペシャルウィーク達に話していた事もあったか。

 ……今では信じられないが、その時期のハルウララはヤケに『ワガママ』だった。模擬戦を走れば「疲れた、疲れたァ~!」と泣き喚き、おまけにメイクデビューの感覚が忘れられなかったのか中央のレースよりも高知のレースを走りたがるという無茶苦茶なローテーションをトレーナーに要求した。

 それに対して、当時のトレーナーがどういう対応をしたかというと……。

 

じゃあ、今回も高知に遠征しましょう!

(※トレーナー花丸一年生の宗石小春。生徒の自主性を尊ぶあまりウマ娘の言いなりになる図)

 

 そんな無計画な遠征が実るはずもない。連戦連敗。レースを見ていた観客からも茶化される始末。

『あっはっは! ごくどうせんと、一着とりきぃ!』

『おぼこい走り方すぅウマ娘がおる!』

 そんな風にヤジを飛ばされ、次第にその数は多くなっていった。

 

 ――いつからだろうか。そんなヤジに応援の声が混じり始めたのは。

『ハルウララ、がんばってー!!』

 気付けばその声援の中に、彼女の名前を呼ぶ者達が増えていた。

 負けても、ボロクソに言われても、ハルウララは決して折れなかった。

 楽しそうに笑って、走って、負けて、疲れたと喚くも、また笑う。それを繰り返す。

 身体だけは妙に丈夫だったハルウララは、短いローテーションでそれを何度も繰り返した。

 高知の外からも彼女の負けっぷりを一目見ようと足を運ぶ者まで現れるようになった。

 ――いつからだろうか。彼女がニュースに取り上げられるようになったのは。

『高知を走るウマ娘。ハルウララ。数多のレースを走れど、彼女はなんとここまで全戦全敗。その数も大台に乗りました。ハルウララは「中たらない」と、彼女のグッズが交通安全の験担ぎとして……』

 負け続けてもハルウララは笑顔を絶やす事はなかった。その姿に皆が笑顔になれた。

 その笑い声が、やがて大きな波紋となって広まっていく。

 負け続けるハルウララを応援する者達が集まり、いつしかファンと呼べる大勢の存在になっていた。

 

 

 ――いつからだろうか。『ウララさんのファン数が、G1の出走条件に届く』と私が気づいたのは。

 

 

「……小春? どうした。そんなぼーっとした顔をして」

 秋川理事長が心配するような目つきで小春の顔を覗き込む。そこでようやく小春はハッと我に返った。

「ハッ!! い、いえ。話を続けてください」

 力強く頷く秋川理事長は、手に持った扇をバッと開いた。

「激熱ッ!! 世は、まさにハルウララブーム! 主戦場となった高知では彼女のグッズが売れに売れ、ついには高知トレセンの経営状態もV字回復ッ!!」

 小春は反射的に乾いた笑いが出た。褒めちぎりすぎだと感じたのだ。

「あはは、さすがにウララさんだけで地方トレセン一個の経営がどうこうなるなんて事は……」

「驚愕ッ! ハルウララ単一の関連商品で売上『億』単位ッ!!」

 小春はまたもやちょっと女性としてやっちゃいけない表情で噴き出した。

 この話については、隣で聞いていたノボトゥルーも感心した表情で頷いている。

「ウララのグッズ、そんなに売れてるの?」

 その話に一番驚いていたのは、ハルウララ本人だ。

 当人はグッズの売上なんて事はよく知らなかった。近頃自分のグッズを持っている人を見かけるようになった、とは思っていたものの、単純に「嬉しい」という感情に帰結して売上の事を考える機会はなかった。

「すごいね! 私、あんまりお金の事には詳しくないけど……いっぱい買ってくれてる人がいたんだね!」

 ウララはニコニコ顔でそんな事を言っていた傍らで、ノボジャックの顔色はますます曇っていた。

 秋川理事長は、そんなノボジャックの暗い雰囲気を感じ取りながらも話を続ける。

「招聘の理由は以上ッ! どうだ? 小春トレーナー、そしてハルウララ。高知からの招聘を受けてくれるか?」

 宗石小春とハルウララは顔を見合わせる。……G3黒船賞への招聘。断る理由などない。

「はいっ!」

「うん!」

 二人は揃って首を縦に振った。扇をゆっくりと閉じる秋川理事長。

「快諾ッ!!! 君達のその言葉、しかと受け取った! では明後日、高知へ向かってくれたまえ!!!」

「はいッ!!! ……え、ちょっとまってください」

 秋川理事長の豪快さに押し流されそうになったものの、小春は言い淀む。首を傾げるハルウララ。

「どうしたの小春トレーナー?」

「……黒船賞って、今日から一ヶ月後であってますよね?」

 秋川理事長、秘書たづな、ノボトゥルー、三人揃って首肯。

「…………『ほぼ一ヶ月、高知に滞在』って事ですか?」

「心配無用! 交通費はもちろん、レースまでの宿泊場所やトレーニング施設の提供は、すべて中央と高知トレセンが共同で負担ッ!! おまけとして高知での観光費も経費で可!!」

「わぁ、とってもお得だね! 小春トレーナー!!」

 遠征の待遇としては美味しい事この上ない。フェブラリーステークス直後でハルウララの休養も必要だったし、現地のトレーニング施設も使えるならば一ヶ月の長期間でさえ願ったり叶ったり。

 ……だが、それでも本来ならば一ヶ月も早く現地へ赴く必要はないのが引っかかる。

 

 ――これは何か裏がある。

 

 宗石小春は、本当にこの打診を受け入れるべきかどうか迷った。

 とはいえ、秋川理事長や高知トレセンの人達が悪意のある巧みをするとは思えないが…………。

 

「…………?」

 そんなやり取りをよそに、駿川たづなが突如としてキョロキョロとしながら部屋の隅っこへ向かって歩いていく。

「どうしたんですか、たづなさん?」

「……?」

「……あれー?」

 たづなに釣られるようにして、ノボジャック、ハルウララ……小春以外の全員が一様に部屋の隅っこをじっと見つめている。

 猫が幽霊を発見した時に虚空を見つめるなんて怪談話はよくあるが、たづな達の反応はまさにソレだ。

 小春は皆の様子が奇妙に思え、「まさか本当に幽霊がいるの?」と顔が恐怖で引きつりかける。

 

 突然、たづながバッと中空を手で払い除けた。

 何もないはずの空中から透明な布がはためき、そこから……のび太という少年と猫型ロボットのドラえもんが現れた。

「ど、どど、ドラえもん!! 見つかっちゃったよぉ!?」

「そんなバカな!!? 人間に透明マントが看破出来るはずがない!!」

 突然の怪現象に目を丸くするノボトゥルー。尻もちをついて驚くノボジャック。怖がって損したとため息をつく宗石小春。「今回はどんな秘密道具を使ったの!?」と目をキラキラ輝かせるハルウララ。

 どうしましょう? たづなはそう言わんばかりに、やよいの方を見る。

 やよいはのび太の顔を見て、にっこりと満面の笑みを浮かべて野比理事長……改め、野比のび太少年に近づいていった。

「ようこそ、野比くん。今回も私の相談に乗ってくれまいか?」

「いや、やよいちゃん、その、あははは……」

 周囲の視線を一身に受けて、のび太は困り顔で苦笑いするしかなかった。




⇒To Be Continued
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