ノボトゥルーが校庭へ向かうと、そこにいたのはハルウララとドラえもんだけだった。
「ジャックが何処に行ったか知りませんか?」
「あのね。アローちゃんと一緒にダート用のパドックに走り込みに行ったよ! フェブラリーステークスのリベンジだって!」
ウララがノボトゥルーへ元気良く答える。ノボトゥルーはそれを聞いて、ウララに頭を下げてからすぐパドックの方へ向かう。
「ところで、ドラちゃん。アローちゃんに何を拾ってもらったの!?」
「え、あぁ。えぇっと……」
ドラえもんは悩んだ。実際のところは何も返してもらってないのだからどう答えたものか。
「やっぱり! きっと、公に出来ない代物なんだよね。図書室にあった探偵小説みたいに……だいじょうぶ、ドラちゃんと私だけのひみつだよ……!!」
「あぁ、う、うん。そうなんだよ。だからのび太くんにも小春さんにもひみつにしておいてね……」
……なんか変な誤解されてる気がする。ドラえもんはただ苦笑いするしかなかった。
「ドラちゃん。そういえばお腹にあったポケットがないけど、どうしたの?」
「貸出中」
一方、ダートコースでは早めの練習に入っていたジュニア級のウマ娘達が一団となってざわついていた。
「シニア級の子同士が1600mでタイマン? 誰と誰?」
「ノボジャックとウイングアロー。あのフェブラリーステークスに出てた」
観戦しているジュニア級のウマ娘達は、ノボジャックにもウイングアローにも羨望の目を向けている。
逃げウマ娘と追い込みウマ娘。タイマンならどちらの方が有利か。
個々の強さやバ場状況によって色々と変わる為に一概に言えないのだが、一つはっきりした事は追い込みのウマ娘からは普段のレースよりも前にいる人数が少ないという事が挙げられる。
それによってわざわざレーンを変える事はないし、足元の状態がグズグズになっていたり砂塵で顔を塞がれる事も減る。
この時はそれに加えて、ノボジャックがフェブラリーステークスという激戦の疲労により、更にやつれていた。
それがどういう結果を生むかといえば、ゴールタイムによっておおよそに導き出される。
二人がゴールする場面を眺めていたウマ娘の一人が心配するようにつぶやいた。
「……なんか、ジャックさんの方、ヤケに遅くない……?」
《1.7秒の大差》
「――ッ――ッ……!」
荒い息遣いが止まらない中、ノボジャックはそれを必死で抑え込もうと唇を噛み締める。
思うように脚が動かない。
砂を踏む感覚が鈍く、上手く加速出来ない。いつもなら簡単に出せるスピードが全く出せず、まるで亀のように進む。
「やっぱり、キミはしばらく休んだ方がいいよ」
本気で心配しているような声色で、ウイングアローがそう言った。
「……うるさいッ……!」
ノボジャックは絞り出すように、その言葉を拒絶した。
それを受けて、ウイングアローは少し冷めた声色をノボジャック向けた
「今のキミはハルウララよりも遅い」
心の臓が凍るような事実をウイングアローは突きつける。
――あの落ちこぼれって言われたハルウララよりも? 私が?
そんな馬鹿な事があるか。ノボジャックは反論しようとしたが、ウイングアローが先に言葉を紡いだ。
「だって、仕方ないよね。あの子ズルしてるんだもん」
その一言は、ノボジャックにとって聞き捨てならないものだった。
「……ズル?」
「キミも見ただろう? 爪が剥がれた部分が一瞬で治るのを」
ドラえもんというロボットが出したひみつ道具。アレの事を言ってるのだとノボジャックは理解した。
確かに、普通に考えればあの道具は異常だ。怪我をしてきたとしても、平気で練習したり走ったりしていられる。
掠り傷が治った程度に捉えていたものの、自分達がウマ娘という立場である以上、使い方によっては十分卑怯な代物だと理解してノボジャックは歯軋りする。
その様子を見て、ウイングアローはニコニコと笑いながら言葉を続けた。
「透明になって隠れられるマントに、どんなキズでも一瞬で治せる絆創膏、空を飛べる竹とんぼに、奏者要らずの小型ロボット。他にも沢山の道具があるんだろうねぇ」
「キット、三倍早く動けるシールや、願い事を叶える魔法の道具、世界中のヒトと言語関係なく話せるようになる道具だってあるに違いない」
「それらをもしハルウララが使っていたとしたら? G1に出場する為に、手段を選んでいないとしたら?」
ウイングアローに蠱惑的に囁かれ、ノボジャックは心が震えていた。
自分には持っていない力を持ち、それを使う事で他人よりも有利に立つ。
『みんな速いね!』
『ジャックちゃん! 最後まで諦めずにいこうっ!!』
ハルウララの励ましてくれた声が頭の中でこだまする。
ノボジャックはハルウララに裏切られた気分になって、ひたすら悲しくなった。
そんなノボジャックを、ウイングアローは励ますように声をかける。
「そこでボクがキミに提案だ。ここに、そう、ここに、あの未来の猫型ロボットから奪い取ったポケットがある」
ノボジャックの耳元で、彼女は囁いた。白いポケットからこれみよがしにひみつ道具を取り出す。
《SHYRA GUM》
そう印字されたガムを半ば無理矢理押し付ける。
「……これは?」
怪しげなものを見る目でノボジャックはウイングアローに尋ねた。
すると、ウイングアローは妖しい笑みを浮かべてこう告げた。
「それはね、食べると身体に力がみなぎってくるんだよ。ノボトゥルーに聞いたよ。黒船賞に出るんだろう? レース直前に食べればキット……」
まるで麻薬のような効果をほのめかすウイングアローの言葉に、ノボジャックは目をギラつかせた。
「そんなものは使わない!!」
「あ、そう? じゃあハルウララに返そう……」
そう言うと、ジャックは慌てて自分のポケットにそれを押し込む。
その姿を見て、ウイングアローはニコニコと笑った。
「でもね。その道具だけじゃ同じようにひみつ道具を使っているハルウララには勝てない」
「…………」
ウイングアローが自信満々な語り口は、妙に説得力があった。彼女は黄金世代に数えられた一人でもあるし、ダートウマ娘の中でも輝かしい戦歴を持つ。そこには、重賞を勝った事がないノボジャックを惹きつける妖しい魅力がある。
ノボジャックは彼女の言葉を聞き入れる為に、俯いていた顔を上げた。
「うん、素直な表情になった。いい顔だ」
ウイングアローは嬉しそうにノボジャックへ笑いかける。
「まず一番の優先事項は体重を戻して。急に減らし過ぎて、脂肪だけじゃなくて筋量が減っちゃってる」
「……私よりトゥルーの方が体重軽いよ?」
ウイングアローはその言葉を聞いて「あぁ、ノボトゥルーに体型近づけようとしていたのも一因か」と気づき、表情が崩れそうになった。
――そりゃあ、ノボトゥルーの方から「太れ」って言っても反発するに決まってる。
「ノボトゥルーはアレが理想値だからそれでいいの」
ノボジャックはウイングアローの言葉にコクコクと頷いた。
「2つ目は、黒船賞までちゃんと休憩する事。疲弊しきってちゃ勝てるモンも勝てないしね」
「え……黒船賞まで一ヶ月間があるんだけど……」
ノボジャックはやたら不満げな顔をする。それを宥めるように、ウイングアローは微笑んだ。
「大丈夫さ。キミを見守っていてくれたノボトゥルーやトレーナーの言いつけを守ればきっと勝てる」
ウイングアローに言われて、ノボジャックは何か大切な事を思い出したかのような顔をした。
ノボトゥルーがパドックへやってくる時には、既に二人はリベンジレースを終えていた。
「ジャック」
「……どうしたの、トゥルー?」
心配してノボジャックへ話しかけると、返ってきたのは素直な表情。素直な返事。
ノボトゥルーは安堵して、思わずホッと息を吐いてウイングアローの方に見た。
「ありがとうございます。ウイングアロー」
「いやぁ、ボクはただ一緒に走っただけだよ?」
軽い口調でヒラヒラと手を振る。ウイングアローの笑顔は、妙にぎこちなかった。
「…………たぶん、ボクだけの力じゃ無理だったし。あとでハルウララとドラえもんくんに謝らないとなぁ……」
誰の耳にも届かない独り言を、彼女は呟いた。
ノボジャックのトレーナーは
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男性
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女性