ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

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【拡がる恐れ】

 時間は二時間前ほどに遡る。

「ウララさん。ほら、着替えはコレとコレと……一ヶ月も滞在するんだから、勉強道具も忘れずに」

 寮同室のキングヘイローは、高知遠征へ行くハルウララの荷物の最終確認をしていく。

 しかし、その作業はウララの頭の上を通り過ぎていくばかりだ。彼女はまるで上の空の様子で、ボーっとしていた。

 高知に行けるのが楽しみで仕方がない。そんな様子だ。

 彼女のそんな姿を見たキングヘイローは小さくため息を吐いた後、優しい声色で言う。

「新幹線に乗る為に、小春トレーナー達と東京駅で合流……覚えてる?」

「うん! まずは、寮に近い駅の電車に乗って東京駅に行けばいいんだよね!」

 ウララの言葉にキングヘイローは「そうよ」と、その頭を撫でた。

 撫でられるままに気持ち良さそうな表情を見せるウララ。その様子を見て、キングヘイローも満足気な表情で微笑んだ。

 

 

「だーれにも、ないしょーでおーでーかけーなのよっ♪ どーこーに、いーこーおかなー♪」

 寮を出立したハルウララは、一人で駅向かう道を征く。遠征へ行くのは「ハジメテのおつかい」を任された時くらい誇らしい。

 甘い匂いが鼻孔をくすぐり、ハルウララはピタリと足を止める。どうやら通りがかったパン屋で菓子パンが焼きたてらしい。

「……そうだ。お菓子も買っていこう! 新幹線での移動って時間掛かるって聞くし……」

 思い立ったが吉日。そんな諺を頭に思い浮かべながら、ハルウララはいそいそと菓子パンを買い込んだ。ついでにクッキーや飴玉等も購入。

 もちろん、電車賃すら使い果たすなんて間抜けな真似はしない。合流に必要な分の小銭ギリギリをポケットの中に入れてから、改めて歩き出す。

 ――完璧だっ。

 ハルウララは満足気に微笑んだ。これで良い遠征を楽しめるに違いない。

 元々の荷物も含めて、食べ物いっぱい増えれば両手に抱えるような大荷物。目の前の視界がほとんどふさがって、おっとっと。

 そんな状態になりながら駅の中を入ると、誰かがふらふらとした足取りで歩いていた。その人影はフラリと倒れるように、ハルウララとぶつかってしまう。

「……あっ」

 ――倒れちゃう!!

 ハルウララは慌てて、荷物を抱え直して助け上げる。地面に膝をつく直前、相手は転倒を免れた。

 ホッと一安心しながら相手を確認すると、そこには見知った顔。ハルウララはパッと明るい笑顔を見せて言う。

「ジャックちゃん!」

 それはノボジャックだった。ハルウララとフェブラリーステークスを走った相手。

 しかし彼女はまるで記憶喪失にでもなったかのように呆然としている。まるで夢の中にいるようだ。

 きっと睡眠不足なのだろう。極度の疲労が重なっての不眠症。これから一ヶ月、ゆっくり治さなければならない。

 ハルウララは彼女の手を取る。その冷たい手をギュッと握りしめてから、ニッコリと笑いかけた。

「ウララと一緒に遠征だってトレーナーから聞いたよ。これから一緒に黒船賞頑張ろうね!」

 そしてそのまま、元気づけるように声を掛ける。

 彼女はそれに愛想良く応えようとはしなかった。むしろバシッと手を払い除けてきた。

 その態度にハルウララはキョトンとするが、ノボジャックはそんな彼女を睨みつけた。

「……貴方とは、必要以上に馴れ合う気はありません」

 そう冷たく言い放つと、切符を買って足早に改札口を潜っていく。

 彼女も同じく東京駅へ向かうらしい。あの様子だと線路の中へ倒れ込んでも不思議ではない。

 ハルウララはそう合点して頷くと、同じように東京駅への切符を買って彼女の後を急いで追いかける。

「待って! ウララも一緒に行くよー!!」

 ハルウララに追いかけられて、少し嫌な顔をするノボジャック。

『だって、仕方ないよね。あの子ズルしてるんだもん』

 ウイングアローに教えられた言葉が頭の中に蘇る。

 ――あんな純真無垢な素振りをして、真面目に走る子達の事を嘲笑っているんだ。

 ちょうどよくドアを閉じようとする直前の列車を見つけ、それに逃げ込むように駆け込むが、同じくウララも駆け込み乗車。

 ノボジャックは自分を追いかけるように乗ってきたハルウララに憤慨し、すぐに声を荒げた。

「一本後の電車でも間に合うでしょう!?」

「ダメだよ! だってジャックちゃん、今にも倒れそうだし! 誰かがついてあげないと線路に落ちちゃ……」

『えー、駆け込み乗車はおやめください! 繰り返します!』

 車掌さんの叱りつけるようなアナウンスと共に、ドアが閉まっていく。

「…………」

「……ご、ごめんなさ~い……」

 二人もこれにはさすがに反省して、耳をしょぼんと下げた。

 

「一緒にたべよっ」

 電車の座席に腰掛けて早々、ハルウララは持っていたお菓子を隣に座っているノボジャックに差し出す。

 対するノボジャックは難しい顔で窓の外を眺めている。その横顔からは、なんとも言えない悲哀が感じられた。

「……電車の座席でボロボロこぼれるものを食べるのはマナー違反だからお断りします」

「はっ、そっか!」

 適当に理由をつけたが、ハルウララは目から鱗とばかりに感心して食べ物をバッグに収める。

 時間が時間だからか、ハルウララとノボジャック二人っきりの車内。電車が走る音以外の音は無く、やけに静かに感じてくる。

 ――……眠い。

 カタンコトンと小気味よく揺れる座席にあやされて、ノボジャックは瞼を擦った。

「寝てもいいよ? 着いたらウララが起こしてあげる」

「…………」

 ノボジャックにとってハルウララに頼るのは癪だったが、久々に自然な眠気で休憩を取れそうでもある。特に断る理由もない。

「……東京駅に着いたら起こしてください」

「うんっ!」

 頼りにされたのが嬉しいのか、ハルウララは満面の笑みを浮かべながら返事をする。

 ノボジャックは彼女の笑顔にチクリと胸を痛めながら、睡魔に身を任せてそのまま意識を闇に落とした――……。

 

 

 

 

 

 

 遠い夢。時々夢に出てくる世界のお話。

 

 ――ノボジャック、レコード更新!!! 破竹の重賞連勝――!!

 

 自分が走ったレースは、観客の歓声と拍手喝采に包まれている。

 自分は今までレコード更新した記憶はないし、重賞を勝った記憶もない。

 つまりこれは「自分の願望の姿なのだ」となんとなく位置づけている。

 夢の中では、あのノボトゥルーと一緒に走っていた。彼女の走る姿はよく視えなかったけど、ノボトゥルーと一緒に重賞へ挑戦していた楽しさと胸の熱さは鮮明に魂の奥底に焼き付いている。

 現実のノボトゥルーは、夢の中のノボトゥルーのようにまさしく華々しく活躍している。

 自分も夢に出てくるノボジャックのようにあらねば、と心に刻みつけては空回る。

 

 ――もしも、その夢のように複数の世界があるとしたら。

 ……もしも……夢の世界のノボジャックよりもずっと「落ちこぼれ」だとしたら……。

 

 

 

 

 

「ジャックちゃん。ジャックちゃん……」

「……」

 目が覚めると、ハルウララが心配そうにノボジャックの顔を覗き込んでいた。

 目尻に指を当ててみると、少しだけ涙の跡があった。きっと眠りながら泣いてしまったのだろう。

 ノボジャックは恥ずかしさを誤魔化すように顔を背ける。

「だいじょうぶ?」

 ウララはそんな彼女に対して優しく声をかける。

 寝ながら涙を流したノボジャックを見て、ウララは「何かあったのかな」と心配になっていた。

「……違う世界の自分の夢を見ただけです」

 ノボジャックは顔を背けたまま答える。

 その答えを聞いたウララは、少し考えるように腕を組んで首を傾げる。

「ウララもね、時々そういう夢を見るの。フェブラリーステークスを勝った夢とか! あと有マ記念をニ連覇した夢とか!!」

 ウララの言葉に、ノボジャックは乾いた笑いが出た。

 ――前者はともかく、後者は絶対にあり得ない。

 現実味が無さすぎて苦笑モノの話かと思っていたが、ウララは少し悲しそうな顔をして話を続けた。

「あとは、ね。頑張って頑張って、100回以上レースに出るんだけど、一回も勝てなくて、引退しちゃう夢とか……」

 ウララの話を聞いて、ノボジャックは微妙な顔をした。

 お互いの内にある『恐れ』が拡がっていく。そういうウマ娘もいるとは聞くが、現役の自分達からすればあまり考えたくはない。

 その恐れに抗うように、ウララは悲しそうな顔を振り払って精一杯笑う。

「……でもね。どの夢の中でも。ウララが走ったら皆よろこんでくれるんだ」

 それは普段の屈託のない笑顔ではなく、まるで自分の中にある不安や悲しみを押し殺すような、痛々しい笑顔だった。

「だから、私は走るのは大好きだよっ」

 その笑顔に、ノボジャックもまた釣られて笑った。

 ノボジャックは薄々勘づいてしまったが、このハルウララという少女には、どうも危なっかしい所が多い。

 

 ――まるで、いつか自分達の目の前から消えてしまいそうな……。

 

(……彼女がズルをしているなんて、本当なのだろうか……)

 彼女の態度を見ている内に考え込んでいると、停車駅のアナウンスが鳴る。

『終点ー、武蔵五日市駅ー。終点、武蔵五日市ー』

 そのアナウンスを聞いて、ノボジャックは凍りついた。ハルウララは首を傾げる。

「……東京駅っていつつくんだろう?」

 ハルウララが東京駅をスルーした、わけではない。

 ノボジャックもヤケに長い時間寝ていた気はしたが、そのアナウンスで何が起こってるかようやく理解した。

 彼女は鳥が鳴くような声で、悲鳴じみたうめきをあげる。

 

「……私達、真逆の電車に乗ってたぁぁ……!!」

 

 ノボジャックの顔色は更に青ざめて、ハルウララもビックリとした顔になっていた。

ノボジャックのトレーナーは

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