『ジャックは見つかりましたか? 榛原トレーナー』
電話越しに聞こえるノボトゥルーの声はどこか心配そうだ。いつも気丈に振る舞っている彼女にしては珍しい。
その言葉に、『榛原』と呼ばれた40~50代くらいの男性は相手を安心させるような落ち着いた声色で返す。
「――大丈夫。小春さん達が見つけてくれたよ」
ノボトゥルーはホッと一息つく。
その様子から、心底心配していた事が窺える。榛原は白髪混じりの頭髪を掻きながら申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「しかしすまないね。キミも大変だろうに、一ヶ月も一人にさせて」
榛原の言葉に対して、ノボトゥルーは否定した。
『そんな事はありません。私よりも、弱っているジャックを労ってやって下さい』
――ボクにとっちゃキミも大切な生徒だから、両方労ってやりたいんだがなぁ。
榛原はそう思ったが、わざわざ口には出さなかった。言うだけ野暮だ。
「ところで、こっちに同伴してくれたハルウララについてキミはどう思うかい?」
何気ない話題のようにノボトゥルーに投げかける。その話に対して、彼女は熟考した末に口を開いた。
『……丈夫な子です』
「そうだね。出場レースの数ならキミやジャックよりも多く走ってる」
重賞レースだって未勝利戦レースだって、実際に走るウマ娘に対する負荷はかなりのモノだ。
ましてや、その数を多くこなしていればそれだけ何処かに蓄積する。
それを今に至るまで走り続けたハルウララは『丈夫』と称するほかない。
「けれどね、脚に掛けられる負荷も限界がある。あの柔軟なバネを持ったトウカイテイオーでさえそうだった」
『…………』
フェブラリーステークスでハルウララと一緒に走ったからか、ノボトゥルーも榛原トレーナーの言わんとする事をなんとなく理解している。
今のハルウララは、1レース1レースを全力で走る。ワガママな部分もあったジュニア時代初期や【あきらめ癖】があったクラシック期とは大違いだ。
一戦一戦で実力以上の相手に追いつこうとするあの姿勢は……いわゆる《前借り》に等しい行為。
「――ありゃあ、なんとかしてやらないと一年も持たないだろうね」
宗石小春トレーナーは理事長やノボトゥルーの頼み通り『ノボジャックのフォローをする』というつもりなのだろうが、本質的には相互扶助だ。
「まぁ、シニアクラスは何年もあるんだ。ジャックやハルウララがそれを謳歌出来るように一ヶ月で落とし所を見つけられるよう、ボクも精一杯頑張るよ」
『……よろしくお願いします。榛原トレーナー』
そういう会話を交わすと二言三言の別れの挨拶を向け合って電話を切った。
寝る前にテレビをつけて見れば、またフェブラリーステークスのニュースが放映されている。話のネタにされているのは14着のハルウララとそのトレーナーの宗石小春。
「――……こりゃあ、ジャックより“この子達”の方がよっぽど重症なのかもしれんなぁ……」
榛原トレーナーは有識者がハルウララを褒めちぎるのを聞きながら、厚く彫られた顔の皺を更に深めた。