『さぁ、G1馬二頭の一騎打ちとなった!』
黒船賞に出場したノボジャックは、最終直線で先頭の景色を独占する。アナウンサーや観客が自分の名を熱狂的に呼ぶ。それがとても心地よい。
『先頭はノボジャック! ノボジャック!! リードは2馬身半ぐらいあるっ! あと100を切ってノボトゥルー!!』
そのレースには黒船賞に出場する予定のないノボトゥルーが居る事に気づいて「あぁ、これはまた例の夢か」と自分を冷静に納得させる。
ノボトゥルーは自身の少し後ろの位置にいた。ノボジャックと同じくらいの速さで、それ以外の集団を大きく置き去りにして自分達が黒船賞という重賞の1着2着を独占する。
『先頭はノボジャック! どうやら押し切る! ノボジャック!』
夢の中であのノボトゥルーに、自分は勝つ事が出来た。そして、二人で一緒にダートを走る者達に実力を見せつけてやったのだ。
そんな最高の栄華の波に浸りながらも、カーテンの隙間から差し込む光を受けて夢から覚めてしまう。
(…………いくら夢の中だからって、あんなのあまりにも出来すぎですよ……)
ノボジャックは夢を思い返しながらも、乾いた笑いがこみ上げてきた。
G3に勝つ事だけならまだしも、その舞台で憧れのノボトゥルーと一緒に走り、しかも他の走者達とは圧倒的差をつけて二人仲良くワンツーフィニッシュで勝利。まるで漫画やゲームの中の話みたいだ。ありえない。
寝ぼけ眼でベッドの隅に置いておいた眼鏡を探す。適当にペタペタと触ると、何か柔らかいモノが指に当たる感触があった。ソレ自体はふわふわとした触り心地で、確かめるように優しく揉んでみると「ぴくん、ぴくん!」と敏感に反応する。
根元にはあるのは幼い子供特有の細くてサラサラとした頭髪。
……ウマ娘の耳?
「……むにゃ……くすぐったい………」
ハルウララが、ノボジャックのベッドに潜り込む形で寝ていたのだった。
寮全体に響き渡るような声で「ぎィんやぁぁァ~~!!」というノボジャックの悲鳴があがり、泊まり込みの職員として寮で就寝していた宗石小春と榛原清允の二人は、目覚まし代わりにその絶叫で叩き起こされ、大急ぎで彼女の部屋へ駆け込む。
「ジャック!! 何かあったのか!?」
榛原は大慌てでノボジャックに声をかける。
「よ、よよ、夜這いかけられた!! ハルウララに!!!!」
ベッドから距離を取るようにして尻餅をついているノボジャックは、寝息を立てているハルウララを非難するように指さした。
榛原と小春はそれを聞いて、安心したような、呆れたような乾いた笑いを浮かべた。
「他の部屋使わせてください!!!!」
「よせよジャック。他の寮室に今空きはないって、昨日説明したばかりじゃないか」
高知トレセン付属寮の食堂に四人は朝食を食べに集まり、なおかつノボジャックは自分だけの部屋を宛がえと抗議した。
「一緒に遠征に来たお前とハルウララは同室。こりゃ、致し方ないさ。それとも何か? 職員用の寝床でオレと一緒に寝るのか? 嫌だろ。こんなオッサンと狭い部屋で二人っきりなんて」
そっちの方がずっとマシです……。そう言わんばかりに怨みがましげに顔を顰めるノボジャックに、榛原は「参ったなぁ……」と白髪混じりの頭を掻く。
「ウララさん……布団で一緒に寝るのを嫌がる人もいるのは分かってますよね……?」
「……うん……」
被告人ハルウララ曰く。夜中にトイレに行った帰り、自分のベッドとノボジャックのベッドを間違えて潜り込み、そのまま就寝してしまったとの証言。
なんだか女子三人の空気が悪くなってきたのをみて、榛原はテーブルの上で大きく分厚い両手を「パンパン!」と打ち鳴らす。
「なぁジャック。ハルウララも寝床を間違えただけなんだ。これから一ヶ月一緒に過ごす相手に、そんな邪険にする事はないだろう?」
榛原はそう言ってノボジャックの目を覗き込む。
本気で何かされたのであれば対策を打たねばならないが、ハルウララがそういう類いの悪戯をするとは考えられない。
ノボジャックもそれは理解出来ているのか、仕方ないと言わんばかりにため息をついた。
自分の食器をトレーを使って持ち上げ、そのままゆっくりと席を立つ。
「……もういいです。食器、さげてきますね……」
そうして、とぼとぼ三人から離れていった。
「ウララ、嫌われちゃったのかな……」
少し寂しそうな顔でハルウララは俯く。榛原は快活に笑いながら否定するように手を振った。
「いや、ジャックの場合はウブで潔癖なだけさ。一緒に寝るなんて、肉親以外考えられないような年頃だ」
榛原は一旦コーヒーのカップを静かに啜り、「あぁ旨い」と短く堪能してから付け加えるようにもう一言。
「いわゆる『生娘』ってヤツだな」
その言葉を聞いて、小春は飲んでいたスープを思わず「ぶっー!」と噴き出す。対面に居た榛原の顔面、スープまみれ。
「きむす……め? って、どういう意味?」
「う、ううらら、さん!! 知らなくてもいい言葉あるんですよ!!!!!」
キョトンとした顔で尋ねるハルウララに、小春は顔を真っ赤にして必死に誤魔化そうとしている。そのウブさたるや、夜這いどうこう言っていたジャックにも負けてない。
榛原はハンカチで自分の顔を拭きながら、「あぁ、この子達もそっち方面かなり重症なんだなぁ……」と心の中で思った。
朝食を終えてから、各々二人は寮を出てトレーナーと一緒に付属のトレーニング施設へ向かう。
「どんな子達がトレーニングしているのかな~。わくわく♪」
「腹ごなしに軽い運動までですよ? ウララさんわかりましたか?」
「ジャック。お前もだ」
「はぁ~い!」
「はい」
ハルウララとノボジャックは、期待を胸に募らせた。中央のトレーニング施設は、変な時間帯でなければ常に誰かしらのウマ娘がいた。
一緒にトレーニングするのは楽しいし、何より他人の動きからは得るものがある。自分の実力を向上させるには、良い環境だと二人は知っている。
「おっじゃましま~す!」
トレーニング機具が置かれているジムの扉を開けて、その中にいるであろうウマ娘に向かってハルウララは元気よく声をかける。
……がらんどう。
その言葉が相応しいように、ウマ娘は一人もいなかった。
「あれー、まだ誰も来てないのかな……?」
「学園は休みでしたよね? だったら、朝食直後でも一人くらい居てもおかしくは……」
ハルウララの疑問に、ノボジャックは二人一緒になって不思議そうに考え込んだ。
小春と榛原は、少し苦い顔をする。
――流刑地。
そういう短い言葉が二人の頭の中をよぎる。
中央トレセンのウマ娘達は士気が高い者ばかりで、日夜トレーニングに励む者ばかりでトレーニング施設に人の出入りが尽きる事はない。
地方トレセンだって、多少の差はあれどそういうウマ娘達がいる。付属トレーニング施設は常に需要があるはずなのだ。
それが今この場には、人っ子一人いない。
そしてそれは、ハルウララやノボジャックにとって衝撃的な光景であった。
ベテランである榛原は、朝早く此処にウマ娘が居ない理由をよく理解している。
所属するウマ娘達の士気が低いのだ。『ウマ娘の流刑地』などと揶揄され世間に見放された高知トレセンに送り飛ばされたのだから、遣る瀬ない気持ちな者も多いに違いない。
「榛原さん、これって……」
小春はその光景に、トレーナーながら些かショックを受けた。榛原も自身の顎を撫でながら答える。
「そりゃ、少しは持ち直したとはいえついこの間まで潰れるなんて言われてた場所だからね。所属してる子達も、身の振り方を考えるだろうさ」
他に転校する事になっても大丈夫なように勉学だけに励むとか、もっとマトモな地方に行けるように根回しするとか、訓練する気概がある者がいたとしても、こんな朝っぱらから訓練しようとは思わない。
「どれだけ頑張っても、喜ばせたいはずの観客達から心の底ではバカにされてちゃあ、やる気が起きないってもんさ」
榛原トレーナーの言葉を聞きながら、小春はトレーニング機具に自身の手で触れていく。
ウェイトトレーニング機材の金属部分はところどころ茶色に薄く錆びていて、軽く握ってみるとイガイガとした感触が手のひらに伝わる。
他のトレーニング器具もゴムの部分は乾燥してひび割れ、ランニングマシーンは古い型。故障中の張り紙をされたまま隅っこに放置されているものもある。
冷暖房に使うエアコンも、試しにつけてみるとやたらカビ臭い。中央トレセン付属のジムとは大違いだ。
小春が深刻な顔つきでトレーニング器具のおんぼろさを品定めしていると、榛原は落ち着いた声色で新米トレーナーである宗石小春を諭した。
「切実な問題。ウマ娘っていうアスリート達が輝く為にゃ、莫大な金がいる。人並み外れた調整がされたトレーニング機具に大きな施設の機材、大食らいで力強い彼女達の体型を維持する為の食費に、そしてオレ達みたいな大勢いる職員の給料……」
そこで一度言葉を切って、そしてハッキリと言い切った。
「見放された地方ってのは、どれだけ頑張ろうが常にこういう貧乏と隣り合わせだ」
小春はカァッと顔が熱くなった。ここで再び秋川理事長との対話で「高知トレセンなんて今すぐに潰れる場所」とバカにした事を一層に恥じた。新米トレーナーの自分が、どれだけ恵まれた環境で働いていたかも知らずに。
高知トレセンに所属する職員もウマ娘も、ちゃんと頑張っている人達は絶対にいる。こんな状態になりたくてしているわけじゃない。けれど……。
ガシャコン♪ ガシャコ♪ 金属楽器のような音がトレーニング室に鳴り響く。
「すごいすごーい!! 楽器みたいに音が鳴るよ!!」
「……いや、軋んでるだけですよ?」
ウェイトトレーニングの機材で和気藹々とした訓練を繰り広げるハルウララとノボジャック。
ハルウララはまるで鉄琴を鳴らすように、器用に《Make debut!》を奏でている。
いや、まぁ、楽しみながら練習するのは決して悪くない。【練習上手】のコツってモノなのだが……。
「う、うららさん。それたぶん壊れかけだから……その楽しみ方まずいかも……」
「え? なんで?」
――バキンッ。
小春の予想通り。甲高い金属音がトレーニング室に鳴り響いて、ウェイトの金属が真っ二つに割れた。
「…………来て早々、居候先の機材壊すハメになるだなんて……」
「う、うぅ……ごめんなさい……」
トレーニング施設の職員へ破損の報告後、四人は一旦寮へ戻って談話室でテーブルを囲み反省中。
榛原はほがらかに笑った顔で手をひらひらとさせる。
「いやぁ、ありゃハルウララじゃなくてもすぐぶっ壊れてたな。完全に寿命だよ。むしろ怪我が無くてよかったと思おう」
そういう風に小春とウララの二人をフォローする。実際、榛原の言う通りだ。あのトレーニング器具は壊れる寸前だった。
榛原の言う通りだからこそ、ノボジャックはいささか暗い顔をする。
「……あんな機材で練習したくありません」
それは、当たり前の感想だ。今回は運が良かったから怪我をしなかったのであって、運が悪いと割れた金属によって大きな裂傷を負う……なんて事もありえる話だ。
――まぁ、二人に休憩してもらう口実にゃあ、もってこいなんだがなぁ。
榛原はそんな視線を小春に投げかけ、小春も同じような目をしながら榛原に頷く。
とはいえ、ハルウララとノボジャックは完全に意気消沈してしまっている。彼女達は体を動かすのが好きな側面があるから、遣る瀬ないのだ。いきなり安心してトレーニング出来ない環境に送り込まれたとくれば、気が滅入る。
トレーナー二人が見守ってあげながら、体が鈍らない程度に軽い運動を行わせる分にはむしろそれは良い事なのだ。しかしそれさえも出来ないとなると休養期間としては逆効果である。
(なんとか出来ないかなぁ……)
小春がそう考えていると、榛原はまた一つ考えたように自分の顎を撫でる。
「小春さん。あの、ドラえもんとかいったっけ。狸の子」
「……猫です」
「そう、猫の子」
急にドラえもんの話題が出てきたので、小春は首をかしげた。
確かに、自分達を引き連れて東へ西へ遠い遠い距離を瞬間移動をしてみせたのだから、ドラえもんという存在が鮮烈な話題なのは理解出来る。
しかし今それがなんであるのか、といえば。小春には分からない。
榛原は皺が目立つ柔和な笑顔を浮かべながら、首をかしげる宗石小春へこう言った。
「あの子に、トレーニング施設の事を相談してみないか」
ひみつ道具を使いこなすドラえもんという超常的な存在を、一つ『試す』ような企みを内心に秘めながら。
作中ののび太と一番仲がよさそうなウマ娘は……
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ハルウララ
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キングヘイロー
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ホネカワメイオー
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秋川やよい