高知トレセン。
どこでもドアを使ってそちらに移動したドラえもん一行は、小春と榛原の二人に連れ添われてトレーニングジムへと向かう。
「……寂れてんな。中央と比べて」
「地方は苦しいのよ。どうしても」
メイオーとキングヘイローは、周囲を見回し会話をする。
確かに、設備が整っているとは言い難い。
床には薄汚れたマットが敷かれているし、所々ひび割れや欠けのある器具が並んでいる。
壁際には錆びれ果てたバーベルなどが無造作に置かれている。中にはウェイトが真っ二つに破損しているものも――
「あ、それはウララが壊したの」
「シリアスに受け止めてたっつーのにテメェが犯人かッ!!?」
メイオーにギャアギャアと叱られ、しゅんと耳を伏せるハルウララ。「まぁまぁ」と宥める小春とキングヘイロー。
榛原はそんなやり取りに苦笑しつつも、ドラえもんの方に視線を向けた。
「どうだね。ドラえもん。何とかなりそうかね?」
榛原は視線を合わせるように腰を屈め、人当たりの良い態度で尋ねてみる。
ドラえもんとしても、ウマ娘の勝負に大きく介入せず、なおかつ人助けとなる事とならば前向きだ。友達の助けになれるし、のび太くんの情操教育にも役立つ。
「えぇ、お安い御用です」
そういってドラえもんは少し自慢げにしながら、ハルウララが壊したというウェイトトレーニング器具の目の前に立つ。
「はいぽちっと」
ひみつ道具の名乗りが終わると、すぐに手元の懐中電灯で割れた金属を照らす。
すると、どうだ。光が当たった箇所からヒビや亀裂、欠けといったものが修復されていくではないか。
『復元光線』:この光線をこわれたものに当てると、もとどおりの姿に戻る。
やがて、壊れる前の完全な姿へと戻った。
「おぉ~、すごいなこりゃ! ウララが割る前の欠けも直ってるじゃないか。さすが未来の優秀なロボットだ!」
榛原は感心した様子で声を上げる。ドラえもんは彼の言葉に、「それほどでも~」と後頭部に手を回し照れている。
メイオー達も説教を程々に、ドラえもん達の元へ様子を確かめにやってきた。
「うお、マジで直ってやがる……素直にすげぇ」
「ありがとードラちゃん!」
ハルウララの尻尾がぴょこんと飛び跳ねた。嬉しさのあまり彼女はその場でぴょんぴょんとジャンプしだしてドラえもんに抱きついた。
「うへへへへ~♡ そんな、照れちゃうなぁ~~~♡」
女の子に抱きつかれて、ドラえもんの顔はさらにだらしなくなった。メイオー、のび太、両者共に微妙なジト目でドラえもんを睨み付け。
ジャイアンはそんな光景を余所に、直ったウェイトトレーニング器具を悪ふざけ混じりに使い始めた。
「よぉし、オレ様が試してやる。みてろ。クラスの中じゃ一番強いのはオレ様だ……ふぎぎぎぎ!! あら? フギギギギギ!!!」
ジャイアンが必死にウェイトを上げようとしてもびくともしない。当たり前である。ウマ娘用のトレーニング器具なのだから。
榛原トレーナーとノボジャックは、必死に持ち上げようとするジャイアンを少々慌て気味に制止した。
「あぁー、だめだめ。小学生だと力強い子でも一番下のウェイトも持ち上げられないさ。怪我してしまうからやめなさい」
「そうです。とんでもない負荷があるんですよ」
そう言われ、ジャイアンは渋々ウェイト器具を離した。
「ちぇっ……つまんねぇの」
「ハッハッハ、高校生か大学生くらいになってちゃんと鍛えてれば、ウマ娘用のヤツでもある程度は使えるかもしれないね」
ちょっと年上の女の子が悠々と使え、自分は持ち上げる事が出来ないのが悔しいのは榛原トレーナーも男だからよく分かる。そろそろお爺さんといっていい年頃である榛原にとっては、その幼さがなんとも微笑ましかった。
小春はそんな光景を不思議そうに眺めながらも、次に故障中のランニングマシーンを指さした。
「ドラさん。あれも復元光線で直せたりします?」
「あぁ、いけそうだね。けれどこっちの方がいいかもしれないから、えぇっと……」
「ドラちゃん。このふろしきも機具を直す道具なの?」
「うふふ、これで新品同然になるのさ!」
ハルウララの期待を背に、ドラえもんは少々気取った様子でランニングマシーンに風呂敷をバサッと掛ける。
そうしたまま数十秒。
「そろそろいいかな。それじゃあ!」
そのままバサッと風呂敷を取り上げると――そこにはランニングマシーン。
のび太とドラえもんは少々それに違和感を感じた。
「なんか変じゃない。新品になったって感じがしないよ?」
「うーん、戻す為に必要な時間が足りなかったかなぁ?」
「まぁ走れればいいじゃない! 貸して貸して!」
スネ夫はジャイアンと同じように、トレーニング器具で練習をしてみせようとした。ランニングマシーンならウェイトトレーニングと違って、調整が利く。全く出来ないなんて事はないのを見越しての事だ。
可愛い女の子達の前で良い格好をしようとしているのは、なにものび太だけではないわけだ。
彼らのそんな姿を見て、キングヘイローは「やっぱり男の子ね」とクスクス笑うが……。
バキィッ。
ランニングマシーンの走る部分がスネ夫の体重で破損した。
「ど、ドラえもんどういう事だよ!!」
スネ夫は「自分のせいじゃない!」と言いたげにドラえもんの方へ猛抗議。
ドラえもんは「そんなバカな……」と目を丸くしながらタイムふろしきを確かめる。
「あ、これ裏側だぁ!! 逆に古くなってたんだ!」
「だぁぁー!!」
のび太スネ夫ジャイアン一同、ドラえもんのドジ加減に典型的なずっこけをかます。
ウマ娘達とトレーナー、その様子に苦笑い。
『タイムふろしき』:包んだものが新しくなったり、古くなったりする、ふろしき。生きものを包むと若返ったり、逆に年を取ったりする。
「よぉし、今度こそっ」
逆の面で包んで数十秒。風呂敷を外す。そうして現れたのは明らかに真新しいランニングマシーン。
スネ夫がおそるおそるスイッチを入れてみると、軽快な電子音を鳴らして静かに床が動き始めた。
「よっ、っと。直った直った。へへ、どうだい。ボクの華麗な走りっ!」
そういって試走を始める骨川スネ夫。大人達やウマ娘からしたら大した速度ではないが、これもまた微笑ましい。
「あぁ、小さいにも関わらず大したもんだぜ坊ちゃん」
「そうね。将来有望。でも、張り切りすぎて脚を痛めないようにね?」
「へへっ、わかってらい!」
「おっ、オレにもやらせろよ! ほら、ドラえもん。隣のヤツも新品にしろっ!」
「ボクもボクも!!」
「はいはい。人使いが荒いなぁ~まったくもう……」
そんな風に次々ランニングマシーンを新品にしていくドラえもん。新しくなったランニングマシーンで、運動を始める小学生男子ずっこけ三人組。
「ぜぇは、ぜぇはぁ……」
男子三人とも、女の子に良いところを見せようとして疲労困憊。
「みんな格好よかったよ!」
本心からそう褒め称えるウララ。汗を掻いて全力で走る姿は、ウマ娘でも人間でも格好良く感じるモノがあるのだろう。
「そ、そりゃよかった……オレ様も全力を出した甲斐があったぜ……」
「へへへ……のび太が一番遅い速度で走ってたね……」
「そ、そんな事ないやい……」
口喧嘩はしつつもハルウララに褒められて三人満足げ。子供達が走っている間に、小春さんが学園の売店でジュースを買ってきてくれた。
「はいはい、喧嘩はやめて。ジュース買ってきたあげたから。トレーニングでは水分不足は厳禁!」
喉乾きでジュースを与えられ、「やったー!」と喜ぶ現金な小学生男子達。
――うむ、良い雰囲気だ。ドラえもんとやら、中々に面白いな。
榛原トレーナーはその光景を眺め、静かに顎を撫でる。
――あとで彼には、ちょっと意地悪してみようかな。
そんな事を考えていると、ノボジャックが下から窺うように覗き込んできた。
「……また悪い事考えてます?」
「はっはっは、バレたか」
いたって人の良さそうな笑顔を浮かべる榛原トレーナー。ノボジャックは何秒かの間を置いて、彼へ見せつけるように大きくため息をついた。
ドラえもんは黙々とランニングマシーンを新品に巻き戻し終えて、俄然やる気が出てきた様子だ。
「よし。いっその事新品にするだけじゃなくてアップグレードをしよう!」
ドラえもんは皆を引き連れトレーニングジムの屋外まで移動して、四次元ポケットをゴソゴソ漁り始める。
『きこりの泉』:モノを落とすと、女神ロボットがあらわれる。女神に何を落としたか正直に話すと、落としたモノより、もっとよいモノをくれる。
ドラえもんは平面的な輪っかを地面に落とすと、その輪っかの内側が水で満たされる。
「よいしょっと。この泉に投げ込まれたものは、もっと良い物に取り替えてくれる」
ジャイアンはそのひみつ道具を見ると青い顔をして「げぇっ!?」と呻く。
「どうしたのジャイアン?」
「な、なんでもない」
ジャイアンは泉からすごすごと距離を取っているが、のび太とドラえもんくらいにしかその事情は分からない。それ以外は首を傾げる。
「すっごーい! じゃあ、器具とか色々投げ込めばいいんだね?」
「うん。えぇっと、だけど」
ドラえもんは少し難しい顔をする。
「器具を持ち上げる力がないと、この泉に投げ込めないでしょ。だから、トレーナーさんやのび太くん達には休んでもらって、ウララちゃん達の力を借りる必要がある」
つまりウマ娘の怪力で鉄アレイや重たい器具などをこの泉に投げ込めばいいわけだ。
「あー、アタシらも連れてきたのはそういう事かい」
「うん。いいかい、絶対に投げ込んだものを正直に答えるんだよ?」
「わかってるわ。きこりの女神のお話くらい、私たちは知ってるもの」
……そういう事で、人間達にはジムの中で休んでいてもらって、ドラえもんやウマ娘達は鉄アレイやバーベルを運ぶ。
「ドラちゃん、力が強いんだね?」
ここに意外にもドラえもんが、いくらか鉄アレイを持って彼女達と同じように運んでいた。ウララはそれにびっくり。
「えっへん! これでも129.3馬力あります」
「私達と同じトレーニングこなせそうね。案外」
小学生男子達と身体能力は大差ないと思っていたキングヘイローも些か驚かされた。
ドラえもんがまず手始めに鉄アレイを投げ込むと、泉から女神が現れた。
『貴方が落としたのは、この最新モデルの鉄アレイですか?』
女神がそう問いかけると、ドラえもんの方は首を横に振る。
「うぅん、もっとばっちいの」
『貴方は正直な人です。ご褒美に、この最新モデルの鉄アレイをあげましょう』
「ありがとう女神ロボット!」
『…………それと、重たいモノはもっと優しく、ゆっくりと投げ込んでください』
何かよくみたら女神の額にたんこぶが出来てた。
「あ、ハイ。ごめんなさい」
そういうやり取りを経て、すみやかに泉の女神は沈んでいく。まずは一つのトレーニング器具をアップグレード。
「どうだい? 今みたいにやるのさ」
「……女神にたんこぶ付けるのも込みで?」
ウマ娘達にとってアレが儀礼(お約束)なのかどうかも分からぬ。なにせ22世紀のひみつ道具だ。
「あ、いや、君たちはゆっくり投げ入れて」
ドラえもんが素で返してくるから、単なる事故だったと納得。
「りょうかい。ジャックやウララ達は休養中だし、アタシ達で全部やるか?」
「ううん、ウララもやるよ! ちょうど軽くトレーニングしたかったし!」
「……同じく」
「じゃあ、ボクはひみつ道具を使わなくても直せそうなヤツを直してくるね!」
やっぱりそういう部分は自分の目で確かめながらやりたいらしい。
「あ、もう一つだけ」
「もう刑事のまねごとはいいです」
「いやいや、そうじゃなくて。絶対泉に落ちないでねっ。それじゃあ」
そういう流れでそれぞれが15分ずつの交代で、トレーニング室と屋外に設置した泉を往復して泉に入りそうな大きさの器具を投げ入れる事にした。
そしてキングヘイローとメイオーの番が終わると、ノボジャックとハルウララの番になり、彼女達は言葉をこぼす。
「一つ一つだと面倒だねー」
「でもいいトレーニングになりますよ」
ノボジャックは榛原トレーナーからは軽い運動を勧められているし、ハルウララとしても人助けついでにトレーニングが出来るのだから、それ自体に不満はない。むしろ嬉しい事だ。
「でも往復が大変だなぁ……そうだ!」
ふとした閃きをハルウララは思いついた。
彼女はいくつかの鉄アレイとバーベルと……とにかく一度に持てるだけの数を一斉に持ち上げて始めた。
「……え、それ、大丈夫なんですか?」
ノボジャックは驚き、思わずそう声をかける。だがウララはニッコリと笑ってこう返した。
「だいじょうぶ! ウララ、パワーは凄いって小春トレーナーも西崎トレーナーも褒めてくれてるんだ!」
なんだかよろめいているが、本人がそう言うなら。そういう形でジャックも鉄アレイを二本持ってついていく。
「えぇっと、一斉に入れていいんだっけ?」
「……たぶん。禁忌なら言及するでしょうし」
一回一回やり取りを繰り返すのは面倒だ。だから、ハルウララは泉へ向けて一斉に重たい機具を投げ込もうとした。
「よぉしっ!! じゃあ、ぜんぶいっせいに――」
――ズキッ。
脚に重たい負荷を掛けた途端、左足が痛む。
……そういえば、前日道路脇に転倒した際に打撲を負っていた。
痛みによって脚を崩し、機具に巻き込まれる形で前のめりに倒れ込んでしまう。
「ハルウララッ!!?」
ノボジャックが大声で叫ぶ。彼女が手を差し出そうとするのも間に合わず、ハルウララはそのまま泉へと身を投げてしまった。
「うーーーん……」
「どうしたんですか。武さん」
小春は少し青い顔をしたジャイアンを見て、心配そうに声をかける。
「そっか。ジャイアンはあの泉に嫌な思い出があるんだっけ」
ジャイアンは恐怖に身震いした様子で、小春に訴えかけた。
「だってよう。オレはアレに殺されかけたんだぜ!?」
「ぶ、物騒ですね」
「そんなに危険な道具なのかね。アレは」
トレーナー二人に問い尋ねられ、のび太は真正直にそのあらましを話す。
「ジャイアンが欲張って、いっぱいの道具を泉に投げ入れようとして泉に脚を滑らせたんです」
「それで泉の女神に溺れさせられてよう!」
そりゃあ、トラウマになっても無理はない。
「あはは、でも正直に答えたら返してくれ――――」
小春は自分で言って気づいた。
女神が返却してくれるのはアップグレードした代物だけだった。
……じゃあ、『本物』は?
『ハルウララッ!!?』
泉がある方から何かが落ちる水音、そしてノボジャックの悲痛の叫び声が鳴るのを聞いて小春やのび太達は一斉に青ざめる。
皆はそれぞれの作業を取りやめて、大急ぎで泉の元へ向かうのであった。