片付けが終わってドラえもん達一同もどこでもドアで東京に帰り、しばらくして少人数のウマ娘達がトレーニング施設を利用しようと室内に入っていった。
『うぉぉ!! 全部新しくなってんじゃん!』
『経営持ち直したからトレーナー達がコッチにいくらか回してくれたのよきっと』
『俄然やる気が出てきたぜー!!』
そういう喜びの声が聞こえてくる。やる気のあるウマ娘からしたら、新しい設備や道具は嬉しくて堪らないのであろう。
ノボジャックは彼女達の声を背に、近くで見張っている榛原トレーナーと顔を見合わせる。
「……夢とか、ドッキリ番組とかじゃないですよね。やっぱり」
「みたいだなぁ。ドッキリ番組だとしたらあまりに手が込みすぎてる」
榛原トレーナーとノボジャックは、同じように苦笑いした。
「浮いた金は数百万はくだらんな」
「ふふ、高知トレセンの職員にどう誤魔化します……?」
どうあがいても、現地の職員にはバレてしまうだろう。正直に説明しても、絵空事としか思ってくれまいし、かといって誰かからの寄付だと言っても金銭的な事だから角が立つ。
「まぁ、その辺りの根回しは私に任せておけばいいさ。ドラえもん達には今度なんかの形でお礼するとして」
ノボジャックは、榛原トレーナーはそういう誤魔化しをするのは長けていると知っている。
何せ、ウマ娘の為なら清濁併せ呑むような事をやってのける人物だ。自分も、それによく助けられる。
ノボジャックは、彼の言葉に対して困ったように笑う。
「……また悪巧みですか?」
「あぁ! 子供達の為なら、私はスパイディじゃなくてヴェノムになっても構わないつもりだからね」
スパイディだかヴェノムだかがノボジャックにはよく分からないが、彼の事だからきっと良い事をするのだろうと、いつものように信じる事にした。
だってこの人は、多くのトレーナーは私たち子供を助けてくれる。
「……あの時、榛原トレーナーが泉に飛び込んでくれてもよかったんですよ?」
「ははは、まいったなぁ。お前の方が頭の回転速かっただけの話さ」
――助けてくれると信じられなければ、あのように私が他のウマ娘を助けるなど考えなかっただろう。
ノボジャックは消灯前の時間になると、『SHYRA GUM』と印字されたガムの包みを天井の明かりにかざすように見つめる。
『それはね、食べると身体に力がみなぎってくるんだよ』
『黒船賞に出るんだろう? レース直前に食べればキット……』
ウイングアローにそう唆されて渡されたものだ。正直な話、ここまで接してきたハルウララやドラえもんの事を併せて、既にその話については半信半疑になっている。
(…………ドラえもん、ハルウララ、二人の性格からして、どうにもズルをするとは思えないんだけどな……)
……それとは関係なしに、このガムの力に頼るべきなのだろうか。
ひみつ道具の力次第では、黒船賞に勝って榛原トレーナーに恩返しが出来る。
ただ単純に勝ちたいという気持ちもあるが、今はそれよりも彼に報いたいという気持ちが強い。ノボトゥルーに並び立ちたいという気持ちが強い。
そして、それと同じくらい『ハルウララに勝ちたい』という純粋な闘志が胸の内から湧き上がってきている。
(……もし、度々見る夢よりも自分が落ちこぼれだったら……)
「――ジャックちゃん? ジャックちゃん?」
「ふぎゃ!?」
物思いに耽っていると、ハルウララが真横からノボジャックの肩を揺さぶってきた。
驚いて変な悲鳴が出てしまった。恥ずかしい、とジャックは顔を伏せる。
「えっと、消灯時間だから電気消すよっ。……大丈夫? なんだか凄く思い悩んでたみだいだけど」
「……ちょっと考え事してただけですから、大丈夫です。早く消してください」
ハルウララがスイッチを押して部屋の明かりを消し、就寝の時間になる。
彼女は自分のベッドで横になり、隣のベッドのノボジャックに語りかける。
「……黒船賞、一緒に頑張ろうね」
普段の彼女より、どこか落ち着いた感じの声色であった。
少し間を置いて、ジャックは「はい」と答える。
「……眠るまでお話してもいいかな?」
「……はい」
「……私ね。重賞で勝つのが、今の夢なんだ。小春トレーナーに恩返しがしたくて」
耳が痛い。ノボジャックと動機が似通っている。だからこそ共感できる部分もある。
「……一着取れるといいですね」
「うんっ。ジャックちゃんも、一着を取れるといいね」
「……それ矛盾してません?」
「だいじょうぶっ。同着なら二人一緒に一着になれるよ」
ハルウララの話に乾いた笑いが出た。同着なんて、自分達の世界では起きる事はごくごく稀だ。
ゆえに自分達のいずれかが勝つとしても勝者はどちらか一方だ。
だから、今の内に言っておこう。
「……ハルウララ。ごめんなさい。そしてありがとう」
「へ?」
ハルウララの方から素っ頓狂な声が響く。そう言われる理由が分かってないらしい。
「……高知に行こうとしていた日、駅で倒れて、道路で倒れて、助けてくれてたじゃないですか。一回目は振り払いましたけど」
「あ、そっか。そういう事もあったね」
「……だから、ありがとう。ドラえもんにも、次に会えた時に、高知へ送り届けてくれたお礼も、ちゃんと言おうと思います……」
ハルウララはそれを聞いて、しばらく黙り込んだ。
……なんかふるふるとしたか細い声が聞こえる。たぶん、笑いを噛み殺してるんだろう。
「……ジャックちゃんも、泉に溺れてた時、助けてくれてありがとう」
「……私も転げ落ちただけです」
「ふふ、ふふふ」
「あははっ」
適当な理由を取って付けると、今度こそ堪えきれなくなったようでハルウララは音を立てて笑った。ノボジャックも、それに釣られて笑う。
ノボジャックは、あの時ハルウララが本当に死んでしまうのではないかと直感的に感じた。
なにせ、この子は他人の為ならなんでもするような危うい気配を感じる。
まるで「自分には価値が無い」のだと、無意識に思っていそうで……。
……それが、あのハルウララと成り代わっても構わないと、水の底に自ら沈み込んでいってしまいそうで……。
「…………ウララ」
「なぁに?」
「……そっちのベッドで一緒に寝てもいいですか?」
少しびっくりしたような間が開く。しかし、返ってきた答えは明るい声色だった。
「うん、いいよっ。一緒に寝よう。『よばい』ってやつだね?」
「……その単語、誤解されるから他の人に絶対言わないでくださいね」
快く許可を受けるとノボジャックはゆっくりと自分のベッドから降り、ハルウララのいる方の布団に潜り込む。
二人のウマ娘は互いに向き合うように横になった。
ハルウララはニコニコと笑っていて、ノボジャックは気恥ずかしそうに目を逸らす。
――狭い。
けれど、昨日のように嫌悪感はない。むしろ、安心感すらある。
お互いの体温を、呼吸を、心臓の鼓動を間近に感じる。
暖かく、太陽のようなぬくもりを感じる。だけれど、そっと抱きしめればそのまま砕けてしまいそうなくらい脆く思えて。
――ウララ。たぶん、貴女は、世間が言うような「落ちこぼれ」なんかじゃないですよ……。
そう伝えようとしたが、既に彼女は眠っていたようで、ノボジャックも静かに目を閉じて意識を闇に委ねた。
同じ部屋で暮らし始めて、二日目の夜。二人は一つのベッドで寄り添いながら眠りにつく。
――その日に見た夢は、二人とも、G1《JBCスプリント》を一緒に走る自分達の姿だった。
史実馬モデルウマ娘の描写についての評価
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