トレセン学園の昼食時、ハルウララは目の前の光景に目を輝かせた。
最近出会った小学生くらいの男の子と付き添いのロボットが一緒に食事をしようというので来てみれば、なんとまぁ豪華な食事な事か。
にんじんプリンににんじんステーキ。ニンジンスープ……三つ星級の人参が使われた料理をたくさん目の前にして、ハルウララは生唾を飲み込む。
「す、すごぉ~い! これ全部、わたしのために作ってくれたの? ほんとに食べちゃっていいの?!」
「うん、ぜんぶ食べちゃっていいよ! 足りなかったらまだまだ出せるからね」
そういってのび太は得意げな素振りで、料理の下に敷かれたテーブルかけに自分の昼食を注文する。するとどうだ。テーブルかけの中から浮き出るようにして彼の頼んだ料理が出現したではないか。
ハルウララもどんな手品を使ったのかと驚いた様子で、「わぁー!!」と歓声を上げている。
「注文した料理が出てくるの。これがひみつ道具だよ。すごいでしょ?」
「すごいすごい!! こんなこともできるんだねー!!」
どらやきを食べながらそんなやり取りを目の前に、じとめでのび太の顔を見つめているドラえもん。
「他人を手伝うなんて言い出したから感心してたけど……まさかのび太くん、女の子と仲良くなりたかっただけじゃない~? 静香ちゃんに言っちゃおっかな~」
「ま、まさか。アハハ……」
ドラえもんの指摘がほんの少しは図星だったらしい。あからさまに動揺してから、話題を変える形でハルウララに質問を投げかける。
「ウララちゃんのトレーナーさんって、病気の間は他の人が代行したりするの?」
「ううん。他のトレーナーさん達もこの時期忙しいみたいで……でも、トレーナーが予定表作ってくれておいたから、レースも練習もそのとーりにやればきっとだいじょうぶ!!」
彼女の言う通り時期もそうだが、全戦全敗のウマ娘の後釜を請け負うなど気軽にやれる事ではない。そんな事に想像も及ばないのび太とハルウララは大好物の料理を目の前に呑気に和気藹々。
(うぅむ、ますます他人事とは、思えない……)
甘いどらやきを食べているはずなのに、苦いものが口に広がるドラえもん。
「うーん、おいしい! あとこれと、これも――」
グルメテーブルかけの仕組みを段々理解し始めたハルウララ。そのサマは幼子が電子機器の注文パネルで半ば遊ぶ如く。
それと並行して十数人分はあろうか食事を平然とたいらげた彼女の健啖さにのび太もドラえもんも驚きつつ、ようやく「食べ過ぎでは?」と正気に戻る。
「ウ、ウララちゃん待って。ストップ、ちょっと止まって」
「どうしたの?」
「ウララちゃんはすごい食べるけど、体重管理とか、大丈夫なの?」
「……はっ!」
今更その辺りの懸念に気がついたようで、彼女の腹部は既にでぶんでぶんに膨らんでいる……。
体力が30回復した。
スピードが5下がった。
パワーが5上がった。
スキルptが10上がった
「太り気味」になってしまった。
「ありゃりゃ~……食堂だと、他の子や職員の人が注意してくれるから、油断してやっちゃった……」
ハルウララはお腹を擦りながら、申し訳なさそうに項垂れる。同じくのび太やドラえもんも申し訳無さそうに頭を垂れる。
「ど、どうしようドラえもん」
「無遠慮にご馳走したぼく達のせいだね……」
「美味しかったからウララは気にしないよ!」
しゅんとする二人とは対照的に、当の本人はけろっとしていた。
ハルウララにとって、いやウマ娘達にとって食事は娯楽ではなく活力そのものだ。人と変わらぬ容姿を持ちながら、怪力や俊足を維持するのに欠かせない。
そんな彼女が「痩せるまで食事減量」と言われても、はいそうですかと従えるわけがない。――だからトレーニングをいつもよりイッパイイッ~パイ頑張って痩せてみせる!
「あんなお腹が膨らむまで食べてたのに、もう練習に入ってる……」
昼後、予定表通りのトレーニングに戻ったハルウララ。彼女は多少の移り気があるのだが、あらたに出来た小学生男子のファン(?)の手前、悠々と走り込みに集中する。
(ふふーん、ウララお姉ちゃんだって格好いいところ見せちゃうよ)
やる気に満ちた表情でトラックを駆けていく。
……しかし10分後。ゼェゼェと息を切らして腕を真下にしながら歩くようなスピードでコースを回っている彼女の姿があった。タケコプターで上空から見守っていたドラえもん達も、これには戦々恐々。明らかに腹の調子が影響してる。これではスピードを上げる練習の体をなしていない。
「のび太くんが走って追いつけそうなスピードだなんて、これは一大事だ……」
ドラえもんの相変わらずの物言いにのび太はムッとしながらも、さすがに心配と不安の感情が優先される。
「ど、どうにかしないと……ウララちゃんがレースで勝つどころじゃなくなっちゃう!」
「えぇっと、これでもない。これでもない。これでもない……!」
二人してポケットから使えそうな道具をシッチャカメッチャカに取り出しては放り投げる。
「ウララさん!!」
二人がそうこうしている内に、ハルウララを叱りつけるような甲高い声がトラックの方から聞こえてきた。
そちらの方へ振り向くと、サラサラときれいな巻き髪が特徴的なウマ娘。取り巻きもいる事から何処ぞのお嬢様かと思われる。のび太はその立ち振る舞いからどことなくスネ夫を思い出して、若干の苦手意識を抱いた。
「ウララさん! 即刻練習をやめなさい!」
「で、でもトレーナーの予定表に入ってるし、それに痩せる為に……」
「その必要はありません!」
ハルウララの弁明を、半ば遮る形で叱りつけるお嬢様らしきウマ娘。
ドラえもんは「むむむ」と考え込んでウララをどう弁護するか悩んだが、それよりもまっさきにこの男が動いた。
「やい! ウララちゃんをいじめるのはやめろ!」
そういってお嬢様のウマ娘に対して啖呵を切る野比のび太。のび太から言葉を向けられたウマ娘は、すぐさま空を向いてそこに広がる異様な光景に目を見開いた。
「あ、青いたぬきが空を飛んでるですってぇッ!?」
「ぼくはたぬきじゃない猫型ロボットだぁ!!!」
人間が空を飛んでる事はお構いなしなのかと、空中でずっこける野比のび太。
では気を取り直して。
「……やい、ウララちゃんをいじめるのはやめたまえ!」
その言葉に、啖呵を切られた矛先のウマ娘はやたらムッとした表情をのび太に向ける。
中学生とおぼしき年上相手の一睨みに、気弱なのび太は萎縮しかけた。しかし放り投げた道具の内、『ムードもりあげ楽団』というひみつ道具の演奏が二人の邂逅をまるで映画の1シーンのように煽り立てる。
ひみつ道具の巧みな演出に乗せられ、周囲のウマ娘や取り巻き達も固唾を飲んで二人の行末を見守り始めた。
ウララの為にも怯んではいけない。この状況の中で双方がそう心の中で決意する。
ムードもりあげ楽団の存在に気づいたドラえもんが慌てながら「二人とも争わないで! 一旦自己紹介から……」となだめようとするが、それすらも悲劇のヒロインの一言のように切り取って音楽演出をしてくるから収拾がつかない。
「……学園の関係者ではないようですわね。一体何者かしら、あなた?」
「野比のび太だ! おまえこそ何者だ!」
そのウマ娘はよくぞ聞いてくれたとばかりに綺麗な巻き髪をかきあげて、目の前の少年に名乗りをあげる。
「私の名前は――」
「キングー!」
その名乗りにムードもりあげ楽団がファンファーレを奏で始める。
打ち合わせていたように連携を取る取り巻きのコール。
「誰よりも強い?」
「勝者!」
「その未来は?」
「輝かしく、誰もが憧れるウマ娘~!」
22世紀ひみつ道具の演奏をバックに併せ、名バと評される彼女の名乗り口上が格好良く決まっていく。
「そう! 一流のウマ娘といえば、この私!!!」
「「「キングヘイロー!!!!」」」
その名乗りに周囲のウマ娘からも、ムードもりあげ楽団からもワァワァと歓声があげられる。皆が盛り上がっている中、対抗する野比のび太はとても難しい顔をして押し黙っていた。
「………………」
「ふふ、どうしたのかしら。まさか、このキングヘイローの名を聞いて怖じ気づいたのかしら?」
プロレスのやり取りばりに少年を挑発していくキング。彼女も内心で「おとなげなかったかしら?」と少し不安になったものの、トレセン学園に関係無い者が練習場に立ち入った挙げ句に、ウマ娘に干渉してきたからにはキングとして気丈に振る舞わなければならない。
それに対して、野比のび太という少年が言い返した言葉はこうだ。
「……キングヘイロー? 聞いた事ないや」
「なぁぁぁんですってっぇぇぇぇぇえええええ!!!!」
常に一流のウマ娘を志していたはずのキングヘイローにとって、その言葉は最大級の侮辱。
……だが、今の今まで競馬と関わって来なかったのび太は元の世界でもこの世界でも、本当に一度も『キングヘイロー』の名前を聞いた事がなかった。真剣に、嘘偽りなく返事しただけ。
ただそれが及ぼした事実としては、この世界において比較的知名度があるキングヘイローに何処のウマとも知れぬ少年がそんな態度を返したものだから、いよいよ周囲もざわつき始めた。
ドラえもんは取り返しのつかなそうな雰囲気を感じ取って「えらいことになったぞ」と思いながら他人のフリを決め込み始める。
そんな風に視線を反らしていると、周囲の中でただ一人倒れ込んでいる人がいる事にドラえもんは気がついた。
「ちょ、ちょっと二人とも! 本当に落ち着いて!」
「なんだよ、ドラえもん! 今話しあってる最中で……」
「そうよ! こんな風に侮辱されて落ち着いていられるものですかっ!」
珍妙なやり取りを面白おかしく囃し立てていたムードもりあげ楽団の奇想曲がピタッと鳴り止む。
静寂こそが一番場を囃し立てるこの瞬間。場の空気から解放された皆が我に返る。そして気づいた。
キングヘイローとのび太、それにドラえもんや周囲のウマ娘達も何故すぐ気づかなかったと自らを責める。
今まで過酷な練習を続けたハルウララは体力を使い果たしたかのように、トラックの地面に倒れ込んでいた。