ハルウララ達は十二分に英気を養い、そうして迎えた黒船賞当日。
朝早くから彼らはバスに乗って移動していた。
レース場近くの駐車場に到着し、そこから徒歩で会場へ向かう一行。
天気は晴れているが、風が強く肌寒い。前日に雨が降ったからか、空気が湿っている。
(……ダートウマ娘にとって、一番走りやすい状況)
『
地面が若干湿っているバ場の事を言う。ダートの場合はバ場が乾いていると足元から砂塵が舞うような状態になり、タイムが逆に遅くなる。
だからほんの少し湿ってるくらいが走りやすい。そういう環境での練習が慣れてればなおさらだ。
(……たぶん、この中だと該当するのはハルウララだろうか)
そういって周囲を見回すノボジャック。今更ながら、ハルウララや高知組の士気がヤケに高い。
「一緒にがんばろうね!」
「おうっ!」
ハルウララはいつも以上に落ち着きがなく、尻尾をふりまわして上機嫌だ。そんな彼女の様子にあてられてか、高知組も妙にハイテンションだったりする。
――G1出場者をここで討ち取って、名を揚げる。
たぶん、そういうつもりなのだろう。その気概に相応しく、彼女達も万全に仕上げてきている。交流重賞において、遠距離移動の疲れが無い現地組はこの辺り有利だ。
(……敵に塩を送ってしまったのかもしれない)
些か不安になる。手元にある《
『それはね、食べると身体に力がみなぎってくるんだよ』
(…………)
そうしてレースが始まる直前、選手控室に各自が集まった折に、ジャックはハルウララに話を持ちかけた。
「時にウララ、純粋な質問なんですが」
ハルウララは、きょとんとした顔でジャックを見る。
「なぁに? ジャックちゃん」
「ドラえもんのひみつ道具でレースに勝てるものがあったとして」
「うんうん」
「貴方は使いますか」
「ううん。使わないよ?」
即答。まるで当然の事のように。ハルウララは断言した。
「だって、みんなが頑張って走ってるのに、一人だけズルして勝っても楽しくないもん」
ウララはその正論をなんの淀みなく、「誰もが当たり前に守っている事」を自明の理として説く幼子のように言い切った。図星ならこうも言えまい。言えたとしたら稀代の役者だ。
「……ウララらしい。回答ですね」
「あ、でも鬼ごっこで遊ぶ時とか速く動ける道具とか使ったら、それはそれで面白そうだね! それならのび太くんも私達と一緒に遊べるし、トレーナー達とも模擬戦出来るかもしれないよ~!」
ハルウララの言葉に、ジャックは自然と笑み浮かんだ。
この一ヶ月の生活を共にして分かっていた事だが、ハルウララはやはり不正をするようなウマ娘ではない。
ノボジャックは《SHYRA GUM》と書かれたガムを自分の鞄に押し込む。
『みんな速いね!』
『ジャックちゃん! 最後まで諦めずにいこうっ!!』
……それでも、フェブラリーステークスで絶望して心が折れそうなあの時に、ハルウララに励ましてもらったあの言葉が、本物であると理解出来た事がノボジャックは嬉しかった。
『さぁ、各ウマ娘ゲートに入りました!』
レース開始直前、静まり返ったパドックにそんな実況の声が響く。
――ありがとう、ウララ。ありがとう、榛原トレーナー。ありがとう、ドラえもんにのび太。ついでに小春トレーナーも。
ノボジャックは心の中で、それぞれへの感謝を胸に抱いた。
この世界においては彼女達の助力がなければ、夢に出てくるノボジャックには到底届かずに潰れていただろうという確信が今ならある。
――夢の中に出てくるノボジャックはとても強いから、最終的にはその子のように私はなれないかもしれない。
うつむいた顔をあげて、眼鏡の鼻あての部分を人さし指で押し、位置を調整する。そして深呼吸をした。
気分が落ち着いて冷ややかになる。視界はクリアになる。
――それでも。
ノボジャックの瞳が妖艶に黒く光る。
その眼に宿した漆黒の意思は、自らがこの黒船の長だと言わんばかりの威圧感を放っている。
――それでも。ハルウララ、貴方を倒す。
この場にいる全員、私が倒す。それをやり遂げて、私はあの“夢”に一歩でも近づく。
夢に出てきたノボジャックと全く同じ瞳の色だと、この場の誰が気づこうか。
ダ右1400m / 天候 : 晴 / ダート : 稍重
史実馬モデルウマ娘の描写についての評価
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良
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可
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