ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

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ハルウララというウマ娘

 ハルウララが倒れて、いくらかの日にちが流れた。

 あの日以来、のび太は学校から帰ってくるなり向かいの空き部屋の方に籠もっている。

「のびちゃん。最近部屋に籠もってるけど、宿題はちゃんとやってるんでしょうね?」

「やってるよ。あ、食事は部屋で食べるから持っていくね」

「のび太!! まったく、行儀の悪い……」

 常に何か考え込んでいるような顔つきで、ドラえもんや両親との会話も少なくなっている。普段は皆で囲って食べる夕ご飯も部屋に持っていき一人で食べている始末だ。

 ドラえもんは「さすがに責任を感じたのだろうか」と心配になっていたが、ドラえもん自身もハルウララの事が常に気がかりな状態だったからのび太を叱れる立場にない。

 目を泳がせていると、パパの読んでいる新聞のあおり文字に目が行った。

 

【ハルウララ、倒れる!】

 

 どうやら月刊トゥインクル新聞。それを把握したドラえもんは食事をこぼしそうになる勢いで立ち上がり、パパの傍に寄る。

「ちょ、ちょっと読ませて」

「おや、ドラえもんも興味があるのか」

『……練習中に突如倒れたハルウララ。

 関係者によると原因は疲労によるものであり、普段からの体調管理を怠った上でのオーバーワークが原因と思われる。

 ハルウララの専属トレーナーは菊花賞への計画を立てている最中に過労で倒れてしまった為、このような事態が起こったのだろう。

 なおハルウララは来年2月に執り行われる《フェブラリーステークス》の出走希望を提出しており、トレセン学園側は出走の是非は今回の事態も考慮した上で検討中との事である』

 その内容を見てドラえもんは頭が痛くなった。原因の一端が少しでも自分にあるように思えたからだ。

 そんなドラえもんの心境を露知らず、パパはニコニコとした面持ちでドラえもんに話を振った。

「ドラえもんもこの子のファンなのかい」

「え、えぇまぁ」

「へぇそうなのか。パパもこの子のファンでねぇ……グッズも一つか二つ持っているのさ」

「まぁ!!」

 女性アイドルのファンだのグッズを持ってるだの聞いて、ママが頭から湯気を出して怒り始めた。

「そんな金があるならば私にネックレスの一つでも買ってくださいな!」

 ママの発言ごもっとも。しかしパパは落ち着いた素振りで話を続ける。

「まぁまぁ。ちょっと話を聞いておくれよ。こんな新聞を買っておいて実のところ、ボクはウマ娘っていうのにあまり詳しくないんだ。ただニュースを見ていればしょっちゅうこの子の事が話題になるのさ。『全戦全敗のウマ娘』って」

 あおり文字を見てこの新聞を買ったとの事で、ママはますます眉間にシワをよせた。

「レースに勝った事のないウマ娘くらい、この世の中たくさんいるでしょうに」

 機嫌の悪そうなママは手厳しい現実を放言する。しかしパパは表情を変えず、ニコニコとしたまま言った。

「そうだね。多くの子ががんばってがんばって、それでも上手くいかなくて結局は夢を諦めてしまう。ボク達人間と同じさ。でも、この子はどれだけレースに負けても、最後には楽しそうな笑顔で観客に手を振っていてね。それをニュースで見ていると、どうにも応援したくなって……」

 パパの優しい微笑みは女性アイドルに向けるものというよりも、娘か姪か、あるいは近所の幼子を見守る時のソレだ。のび太が真面目に頑張っている時もこんな顔をするからドラえもんはよく理解している。

 その顔に邪な気持ちがないと察したママは「はぁ……」とため息をついて矛を収める。

「わかりました。だけれど、無駄遣いはいけませんよ。お金に余裕がないのは本当なんですから」

「ははは、ボクもウララちゃんみたいにお仕事を頑張っていかなきゃなぁ」

 パパは痛いところを突かれたとばかりに、苦笑いしながら頭を掻いた。

 

 部屋に戻る途中、パパとママの部屋にあった鞄に目が行った。パパが会社に行く際にいつも持っていくものだ。

 それにはハルウララをモチーフにしたストラップが付けられている。思い返せばドラえもんもコレと同じものを町中でよく見かけた気がする。お店で見かけた時の売り文句はこうだったろうか。

『――ハルウララストラップ! 交通安全の御守りに』

 ……仮にも現役のウマ娘に対して、世の中はなんて残酷な事をするんだ。

 複雑な感情に突き動かされたドラえもんは、いてもたってもいられず『どこでもドア』を使いハルウララが入院している病室前へ向かった。

「ウララちゃ――」

「きゃあ!?」

 甲高い悲鳴。偶然近くに居た女の子が突然出現したどこでもドアとドラえもんに驚いて悲鳴をあげたらしい。

 この女の子はたしか、キングヘイローという子だったか。

「あ、あなたはたぬ……じゃなくて。猫型ロボットさん?!」

「こ、こんばんはキングヘイローさん」

 ドラえもんは冷や汗を垂らしながらも挨拶をした。あんな騒動があったものだから、ドラえもんとしては気まずい事この上ない。

 キングヘイローは一旦落ち着いてから、どこでもドアの向こうに広がるのび太家の風景やドラえもんの姿形をジロジロと品定めする。しばらくして、彼女は納得するような表情で大きくため息をついた。

「未来のひみつ道具、かぁ……ウララさんが騙されていたわけではなさそうね」

「え?」

「聞いたわよ。一瞬で怪我を治してもらったり、何もないところからにんじん料理をたくさん出してもらったって。話を聞いた時には、単にウララさんが手品で騙されたか、疲れのあまり白昼夢でも見たのかと思っていたのだけれど……」

 ドラえもんは乾いた笑いを浮かべながら申し訳なさそうに頭を掻いた。

「えへへ、ボクドラえもん。22世紀の猫型ロボットです……未来からタイムマシンでやってきました」

「はぁ……未だに信じられないわ……」

 キングヘイローは頭が痛そうに目を瞑り、額に手をあてながら仰々しくため息をつく。

 信じられなくとも、空を自由に飛べるロボットや何処か違う場所へ瞬間移動出来そうなドアが目の前にあるのだからこれ以上その事について問うのは野暮だ。そう判断したキングヘイローの切り替えは早かった。

「……ウララさんをおいしゃさんかばん? で治療しに来たのかしら」

「そうです。ウララちゃんが倒れたのには、のび太くんやボクにも責任の一端があります」

 入院するほどの疲労や病気を取り除くというのは、ハルウララがアスリート選手という事を考えればズルい事かもしれない。

 それが分かっていても、ドラえもんはハルウララを治してあげたかった。――これはたぶん、自分達の責任どうこう以前に彼女自身を応援してあげたいという気持ちが強い。

 しかしドラえもんの言うことに対して、キングヘイローの見立ては違った。

「私達を見くびらないでちょうだい。にんじん料理をお腹いっぱいたらふく食べたくらいで、その日に過労でぶっ倒れるなんてあるもんですか」

 食べ過ぎは多少練習に影響はあったかもしれないが、ウララが倒れ込んだ根本的な原因はもっと別な部分にあるとキングヘイローは真剣な顔で言い放つ。

 その点においてドラえもんは思い当たる事があった。ハルウララが守り通している『専属トレーナーが立てた予定表』だ。

「……本来、トレーニングの予定なんてその日その日にウマ娘の体調を見てから判断するものなのよ。レースの事が不安で夜眠れなくて疲れが取れなかったり、食べ過ぎや逆に食べなさすぎでお腹の調子が悪かったり……とにかく、不測の事態で体調不良なんて事はままある」

 それなのにウララは予定表で立てられた通りの練習をこなし続ける。その日の体調がどんなにキツくても、怪我の痛みがどんなに辛くても。ハルウララは練習を続けるのだ。「トレーナーの指示通りにしていれば間違いはない」と。

「そんなのが正しいなんて……」

 ドラえもんは唖然とした。そして「それは間違っているのではないか」と言いたげな表情でキングヘイローを見つめる。

「……トレセン学園が調査したウララさんのファン数、知ってる?」

 キングヘイローからの質問に、ドラえもんは首を振る。

「1万4000人。少し前の記録だから、今ならもっと増えてるでしょうね」

 正直なところ、ドラえもんにはその数の凄さはいまいちよく分からない。キングヘイローはそれを承知して話を続ける。

「ウマ娘達にとって最大の栄誉ともいえるG1レースへの挑戦条件の一つは、そのウマ娘を支持するファンの数が出走条件を超えている事。1万5000人いれば大体のG1レースには出れられるわ」(※1)

「それってつまり……」

「G1レースに挑戦出来るのはたった一握りのトップクラスのウマ娘だけ。そういう目線で評価すればハルウララというウマ娘はトップクラスなのよ。出走条件を満たせずG1レースへの道を諦めたウマ娘なんて星の数ほどいる。その厳しいスタートラインまで導ききったトレーナーだからこそ、ウララさんは強く信頼してる」

 ウマ娘は困難に打ち勝つアスリートであると同時に、大勢の人達に夢や希望を与えるアイドルという存在だ。大勢の観客達から支持を集める事は、その人数がウマ娘の評価に直結する。

 ドラえもんは、正直にいえばハルウララがそんな凄いウマ娘だなんて微塵も思ってはいなかった。

 のび太くんと同じような、落ちこぼれでダメな子。だから手を貸して助けてあげたい。

 ハルウララの事をそんな風にみていたドラえもんは、なんだか自分が恥ずかしくなってきた。

 

「――とはいえ、それが分かっていてもウララさんったら危なっかしくて助けたくなるのよね~」

 ドラえもんの気持ちを知ってか知らずか、間延びした声でそんな事を言うキングヘイロー。

「だから、のび太さんがやったお節介や貴方がここまで駆けつけてきた事を批難する権利もその気も私にはないわ」

 のび太がキングヘイローの名前を知らずにあの態度を取った件については、「スポーツやウマ娘に興味が無かったなら、当然そういう子もいるから責める気はないわ。でも一流の務めをなして、いずれあの子の記憶にもキングの名を刻み込んであげるから楽しみにしておきなさい」といって高笑い……とりあえず許してくれた。

 

「……でも、やっぱりひいきしすぎるのはよくないかもね」

 ドラえもんはそういってポケットから取り出しかけていた『お医者さんかばん』を奥に引っ込める。

「あら、殊勝な心掛けね。ご心配なさらずとも、我らがトレセン学園付属のお医者様は怪しいひみつ道具に頼らなくてもキッチリ治してくださるわ」

 その言葉を聞いて、ドラえもんはホッと安堵した。どうやら難治な過労ではないらしい。しかし安心した矢先、キングヘイローは真剣な表情で、こう言った。

「むしろ考えるべき問題は、ウララさんやトレーナーの過労が治ってからの事よ」

 

 家に戻ったドラえもんは考え込んだ。キングヘイローの言う通り、彼女達の過労が治っても根本を改善しなければ同じ事が繰り返されるだけだろう。キングヘイローは「何か良い案が思い浮かんだら私に伝える事。いいわね?」と要求してきたが、ドラえもんが思いつける事はあまりない。

 ――『ソノウソホント』でハルウララが勝利するというウソを本当の事にする。

 ――『魔法事典』でハルウララが疲れなくなったり怪我をしなくなったりする魔法を使う。

 そういう事ならばいくらでも思い浮かぶ。しかしそれはドラえもんの側としてもウマ娘の側としても、競技として健全な形だとは到底思えない結果になる事が目に見えている。

「のび太くんと相談してみようかなぁ」

 未だ部屋に籠もって塞ぎ込んでいるかもしれないが、キングヘイローの言ってくれた事を伝えれば多少は気分が改善されるだろう。

 そう考えながら二階へあがって、空き部屋のドアをノックしようとした。

 

「ひらめいたーっっ!!!」

「ぎゃあああああああ!!」

 

 勢いよく開いたドアに押し潰されるドラえもん。どうやらのび太が飛び出てきた瞬間と鉢合わせてしまったらしい。

「あれ、ドラえもんどうしたの? 壁に張り付いたりして」

「どうしたもこうしたも……」

 せっかく心配してきてやったのにキミってヤツはいつもいつも――そんな切り口で説教を始めようとしたが、活き活きとした顔をしたのび太が先にしゃべり始めた。

「それよりドラえもん! ウララちゃんの為になる秘策を思いついたんだ! 今度こそ失敗なんてしないから、ドラえもんにも協力して欲しいんだ! まずはトレーナーさんに『正確グラフ』を渡してウララちゃんの体調管理をしやすいようにして――」

 怒るより前にドラえもんは唖然とした。落ち込んでいたと思い込んでいたのび太が、目を輝かせて計画を語り出した。しかもやって良い事と悪い事のラインも踏まえている。

 おそらく落ち込んでいたのではなく、この数日間ずっと計画を考えていたのだ。ハルウララの為に。

 まだまだ落ちこぼれでダメな子。ドラえもんはのび太をそんな風にみていたが、彼も案外そうではないのかもしれない……。




注釈追記
※1
 ファン数以外にも公式戦で最低でも一度は一着を獲得する必要がある。

ドラえもん<ハルウララ育成記>で好きな主要キャラ

  • のび太
  • ドラえもん
  • ハルウララ
  • キングヘイロー
  • トレーナー
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