ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

53 / 63
ルートファクター

 体験レースは練習場を使った1000mルール。複数回に別けてのレースは、まずダート組の体験から始まった。

 スタートラインには見学生と現役ウマ娘の二人一組で集まっており、そこには可愛げのある熱意が満ちていた。

 保護者達は観客席に腰掛け、その視線は自身の子供達に向けれられている。

「きんちょうする……」

 グランシュバリエという低学年のウマ娘が、不安そうに呟いた。

「大丈夫だよ。ウララお姉ちゃん達も一緒に走るから、それに合わせて走りきろうねっ!」

 その子の不安げな表情を見たウララは、バリエや周囲の子供達に明るく振る舞い、励ましの言葉を投げかける。

「ま、ゆるーくやりましょうや」

「……スカイさん、子供達置いていっちゃダメよ?」

「わかってるって」

 セイウンスカイとキングヘイローも、同じように子供達のペースメーカーとして参加していた。その内のトレセン学生・卒業生は子供達の目安・先導が今回の役割。

「えー、1番グランシュヴァリエさん」

「は、はい」

 職員がアナウンスを行い、バリエがそれに応じてスタートラインへ。他の子供達もレースと同じ時のように若い番号順に内から並ばせる。

「2番ハルウララさん」

「がんばろうね、バリエちゃん」

「……うん、ウララおねえちゃんといっしょにがんばる」

「――4番。ウイングアローさん」

「短距離かぁ……けど子供達の為にもね」

「――6番キングヘイローさん」

「キングの走り、とくと見せてあげるわ」

「――8番セイウンスカイさん」

「ダートは得意じゃないんだけど……ま、入学祝いにちょうどいっか」

「以上、八人立てで1000mを走ります」

 それぞれ現役ウマ娘と見学生・入学生の二人一組で並び、合図を待った。職員がホイッスルを口に咥える。

 スターティングゲートはないが、子供達にとっては憧れのウマ娘と一緒に走るレースである。しかし、緊張のあまりガチガチな子もいるし、逆に楽しそうな子もいた。

 そして合図のホイッスルが鳴る。セイウンスカイやハルウララと組んでいた子は栗が弾けたように一直線に駆け出した。

「わぁー! やる気満々だぁ!!」

「はー、若い子は元気がいいねぇ……」

 セイウンスカイの横に並んでいた子は入学が確定している子と聞いた。地方トレセンの試験を合格しているのだから、それなりの実力はあるのだろう。そしてバリエの方は……やる気だけは十分のようだ。

 セイウンスカイやウララもスイッチが入ったのか、大きく出遅れながらも彼女達へ追いつく為にちょっと本気で駆け出し始める。

「うん、大差だとやっぱり面目立たないよね」

「ウララも負けないぞっ!!」

 そういって、二人のウマ娘は駆け出した。現役選手の全速力。良く乾いたダートからは砂塵が巻き上げられる。それは風が吹けばすぐに霧散してしまうのだが、視界が開けた時には既に二人の姿はそこになかった。

 体験レースであっても、子供達にとってその光景はとても美しく映った。

「おねえちゃんたちはやーい……!」

「ハハハ、ボク達も早速行こうか」

「無理せず、自分のペースでね?」

「はーい」

 キングヘイローとウイングアローは低学年の子供を引き連れて、ゆっくりとコースを走った。二人は子供達が疲れないようにペースを落として走り、それでもしっかりとフォームを意識させて走らせた。

「セイウンスカイっていうお姉ちゃんの足の開き方、広いねー」

「えぇ、あれはストライド走法って言って……」

「すとらいど?」

 キングヘイローの説明に子供二人が首を傾げる。小学生の子に「ストライド走法」「ピッチ走法」と言っても、理解するのは少し難しい。

「水車は分かる?」

「うん、社会の授業で習った」

「仕組みも理解できてる!」

「えらい、勉強熱心ね」

 キングヘイローは彼女達に笑みを向けてから、前方を走っているハルウララとセイウンスカイを指さす。

「例えば、あのちっちゃい方のお姉さん……ハルウララお姉さんが小型の水車だとして、小麦をこねる力を得る為には水車が多くの回数だけ水を掻かないといけない」

「うんうん」

 ハルウララの足下を見ながらであれば、それはすぐに理解できるものだった。

 彼女は左足から右足、また左足から右足へと、目にも留まらぬ速さで交互にステップを踏んでいる。それはまるで水車が高速回転しているようだ。

「ハルウララお姉さんの走り方は『ピッチ走法』って言って、コーナーを回る時とか、短距離とかで普通の走り方とかよりも融通が利くの。ダートでもね。ただその代わり、すごく速く水車を回さなきゃいけないから歯車の消費……走ってる場合で言えば体力、スタミナね。それの消費が激しくなる」

 水車を例え話にすれば、子供達も頭の中でなんとなく想像がつく。小さな水車が頑張って水を掻いて、素早く小麦を粉にしている情景。

「じゃああっちのノンビリなお姉さんのは?」

「セイウンスカイのお姉さんの走り方は、『ストライド走法』。水車で言えば、回転はゆっくりだけど一回一回で水を掻く量が多いような状態。比較的疲れ難くて長距離に有利だけど、足の筋力が必要でそこに掛かる負荷の方も大きいの」

「へぇー……」

 キングヘイローの解説に二人の見学生は目を輝かせている。実際に体育の先生から走り方を解説されているようで、とても分かり易かったらしい。

「スゴイ、まるでキミは先生みたいだ! 将来はインストラクターにでもならない?」

「……悪くないかもね」

 ウイングアローのおだて言葉に、キングヘイローはぶっきらぼうに呟いた。

 

 さて、現役のウマ娘からしてみれば適正外でも1000mに2分は掛からない。セイウンスカイと入学予定の子はほぼ同着で一緒にゴールする。

「いやぁ、本気出さないと追いつけなかったよ……」

 セイウンスカイは息を整えながら額の汗を拭う。親御さんからは「すごいね、セイちゃんと同着だなんて!」と賞賛が飛んだ。

 数秒の出遅れというハンデのある状態だったが、入学生の子も誇らしげにしているのだからそこを指摘せずともよかろう。

 セイウンスカイはそう思い、ハルウララが走っているであろう後ろの方を見た。彼女の組はまだまだ後方で、グランシュバリエという子は力配分を間違えてしまったらしく、歩いているような状態だった。

「うう、もうはしれない……」

 ウマ娘といえど、幼子が1000mを万全に走れるわけではない。現役ですら最初から最後まで全速力のスパートを掛けて走れる者はそこまで多くない。

 後ろから走ってきたキングヘイローとウイングアローの組が、とうとう追い抜いてしまった。

 グランシュバリエはそれを見てガッカリとするが、その横にいるハルウララが彼女を慰める。

「だいじょうぶ。今回は1000mって実際走ったらどんな距離かな、って覚える為なのもあるから、遅れても誰も怒ったりしないよ」

「……そうなの?」

「うん、ウララお姉ちゃんなんて似たような事やった時に、ゴールした瞬間ばったり倒れちゃって!」

 それを聞いてグランシュバリエはその光景を想像して、クスッと笑う。そして気張っていた心がやんわりと軽くなった。

「そっか。がんばる」

 そういうやり取りを経て、グランシュバリエはゴールへ向けて再び歩き出す。

「……うーん、ウララちゃんは他人を勇気づけるのが相変わらず上手だねぇ」

 セイウンスカイは薄らと微笑みを浮かべた。観客席で見守っているスペシャルウィーク達も同じような事を感じている。(メイオーとジャックが誇らしげな顔をしているのは、まぁ気にしないでおこう)

 ゴールを迎えたウイングアローやキングヘイローは一緒に走った子へ「よくがんばったわね」とエールを向けてから、ハルウララの組を見やる。

「ハルウララくんも案外あぁいう指導員向きかもしれないね!」

「指導員? さぁ、選手としてはともかく教える側としてはどうでしょう」

 ウイングアローの言葉にキングヘイローは少し首を傾げながらも答えた。

 教える側は三倍の知識がないといけないとはいうが、ハルウララにその才能があるかと言えば正直難しい。ウマ娘を指導するインストラクターにしてもトレーナーにしても知識は膨大に必要だ。今から勉強すればまだまだ間に合うであろう範疇だから、絶対に無理とは言わないが。

「いやぁ、知識が必要なのは否定しないけれど。それでも他人にやる気を与えられるのは天性の素質だとボクは思うよ?」

 ウイングアローは腕を組んで意味ありげに何度も首を振っている。その様子を受けて、キングヘイローは真剣な顔で相手の顔を見つめた。

「……何か言いたい事ある?」

 キングヘイローは相手の振る舞いからなんとなくそう思った。ウイングアローは彼女の肩にポンッと手を置いた。

「場所変えようか」

 

 そうして次に見学生と走るスペシャルウィーク達と入れ替わる形で、皆からいくらか離れた場所で会話を再開する。

「で、話って?」

 キングヘイローは改めて切り出す。先程は指導員どうのこうので盛り上がっていたが、別にその辺りを本気で勧めたいわけではなかろう。

「……ウララさんの左足の様子が不穏っていうのなら、小春トレーナーから聞いたから知ってるわよ」

 黒船賞に出る少し前にハルウララが左足に爆弾を抱えている事はキングヘイローやホネカワメイオーにも相談された。二人ともショックを受けてハルウララの事を制止しようとしたものの。

『私は走るのが好きだし、G1に勝つ為に走り続けたい!』

 本人の意志で出走すると聞けば、それ以上何も言えなかった。

「さっきの話みたいに、『走るのをやめて指導員を目指せ』と言いたいのだとしたらウララさんは聞き入れはしないわよ」

「いや、そうじゃなきゃボクも困るよ」

「…………」

 キングヘイローは黙り込んだ。後進を応援したい気持ちは同じだが、ウイングアローに対して初めて怒りの感情が込み上がったかもしれない。

 その静かな怒りを相手も感じ取ったからか、ウイングアローも落ち着いた声色で告げる。

 

「ウララをG1に勝たせて、なおかつ足も壊させない為の選択肢があるとしたら?」

 

 それを聞いてキングヘイローは一瞬だけ目を見開きかけたが、すぐに目を細めてウイングアローを睨んだ。

「そんな方法があったら誰も苦労しないわ」

 キングヘイローの言い分はもっともだった。そんな方法は皆が模索しているし、本人だってそうしたいだろう。

 ウイングアローは腕を組んで、相手と論議を交わすという意思を見せつけた。

「まず一つ目、ストライド走法って骨の負担が大きいよね?」

「……そうね。そちらに転向させるのは絶対に避けたい」

「うん、だからストライドに切り替えたり過度なスタミナ強化を図ったりで中距離路線に行かせる事は絶対に出来ない。元々のスタミナを考えて、JBCクラシック、帝王賞、大賞典の三つに挑戦する線は消える」

《JBCクラシック》《帝王賞》《大賞典》

「じゃあマイル路線は?」

「最近交流回りが整備されて中央からも出走出来るようになったG1《かしわ記念》1600mが近いね。でもマイルに適応させる為のトレーニング期間が少なくとも夏合宿が終わるまで欲しい」

《かしわ記念》

「ボク達ダートのウマ娘がG1の栄誉を得られる機会はそうそう多くない。ハルウララが勝てる可能性があるG1で年内で残ったのは《マイルチャンピオンシップ南部杯》、《チャンピオンズカップ》、《JBCレディスクラシック》もしくは《JBCスプリント》だ」

 ウイングアロー自身がダートウマ娘だからか、その辺りの事に関しては淀みなく整理してくれる。だがしかし。

「そこまでは小春さんも理解しているわよ」

 キングヘイローの言う通り、ハルウララが勝てる可能性のあるG1はとうの昔に分かっている。

 だから、キングヘイローはその先について意見を聞きたいのだ。

 キングヘイローは相手の言葉を待つように、ジッと見つめた。その視線を受けたウイングアローは力強く頷いて、語り始める。

「足への負担を減らしつつ勝たせる為にはレース出走を最小限にする。ウララの選手寿命を著しく縮めているのは本走だ」

 キングヘイローもそこに異論はない。以前ならトレーニング中に潰れる懸念もあったが、半年ほど前に『正確グラフ』というひみつ道具をドラえもんから譲り受けたおかげで体力の管理に関しては十全だ。

「……JBCスプリントへ的を絞らせて出走数を減らせろと?」

「まぁ、早い話がそうだね」

「でも、ウララさんがJBCスプリントに絶対に出走出来るわけじゃないのよ。優先者に蹴り出されるかもしれない」

 その時に全てを賭けるのはギャンブルが過ぎる。キングヘイローはそう思った。だがウイングアローは笑みを浮かべて、指を二本立てた。

「トライアル優先権」

 ウイングアローの一言でキングヘイローは相手の言いたい事を悟った。

 トライアル優先権。特定のレースで一定の着順内、あるいは好走した者に対して出走優先の権利が与えられる制度。出走条件においては基本的に獲得ファン数よりも優先される。

「……今年のJBCスプリントのトライアルレースは?」

「さっき挙げた南部杯。もう一つはG2《東京盃》。片方はG1だからウララの希望にも合うし、東京盃も1200m大井。同条件のJBCスプリントに勝てるかどうか試すにはちょうどいい。逆に言えば、東京盃で好走出来ないようならそもそもJBCスプリントは勝てない」

 そうやって二本立てた指をひらひらと振る。

 ……成る程、そもそもレースを減らさないとしてもJBCスプリントが本命ならその2本は出走すべきだし、たとえ減らすとしてもその2本は絶対に抜けない。

 ハルウララの育成記において、もっとも重要な出走ルート。

 

 

 G2《東京盃》⇒G1《マイルチャンピオンシップ南部杯》⇒G1《JBCスプリント》

 

 

「マイルである南部杯の成績がよければJBCスプリントの後に中京のチャンピオンズカップに出走する選択肢もある。完璧だろう?」

「……なんで私に相談したの? 小春さんに言えばいいじゃない。そもそもあの人もその辺りは考えているかもしれないし」

「いやぁ、ボク小春さんと仲良くないし。……それにその選択肢を取る為に、キングに頼みたい事があるんだ」

 ウイングアローはヒラヒラとさせていた二本指を止めて、その手をキングヘイローの目の前に突きつけてきた。

 まるで自分の意思を誇示するように。

「《マイルの名優アキツテイオー》に寄った中途半端な走り方ではなく、ボクたち黄金世代の技術(因子)を彼女へ継承する。中京G1の王者(高松宮とチャンピオンズC勝者)、その二人がね」

 キングヘイローはその言葉を聞いて相手に何か明確な秘策があると感じ取り、今度こそ驚きに目を見開いていた。

 

 

 

 その話に驚きの感情を抱いていたのは、キングヘイローだけではない。

「…………おい、アタシとの約束……どうすんだよ……」

 エルムステークスをウララとの決戦の舞台として選んでいたホネカワメイオー。

 彼女はキングヘイローとウイングアローの計画を聞き取ってしまい、それに強烈な疎外感や不快感を感じながらも、その話に割って入る事が出来なかった。




 ウイングアローの考えに影響を与えたアンケート投票は以下の通り。
(21) アキツテイオーとヒロインの技術
(25) キングヘイローとウイングアローの技術

もしもハルウララが何らかの形で技術を引き継ぐとしたら……

  • アキツテイオーとヒロインの技術
  • キングヘイローとウイングアローの技術
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。