体験レースの催しが芝の練習場に移動した頃合い、ダート練習場を前に宗石小春とハルウララ、キングヘイローとウイングアローの四人が集まっていた。
キングヘイローから「ウララさんのトライアルルートに出走を絞るのはどうか」と考えを持ちかけられ、小春の顔に驚きの感情が浮かび上がる。
(そのルートだとウララさんはメイオーさんの挑戦状を破り捨てなきゃいけないんじゃ……)
G3エルムステークスとG2東京盃は開催時期はおおよそ同じだ。休養期間も考えると両方出るわけにはいかない。
正直な話、小春もトライアル制度の事は知っていた。知ってはいたが、二人に決着をつけさせてあげたいという感情が先立っていた。
その感情の部分についてはもちろんハルウララ自身も同じようだ。
「それって……メイオーちゃんとの約束は破らなきゃいけないの……?」
「それは……」
キングヘイローの相談に対して、ハルウララは胸の鼓動を抑えるように手を当てながら、俯き気味に呟く。挑戦状をテレビ越しで叩きつけられた後にも、メイオーとは直接会ってから改めてエルムステークスで対決の約束を交わしたのだ。
その約束を破るという行為に対して忌避感もあるが、それ以上に約束を交わした相手、つまりメイオーの心中を思い浮かべて、ウララは心を痛ませる。キングヘイローとてその辺りの気持ちは同様だ。
「じゃあ東京盃に決戦の場所を移してもらえばいいじゃないか。何ヶ月も先の事だから目標の切り替えは十分間に合うだろう?」
キングヘイローが答えに窮していると、ウイングアローが淡々と言葉を紡ぐ。それが一番合理的だ。
しかし、それでもハルウララは納得が出来ないような態度で呟く。
「でも、メイオーちゃんはまだG2への参加権がなくて……」
「じゃあ、彼女がG2に参加出来るように頑張ってもらえばいい」
「…………」
ハルウララは何も言えず黙り込んだ。
G2への参加資格を得れずに競争人生を終えたウマ娘がどれだけいようか。
ウイングアローは小さくため息をついた。今ここに至っては、メイオーというウマ娘がウララの足枷になっているようにしか思えぬ。そもそもウララは既にG1への参加権利があって、なおかつ足の故障の懸念があるのだ。目標へ関わらないレース出走に何の意義が見いだせようか。
ウイングアローはチラリとキングヘイローの方を見るが、彼女自身はやはりどうとも言えないような顔をしている。黙り込んだ二人を前に、ウイングアローは心がチクリと傷んだ。
(『ライバルという存在と戦いたい』っていう気持ちは痛いほど分かるし……後進達の為に嫌われるのは覚悟の上だけど、こういう悲しそうな顔をされるとやっぱり堪えるなぁ……)
「えぇっと……」
それぞれが難しい顔をしていると、宗石小春が恐縮そうに小さく手をあげた。
「キングさんやウイングアローさんの言う事はすごく、分かります。故障の懸念も、G1へ向かう為の出走ルートも。全部その通りです」
小春の言葉を聞いて、ウイングアローは自信たっぷりの笑みを取り繕う。
「理解してくれたかい?」
「理解した上で一ついいですか」
小春が真っ直ぐにウイングアローの顔を見つめる。「よそのローテーションに口出しするな」とでも言われるかと思い、ウイングアローは少し身構えた。しかし小春の口から放たれた意見は全く違う方向性のアプローチ。
「トライアル優先権を取得する為に東京盃で好走が求められるならば、それよりも前の時点で同条件のレースへ挑戦するのはダメですか?」
周囲のウマ娘三人へ問いかけるように小春は提案を行う。
「うーん、同条件のレース?」
「同条件のレース……大井1200mのレースは、えぇっと……」
勉強が苦手なウララはもとより、キングヘイローは芝路線である事もあってか同条件のレースをソラで言えぬ。ダートを主戦場とするウイングアローすら、ハッキリ思い出すのに数秒かかった。
「……4月後半に開催されるG3《東京スプリント》の事かい?」
「はい。JBCスプリントや東京盃と同じ、大井1200mダート。その条件での走り方を研究するにあたって、貴重な試金石になります」
小春が真剣な顔つきで頷き、三人に対して意見を求めるような身振り手振りを加えて説明を重ねる。
「メイオーさんと対決出来るG3で、なおかつウララさんの大目標と同じ条件のレースはここしかありません。もちろん、キングさんやウイングアローさんの懸念や東京盃の事を考慮すれば、エルムステークスは諦めざるを得ないのも確かですが……」
小春の意見を聞き終えると、ウイングアローは腕組みをして考え込む。
(……驚いた。冴えないトレーナーさんだと思いきや、ハルウララの為ならこういう“感情”と“合理性”の折衷案は上手いところを出してくる……)
正直なところ、ウイングアローとしては宗石小春という存在をハルウララほど重要視していなかった。
この小春という人間は新人トレーナーだから、西崎トレーナーほどウマ娘の感情に寄り添えるトレーナーでもなければ、東条トレーナーほど合理性に富んだトレーナーでもない。その程度の認識だった。
だが、それでも彼女はトレーナーとして知識を総動員して、目の前にいるハルウララというウマ娘の事を考えた上で最善と思われる選択肢を提示してきた。それは先に挙げた二人とは毛色の違う、ハルウララというウマ娘と向き合ってきた者だからこそ出せる結論。
――このトレーナー自身も案外侮れないかも。
そんな感慨がウイングアローの胸中に浮かぶ。俯いていたハルウララは顔をあげて、瞳を揺らすように視線を動かした。
「それって、メイオーちゃんともう一度走れるって事?」
「はい。ですが、メイオーさんやスネ吉トレーナーの都合もあるから、相談してみなければいけませんが」
小春はウララの問いに対して肯定的に言葉を返した。それを聞いたハルウララの顔は、嬉しさのあまり紅潮していく。
ウララとしてはメイオーと一緒のレースで走りたいという気持ちが抑えきれない。今すぐメイオーへ会いに行きたい衝動に駆られるが、それをグッと堪えてハルウララは三人に訴えかけた。
「私もそうしたい! メイオーちゃんが出場出来るなら、G3《東京スプリント》に出たいっ!」
ハッキリと自分の意思を示した彼女の表情を見て、ウイングアローとキングヘイローは難しい顔を緩めてふっと微笑んだ。
そもそもどのレースを走るかだなんて他人が強要する事ではない。ハルウララ自身とそのトレーナーである小春が決める事だ。なのに、彼女達は他人の挑戦や心配を拒む事をせず、その上で自分達なりの形に昇華してみせた。
ならば自分達がやれる事をやろう。さっきからグスグスというすすり泣く声が気になってしょうがない。
キングヘイローとウイングアローは肩を竦めてから、一連の話を壁に隠れながら盗み聞きしている者へ向けて声をかける。
「ウララさんはこう言ってるわよ。そのレースには出走出来そう?」
「出れないなら出れないで、うってつけの舞台が見つけられるようにボクも相談に乗るよ。二人の決戦に関しては、キミの意思も尊重すべきだろうし」
「ッ……出走希望は出す。出すけど、目にゴミが入って、るから、ちょっと、待て」
壁の向こうからそんな言葉が返ってきて、ティッシュで鼻をかむ音が響いた。
その音を聞き届けてから、ウララは壁に張り付いて隠れている人物の元へ駆けていく。
彼女はその相手を見た瞬間、胸の奥底から溢れ出す喜びを隠せなかった。
「メイオーちゃん!」
「で、不和を解消出来たところで、重賞を勝ちに行くに当たってハルウララくんにボクとキングヘイローから秘技を伝授したい!」
ハルウララがメイオーの腕に抱きついて、抱きつかれているメイオーが「引っ付くな!」とギャーギャー騒いでいるのを横目にしながら、ウイングアローが演技掛かった態度で宣言する。……シリアスからコミカルの温度差を感じて、額に手を当てているキングヘイロー。
「秘技っ!? なにそれー、すっごく強そう!!!」
「秘技の伝授を行うにあたり、ハルウララくんに質問! ダートで勝ちやすいのはどの走り方か知ってるかい?」
「勝ちやすい走り方……?」
ウイングアローに問われたハルウララはキョトンとした顔をしてから、うんうんと考え込む。
「こう、エルちゃんみたいに最初からばびゅーんって速いやつ!」
「うん、まぁ……そうだねっ!! エルコンドルパサーくんみたいな先行がダートで強い!」
ウララのやわやわとした表現を聞いて、全員が苦笑を浮かべる。
「皆が知ってるようなウマ娘だと《赤鬼スマートファルコン》、《怪物オグリキャップ》、《怪鳥エルコンドルパサー》、この3人はダートでは相当強い立場にある。基本的に“ダートは最終直線が芝より短い”。だからダートは彼女達のような逃げ・先行が有利だ。短距離なら尚更ね」
ダートレースが『逃げ天国』とも言われるゆえんはそこにある。ノボジャックが黒船賞で圧倒的な実力を示したのは、彼女の戦法が環境に合致していたのも一因だ。
ハルウララはウイングアローの話を聞いて何度も頷いて、ふと一つの考えが浮かぶ。
「じゃあ、私も逃げで走れば勝てるようになる?」
「……素質的に行けなくもないかもね」
ウララの発言を受けて、ウイングアローは顎に手を当てながらそう答えた。
ハルウララが逃げで全く勝てない理由は、暴走気味なペース配分にある。これは【空回り】と呼ばれる。スタミナを温存せず、最初から全力疾走して中盤辺りで早々にバテてしまうパターン。
ただウイングアローからしてみれば、ハルウララはレースに勝てる実力が無いというわけでは決してない。……だから、そこを矯正さえすれば、あの“アキツテイオー”に大きく近づけるとは思うのだが……。
「ともかく、ダートにおいて最終直線で勝負しがちな差し・追い込みは弱い戦法だ」
その言葉に、キングヘイローがムッとした表情でウイングアローをちょっと睨んだ。
「……まぁ、芝なら差しも強いよ……?」
ウイングアローはそうお茶をにごしてから、再び話を続ける。
「ダートレースでの追い込み脚質の勝率は分かるかい? ハルウララくん」
「んー、と……10%くらい?」
弱い、と言われているのだから大体そのくらいだろうか、とハルウララは思って口にした。
ウイングアローはその回答にニコニコとしながら正解を示す。
「なんと《1%》!」
「えぇっ!?」
ハルウララもこれには驚いた。自分が追い込み策でダートを走る事もあるが、そんなに追い込み脚質の子がダートで勝てないとは知らなかったのだ。
「……まぁこのパーセンテージは単純に実力不足で後方の追い込みに分類されちゃってるとかもあるみたいだけど……なんにしても逃げ・先行がほとんど勝っちゃってるのは統計が示してる。逃げ・先行がダートの勝ちに絡む確率は80%くらいだったかな?」
ウイングアローは腕組みをしながらそう語った。統計だのと難しい話はハルウララもよく分からぬ。だが両のこめかみに人差し指を当ててうんうん思い悩んだ。自分の脚質がそれほど不利なのだと聞かされて、少し不安な気持ちが芽生えていく。
ウイングアローはその表情を眺めてニコニコとしているが、ウララの様子を横目に口をヘの字に曲げていたメイオーが口を開く。
「アローせんせぇよ、その統計の欠陥をもう一つ指摘していいかい」
「うん、なんだい? アロー先生になんでも言ってごらん!」
講師の演技がかった態度に、メイオーはため息をついてから言いのける。
「……その統計、『技術的な練度の要求される差し・追い込みでレースに勝てるような実力あるヤツは芝に行く』ってのを恣意的に無視してんだろ」
メイオーの言葉に、ウイングアローはニィッと口角を上げて笑みを浮かべた。
『ダートは芝の格下』
皆がどれだけ綺麗事を並べて否定すれど、レースに出た際の『ファン獲得数*1』がその事を示している。だから、差し・追い込みでも勝てる実力がある者は芝路線へ挑戦する。
そしてダートに残るのは芝でも勝てない者か、砂の上でこそ本領を発揮しうる真のダート走者。
「……うん、メイオーくんが言ってる事も大正解。だから、実はダートで差し・追い込みってのはそこまで絶望的な不利じゃないんだ。その証左に」
ウイングアローはなんでもなさそうな仕草で自分の胸に手を置いた。
「追い込み脚質で勝てる《1%》が目の前にいる」
先ほどまでおどけていたはずの彼女の態度に、メイオーはゾクリと畏怖のようなものを感じた。
ウイングアロー。ダート環境で差し・追い込みで活躍する古強者。ハルウララと全く同じ脚質のウマ娘。
ダート環境で不利であるはずの脚質で重賞を勝ちにいけるという王者の自負。ハルウララの脚質でも勝てない事はないと、これ以上の説得力のあるウマ娘が他にいようか。
ハルウララもその言葉には眼をパチクリとさせて、ウイングアローに訊ねた。
「アローちゃんが差しや追い込みで勝ててるって事は……じゃあ、ウララはウララの走り方を変えなくていいんだね!?」
「そういうことさ。キミはキミの強みを伸ばしていけばいい。ハルウララくんはそれだけの素養があるのだから!!」
――……ウララがアキツテイオーみたいな走り方をするところは、ボクも見てみたかったけどね。
ウイングアローは心の奥底で天秤にかけていた感情を押し殺しながらウララを勇気付けると、小春トレーナーの方へ目をやった。
「差し支えなければボクやキングヘイローにもハルウララくんの模擬レースのデータ見せてもらえる?」
小春トレーナーは鞄に入っていたタブレットを取り出し、そこに入っていた模擬レースのデータをメイオーとキングとアローの三人に見せている。
「……今更だけど。なんでこんなゴールタイムがモロモロなんだよ。すげぇ良いタイム出してるかと思いきや、メイクデビューでも勝てねぇようなタイム出してやがる」
「えへへー……」
文字や数字で現されたデータ表を見て、メイオーは呆れた声を出す。ウララは恥ずかしそうに頭を掻いて、ニコニコと笑った。
「ウララさん、模擬レースだと近頃こういう感じで乱調子なんです。格上の子達に勝つようなタイムを叩き出したかと思えば、次の模擬ではメイクデビュー前の子にも負けちゃうような状態で……」
「…………」
小春の言葉も聞きながら、キングヘイローやウイングアローとまじまじとタブレットのデータ表を眺めていた。
(うわぁ、これメイオーさんみたいに呆れられているのかな……)
小春は内心でそんな心配をしていた。キングヘイローもウイングアローも小春から見て、相当なベテランのウマ娘だ。小春がトレーナーに就職する以前から競争者としてデビューしているのだから。
そんな彼女達がデータ表をじっくりと眺めている中で、小春は不安に思う。だがその二人は呆れる事もなく、口元に手を当てて何やら考え込む仕草をしている。
しばらくして、キングヘイローの方が口元を覆う形で手を置いたまま顔を上げた。
「……小春さん。この一番良いタイムのところ。対戦相手がどんな脚質の子達だったか覚えてる?」
「へ?」
いきなり質問されて戸惑ったが、データ表を見て思い返す。対戦相手の順位やタイムもちゃんと記録されているが、脚質を判別するにはそれだけでは情報が足りない。
「確か、えぇっと……」
「もしかして逃げ・先行・差し・追い込みの脚質全員揃ってるような状態だったりする?」
小春が思い出すのに苦難していると、キングヘイローがさらっと予想を述べた。それが呼び水となって、小春の頭の中でその時の記憶が一気に噴き出してくる。
「あ、あー。そうです! ウララさん以外でバランス良く揃ってました!」
それを聞いたウイングアローとメイオーがひどく驚いたような顔をした。
「じゃあこの逆に極端にタイムが悪い状態は対戦相手の脚質が偏った時」
「はい、その通りです! ……あれ、なんで分かったんです?」
小春はキングヘイローにそう尋ねてみたが、彼女は自信ありげな笑みを浮かべるばかり。
「それは私がキングだからよ! おーっほっほっほ!」
「キングちゃんすごいすごーい!!」
頬に手の甲を当てながら高笑いするキングと、それに驚き褒め称えるハルウララ。
小春はそれに困惑するばかりだったが、何故だか「キングだから」という言葉に今回は妙な説得力があった。
「……アイツ、タイム表と経験論だけで速攻言い当てやがった……」
「……レース展開では誰よりも視野が広いって昔から言われてるからねー。キング……」
メイオーとアローは高笑いするキングヘイローを横目に、ヒソヒソと囁き合っていた。
実際、キングヘイローはレースにおける戦略などにおいてはかなり頭がキレる。そうしてついたあだ名が『大局眼』。
「でも、なんで相手の脚質が偏るとタイムがブレてるんです?」
「う、ウララもわかんない……」
小春は何故タイムがこうも極端にブレているのか理解出来なかった。ウララ当人でさえもよく分かっていない。
二人の様子に、メイオーはちょっと頭が痛くなった。けど、キングヘイローの言い当てた事から考えていけば答えは単純だ。
「あー……さっき見ただろ。ほら、グランシュバリエ。要はアイツとおんなじでペースメーカーが居ないと上手く走れてない」
「え、ウララさんは小学生の子ほどペース配分下手じゃないですよ!?」
「程度の差だバカたれ。化け物どもが集うG1レースですら同じような現象が起きるんだぞ。全体がハイペースな時の勢いで、一着のヤツがレースレコード更新とかよくある話だろ。その逆も然りだ」
小春は「教え子と同い年の子にバカって言われた……」と酷くしょげながら、ハルウララに「よしよし」と慰められている。
「……そういえば、速く走れた時は毎回誰かの横で一緒に走っていたかも」
ウララの言葉にキングヘイローが頷いた。
「一勝クラスレース。アリスブルーさんと一緒に走ってた時、ウララさんは足の乱れが止まった上にスパートに掛かるタイミングが完璧だった」
「オイオイ、マジかよ。アタシが必死にエクスキューズと競り合ってた後ろでアリスのヤツと乳繰り合ってたっつーわけか?」
メイオーの表現の仕方にキングヘイローは頬を赤くして顔を顰めたが、突っ込むと負けだとスルーした。首を傾げるウララと、顔が真っ赤になる小春。苦笑するウイングアロー。
「ちちくりあう……?」
「……ウララさんは分からなくていいです……」
ともかくとして、ハルウララには他にも思い当たる事があった。
「そういえば根岸でも、黒船賞でも。フェブラリーステークスでも……一生懸命走ってる時には誰かが横にいて、それで、その……一緒に走ってたら……気持ちがふわふわして、わくわくして、そ、その子に引っ張られて……?」
ハルウララは自分の言っている事がいまいち分かっていなかった。それでも彼女は言葉を紡いでいく。
言葉の意味を噛み砕き、一つ一つ自分の中で整理しながら、それを口にしていく。
「……疲れてたはずなのに、足が軽くなって、もっともっと頑張れるようになって……」
そハルウララの頭の中に浮かび上がってくる光景。
応援の声をあらんかぎり張り上げてトレーナー。真剣な眼差しでレースを見守っている学友達。楽しそうにしている観客達。
砂の上で走っている自分。その前を走る速いウマ娘。隣で走るライバル。
自分がゴール板を駆け抜けた時に見せてくれる、皆の満面の笑み。
「……~~っ!」
アリスブルーやノボジャック、そしてウォーターダグと一緒に走った時のように、楽しい気持ちが心の奥底からぶわっと噴き出してきた。あの瞬間の記憶を思い出していくにつれ、頬が熱くなっていくのを感じる。
疲労すら忘れさせてくれる高揚感が頭の中で渦巻いている。胸の中がざわざわとして、嬉しさや喜びで変になりそうで、思わず身震いをしながら声を絞り出して唸った。
「……誰かと一緒なら、ウララはきっと速く走れる……!!」
ハルウララは、ようやく自分の本質を理解する。そしてメイオーやキングヘイロー、小春の顔を一様に見つめた。
ライバルや友達、トレーナーや観客達の期待を背負って走れば、ウララはもっと強くなれる。そしてそこからもう逃げたりしない。
三人ともそれに頷いて応え、ウイングアローも微笑んだ顔でそれを見届ける。
「さて、自分自身の強みを自覚したところで。皆と合流しようか。グランドライブとやらに遅れちゃ台無しだ! 秘技の継承は中央に帰ってから。スネ吉トレーナーさんとも東京スプリントの事についてよく相談しなきゃいけないしね」
「うん! 今から東京スプリント楽しみだなぁ~!!」
「ふふっ……」
前向きに喜んでニコニコふわふわしているハルウララを見て、思わず笑みがこぼれるキングヘイローと小春。メイオーも感慨深いものがあったのか、手のひらで両目を覆い隠している。
ウイングアローは彼女達を眺めて、嗤った。
世間ではあまり着目されていないが、ハルウララは根岸ステークスの時点でその片鱗を既に見せつけていたとウイングアローは考えている。
あの時、ノボトゥルーはコースレコードを大きく上回っていた。メイオーの言葉を借りれば『全体がハイペースな時の勢いで、一着のヤツがレースレコード更新』というヤツだ。
それは目を見張るほどの大快挙。新聞やニュースなどのメディアはノボトゥルーを褒めちぎったし、その影響からフェブラリーステークスであの人気を得たのだ。
……実は6着までがコースレコードを上回っていた事はあまり認知されていない。3着の当事者でさえ、あぁいう風にニコニコとそれを分かってない素振りだ。
――全員の“想い”あってこそのコースレコードだとボクは思うんだけどね。
キングヘイローと喫茶店で出会ったのは偶然の再会などではなく、砂塵の中に埋もれた粒金をあさましくも拾い上げにきたのだと知られればきっと軽蔑されるだろう。
――仕方ないじゃないか。ライバルに恵まれたキミと違って、こっちはまだまだスター不足なんだ。
だから、そんな
――その為にならハゲタカにだって、魔王にだってなってみせるよ。
それは多くのライバルに恵まれなかったウイングアローという存在を取り巻く、想いの一つ。願いの一つ。
自分の競争人生に更なる闘争を。夢で視えたあのウイングアローよりも、もっと多くの
――マイルチャンピオンシップ南部杯、楽しみだなぁ……。
次代のウマ娘達にとって、この自称魔王が舞台から降りるのはまだ先の話。
今はただ、その日が来る事を楽しみにしようじゃないか。落ちこぼれのウマ娘が、華々しく魔王を打倒する事を彼女自身が願っているのだから。