ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

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クラシック外伝《ウマの勇者のやり直し》編
アグネスデジタル


 何これ、天国ですか。

 アグネスデジタルは未来を担うウマ娘ちゃんを両脇に侍らせながら、ターフの上を早足で歩く程度の速さで駆けていた。

 10歳前後のわんぱくウマ娘が、きゃあきゃあと黄色い声をあげながらじゃれついてくる。

「はーっはっは、モテモテだね。デジタルくん!」

 同じような速度で隣を征く覇王様。彼女からの好意的な視線が熱い、痛い。

「いや、こういうのは、偉業を成し遂げたオペラオーさんとか、面倒見が良さそうなドトウさんの役目だと思いまひゅ……」

 噛んだ。憧れのテイエムオペラオーと一緒に体験レースを執り行えている挙げ句、おまけにこんな可愛い後輩達に慕われるなんて、感情がどろどろになってうまく答えられない。

 ありえんてぃ。こんな風に慕われるのはあたしのキャラじゃないし。草葉の陰でウマ娘ちゃんをそっと見守るのがお似合いで、こんな風に後輩達に慕われるなんて百合花の間にじゃがいもの苗を植えるくらい不釣り合いなんですよ。*1

「そんな事はないよ。ボクはデジタルくんの事をとても素晴らしいウマ娘の一人だと思っている。後輩に慕われるのも当然の事さ」

 デジたんの謙遜に対して、テイエムオペラオーは優しく語り掛けてきた。

 テイエムオペラオーの好意的な眼差し。やめて、見つめないで。死んじゃう。なんなんですの、このご褒美はぁ。

 デジたんは表面上だけは平静を保った。他人から見れば、凛々しく見えるように。……いや、まぁ、表情が強張ってるだけですけど。

 心の中で悶え苦しみながらも、なんとかそれを表に出さないように必死に堪えた。

 そう、我慢しなければいけない。これは、耐え忍ばなければならない試練なのだ。

 これは 「試練」だ。尊みに打ち勝てという「試練」とあたしは受け取った。ウマ娘の成長は……未熟な自分自身に打ち勝つ事だと……。

 

 ああ、でも無理。

 耐えきれんて。

 

「おや……2000mは頑張りすぎだったかな?」

 ダートの体験レースも芝の体験レースもペースメーカーを担当したデジタルは、立ったまま気絶していた。尊みのラストスパートを抑えた結果、デジたんは生命活動を停止……死んだのだ。*2

 とりあえずオペラオーは熱中症か何かと判断し、彼女の体をお姫様抱っこの形で抱きかかえる。

 オペラオー自身が“ヅカ”に寄った容姿なせいもあるが、抱えられるデジタルも小柄なのもあって子供達の乙女心をくすぐる。

「わー、王子様みたいだ!」

「はーっはっはっは!!! そう、最も強く美しい覇王!! テイエムオペラオーさ!」

 子供達に囃し立てられて、動揺する事もなくオペラオーは高らかに笑う。そんなこんなで、デジタルは木陰に運ばれて観客達に看病される事になった。

 

 

 アグネスデジタルは過ぎた夢を見た。百合花に挟まるじゃがいもの夢。いや、そんな生ぬるいもんじゃない。

 ライバル同士の大決戦に他者を押しのけてまで割って入るような暴挙。秋の天皇賞で、ドトウやオペラオーを打ち倒そうとする夢。

 ――待って。秋の天皇賞とか出走した事ありませんよあたし。

『どうせ勝てないくせに、クロフネの邪魔をするな!!』

 スタンディングゲートの中でぼぅっとしていると、観客席から罵声が飛んできた。

 ――いや、まぁ、はい。お叱りはごもっとも。どっちかっていうと主戦場はダートですし。芝に出走するとしてもマイルですし。

 周囲が鋼鉄に阻まれている事も相まって、デジタルは針の筵ならぬアイアンメイデンの中にいる気分だった。

 そんな気持ちで地面を眺めていると、誰かがぽんっとデジタルの肩を叩いて、励ますように耳元で囁く。

『キミが寝ぼけてるみたいだからみんな侮ってるんだ。一着を獲ってアイツらをビックリさせてやろう』

 ――えっ、なんですかぁ……? 誰ぇ……?

 知らない人の声。誰だかは分からない。だけど、懐かしい感じがする。

 その人の言う通りにしていれば、不思議とこのレースは万事上手くいくような気がした。

 ――……トレーナーさんとも違うし、タキオンさんとも違うし、わりと親しい人な気がするんだけど……えぇっと……誰だっけ……。

『さぁ、行くよ』

 その人が誰だか確認する間もなく、目の前のスタンディングゲートが開いてゆく……。

 

 

「あっ、まって。あなたのおなまえは……」

 デジタルは、意識を取り戻した。貧血から意識を取り戻して、頭の中に血液が巡っていく気持ちがいい感覚。

 目を開けた先にあったのはG1特有の沸き立つ熱気ではなく、木陰を揺らす風の心地よい涼しさだった。

「…………」

 周囲を見回せば、聴診器を持ったメガネの少年と青狸。そして顰めっ面のアグネスタキオン。

「右足が不調気味なのに、2000mも歩くものじゃないよ」

 そう言って、タキオンは手のひらでデジタルの額をペシペシと叩いた。

「……あれぇ? 体験レースは?」

「気絶したからキミは離脱。ついでに、『ひみつ道具』とやらでこの子達に診察してもらったんだよ。感謝したまえ?」

 そう言って、傍らにいる少年とロボットに意識を向けさせた。

「えっと、野比のび太です」

「ボク、ドラえもん」

 のび太とドラえもんが挨拶を交わすとデジタルも慌てて上半身を起こして、自己紹介を述べる。

「で、デジたんでしゅ……」

 噛んだ。

「アグネスデジタルです……ご診察、ありがとうございます……」

「タキオンと名前が似ているけど姉妹なの?」

 のび太という少年はそんな事を言う。ドラえもんというロボットは頭が痛そうに額に手を当て、タキオンの方はくすりと笑った。

「手のかかる妹さ。いや、デジタルくんがお望みならお姉さんと呼んであげるのもやぶさかではないがね」

「へぇー。ぜんぜん似てないけど姉妹なんだ」

 いつも通りの調子でタキオンは答えた。のび太という少年もそれで納得した様子。

 ――妹タキオンさん概念……なんですか、いつもはクールに振る舞っているタキオンさんに「おねえちゃん、ご飯作って」って駄々っ子みたいに迫られるんですか……それなんて特殊シチュですか……。

 またデジタルは妄想の海に沈んでいきそうになったが、のび太という少年の声でなんとか現実に引き戻された。

「右足、怪我してるの?」

 そう言われて、ハッと意識を取り戻す。それからやんわりと頷く。

「えぇっと、はい。フェブラリーステークス出走する予定でしたが、トレーナーさんに止められました……」

「あの人は無茶苦茶なローテ組むかと思えば、労るところは労るからねぇ……」

 それを聞いてのび太もドラえもんもビックリした顔をする。

「じゃあウララちゃんのライバルの一人って事だ!」

「え、あ、ハイ。そういえばシニアクラスで同じ路線走ってるから、ライバルですね……」

 そういえばハルウララもフェブラリーステークスに出場していたのだったか。実際に戦った事はないが、これから勝負する機会もあるかもしれない。

「とはいえ、先に不調を治さないとどうしようもない」

 そう言って、タキオンは車椅子の上で前屈みになってデジタルの右足をそっと撫でた。

「ふひゅっ!?」

 突然の事にデジタルはビクッと身体を震わせる。痛かったわけではない。くすぐったい。変な声が出てしまった。小学生の目の前で。

「タキオ、ンしゃん。人前では御勘弁を……」

 恥ずかしさに悶えながら、蚊が鳴くような声で懇願する。タキオンは不服そうな顔をした。

「まるで普段から触らせてくれるような言い方をするね。治験を頼み込んでも逃げていく癖に」

 デジタルの足から手を離すと、タキオンは車輪に手をかけてのび太とドラえもんの方に向き直る。

「ハルウララと同じようにパパッと治してあげちゃくれないかい?」

「うん、まかせて!」

「えぇっ!!?」

「いやいやだめだめだめっ!!!」

 タキオンの突拍子もない要求にのび太は快く頷くが、デジタルは大慌てで足を引っ込めドラえもんは制止する。

「……何故だい?」

 タキオンはニヤケ面でデジタルとドラえもんの方に向き直る。この顔は何がダメなのか分かってて言っている顔だ。

「ひ、卑怯だとおもいますっ。他のウマ娘ちゃんは怪我があったら治るまで休まなきゃいけないのに、未来の道具で全回復っ、とか……」

「そうだよのび太くん! 見たところ、デジタルさんの不調は擦り傷なんかとはわけが違うんだよ!!」

 二人の反論を受けて、のび太はがっくりと肩を落とした。年上から頼まれて受け入れようとしたら叱られるなんて、理不尽だ。

「わ、わかってるよ……怪我がどれだけのものかわからなかっただけだい……」

 三人の様子を眺めて、タキオンは考え込んだように腕を組む。

「ふぅん。その様子だとハルウララに対しては倫理的に使っているようだ。感心に値する」

 うんうんと満足げに何度も首肯している。

「ボク達、卑怯な事してたって疑われてたの……?」

 のび太は驚いたように呟いた。

「可能性としてはそうだね。その確認をさせてもらったまでさ」

 タキオンはさらりとそんな事を言う。……小学生相手に意地悪が過ぎる。

 のび太は少し怒った表情になった。「ウララちゃんが頑張ってるのに、そんな事はするもんか!」と言わんばかりである。

 だが一方で、タキオンは真剣な眼差しでドラえもんを見つめていた。

「……君が未来から来たというのは、冗談や作り話じゃないんだろうね」

 ぽつりと独り言のようにタキオンは呟いて、物思いな表情を浮かべてそのまま車椅子を動かし始めた。

「……紅茶を飲んでくる」

「あ、よろしければ押していきましょうか」

「いい。一人でゆっくりしたい気分なんだ……」

 デジタルの申し出を断り、タキオンは三人の目の前から去ってしまった。

 それを見送った後、のび太とドラえもんは視線を合わせる。

「怒らせちゃったかな?」

「うぅん、そういう感じじゃなかったけど……」

 タキオンの姿が見えなくなってから、二人は首を傾げた。先程の様子は明らかに怒りの感情ではなかった。

 二人はしばらく考えるような素振りを見せたが、タキオンの人となりをよく知らぬから彼女の思惑は分からぬ。

 デジタルは彼女の心境をなんとなく理解していたが、それはそれとして。この青狸のロボットを探していた自身の『動機』に従うには絶好のチャンスだ。

「あの! のび太さんとドラえもんさんにあたしからお願いがあります!!」

 アグネスデジタルは三指ついて頭を下げる。

 のび太とドラえもんはそのデジタルの行動に驚きつつも、何事かと耳を傾ける。

 何を言われるのか予想もついていない。ただ、何か真剣な事を頼まれる気配がした。

 何故か、彼女から目を逸したくなった。聞いてしまえば、向き合わなければならなくなる。

 だけれど、彼らは避けては通れない。

 アグネスデジタルの頼み事とは――

 

「タキオンさんの骨折を、治していただけませんでしょうか!」

 

 この瞬間から、のび太とドラえもんはウマ娘に付き纏う倫理的な問題に真正面から向き合わなければならなかった。

*1
じゃがいもはユリ科。

*2
死んでません。

あなたの場合はアグネスタキオンの骨折を……(作中の結果不変)

  • 喜んで治す
  • 謹んでお断りする
  • 条件付きで考える
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