『人生やりなおし機』:昔にもどって、もう一度人生をやりなおせる機械。記憶や能力はそのままで、もどりたい年齢に、もどれる。
「これがあれば、意識を好きな時間に飛ばして人生をやり直せる」
「……おほぉぉぉぉ……っ!! しゅごひっ……! まさしく、シュタインズゲートのタイムリープマシンっっ!!」
アグネスデジタルは、ドラえもんが取り出した機械の説明を聞きながら感嘆の声をあげた。……なんか女の子が出しちゃいけない喘ぎ声な気がするが、この際それは置いておくとして。
タキオンの骨折が治してはいけない事と悟り、絶望に打ちひしがれる中に現れたそのマシンはまさに救いの手である。
治してはいけないのならそもそもの“骨折した事実”を書き換えてしまえばいい。
タイムパラドックスが起きる要因がタキオンの“未来へと歩む夢の喪失”にあると明確ならば、その想いを奪いかねないドラえもんが直接的に関わらずアグネスデジタル単身で過去を書き換えにいけばいい。
「でも気をつけて。この機械は基本的に一方通行だよ。今の時間帯にすぐに帰っては来れない」*1
「はいっ! タキオンさんを救う為ならばそれくらいは覚悟の上ですし、それが苦痛になるほど過去へ戻らなくてもいいのです!」
意識を送るべき日にちは明確だ。『アグネスタキオンがホープフルステークスに勝ってから骨折をする日にち』の間。
タキオンがホープフルステークスに勝った事実は書き換えるべきではないだろうし、アグネスデジタルが向かう日はその翌日くらいが一番適切だろう。
人生やりなおし機の調整器を弄って、意識を飛ばす時期を指定する。去年の12月の下句。今からちょうど三ヶ月ほど前だ。
「やってやりますとも! それがシュタインズゲートの選択というのならば!! あたしは狂気のマッドサイエンティスト・鳳凰院デジたん! 世界を騙すなど、造作もありません!!! あーっはっはっは!!」
すでに成功したつもりでテンションが上がっているのか、架空人物になりきってノリノリで高笑いをあげるデジたん。
ドラえもんやのび太はその作品を知らないから、そのノリにはついていけない。しかし、過去改変に前向きに挑んでいくという彼女の気持ちはよく分かる。
「……よし、じゃあ人生やりなおし機のヘルメットを被って。言うまでもないけど、未来の記憶を悪用しちゃダメだよ」
「もちろんですともっ! ドラえもんさん達の助力はタキオンさんを救う為に使わせていただきますが、それ以外の事には決して悪用いたしませんっっ!!」
アグネスデジタルは力強く頷いた。彼女の瞳は真っ直ぐで、そこに悪意の一片も見せてはいない。それだけで、のび太とドラえもんには彼女という人物がどういうウマ娘か理解出来る。
「頑張ってね、デジタルちゃん!」
「準備はいい? いくよ!」
過去へ向かう彼女へのび太は応援を投げかけ、そしてドラえもんは人生やりなおし機のスイッチを押す。
ヘルメットに電流が走り、3月下句に存在するアグネスデジタルの意識を転移させる。
デジたんは、お約束とばかりにあの台詞を絶叫した。
「飛べよぉおおおおおおおおおぉぉぉぉっっっ!!!」
「――おぉぉぉぉ!! …………お? おぉぉぉ???」
アグネスデジタルは寮室のベッドの上で目覚めた。
人生やりなおし機を使った記憶は残っている。だから自分が何のために過去にきたかは明確だ。
壁に掛けている日めくりカレンダーを見る。12月下句。アグネスタキオンがホープフルステークスを勝った翌日。
「……おっ、おぉぅっ!? も、戻ってこれましたっ!! さすが人生やりなおし機……っ! 素晴らしいひみつ道具ですっっ!!」
ベッドから勢いよく立ち上がって、右足の具合も確かめる。痛くない。体調は三ヶ月前のまま。ギリギリクラシック期なデジたん。
体調は万全。今ならなんでもやれる気がする。未来の記憶を引き継いだスーパーデジたん爆誕。
「勝利の時はきた! あたしは己の信念を貫き、ついに最終聖戦(ラグナロック)へ辿り着いたのだ! 世界は、再構築されっ」
「さわがしい」
名台詞を大声で叫んでいたら、何者かに後頭部をペチンと軽く叩かれる。
デジタルが叩かれた部分を撫でながら振り返ってみると、ルームメイトのアグネスタキオンが眠そうな顔で立っていた。
……そう、立っている。
自分の二本の足で。車椅子に乗ってもいない。
骨折する前のアグネスタキオンが、目の前にいた。
「た、た゛き゛お゛ん゛し゛ゃ゛ぁ゛~ん゛……」
「そ、そんなに強く叩いてないだろう? ちょっと叱られたくらいで大泣きしないでくれ」
デジたんは感極まって号泣してしまった。それもそのはずである。事故に遭う前の大事なルームメイトが目の前にいるのだから。
タキオンは泣いている理由が理解出来ず、大いに戸惑った。しかもわんわん泣き喚きながら、無遠慮に体を抱き締めにくる。いつもの彼女の『弁えた振る舞い』との差に、さすがのアグネスタキオンも動揺した。
「……悪いが、私はキミに“そういう感情”は抱いていないのだが」
「知ってます!! ニシノさんの事が好きなんですよね!! えぇ、あたしはそれでぜんぜん構いませんとも! その尊き関係性を草葉の陰で見守り、存分に推していく所存でござります!! あたしはタキオンさんが健康のままでいてくれればそれでよいのですから!!!」
タキオンの困惑混じりの拒絶に対して、デジタルは熱の籠もった感情を向け続ける。
…………なんかこのまま続けていたら取り返しのつかない誤解が生じる気がする。
聡いタキオンは相手の様子から何事かを感じ取って、とりあえず手を突っぱねる形でデジタルのハグを中断させる。
「ふぅん……ま、その様子だと何か悪い夢でも見たんだろう。私のトレーナーくんに紅茶を入れてもらおう。カフェイン摂取すれば頭も冴え渡る」
デジタルは相手の言葉に泣き止んで、目を拭いながらこくこくと頷く。
――そうして、デジたんはタキオンさんへと休養する事をお願いするのです。それで世界線は変わるはず。タキオンさんが骨折するα世界線から骨折しないβ世界線へと!
「タキオンさん、今日から何日かは休みましょう!!」
アグネスデジタルの言葉に対して、アグネスタキオンは即答した。
「え、やだよ。フラワーくんとトレーニングする約束があるし」
「…………はぁぁぁ……」
そうだった。ニシノフラワーと約束があったからタキオンはトレーニングを続けていたのもあったのだ。
アグネスデジタルはタキオンとの朝食後は一人で部屋に籠もり、机に置いてあった入稿前の同人誌を黙々と描き上げていた。
意識が戻ってきた時間帯の“昨日”にウマッターで冬コミに出すと予告していた新刊は、印刷所に持ち込める締切まで一週間もない。それだけならまだいいが、更に締切が狭まる『フルカラー+特殊PP加工』の宣言をしていた。地獄だ。地獄が過ぎる。
――あたしのバカ。印刷所の方々に迷惑が掛かるから余裕をもって入稿しろっていつも自分に言い聞かせてるのに。なんでこんな大事な時期に限って気合を入れたモノ描いてたの。わけわかんない。
そもそもタキオンを救う為ならばこの原稿は放棄してもよいのではないか。冬コミのスペースを一つ占領した上で原稿を落とすなんて、同人誌描きにあるまじき蛮行だが、事態が事態ゆえにそれは許されるのではないか。
そう思いつつ、手元にある同人誌のタイトルを見た。
『超光速の粒子』
――…………。
一人のジュニア級のウマ娘が活躍する漫画だ。ページ数こそは少ないが、その内容は“彼女”がメイクデビュー、ジュニア級G1を圧勝する光景を鮮明に描いている。
歴史に名が残るほどの華々しい活躍。漫画に描かれた観客達は、誰一人として彼女の未来がある事を疑いもしない。
そのジュニア級最強最速のウマ娘が、皆の想いを背にクラシック期にある弥生賞、皐月賞へ駆けていくのだと。
……そういうラフが描かれて、お話は〆られている。
「……脳が焼かれてましたね、あたしも」
不甲斐ない記憶だから脳の隅っこに仕舞い込んでいたが、思い出した。結局、この同人誌は冬コミに出してなかったのだ。年末冬コミの直前に、アグネスタキオンは骨折した。
だから、出せなかったのだ。題材にするには不謹慎が過ぎて。
「…………この世界線では出しますよ。絶対に」
絵を描く為のペンを机にそっと置き、デジタルはアグネスタキオンを探しに向かう。
自分の手で不幸な結末を書き換える為に。皆が望んでいる世界線へ戻す為に。
このウマ娘の勇者は、推しの物語についてはハッピーエンドしか認めない。