「タキオンさん!! 明日からトレーニングサボって毎日カフェに通いませんか!! 美味しい紅茶が置いてある良い店見つけたんですよ!!」
「トレーナーくんの淹れたのが美味しいからそういうのは気が向かないねぇ」
「……タキオンさーん!! 東京都のクリスマスと年末の行事手伝いに参加しませんか! 飾り付けの準備とかで人手が……」
「その手の重労働な社会奉仕は他の子を誘ってくれたまえ」
「タキオンさんっ。あたしと今から一緒に札幌へ旅行に行きませんか! 推しの子が札幌で走るんですよ!!」
「冬に札幌は寒いからやーだぁー」
「タキオンさーん」「タキオンさん!」「タキオンしゃーーーん!!」「アグネスタキオンさまー!!!」
朝食後から午後に差し掛かるまで、タキオンはデジタルから幾度も数日掛かりの事に誘われ、断り、それを何度も何度も繰り返していく。
タキオンとしても同室のアグネスデジタルの事はルームメイトとして好意的に見ていたが、それでもやはり限度というものがある。
「タキオンさーん! スペシャルウィークさんにケーキバイキングのチケットを数枚貰ったので一緒に……」
また呼び止められて、タキオンはピタリと足を止める。誘われる度に段々無表情になっていた彼女の顔が、今回は蝿を見るような目つきへ変わっている事にデジたんは気づいた。
「……いい加減しつこいよ、キミ」
「…………落花枝に帰らずぅー、破鏡再び照らさずぅー……」*1
アグネスデジタルはどこぞの逃げウマが落ち込んだ時の如く、廊下の物陰に体育座りで項垂れていた。*2
未来を知っていれば、タキオンを事故から救う事は容易いと思っていた。数日休ませる口実も短時間の内に頑張って用意した。ちょっとお財布が寒くなったけれど、それもこれもタキオンの為だ。
しかし、現実はそう上手くいかない。デジタルがタキオンに対してどういうアクションを取るにしてもニシノフラワーとの約束が優先事項として立ちはだかる。
タキオンがニシノフラワーを好いている事を抜きにしても、考えてみれば当たり前だった。タキオンの性格から先客との約束を反故するとは思えない。
――あたし、そもそもタキオンさんとはそこまで親しくないんだ……。
ルームメイトとして仲良くしているが、ニシノフラワーと比べればそれ以上でもそれ以下でもない。タキオンを救済する為のやり直し計画は彼女に頼んだ方が良かったかもしれない。
あのひみつ道具は当人がやり直しに対して拒絶の意思を持てばすぐに元の時間軸に戻れるらしいし、3月下句の時間軸に戻ってニシノフラワーにバトンタッチするべきだろうか。
「……いえ、それだとニシノさんが他人目線で理由もなく約束を反故するような真似をしなければなりませんよね。あたしが、やるだけやってみましょうっっ!!」
他人に負担は掛けさせられない。勇者デジたん。自分自身でタキオンを救うべく立ち上がる。
ぐぅ~~。
デジたんのお腹が鳴った。なんやかんややっている内に昼食時である。
「…………とりあえず、お弁当食べようかなー……一人で……あはは……」
独り言を呟きながら歩き出してしばらくしたところで、ハルウララが廊下で寝入っている姿を目にする。資料室の前でお昼寝中らしい。
「むにゃ……たげんうちゅー……」
「ひょえええ~~……ウララさん、相変わらず可愛すぎます……」
眼福の光景を前に、思わず頬をほころばせるデジたん。
いや、しかしまずい。むやみやたらに過去を引っ掻き回すのを避ける為にも、以前と違った不用意な接触は出来る限り避けたい。
(あぁ~~でも尊すぎる……見るだけ。見るだけ。眺めるだけならタイムパラドックスなんて起きないはず……)
ハルウララはスピスピと寝息を立てており、とても安らかで愛くるしい。
ところが、寝入っているハルウララの目尻にポロリと雫が伝う。
……泣いている? あのハルウララが?
何があったのか。何か怖い夢でも見ているのだろうか。
デジたんは心配になりすぎて近くに忍び寄ろうとするが、そういう頃合いでハルウララは起きた。彼女はまるで“自分がどの世界線にいるのか”を確かめるように周囲を見回してから、カタカタと震え始める。……少なくとも、タイムリープマシンで過去の世界へやってきたデジタルにはそう視えた。
「……あはは、なんでだろ。風邪ひいたのかな」
ハルウララは気丈に笑っているものの、それは無理をしているとしか思えない表情だった。
どうすればいいか、デジたんは考え、迷う。近づこうと決心した瞬間、資料室の扉が勢いよく開いた。
「ウララさん?」
ハルウララ専属トレーナーの宗石小春だ。ハルウララが扉の前に居た事に驚いているらしい。
「もしかして今の話、聞いてました?」
「ううん、聞いてないよ? あ。あのね! キングちゃんが探してたよー、って伝えにきたんだけれど……」
ハルウララが無理に話題を変えようとしているのが関わりのないデジタルにも手に取るように分かる。
(……ウララさん、あぁ見えてシリアスなクラシック期を過ごしてたんですねぇ……まぁ、今のデジたんも人の事は言えませんが……)
悩みを持つ者同士、この会話の流れは参考になるかもしれない。それを活用して、どうにかこうにかデジたんはタキオンと仲直りして約束を取り付けよう。あわよくば好意を抱かれているニシノフラワーよりも、好意を抱かれるように……。
(……いやいや、ニシノさんよりも好かれるのは無理でしょう。だってタキオンさんのニシノさんに抱いてる感情って、あたしが見るにヘテロロマンティックの一歩手前――)*3
「ウララさん。私はウララさんの気持ちを知りたいんです」
「私の気持ち?」
(ほわあっぁぁぁぁああああああああっっ!!?!!!)
小春トレーナーがハルウララを問い詰めている。まるで内に秘めた気持ちを吐き出せとばかりに。
そのやり取りは、まるで意中の相手がなかなか迫って来ない焦れったさに、思わず詰め寄ってしまった乙女みたいで……。
ラヴかね?
(……え、何。あの二人ってそういう関係だったの!!? うそぉん!!!!?)
衝撃の展開である。いや、しかしウマ娘とトレーナーが二人三脚で共に歩んでいる内に恋愛感情が生まれるというのはデジタルも聞いた事がある。引退して卒業後にそのままトレーナーと結婚したウマ娘も、決して居ないわけではない。
ただ、まさか身近なところで同性愛が発生しているとは露ほども思わなかった。しかも片方は天真爛漫で純粋無垢なハルウララ。恋愛なんて無縁だと思っていたのに。
…………。
【アグネスデジタル:ウマ込み冷静】
(…………フッ、落ち着けデジたん。同人誌の世界に浸りすぎですよ。現実とフィクションを、ごっちゃにしちゃあいけません。小春さんが男ならまだしも、教員と教え子が同性のカップリングで、そんな事、あるわけないでしょぉ? 現実なめんなっ!)
デジたんは【尊み☆ラストスパー(゚∀゚)ート!】しかけていた気持ちを沈め、【ウマ込み冷静】を発動した。
レースの為に覚えたスキルがこんなところで役立つとは……読めなかった。このデジたんの目をもってしても……。
(きっと、デジたんには関わりのないシリアスな悩みなのでしょう。ここは、失礼な妄想を重ねる前に退散しなければ……)
そんな風に考えていると、小春トレーナーとハルウララが気まずい雰囲気の中へキングヘイローがやってきた。何故か全く可愛くない人形を大事そうに抱えている。
「みてられないわ。昔から思っていたけど、あなたはウララさんに優しくするあまり押しが弱いのよ」
「た、確かに私はウララに対して過保護すぎかもしれませんが、だからこそ今回はこころを鬼にして……」
キングヘイローは小春のやり方を叱咤するように言いつけた。小春はうろたえながらも彼女に反論する。
そのやり取りはまるで、「好きか嫌いかはそういう問い詰め方ではダメなのよ」と恋仇に仕方なく教えてやろうとしている光景のようで……。
やはりラヴかね?
(いやいやいやいやいや、キン×ウラって派閥としては根強いですけど、それはあくまでナマモノ界隈だけの話で……同室のウマ娘同士がそんな関係性って生々しすぎません!?!? 寮の自室に二人っきりで、無垢なウララさんを奥手なキングさんが溺愛するシチュ!?! なにそれ甘々なやり取りしか想像出来ないじゃないですか!!! ないない、現実でそんな絶好のシチュは絶対起こり得ない!! そんな妄想はお二人に対して失礼がすぎます!!!)
デジタルは自分にそう言い聞かせ、どうにかこうにか正気を取り戻そうとした。
「――ぜんぶぜんぶ教えてあげなければいけなかった事なのに」
(いや、教えちゃだめですよ。ぜんぶ教えるって何をですか? ナニをですか。あっはっはー、やかましいわ)
小春の発言を聞いて下品なギャグとそれに対するツッコミが思い浮かぶ辺り、そろそろ冗談じゃ済まない域に達してきている。デジたんは自分がとんでもない妄想をしてしまう前にこの場から逃げる事を決めた。
「……ほんっと。トレーナー失格だなぁ私……」
「トレーナー。ないちゃだめだよ……?」
小春トレーナーがついに泣き始めた。ハルウララはどうすればいいのか分からず、おろおろしている。
あのキングヘイローも、下唇を噛んで涙目になったままハルウララをじっと見つめていた。
二人の様子を見て、ハルウララもついに泣き出しそうになる。
(これは修羅場ですか……この想像はさすがにあってますよね。ガチのシリアスでもそうじゃなくても、修羅場なのはあってますよね……?)
逃げる前に一旦冷静になって、彼女達の様子を窺う。
殴り合いの喧嘩にならなければいいのですけれど。事情の分からないデジタルは、そういう事を心配しながら真剣にその話の行末を見守る。
「……おいおい、騒がしいと思ったらなんだこりゃ?」
チームスピカのトレーナー西崎リョウが資料室から登場した。しばらくの間、彼は小春達を落ち着かせる。
「へー、これが未来のロボットがよこした21世紀のひみつ道具……」
『こりゃおハナさんに渡したら面白くなりそうな道具だなぁ』
ようやくあの可愛くない人形が何なのか理解出来た。ドラえもんのひみつ道具の一つらしい。
効果はたぶん……腹話術が上手に行えるような代物だろう。デジタルは西崎の様子を眺めて、そう判断した。
「ウララ」
西崎トレーナーは全員が落ち着きを取り戻したのを確認してから、多くは語らずハルウララに腹話術人形を押し付ける。
そして、ハルウララはぎゅっと腹話術人形を抱き締めると意を決したように小春の前に立った。
『トレーナー、泣かないで。トレーナーが泣いたら私、悲しくなるよ……』
それを聞いた小春の目から、またぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うぅう、ごべんねぇぇぇ……」
「ウララが泣いてないのにお前が泣いてどうする! ちゃんと最後まで聞いてやるんだ!」
西崎トレーナーから小春へ叱咤が飛ぶ。それを横で聞きながら、ウララは腹話術人形を使ってぽつりぽつりと話を続ける。
『……私ね、トレーナーとも中央のみんなや、商店街の人達とも別れたくない。走って走って、走り続けて、みんなを笑顔にさせたい。ウララ、走るの好きだもん。勝っちゃう事で他の子が泣いちゃうかもしれないけれど……それでも負けて喜ばせるより、勝ってみんなを喜ばせる。だから、ウララ、頑張るよ。トレーナー』
……どうやら、デジタルはとんでもなく失礼な誤解を重ねていたらしい。
未勝利の状態で理事長からの推薦枠を与えられて噂になっていた《一勝クラスレース》に向けてのやり取りなのだろう。
(あたしってば……ほんとうに……ほんとうに救いようのないウマ娘です……)
小春、キング、ウララの間に交わされた会話の意図を理解して……デジタルは自分の妄想癖を恥じた。恋愛要素なんて微塵もないじゃないか。それどころか殴り合いになる心配すらなかったじゃないか。
(あぁ、三女神様……こんな愚か者のデジたんにどうか罰をお与え下さい……)
デジタルは、そう願いながら頭を抱えた。
しかし、そうしている内にその願いが聞き入れられたようだ。
何もないはずの場所から、子供が泣き出す声が聞こえ始めた。
(え……)
よくよく目を凝らしても、そちらには何も視認出来ない。
(風の音……いや、まさか幽霊……?)
頭から血が抜けていく感覚がする。お腹ハングリーなせいか余計にそう感じる。
それは風ではなく、間違いなく人の声だった。むせび泣いている。
「よがっだねぇぇぇウララぢゃん……よがっだあぁぁ……!」
(……あ、これガチの幽霊ですね………)
デジたんは、恐怖から血の気が引いていき、そのまま気を失った……。
「まったく、ウララちゃんのレースはまだ始まってもないんだよ。それにウララちゃんに負けないようにのび太くんも勉強を頑張ったり――」
「あぁぁあよがっだぁぁぁ」
アグネスデジタルが、その幽霊の正体は透明マントを被ったドラえもんとのび太だと気づく事はなかった。
ラブかね?
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キン⇔ウラ
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小春⇔ウララ