「はぁ~~~……」
同人誌の為に画材を買い込んだ帰り道、デジタルはため息を吐いて落ち込んだ。
芝2000m。アグネスタキオンの主戦場とも言える環境。ホープフルステークスではレコードを出した。
対してアグネスデジタルはその距離を公式戦で一度も走った事がない。当人にもその真価は未知数だ。
(タキオンさんの弱点を突くしか勝ち目はない……でも、その弱点さえ分からない……)
そんな事を考えながら歩いていると、ウマ娘向けの高級トレーニングジムが目に入った。
(あぁ、あたしも今からでもここで頑張って模擬レースの対策しようかなぁ……いや、でも、今はお金の余裕が……)
中では茶髪のウマ娘が猛スピードでランニングマシーンの上をひた走っている。
アグネスデジタルから見てもそれは速い。走り方からするに、おそらく短距離選手だろう。
(……メイオーさんじゃない? あれ)
そうだ。彼女はメイオーだ。高知トレセンに行く際に、自分を誘ってくれた一人。後ろから羽交い締めにされた記憶がある。
目算1000m以上全速力で走り抜け、そのままサンドバッグを叩き始めた。
(背格好や喋り方なんかはエアシャカールさんと雰囲気似てて、ちょっと怖そうだと思ってたけど、努力家なんだなぁ……1勝クラスレースで戦ったウララさんに対しても優しそうな人だったし……)
地面が微かに揺れる。金属音が悲鳴をあげて軋む音が分厚い窓の向こうから聞こえてくる。
(……優しい人、だったよね……?)
トレーニングジムにいるメイオーが、全力で腕を打ち上げた。サンドバッグを吊り上げていたチェーンがその衝撃で、断末魔をあげながら弾けていく。
そして、宙に舞ったサンドバッグは地面にトタンが叩きつけられた時のような激しい音を立てる。
爆音とサンドバッグから漏れた砂煙が舞い上がる中、メイオーはそれを片付ける様子もなくそのままジムの出口の方へやってきた。
デジタルは一連の光景に唖然とした。出入り口近くから動けずにいる。
「――正々堂々一着とって、あのおちこぼれを中央から叩き出してやる」
メイオーがそんな言葉を呟くのを聞いた。
(全然優しくないじゃないですかァァー!!! たぶんウララさんの事追い出すつもり満々ですよッッ!!!?)
アグネスデジタルがそう動揺したのと、メイオーが何処かへ走り出そうとしたのは同時であった。
突っ立っていたデジタルに対して、メイオーは軽くぶつかってしまう。デジタルは画材が詰まった紙袋を道路に落としてしまった。
デジたんはビクゥっと震え上がった。
(あ、これ、シメられてカツアゲされる流れですね……デジたんわかっちゃいましたよ……)
しかし、メイオーは事態を把握するとすぐにこんな言葉を口にした。
「おっと、すまねぇ」
メイオーは少し申し訳なさげに眉尻を下げ、落とした物を拾い上げていく。
そしてそれらを全て渡すと、少し屈んで背丈の低いデジタルに目線を合わせてくる。
「怪我はねぇか、お嬢ちゃん?」
メイオーは不器用に微笑んで、アグネスデジタルを安心させようとした。
(……え、なに? ギャップ萌え狙いですか? というかあたしの事、小学生か何かと勘違いされておられましゅ? 子供に優しい不良とかベタ属性ですけど、推せる……)
メイオーはデジタルと目線を合わせて数秒後、少しポカンとした表情に切り替わった。
「よく見りゃアグネスデジタルじゃねーか。何してんだこんなところで」
……どうやら彼女からすれば、デジタルは既知の存在だったらしい。そりゃ、G1勝ってれば知ってる人は知っているか。
そのままぶつかった詫びという形で夕食を奢ると誘われ、デジタルも模擬戦についての相談相手が欲しかったのでそれに応じた。
「あー? 芝2000mでアグネスタキオンに勝つ方法? いや、常識的に考えて無理だろ」
ビックサイズのハンバーガーを貪りながら、そんな事をさらっと言いのけるメイオー。
デジタルはそれに肩を落とした。
「い、いや、わたし、一応クラシッククラスだから、いけるかなー、って……」
そんな風に項垂れる彼女を目の前に、メイオーは顎に手を当てて思案する。
「阪神芝の2000mの重賞ゴールタイムの中央値はアンタなら知ってるよな?」
「え、あ、はい。一応。2分くらいでしたかね……?」
「2分ジャスト。アグネスタキオンがホープフルステークスで出したのもそんくらいだ。つまり、成長したクラシック・シニアの奴ら含めても芝2000m環境じゃ既に上澄みの部類だアイツは」
デジタルは更に項垂れた。ウマ娘全体で芝2000mの上澄みというのなら、一度もそれに挑戦した事のないアグネスデジタルが勝てる見込みがないじゃないか。
「世間サマじゃタキオンの功績に逆張りして“オープン以下”だのなんだの言ってるヤツもいるが、アタシ達ウマ娘から言わせれば、間違いなく天才だよ。おまけにアレで“成長途上”。周囲が持て囃すのは当然さ」
メイオーの言葉を聞いて、デジタルは少し顔を持ち上げる。
「……そうです。持て囃されて、頑張りすぎちゃってるんです……」
そう言って、また俯いてしまう。故障に至る根本的な原因が分かって、救い出す道も開けたというのに、デジタルが止める前にタキオンがその道から走り去ってしまう。
「レースに負けたような顔つきしやがる。気持ちの時点で負けてんじゃねぇか」
「…………あはは、まぁ、あたし……タキオンさんに比べれば、落ちこぼれですから……」
今のデジタルにはそれが歯痒くて仕方なかった。
そんなデジタルを見て、メイオーはポテトを摘む。それを口に放り込んで咀嚼しながら言った。
「バカ。G1勝ったテメェが落ちこぼれならG2以下のウマ娘はド三流以下だ」
真顔でそう言われ、デジタルの頭の中にキングヘイローの言葉がよぎる。
――おばかね。この一流のキングヘイローにG1で勝った事があるのだから、貴方も既に一流のウマ娘なのよ?
(…………そうは言ったって……芝2000mなんて一度も走った事、ないんですよ……)
店内テレビにはニュース映像が流れていた。ホープフルステークスのリプレイが映し出されている。
『レースレコード更新』
そんなテロップと共に、アナウンサーが嬉々としてレース内容を読み上げていた。
『いやぁ、アグネスタキオン! 実に素晴らしい走りでした』
『そうですね、このままいけば三冠制覇も確実でしょう』
『夢が広がりますねっ。二位のジャングルポケット、三位の“クロフネ”も見事な走りでした。これは今年も強い世代になりそうな予感ですよ!』
『では、次はお天気予報のコーナーです』
(…………クロ、フネ……?)
何処かで聞いた事がある。
『どうせ勝てないくせに、クロフネの邪魔をするな!!』
夢の中で出てきた秋の天皇賞で聞いた観客からの罵倒。秋の天皇賞、芝2000m。
その時に俯いて、それで見えた……バ場は……開いたゲート先に見えた天候は……。
『明日の天気は雨となるでしょう』
「ケッ、湿っぽい一勝クラス戦か。ま、ダートなら濡れてた方が速くならぁ。そっちは滑りやすくて走り難いだろーが……」
天気予報の内容を頭で理解して、デジタルは勢いよく立ち上がる。メイオーを見据え、そして大声で問いかけた。
「タキオンさんは、道悪で公式戦を走った経験はあるでしょうか!!?」
メイオーは考えるまでもなく即答する。
「無い。訓練でも、その経験はクラシックのアンタと比べれば圧倒的に薄い」
「!!!!」
アグネスデジタルはダート重賞なら1900m道悪で勝っている。芝と具合は違うが、どちらにしろアグネスデジタルは道悪が得意だ。
――見つけた。タキオンさんとあたしを比べて、勝っているところ……!!
メイオー……
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狂犬
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駄犬
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柴犬仔犬