ドラえもん~ハルウララ育成記~   作:稗田之蛙

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《芝2000m模擬レース》

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 体験レースの執り行いが終わり、擬似的なグランドライブが始まろうとする中で、ハルウララがアグネスタキオンを呼びに来た。

「タキオンちゃんっ、体験レースが終わったから次は体験ライブだって!!」

 その言葉を聞いても、アグネスタキオンは車椅子で芝レース場を眺めたまま動かない。

「……どうしたの?」

 そんな彼女を心配し、ハルウララは駆け寄った。

 アグネスタキオンはハルウララの方を気にする素振りもなく、虚ろな瞳で答えた。

「……『親殺しのパラドックス』という理論を知っているかい」

 首を傾げるハルウララ。アグネスタキオンはレース場を向いたまま理論の説明を続けた。

 

 親殺しのパラドックス。

 それは「ある人が時間を遡って、血の繋がった祖父を祖母に出会う前に殺してしまったらどうなるか」というものだ。

 その場合、その時間旅行者の両親のどちらかが生まれてこないことになり、結果として本人も生まれてこないことになる。

 従って、存在しない者が時間を遡る旅行もできないことになり、祖父を殺すこともできないから祖父は死なずに祖母と出会う。

 すると、やはり彼はタイムトラベルをして祖父を殺す……。

 

「なんだか難しいお話だねーっ!!」

 ちんぷんかんぷんといった様子のハルウララ。アグネスタキオンの話をどうにか理解しようとしているのだが、上手くいっていないようだ。

 いつものタキオンならハルウララにも分かるように、御伽噺や玩具などに喩えて話してくれるのだが、今日はそうしなかった。

 それは可愛い妹弟に学問を教え込む姉兄のようなものではなく、誰に宛てたものでもない独り言のようであった。

「……『宇宙が消滅する』『過去は変えられない』などという説がある。ただ未来からやってきた存在がいるのだから、その二つは否定することはできるかもしれない」

 しかし、と続ける。

「…………もし、もしも誰かが過去に戻って『私の足を治した』としよう……そうすれば“足が折れなかった私”がここにいるのかもしれない……」

「それは、いい事だよね?」

 その言葉にアグネスタキオンは縦にも横にも首を振らない。ただ動かなくなった方の足を撫でた。

「……分からない。観測不可能な、漠然とした仮説しか思い浮かばないのだ。魂なんて概念は特に……」

 その顔は、今までタキオンが見せていた表情よりもずっと暗かった。“死より恐ろしい何か”に怯えてるような、そんな感じさえした。

 だが勉強が苦手なハルウララにはそれがどういうものなのか、まったく分からない。

 タキオンは、ハルウララに視線を移すことなく……ただ自問自答するように呟いた。

「…………“足が折れなかった私”が居た事になるのなら、“足が折れた今の私”は一体何処に消えるんだ……?」

 

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 雨天の中、模擬レースが始まろうとしている。

 それぞれがスタンディグゲートの中に入っていくさなか、アグネスデジタルは周囲の出走者達を見た。

(やっぱり場違いじゃないですかね。あたし……)

 周囲の出走者達は、アグネスタキオンを含めて芝中距離の名だたる走者ばかりだ。

 ホープフルステークスのレコード更新の結果を聞きつけて、アグネスタキオンと手合わせしようと出走希望したらしい。

(タキオンさんと同じジュニア級の子達もいますなぁ……特に、あの雪みたいに白い髪の子……肌も白くて綺麗……じゅるり……)

 比較的珍しい白饅頭芦毛のウマ娘に対して、デジタルはスタート前から尊みがラストスパートしかけて頭をぶんぶんと振った。

 アグネスタキオンに勝たなければならないのだ。ここで固有スキルを発動している場合ではない。

 ふぅ、と一息吐いてデジタルは心を落ち着かせる。そして、ちらりとアグネスタキオンの方へ目を向けた。

 彼女は普段通り、冷静で落ち着いている。まるで「自分が負ける事はない」と確信している素振りである。

 確かにタキオンはジュニア級の中では芝2000mにおいて最強といっていいかもしれない。

 デジタルは俯くようにして足元の具合を確かめる。

 靴底で引っ掻くように芝を踏むとキュっと良い音が鳴ってズル滑り、ものの見事に不良バ場。

 足元の状態だけでゴールタイムは5秒は変わる。先行集団の後ろは田んぼ。普通なら差し・追い込みで走りたくない。

(……タキオンさんは先行・差しで走れる)

 ウマ娘ちゃんマニアを自負するデジタルは、推しの脚質くらいは熟知している。

(…………タキオンさんなら、きっと先行で走る……)

 相手の堂々とした振る舞いから、直感的にそう思った。ルームメイトの性格はよく知っている。あれは不良バ場でギャンブルじみた選択肢を選ぶような態度ではない。

 覚悟を決めて、足元の芝を『ギュリッ』と踏み潰す。雨に濡れるターフの匂いが鼻腔に広がっていく。

 デジタルは隣のゲートに入っているタキオンと一瞬だけ視線を合わせた。

 

 ――デジタルくん、悪いけれどキミの“願い”とやらを聞き入れるつもりは毛頭ないよ。

 

 ――タキオンさん、私のお願い……聞き入れてもらいます!!

 

《xbigX00X10X110XX...《/xbig》

 

「それでは模擬レースを開始します。各自、用意」

 

0:00

 

【アグネスタキオン:根幹距離○】

【アグネスデジタル:道悪◎】

 

 ゲートが金属音を立てて開かれる。開いた先に広がるのは雨降る芝の光景。

 もちろんそれに怯んで出遅れる者は誰一人なかった。さすが最強最速に挑もうとする者達だ。

 早速真ん中枠のウマ娘達が、ハナを取るように飛び出していった。逃げは不良バ馬において一定の有利がある。

 アグネスタキオンはそれを先行で追いながら、内心ほくそ笑む。

 ――さて、デジタルくんはどの位置から来るかな?

 デジタルは芝2000mのコースを公式戦で走った経験が無い。だから様子を見やすい中団差しで、先行のウマ娘の背中を追うだろう。

 アグネスタキオンもデジタルの走り方をある程度は把握していた。そして、その予想は的中している。

 ――……なんてことはない。

 コーナーを曲がる瞬間にほんの少し振り向いてみれば、アグネスデジタルは先行集団から距離が離れ、外枠で凡走気味。最後尾二番目のブービー。

 ここからあがってくる事はないだろうと、タキオンはデジタルよりも逃げや先行のウマ娘へ注意を向けた。

 

0:30

 

【アグネスタキオン:束縛】

 

 コーナーを曲がる時、アグネスタキオンは前を走る強敵をぴったりとマークする。

「……っっ!!」

 マークされた側は一気に警戒したのか、アグネスタキオンを振り切ろうと速度を上げた。

 それでもなお、アグネスタキオンは追走し続ける。相手はどんどん加速していく。

 

 コーナーを曲がり切っての長い直線、1位から2位からバ群が伸び切る。その際にアグネスタキオン先行3着。

 素人目線で見れば、それは何バ身も離れていて1位と2位の独壇場だ。そこにアグネスタキオン以下は介入する余地もない。

 そのまま第二コーナーに差し掛かる。

 

1:30

 

 その瞬間、アグネスタキオンが仕掛けた。

 

 ――さぁ、新たな可能性を導き出そう!!

 

【アグネスタキオン:U=ma2】Lv1

【アグネスタキオン:中距離コーナー◎】

 

 レースを見守るトレーナーや不参加の選手達からは、コーナーを曲がる時に1位と2位がえらく詰まったように見えた。

 コーナーを曲がるのがしくじったかと思えば、そうではない。真っ当な速度だ。だが、コーナーに入る瞬間に三番手のアグネスタキオンが加速してきた。まるで彼女の存在が光速の粒子が如く、その周囲が遅く見える。

 そのまま彼女は1位と2位のウマ娘を追い抜くと、最終直線に入る前に先頭に立った。

 タキオンの脚色は余裕だというのに、1着と2着にもはや脚色は残っていない。

 ――あとはゴールするだけ。

 つまらないまでに淡白で、圧倒的な実力。

 ほとんどの走者達がそう感じていた。アグネスタキオン本人とて例外ではないはずだ。

 

 観客となっている者達からどよめきがあがった。何事か起きている。

 最内でハナを取っていた芦毛のウマ娘はコーナーを曲がり切り、外に位置するタキオンを視界に入れようとして、驚いた。

 ――何故“あなた”がここにいる?!

 

 芦毛の黒い瞳の先に、アグネスタキオンの斜め後ろにアグネスデジタルが居た。

 

 走者、観客どちらとも彼女に注目などしていなかった。どうして彼女がその場にいるのか?

 わからない。わからないけれど、ただ言える事は、アグネスデジタルは大外を選んだという事だ。

 

『観客席に向かって走れッ!!!』

 

 アグネスデジタルの頭の中に、トレーナーの声が響き渡った。

 彼からそんな作戦は受けていないはずだ。だけど、そう言われた気がした。

 ――観客席……大外……!!

 頭の中に大声で叫ばれる指示へ従うと、デジタルの身体が羽のように軽くなって、周囲の景色がスローモーションで動いているような錯覚に陥った。

 いや、実際に大外に抜けた瞬間、脚が軽くなったのだ。まるで足首まで沈んでいた泥から抜け出した時のように。

 ――誰にも踏み荒らされていない、最終直線で一番マシな走行路!!!

 

【アグネスデジタル:差し直線◎】

【アグネスデジタル:中距離直線○】

 

 デジタルの頭の中で、何かが弾けた。それは自分自身が“芝2000mでも走れる”という確信。

 今までにない程、世界がクリアに見える。全てがスローモーション。

 雨の降りしきるターフも、目の前のウマ娘も、芝の匂いも、風の感触も、何もかも鮮明だ。

 

 ――タキオンさん……タキオンさん……タキオンさんっ……タキオンさんっっ!!!

 

 本来は交わる事のなかった粒子(タキオン)計数(デジタル)

 それが今、同じ舞台で走っている。今まさに手が届く位置にある。

 アグネスデジタルの脳裏には、過去の記憶が走馬灯のように流れていた。

 

 アグネスタキオンが骨折した悲劇の日。絶望していた彼女を慰めながら介護してきた三ヶ月。

 それが今、消える。無かった事に出来る!! 書き換えられるんだ!!

 アグネスタキオンを、救える!!! 悲劇から救い出せるんだ!!

 

 最終直線でアグネスタキオンに追随する走者達を追い抜く度に、デジタルの胸は高鳴っていた。

 ――タキオンさん!! 私は、私が尊きあなたをお救います!!

 

【アグネスデジタル:尊み☆ラストスパー(゚∀゚)ート!】Lv3

 

 タキオンは追いつかれまいと先行を征く。まるで自分の計画が上塗りされていくかのような焦燥を感じていた。

 ――負ける? 芝2000mで? 私が?

 まだタキオンは自分が負ける事を受け入れられない。

 だって、そんな事はあってはならない。敗北する事は許されない。

 何故ならタキオンは将来の三冠を確実視されたウマ娘だ。相手がクラシックとはいえ今負ければ、それが揺らぐ。

 だから、勝つ。勝たなければ。勝たなければ。

 

 そして、最終直線。アグネスを冠名に持つ二人がそこに並び立った。

 

 

 

2:05.7

 

 

 

3.24.15:52

 

「――消えないよ」

 パラドックスで自己の消滅に怯えるタキオンに対して、ハルウララが言った。

 もちろん、論理的な思考をもってして答えを導き出したわけではない。

 ただ、彼女は思ったままを口にする。

「ぱらどっくす? っていうのはよく分からないけど、どっちも同じタキオンちゃんだよね?」

 タキオンが初めてハルウララの方に向き直った。そうして彼女の言葉に耳を傾ける。ハルウララは言葉を紡いだ。

「……それがどれだけ枝分かれしようと、根っこは一つだと思うの」

 ハルウララは哲学的な思考からではなく、自分の感覚で語った。

 声色には悲しみも、幸せも、怒りも、喜びも、ありとあらゆる気持ちが全部入り混じったような感情が込められていた。

 タキオンの多元宇宙論に基づけば、色々な世界に色々な同一人物がいる。

 

 フェブラリーステークスを勝ったハルウララ。有馬記念二連覇を達成した物凄く強いハルウララ。

 100回以上走って一度も勝てなかったハルウララ。有マ記念に出走して勝てなかったハルウララ。

 そして、G1《JBCスプリント》を最終目標に目指すハルウララ。

 全てが全てハッピーエンドというわけではないだろうし、目を逸したくなる事実もあるかもしれない。

 

「……それでも全部、(ウララ)だよ。頑張った証は、決してそんな事で消えたりなんかはしないって信じてる」

 実に空想的で抽象的な話だった。まるで『ウマソウル』という存在不確かな概念を信じているように。

 だがその言葉は不思議とタキオンの胸に響いた。

 理論でもなく、データでもなく、ただ信じるという一点において。

「タキオンちゃんもおんなじ! 枝毛みたいなもんだよ! 一本は一本!」

 そう言って、ハルウララは微笑んだ。やはり難しい事はよく分かってない顔をしている。

 

「ウララちゃーん! ライブの準備整ったってっ! 一緒に踊ろー!!」

「のび太くん、キミは観客側だよ……?」

 

「あ、ドラちゃん達が呼んでる。タキオンちゃんも、一緒に行こう!」

 ハルウララはアグネスタキオンに向けて手を差し出す。

「あぁ……分かったよ。私も、皆と一緒に踊らなければね」

 アグネスタキオンはけだるそうに座っていた椅子から立ち上がる。

 そして、しっかりと地面を踏みしめるようにして、自分の二本の足で歩き出した。

 

3.24.15:55....6....7..x.x.x

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