「ふぅん。面白い、キミの“願い”とやらの熱量は相当らしい」
模擬レースを終えて、アグネスタキオンはアグネスデジタルに対して強い興味を示した。
先程のレースでアグネスデジタルが見せた走り。それはタキオンにとって予想していなかった結果である。
「あ、あはは……ニ、ニシノさんとのトレーニングはやめて、私と一緒にお休みしていただけます……?」
「あぁ言い切った手前だからね。フラワーくんには悪いが、彼女には今度他の形で埋め合わせするとしよう……」
アグネスデジタルの提案に対し、タキオンはあっさりと了承する。
自主的なトレーニングをする事に前向きな彼女だったが、今回は素直に従うようだ。
どうやら、あの走りがタキオンの心に何かを響かせたらしい。
――タキオンさん……。
一方、アグネスデジタルは自分がタキオンに認められるのを嬉しく思う反面、ニシノフラワーには大変申し訳なく思った。
「何故そんな顔する」
タキオンが尋ねると、アグネスデジタルはワナワナと震えながら豪語した。
「だって! 愛するニシノさんとの時間を奪っちゃったも同然なんですよ!? 尊い関係性を持つお二人の大切な、貴重なお時間を、このあたしごときが――」
タキオンはその熱意に籠もった言葉に対して、驚いた顔をしてから、哀れむような目をしながらデジタルを見つめた。
「キミはー、なにかやはり勘違いをしているらしいー……」
「えぇ!? 恋愛感情じゃないってマジですか!! てっきり、ヘテロロマンティックだって!!!!」
「……シスターコンプレックスという表現が一番正しいんじゃないかなぁ。スカイくんやタイキくんもそれは同じだと思うし、私だって性自認は女だよ?」
デジタルは絶叫じみた声を上げているのに対し、タキオンは淡々と説明する。
「そりゃあ、スカイくんだって年下のフラワーくんに好かれたいとも思おうものさ。フラワーくんは可愛いからね」
タキオンの言葉に、デジタルの脳裏にニシノフラワーの笑顔が浮かぶ。
――あぁ、うん。ニシノさんが妹なら、他の“姉”に独り占めされたくはないかな……。
デジタルは納得したように何度か首を縦に振った。
同人界隈に浸るあまり、アグネスタキオンというウマ娘を少し見誤っていたようだ。
「……トレーニングが休みになったからって、自分の同人活動に付き合わせるのはいかがなものかと思う」
それを暗に言い含める形で、印刷所まで付き添い歩いているタキオンが小言を述べた。
「ご、ごもっとも……いえ、印刷所に寄るのはレストランで食事をするついでで……」
とはいえ、本当に印刷所の締切にギリギリなのだ。実家の伝でなんとか無理を言って、予約を取り付けてもらった。
だから、どんな状況になろうと絶対に今日中に入稿しなければならない。
(一体どんな本を描いたのだか……よもやフラワーくん題材で破廉恥な本なんて描いてないだろうね……)
先の話から軽蔑混じりな感情が込み上がって、タキオンは断りもなくデジタルの原稿をこっそりと捲り、パラパラと読み進める。
《超光速の粒子》
ホープフルステークスでレコードを出したウマ娘が、弥生賞や皐月賞へ向けて夢を駆けていく物語。
レース描写は実に緻密であり、アグネスデジタルの感情がどこに向いているのかハッキリと表現されている。
――これの主人公、明らかに……。
タキオンは、ニシノフラワーの卑しい本が描かれていない事に安堵すると共に、頬が熱くなる感覚がした。
――……いや、まさか……だけど、デジタルくんのフラワーくんに対する誤解……その約束よりも優先させようと旅行に誘ってきたし……そもそも今日の日にちが…………。
「タキオンさん。どうしたんですか?」
デジタルはタキオンの顔を覗き込むようにして、心配そうに声をかけた。
自分の顔が紅潮している事を悟られまいと、タキオンは仏頂面のまま口を開く。
「い、いや。なんでもないよ」
「そうですか? あ、えっちな本は描いてませんよ!!! いくらなんでも未成年の身分で、そんなもの描いたりしませんとも!!」
デジタルの予防線に対し、タキオンは目を丸くしながら小さく頷くように首を振る。
そして、どこか恥ずかしそうな表情を浮かべながら俯き加減で呟いた。
「べ、別にそういう意味で疑っていたわけではないよ。ただぁー……そのぉー……」
タキオンは言い淀みながら、何かを言いたげにデジタルの顔を見る。
「?」
その視線に気づいたデジタルは不思議そうにタキオンを見つめ返した。
タキオンは言いづらそうにしながらも、ゆっくりと言葉を選びつつ、話を切り出す。
「私の誤解なら非常に申し訳ないのだが……キミは私の事が、『好き』だったりするのかね……?」
「へ? あ、はい。好きですよ」
当然の事を聞かれたような声で返事をする。タキオンは驚愕の表情を浮かべた。
アグネスデジタルはタキオンの事が好きだった。ルームメイトとして、友人として、推しとして、尊きウマ娘ちゃんとして。
もちろん、タキオンがフラワーに対して恋愛感情は持ってはいないように、デジタルもタキオンに恋愛感情の類は抱いていないが、それでも彼女が好きである事に変わりはない。
「今からタキオンさんの好きなところを語れとおっしゃるなら、一晩中だって、ベッドの上でだって語り続けますが!!」
デジタルの真っ直ぐな眼差しに対して、タキオンの表情はいっそうぎこちなくなる。
「あー……いや……私は、そういう趣味は……やっぱり、トレーニングをしていたい気持ちがぁー……」
デジタルの言葉を、タキオンは両手を前にして拒絶する。彼女にしては珍しく、耳をピンと立て真っ赤になりながら。
「それはだめです!! (骨折する世界線に戻らない為にも)約束通りちゃんと休憩してください! なんだったら、あたしがいっその事今日から毎日マッサージを致します!! 任せてください、あたしはそういうのが大得意なんです! 皆に上手だって褒められるくらいなんですよ!」*1
デジタルの言葉を聞いて、タキオンは頬を真っ赤にして目尻に涙を浮かべていた。
仲良くしていたルームメイトが“そんな目”で自分の事を見つめていただなんて、ショックなのは当たり前だろう。しかも皆に“そんな事”をやっていると知ればなおさらだ。その上、自分の得意分野をふっかけた果たし合いの結果だから、強く断れない。
「ウララちゃんが一着になったんだ!! ライブも可愛かったなぁ」
「よかったねぇ、あれで引っ越しせずに来年もまた中央で走れるらしいよ」
デジタルとタキオンが痴話喧嘩をしていると、遠くの方で少年の声と特徴的な銅鑼声が聞こえてきた。
(あ、ドラえもんさん達だ。これは不用意なタイムパラドックスを避ける為にも早く印刷所へ行った方がよさそうですね)
そう思ったデジタルは真っ赤になっているタキオンの手を握って無理矢理引いていく。握った瞬間、タキオンが「ふひゃあぁ!?」と情けない声をあげた。くすぐったかったみたいだから後で謝っておこう。
「あーあー……最高のクリスマスプレゼントだったけど、実際のサンタさんの方ももっといいものくれればなぁ」
「今年は“楽しい算数”だっけ? 一年に教科一つずつはボクもちょっとどうかと思うよ……」
のび太達のそんなやり取りを聞いて、デジタルはタイムパラドックスが起きない範囲でのお礼を一つ頭の中に思い浮かべた。
「おいーっす、のび太少年とドラ公とやら」
ハルウララが一勝クラスレースに勝利した数日後、ホネカワメイオーが空き地で遊んでいるのび太達に接触してきた。
「あ、スネ吉さんが担当してるウマ娘さんだ」
「なぁに? ボク達に何か用? ひみつ道具なら貸さないよ!!」
「………こいつら小せぇクセに可愛くねーな」
メイオーは小さくため息をつく。とはいえ、喧嘩しにきたわけではないらしい。
「ほら、遅れたクリスマスプレゼントだ」
そう言って彼女はのび太に漫画を手渡した。表紙はツルツルと加工されていて、太陽にかざせば虹色に輝く。
「わぁ、漫画だ! ……メイオーが買ってくれたの?」
「あたしじゃねぇ――匿名からの贈り物だ。内容の面白さは保証しとくよ」
「見た事もない漫画だねぇ……なになに……《超光速の粒子》?」
不思議そうにしながら、のび太もドラえもんもパラパラとその漫画のページをめくっている。
二人とも、ページを進める内に鼻息を荒くしてその本に見入っていた。
「これは、クリスチーネ剛田にも負けないかも……」
「作者は一体誰なんだい? こんな絵柄、本屋でも見かけた事ないんだけど……」
ドラえもんとのび太が興奮気味にメイオーへ訊ねる。
彼女はただ一言、彼らにこう言うだけだった。
「トレセン学園で噂になってる“両刀使いの勇者サマ”」
その勇者とドラえもん達が再び接触するのは三ヶ月後の話。
クラシック外伝《ウマの勇者のやり直し》編の内容の評価について
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