大学進学と共に地元を離れていった彼氏。その彼氏が残した向日葵を悪態をつきながら育てていた女の子のある夏の日の出来事の短編。

理由があってお蔵入りさせていた短編ですが、もう時効だろうという自己判断で公開することにしました。

登場人物の名前はあまり意味はありません。思いつかなかったので流用。まぁスターシステムみたいなものだと思っていただければ。

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ムカつく向日葵とアイツ

 ギラギラと照りつけるお日様の下で、私はホースにつながった蛇口をひねった。途端にホースの口からはダバダバとだらしなく水が流れ出る。私はホースの口を押さえて水に勢いをつけたあと、それを花壇へと巻き始めた。その途端、私と向日葵の周囲に虹がかかった。

 

「……しかし暑いわ~」

 

 汗とともに悪態が吹き出す。髪を短くしておいてよかったと安堵しつつ、この暑さと向日葵に水をやらざるを得ない自分の不幸を呪いながら、私は勢いをつけて二股に分かれた水を向日葵に向けて勢いよくかけ続けた。

 

 

 彼が私への相談なく遠くの大学に進学して、そろそろ四ヶ月になる。勉強したいことがあるとかなんとか言っていた彼は、私と散々言い合いをした後、ためらうことなくこの街を出ていった。

 

 その日以来、私のスマホにしょっちゅう届く彼からのメッセージに、私は返事をしなくなった。

 

『今日は調子はどお?』

『そっちは雨ひどいらしいけど、大丈夫?』

『そろそろプールの時期だよね』

 

 あんなに喧嘩したくせに、そんな他愛ないメッセージを送ってくる。そんなアイツに対し、意地を張り続ける私が悪いのか……はたまた無神経にメッセージを送り続けるアイツが非常識なのかは、私はわからないけれど。

 

 それでも、アイツから頻繁に届くメッセージは、いちいち私の癪に障った。だから私は彼からメッセージが届くたび、一瞥した後、すぐにスマホの画面を切っていた。

 

 

 彼がこの街を離れる前日。私は家の花壇の前で、背中を丸めてごそごそ何かをしているアイツを見つけた。

 

「……なにやってんの」

「ぁあ、これ?」

 

 不機嫌マックスで話しかける私に対し、彼はいつもの笑顔を浮かべながら、自分の足元の地面をちょいちょいと指差した。そこには、小さなくぼみの中に向日葵の種が3粒ほど入っていた。

 

「向日葵の種を植えてる」

「ここは私の家だぞ」

「分かってる。だからこの向日葵の世話をキミにお願いしたくて」

「私に世話をやれってか」

「うん。僕の代わりだと思って」

 

 そう言って彼は私に微笑みかける。出ていくのも勝手なら、向日葵を植えるのも勝手……彼の身勝手さには、ほとほと参る。

 

 だいたい、出ていくのは自分の勝手なのに、『そんな僕の代わりにこの向日葵を置いていくよ』とはどういうことか。置いていく私を不憫と思うなら、もう少し私の話を聞いてくれても良かっただろうに。

 

「……いやだ」

「そう言わずに」

「絶対イヤだ。自分で面倒見ろ」

「無茶言わないで」

「何が無茶だ。私を平気で置いてくくせに」

 

 しばらく言い合いをしたあと、私は彼に背中を向けて自分の部屋に戻った。あんなハラタツ奴に、自分の泣き顔を見せたくなかったからだ。だから、彼がどんな顔で私の背中を見送っていたかはからない。困ったような苦笑いを浮かべていたような気がするけれど、その記憶ももうあやふやだ。

 

 その翌日、『じゃあ行ってきます』のメッセージを私に残して、彼はこの街を離れた。

 

 そうなってしまうと人間不思議なもので、私はあとに残された向日葵の世話を自然と行うようになった。小さい頃に使ったゾウさんじょうろで毎日欠かさず水をやり、芽が出れば『あいつも赤ちゃん時代はこんなに可愛らしかったのだろうか』と思いながら間引きを行った。

 

 そのうち、向日葵はぐんぐん大きくなった。背が高いアイツのように、ムカつくほどでかくなった。

 

 水をやるのがゾウさんじょうろでは間に合わず、いつの間にか蛇口につないだホースから直接水をぶっかけるようになった。水を浴びるたびに気持ちよさそうに揺れる向日葵が、まるで上機嫌で私に話しかけるあいつに見えて、水をやるたびにむかっ腹が立った。

 

 肥料をやれば、やった分だけ背が伸びた。それが、私が作ったご飯を美味しそうにたくさん食べてくれるアイツにそっくりで、肥料をやるたびに引っこ抜いてやろうかという気持ちになった。

 

 私の背丈を抜き、いつの間にかついた蕾が私を見下ろすようになった時は、まるでアイツに見下されている気がしてえらく腹立たしかった。向日葵になってさえ私よりデカくなるのかと、ずいぶんイライラとしたものだ。

 

 蕾はずいぶんと大きなもので、そのままでは折れてしまう心配があるらしい。だから支柱を花壇に突き刺して支えてやることにした時は、『私がいないとお前は折れてしまうのか』と、随分といい気味だったことを覚えている。

 

 やがて向日葵は蕾を開かせ、大きな花を咲かせた。目に眩しいオレンジ色の大きな花は、アイツの満面の笑顔を思い出させた。

 

「……クソっ」

 

 そんな見事な花が、妙に私の癪に障った。だから向日葵が視界に入るたび、私はホースで水責めにしてやった。だがそのたびに向日葵は気持ちよさそうに左右にわずかに揺れるだけで、別段堪えている素振りは見せてくれなかった。逆に私の目の前に虹を作って、まるで『気持ちいいからもっと水かけて』と私におねだりをしているようにも感じた。それがまた、私の癪に障った。

 

 そんなわけで、今日も私は炎天下の下、ホースで向日葵を水責めにしている。どれだけ向日葵に水をかけても、地面はすぐに乾いてしまう。それがこの暑さだからなのか、それともうちの花壇の水はけがいいからなのかは分からない。それでも、この向日葵にまったく効果がないのは分かる。気持ちよさそうに揺れながら、私に虹を見せているのが良い証拠だ。

 

「……ちくしょう」

 

 悪態が口をついて出る。気持ちよさそうにゆらゆら動きやがって……こんな風に私の機嫌を損ねるところもアイツそっくりなのか。なんだその満面の笑みは。私の水責めがそんなに気持ちいいのか。そらぁこの炎天下だから、水を浴びるのは気持ちいいだろうが……

 

 ちくしょう。水をやるだけでこんなにハラタツなら、芽の時に引っこ抜いてやればよかった。そしたら私もこんなにご機嫌斜めになることなんてなかったのに。

 

 それなのに、私は一体何をやっているんだ。アイツの言葉を守って、育っていく向日葵にいちいちアイツの姿を重ねて、向日葵のリアクションの一つ一つにいちいち腹を立てて……これではまるで、本当にアイツと一緒にいるみたいじゃないか。対象がアイツからアイツそっくりな向日葵に変わっただけで、私は振り回されっぱなしじゃないか。

 

 むかつくわー……結局、私はアイツのことが忘れられないのか。

 

 こいつに水をやるのはもうやめようか。世話するのも腹立たしい。結局、自分がアイツを忘れられないのを突きつけられてるみたいで腹立つし、アイツの言う通りに動いてる自分もなんだかムカつくし。

 

 そうやって、私が青筋を立てて汗だくになりながら、向日葵を水責めにしていたら……

 

「真琴!!」

 

 不意に私の背後から、私の名を呼ぶ声がした。

 

「!?」

 

 びっくりした私は、ホースを持ったまま振り返り、玄関の方を見る。

 

「ぶわッ!?」

 

 途端にホースの水が、そこにいる声の主を水浸しにした。ホースからの水はかなり大量だ。おかげで声の主は一瞬で全身がずぶ濡れになった。

 

「ちょ!? 真琴!!」

「……」

「水! 早く水止めて!!」

「……!?」

 

 彼の必死の呼びかけに、やっと私は我を取り戻した。慌てて蛇口を閉める。ホースからの水は次第に勢いがなくなり、やがてダバダバと音を立ててだらしなく出ていた水は止まった。周囲に水の匂いが漂い、地面の水はすぐにスッと乾いていった。

 

 びしょ濡れの彼は、困ったように胸元を開いて覗き込んだ。頭からはしずくがポタポタと垂れている。まるでプールから上がった直後のように、彼の髪はお日様に照らされ、キラキラと輝いていた。

 

「ひぇ~……びしょびしょだよ……」

「なんでだ……」

「色付きのシャツでよかっ……へ?」

「なんで千尋がいる……?」

 

 震える喉と、混乱する頭。必死に絞り出した言葉が、『なぜコイツがここにいるのか』という疑問。涙が溜まっていく目に映っているのは、周囲に虹が見える、びしょ濡れのアイツ。

 

「えっと……」

「……」

「そのー……」

「……」

「メッセージ、送ったよね?」

「……へ?」

 

 怪訝な顔をしたそいつに指摘され、私はやっと思い出した。一週間ほど前に『〇〇日に帰る』というメッセージが届いていた。『何を勝手なことを……』と思った私は、そのメッセージをよく見ずにスマホの画面を消してしまったから、日付まではよく分からなかったけれど。

 

「う……」

「う?」

「うるさいっ! 勝手に人の花壇に向日葵植えていなくなりやがって!!」

「ああ、世話してくれてありがと。おっきくなったねぇ~」

「うるさいうるさいっ! かと思えば勝手に帰ってきて!!」

「だからちゃんとメッセージ送ったでしょ?」

「うがー!!!」

 

 混乱と申し訳無さと照れを隠すために、大声で喚き散らすけど……彼は気にせず、以前と変わらない笑顔で、一歩一歩私に近づいてきた。

 

「いっつもいっつも、調子よくLINEでメッセージ送ってきて!!」

「だって、ちゃんと見てくれてたでしょ?」

「私は返事しなかったのに! ストーカーかッ!」

「だってブロックされてないし……」

 

 やっと今気付いた。彼は薄緑のシャツを着ている。そして顔は満面の笑顔。それが花壇で元気よく咲いている向日葵にそっくりで。そんなところもそっくりなのかと呆れ返る。

 

 彼が私のそばまで近づいてきた。顔の位置がひまわりの花の高さとほぼ同じだ。同じぐらいの高さから私を見下ろすコイツと向日葵……こいつら、双子なんじゃないかと疑ってしまうほどそっくりだ。ちくしょう。二人して私を笑顔で見下ろすんじゃないっ。

 

「それから、そ、それから……ッ!!」

 

 まだいい足りない彼への文句を、私が口走ろうとしたときだった。びしょ濡れの彼の右手が、私の頭にポンと置かれた。そしてその時私の耳に届いたのは、きっと私がずっと待ち続けていた、彼の声での、彼の言葉。

 

「真琴」

「かっ……髪、濡れるから……っ……さわ、るな……っ」

「ただいま」

 

 ちくしょう。ダメだ。ハラタツけど……ムカつくけど……私はきっと、この言葉と共にコイツがここに戻ってくるって信じて、歯ぎしりしながらコイツの向日葵を育てていたんだ……。

 

「ちっく……しょ……ッ」

「お?」

 

 びしょ濡れの彼にしがみつき、彼の腰に手を回した。私が水責めしたせいか、彼の身体はひんやりと冷たく、心地いい。

 

「真琴の服も濡れるよ?」

「うう、うるさいっ……! 冷たくて気持ちいいから、いいんだ……ッ!!」

「そっか」

 

 彼も、私の腰にびしょ濡れの両腕を回す。おかげで私の服が濡れる。むかつくけど、今だけは許してやろう。お日様が全力を振り絞ってカンカンに照りつける今日、彼の両手はひんやりと気持ちいいから。濡れた服の部分が、ひやっと心地良いから。

 

「……真琴」

「なんだよっ」

「寂しかったぁ~……ずっとこうしたいって思ってた」

「だったら勝手に出ていくなっ!」

「ごめん」

「ちくしょッ……」

「んー?」

「やっぱり向日葵よりも、本物の千尋がいい……」

「そっか」

「それがハラタツ」

「なんで!?」

 

 こいつの代わりの向日葵に見守られ、周囲に虹が見えている中、コイツとそんな会話を交わす。彼の一言一言がうれしいのがムカつく。自分はこんなにもコイツのことが好きだったのかと思うと、そんな自分が腹立たしい。

 

 ……思い出した。確かにコイツは、今日帰ると言っていた。ひんやりとつめたい彼の身体に包まれて、私はやっと、あのメッセージの詳細な日付を思い出していた。

 

 まぁ……それも今となっては、どうでもいいことだけど。そう思いつつ堪能していた冷やっと心地よかったはずの彼の感触は、この夏の炎天下にさらされて、次第に熱くなり始めていた。

 

「あっつ」

「そらぁ、夏だし」

「離れろ」

「真琴が離せば?」

「いやだ。千尋が離れろ」

「分かった離れる」

「いやだ」

「んじゃどうすりゃいいの……」

「冷えろ」

「んな無茶な……」

 

――今度の10日に帰るよー。大好きな真琴に会うのを楽しみにしてる!!

 

おわり


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