起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
ルジェさんは俺の荒唐無稽な説明を真剣に聞いてくれた。もっと不審に思われるのかと身構えていた俺は多少安堵した。
ところが最後に想定外の展開が待っていた。
「それじゃドーロちゃん、一回わたしと一緒に走って、ドーロちゃんの走りを見せてくれませんかあ?」
「は?」
「ドーロちゃんはドーロちゃんなんだから、記憶が無いと言っても走れますよねえ。走りを見せてくれたら多分わたしもっと理解ができると思うんです」
さすがウマ娘である。走ってみたら全ては解決するらしい。なんという脳筋。いや、ウマ娘みんながそうではないと思うのだが、今俺の真正面に腰掛けているこの美麗な薄青色髪をしたウマ娘はその見かけによらず結構な脳筋だったようだ。
とはいえ翻って自分のことである。俺は走れるのか? と考えると、はて? と首をかしげる心の中の自分がいた。
「あ、あの、走るって言っても私、走り方忘れてるかもしれませんよ?」
「ドーロちゃんの走り方はわたしも見て知ってますから。もし前みたいに走れるのならあなたはやっぱりドーロちゃんだなって、お互い納得いくと思うんです」
「いやそれは……そういうもの?」
「そういうものですよお」
「もし、走れなかったなら?」
「走れなくても良いんです。そのときはまた走れるようにトレーニングし直せば良いんです。わたしもそのときはお手伝いしますから」
なんだか丸め込まれている感がなきにしもあらずだが、ここは逆らっても仕方がないし、なにより同室のこの娘にきちんと理解してもらって今後の生活を助けてもらわなければならない。不安はかなりあるが、今走りを見せないという選択肢はなかった。だって俺の目の前でものすごく良い笑顔の圧が凄いことになってるし。
決めたが早いか着替えを進めるルジェさんに対し、俺は開け放した自分のクローゼットの前で佇んでいた。
「ドーロちゃん、どうしましたか?」
正直、どれをどう着たら良いのか分からなかった。
「いや、どれをどう着替えたら良いんだっけ……って」
「そこからなんですねえ」
彼女に俺のこの様子は想定外だったらしく軽く絶句された。とはいえ面倒見はすこぶる良い娘らしく、嫌な顔一つ見せずに手伝ってくれたので、ちゃっちゃと着替えは進んでジャージ姿の俺ができた。
「それじゃトラックに行きましょうか」
寮の昇降所でも着替えの時に見たようなやりとりがあって、俺とルジェさんはようやく練習場の端にたどり着く。
「広いですねー」
「あはは、昨日も来てましたよドーロちゃん」
「ごめんなさい。
そこら辺の記憶もなんかなくってですね」
さしもの彼女もそろそろこれはかなり異常な事態だと気がついてきたらしく、見せる表情に呆れと険しさが入り交じる。
「うーんなんか思ったより重症ですねえ。でも走れますよね?」
いやそこで止めるという選択肢はないのか。
あくまでも走ることは止めないらしい彼女とともに柔軟運動を進める。例によって彼女に教えてもらいながら、だ。こんな調子で俺はまともに走れるのだろうか。
俺のそんな内心には全くお構いなく物事は進んでいく。
今回はフォームチェックだけだからトラックの最外周を使うと伝えられた。そしてコースの外側をホームストレート中ほどへと並んで歩く。
先に走っている組の数人が、人間の足音とは思えない地響きを立てて二人の横を駆け抜ける。彼女たちが走っているのは芝コース、ここからだと40メートルは離れているはずなのだが。
地響きも凄いが、走っているウマ娘たちの息づかいもなんとなく感じられる。寮にいるうちからそんな感じはしていたけれど、ウマ耳の感度は人間のそれよりも段違いに良いようだ。
「わたしたちは外周のウッドチップの方に行きますね。ああ、そっちも誰か使ってますねえ……、タイムは取らないし端っこの方なら大丈夫でしょうか」
そう言って指さす方向に従って目を向けると、俺たちの進む先には芝の切れ目があった。切れ目の先に茶色いトラックが続いている。
「今入った組が前に抜けたらわたしたちの番ですよ。並んで走るからドーロちゃんは内側を、わたしは外側後方を走りながらフォームを見てますからね」
「わかりました。でもちゃんと走れるかどうかわかりませんよ?」
「だいじょうぶですよ。ドーロちゃんだもの。
……よし、トラック空きましたね」
前の組がスタートしてコーナーへと駆け込んでいく。それを見て俺たちはウッドチップと呼ばれたトラックに入る。
「それでは合図を出しますからドーロちゃん、軽く走り始めてみて下さい。後ろから付いていきますから」
彼女の出したスタートの声とともに、俺はジョギングぐらいのペースで走り始める。が、後ろに蹴る足が滑ってしまって思うように前へ進まない。
そんなに力を入れているつもりはないのだが、どういう訳か盛大に土(この場合は木の破片だが)を飛ばすばかりだ。
そしてすぐさま彼女からストップが掛かった。
「ドーロちゃん、その足運びじゃダメですよ。フォームが崩れててパワーが入りきっていませんし……」
だから走れないって言ったじゃないか、という声をゴクリ飲み込んで。俺は彼女に向き直る。
真剣に悩んでいる様子で腕を組み、俺の足元をじっと見つめる彼女。ふと気づいた様子で後ろを振り返る。彼女の向いた方に目線を飛ばすと、次の組が走る準備に入っていた。
「とりあえずトラックから出ましょうか。コースの外でちょっと練習です」
そう言われて俺は背中を押されるままコース横に出た。
コース外に出るや否や彼女は小走りに次の組の所へ駆けて行き、二言三言声を掛けたかと思えば置いてあったトンボ片手に戻ってきて俺が荒らしてしまったトラックを均していった。
お待たせしましたと声が響けば、ただ佇んでいた俺の目の前を二人組のウマ娘達が颯爽と駆け抜けていく。
戻ってきた彼女の面持ちは走り始める前とは違い、重い。
「……なんて表現したら良いんでしょう。ウマ娘の走り方じゃないというか……、ああそうです、ヒトの走り方に似てるんですね」
人間の走り方だと言われて、俺はぎょっとする。やはり見る人が見れば分かってしまうのか。
このままウマ娘として走ることができなければ俺は間違いなくこのトレセン学園から去らねばならないだろう。この身体の主には悪いが。
「走り方も忘れちゃったって事でしょうか。うーんどうしたら……」
彼女はそう言って考え込んでしまった。
次回はご褒美か罰ゲームか。
([20220719]接続詞などを変更しました。ストーリーに影響はありません)