起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
評価をまた入れていただきました。それから温かい感想も。いつもいつもありがとうございます。
「それでは僕がスターターをします。距離はこのダート1200メートル左回り一周で。無理はしない程度に全力出してもらっても結構ですから。
……それでは、……よーい……スタート!」
今日一番脚に力を込めて蹴り飛ぶ。ダンッ! と頭一つリズちゃんより前に出た。そのまま脚に任せて加速していく。最初の150メートルを抜けて第1コーナーにさしかかったところでリズちゃんが左内に来た。
黒い髪を靡かせた小柄な身体がするりと脇に入り込み、内ラチに寄りたい俺の進路を微妙に邪魔する。俺の方は夢で併走した記憶を頼りに、速度を維持して並んだままコーナーに突っ込んでいく。初めてのコーナリング。しかもこんな高速でというのは夢の中で経験しただけだ。果たして上手く行くのか、という疑念はあった。だがそれと同時にきっと上手く行くとも感じた。そして感じていた通り、俺の脚捌きは乱れのない円弧を砂に残して身体を前に運び続ける。
遠心力なのか砂を掴む足が外に滑る感覚はある。しかしそれもコントロールできていて、不安を感じることなくコーナーを進む。むしろ内側へ入り込んだリズちゃんの方が遠心力と折り合いを付けるのに苦労しているのか、やや苦しそうだ。
2コーナー出口が見えた。コース幅がなくオーバースピードは危険を伴うが、構わず徐々に脚を入れていく。外に膨らみながら加速していって、バックストレートに入る頃には再び俺がリードする。そのまま直線に入ってさらに加速。ついにリズちゃんが視界の端に消えた。感覚では夢で見せたラストスパートのまだ7割か、8割のパワー。足元が夢で走った短い草地ではなく砂で滑るというのもあって、3コーナーが待ち受ける中ではこのスピードが限界だろうか。そのスピードを維持するべくコーナーはやや大回りにターンする。
3コーナーで無理に切り込んでも脚に負担が掛かるだけ、それよりも4コーナー出口をいかにコンパクトにターンするかが最後に待ち受ける難関だった。最終直線外側には障害ハードルが設置されている。4コーナーで膨らむとそこへダイブすることになってしまうが、だからと言ってスピードを落とすこともできない。そこで内側を空けたまま4コーナーへ突入し、強くなった遠心力に逆らって徐々に内側へ入り込む。結構なスピードを維持したまま身体には相応以上の負荷が掛かっているのか息は苦しくなりつつある。コーナー出口が見えた。今のラインに沿えば障害にダイブする事はないと確信する。ここでもう一押し脚を入れ、直線に向いたところで再び黒い影が迫った。
残り100メートル、それまで視界にいなかった黒い影が外からぬっと現れてそのまま前に出た。気づいた瞬間にこちらも脚を入れる事ができて最小限の差を付けられるだけで済んだが、そこから追いつくことができない。加速は続けているが双方共伸びに欠け、残り50メートルをそのままの差で駆け抜けた。
徐々にスピードを落としつつ直線終わりまで進み、一旦止まってから先生のいる場所までゆるく走って戻る。息はそれなりに上がってはいるが、動けなくなるほどではない。隣を進むリズちゃんも多少息は荒いがまだまだ余裕の残る様子だった。
「ドーロちゃん、速くなったね。追いつくの大変だったよ」
リズちゃんが上気させた頬を向けて嬉しそうに言う。
「何か掴めたかなっていう感じはしています」
俺も自然と笑みを浮かべていた。
§
「タイムは1分16秒3でした。クビ差くらいですか。レース本番と見ては遅めですが、とても昨日走れなかったウマ娘のタイムじゃないですねこれは。むしろコースが狭くて思い切って走れなかったのではないですか?」
織田先生が二人にストップウォッチを見せながら問いかける。俺たち二人は顔を見合わせ頷き合った。
「そうですね。4コーナー出口外に障害ハードルがあったので。走る前に二人で話したんですけど、4コーナー出口は膨らまないように気をつけようと打合せはしていました」
「そうですか。ならもう少し上振れする見込みもありますね。リズさんはどうですか? ドーロさんの走り方で何か気になった点とかは?」
「2コーナーのコーナリング、とても綺麗でした。本当にドーロちゃんなのかなって。こんな事言うとドーロちゃんに失礼なんだけど……、今朝まではそこまでできてなかったから、それと比べてだけど……。そのまま直線で置いて行かれそうになったから、少し焦っちゃった」
少し困ったような笑顔を見せるリズちゃん。彼女から見ても俺の走りはかなり取り戻したように映っていたようだ。
そのあと近くのベンチに腰掛けて、織田先生直々に脚の触診を行った。多少の疲れはあるものの筋肉も関節の状態も良好、通常のアフターケアを行っておくように指示される。
「脚に問題はありませんね。走るのも大丈夫そうなので僕の方は今日これで終わりますが、授業は隣のダートコースでまだ続いているのでそちらへ合流して下さい。教官への詳しい報告は僕の方からしておくので、ドーロさんは簡単で良いですよ。それから記憶障害の方ですが、またお呼びだてすると思いますので、そのときはよろしく」
「わかりました」
地下道で先生と別れてリズちゃんと二人スロープを上がる。その先には狭いコース間通路にひしめくクラスメイトと教官の姿があった。
教官が俺たちに気づいた。
「ヴェントドーロ、リーゾアラチェート。織田先生の方は終わりましたか」
その場にいた生徒達から矢のような視線が集まる。みんな練習で真剣になっているせいで誰の目も気迫が違う。そのプレッシャーをいなしつつ教官に返事をした。
「はい。そのまま通常練習に復帰しても大丈夫と言われました」
「そうですか。……ではヴェントドーロは2班へ合流してちょうだい。リーゾアラチェートも自分の班へ復帰するように」
俺とリズちゃんとは別の班だった。別れる時、リズちゃんが名残惜しげに小さく手を振っていた。その時近くにいた一部の生徒からは溜息とも付かない声が聞こえたのだが……何かあったのだろうか?
授業の練習はダートコース左回り1600メートル。
班別担当の副教官が遅れて合流した俺のために、改めて今日のトレーニングの説明をしてくれた。それによると次のようだ。
班ごとの併走トレーニング、2班は俺を含めて6名。スタート後から2コーナー出口までは各自位置取りを意識しつつペース走行。バックストレートに入ったら全力加速して3コーナーまで維持、そのまま3コーナーに入り、スピードを維持しつつコースアウトしないように留意。400メートルのハロン棒、つまり第4コーナー入り口に到達したら減速し、直線に入ったところで襲歩を止めクールダウンしつつ、100メートルの補助ハロン棒脇からコース外へ退出する。タイム計測はなしという内容だった。
話を聞くうち再び視線の集まる感覚がして見回すと、少し離れたところに5人のウマ娘が集まってこちらを窺い見ていた。副教官に耳打ちして確かめると、彼女たちが2班のメンバーだそうだ。やや壁のあるようにも感じた彼女たちに対し思うところがあり、俺は近くに歩み寄った。
「あの、ご存じだとは思いますがヴェントドーロです。昨日からいろいろご迷惑とご心配を掛けてすみませんでした。……その、もう知っているかも知れませんが記憶喪失に掛かってしまったようで、クラスメイトのことも思い出せないんです。初めましてに近いのですけど、今後もよろしくお願いします」
頭を下げてお詫びがてらの挨拶。これから共に過ごし切磋する間柄だ。昨日あれだけの騒ぎを起こして何もなしでは彼女たちは納得できないだろうし、それは俺も同じだった。
「顔を上げてよトドちゃん」
一番近くにいた良く日に焼けた濃茶色髪の娘が声を掛けてきた。しかし……トドちゃん、とは?
「元気そうで良かったよ。昨日大コケしてからクラスの皆、結構心配してたからね。
それでさ、もう大丈夫なの? 体の方とか」
「は、はい。医務室の先生にはもう普通に走っても大丈夫ですと太鼓判を押されました」
そうしたら目の前の彼女がプッと吹き出した。何がおかしかったのか理解できずに首を傾げると
「ごめんごめん、太鼓判ってそんな古めの言い方久しぶりに聞いたから。今までのトドちゃんとのギャップが、ね。……そうかぁ、すこーし変わっちゃったかもね、トドちゃん。でもまぁ元気ならヨシっ! おいで、一緒に走るよ!」
そう言って彼女は俺の肩に腕を回して2班の輪の中に引き込んだ。……いや……それは良いんだけどトドちゃんって……なに?
次回、トドとは。