起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
ルジェさんが寮食の厨房に向かった後、やや間があってリズちゃんが訪れた。例によってノック即インなのはそろそろ治してもらった方が良いかもだが。
「ドーロちゃん。さっき食堂の方に向かってルジェさんが急いでたけど」
「今晩の食事はルジェさんお手製の一品が出るらしいですよ。調理に遅刻しそうだったので慌てていました」
「そうなんだ。
ルジェさんのお料理かぁ、こないだのミートボール、大きくってジューシーで美味しかったなぁ」
「あれはお勧めされただけのことはありましたね」
「今日は何が出るんだろうね?」
「何が出されるか聞いてないんですよ」
「楽しみだねー」
そんな他愛もないやりとりで始まる夕食前の一時。今日の授業は難しかったとか、お風呂は夕食の後ですよねとかそんな流れの話になって、とうとう選抜レースの話になった。
「……実は悩んでいるんですよね、選抜レース」
「そうなんだね。ちゃんと走れるのか、とかそんな感じ?」
「走る方はリズちゃんと併走して自信が付きました。だから自分の中では問題ないんですが……、距離をどれにしたら良いかとか、芝とダートどちらを選べば良いかとか……ですね。ところでリズちゃんはどの距離を走るんでしょう?」
「え、リズ? リズはね、2000メートルと2400メートルかな。もちろん芝の方ね。小学校の頃から長めが得意だからね」
「2400……選抜レースの最長距離ですね」
「うん。5班の4人はみんな同じ感じで希望を出すって言ってたね」
「5班は長距離得意な子が多いんですね」
「そうだね。リズもだけど、みんなトレセンに来る前からクラブで走ってた子ばかりだね。
……それでドーロちゃんは希望とか、あるの?」
「……うーん。希望と言いますか……教官の所へ相談しに行ったんですよ、自分では何が得意か分からなかったので。そうしたら2000と1600が良いのではないですかと教えてもらいました」
「そうなんだね。……うん、リズもそう思うよ。あとね、先行で走るのがドーロちゃんには合ってるような気がする」
「先行……レースを走る時の戦術ですね」
「そう。昨日一緒に走った感じだとゴール前でリズが追い抜いた後そのまま差し返されなかったから、末脚はそんなにないのかなって……。あの時はまだ本調子じゃなかった分を差し引いて、それからプリ子ちゃんたちと走ってた様子も足してね。そちらを見てると前目の差しでも良いのかもしれないけど、安全策なら先行かなぁって」
リズの見た感じだけだからあんまり参考にはならないかも知れないけどと彼女は言うけれど、自分の得意も何も分からない今の状況ではとてもありがたい助言だった。選抜レースは芝の2000と1600を先行で走る。大体固まってきたように思えたけれど、もう1人意見を聞いておきたい人がいる。
§
「ドーロちゃん起きてますかあ? 晩ご飯の用意ができましたよう」
『きゅいぃ~~』
ルジェさんが寮室に戻ってきて晩ご飯を告げられた途端、腹の虫が返事した。
「あらあら。もうお腹の虫さんが起きてましたかあ。もうすぐですからねえ♪」
『きゅいっ!』
「あら? リズちゃんが来ていたんですねえ。何をお話ししていたんですか?」
「選抜レースのことですね。来週の金曜日に走るんですよ」
「まあっ。いよいよ選抜レースなんですねえ。そうですかあ、6月ももう中旬になりますものねえ。
……わたしが走ってからもう1年経つんですねえ……時の流れは速いですねえ……」
「ルジェさんも今頃だったんですか。お話聞かせてもらっても?」
「そうですねえ……それは構いませんけど『ぎゅぃぎゅぃ』……まあ、お腹の虫さんがもう待ちきれないみたいですねえ。先に晩ご飯にしましょうかあ」
……腹の虫はもうすっかり仲良しメンバーの4人目になっているみたいにしか見えない。しかもルジェさんとリズちゃんからの扱いはどうかすると俺自身に対するよりも良いのかも?
それはそれで腹の主としては少々歯がゆい気持ちになった。
寮食に到着すると一目で分かる予約席が設えてあった。そしてまだ早めの時間帯で生徒も少ないのに、明らかにその場所からみんな距離を取っているのが分かる。でもよく見るとテーブルの様子が昨日とは違っていた。
「あの……ルジェさん? トレーが増えていませんか?」
例の二段重ねの特別トレー、なぜか今日はそれが2枚もテーブルの上に出されていたのだ。しかも両方に料理が積まれていた。
「昨日の様子を見ていてですねえ、二段でも料理が積み上がりすぎて少々危なっかしいと主任さんが2枚目を用意して下さったんですよ。
その代わり1枚のトレーに載せている料理の量は半分ぐらいになっていますから」
確かに料理の山自体は少しばかり低くなった気がする。とはいうものの全体の量が多いことには変わりがないので、料理の並ぶ裾野が広がっただけではあるが。
そして3人揃って着席。ごく自然に右側にはルジェさん、左側には素早く料理を取ってきたリズちゃんが並んだ。それぞれがお箸を取り、俺のトレーから一口分つまんで口元に差し出される。
「「はい、召し上がれ」」
何もそんなところでハモらなくてもとは思った。
今日のメインは柔らか大ぶりポークロースのスタミナ焼きとビッグスイートにんじんのグラッセグリル盛り合わせ。放たれる香りが食欲を大いに刺激するのか、実は先ほどから腹の虫が大暴れしていたりする。しかし視界に広がる料理の向こうでは寮生みんながこちらをじっと見ているせいで、左右から差し出されたおかずを前に次の一歩がどうしても踏めない。このまま差し出されたおかずを食べるのか、食べないのか。食べるにしても左右どちらからか。考えたところで良い結論なんて出ないことがわかりきっているこの問題を前に、独り凍り付く。
その瞬間を待ちわびる、寮生たちと俺の両サイドに陣取る2人。膠着状態は永遠に続くかと思われたが、実際のところは1分も保たずに俺が折れるしかなかった。この場を収めるための唯一の解、それを実行すれば俺の評価は
不退転の決意を持って迎えた2人の箸先。それはまだ口元には遠く届かない。俺は彼女たちの腕を左右両方の手でそれぞれ軽く掴んで口元に引き寄せる。
固唾を呑む音が聞こえそうなほど静まりかえった寮食の中で、俺は両方の箸を同時に咥えた。
その瞬間悲鳴にも似た歓声が寮食を大きく震わせる。
そして、そんな喧噪などお構いなしに腹の虫は豪食へと突入していった。
次回未定。