起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません   作:裏白いきつね

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底なし沼って怖いですよね。


お腹が空くと地獄

 ルジェさんに姫だっこされたまま学園の広い敷地を横断する。

 まだ構内を歩くウマ娘の姿は少ない時間帯だが、俺たちが駆け抜けたところから黄色い歓声が広がっていく。

 

 校舎を繋ぐ渡り廊下を横切り、石像の建っている噴水の前を回り込んで、スロープの先で自動ドアをくぐって運び込まれたのはトレセン学園が誇る医務室だった。校舎からは独立した立派な建物なので、診療所と言った方が良いのかもしれないが。

 

「おはようございます。

 すみませんケガ人ですう!」

 

 ドアをくぐるやルジェさんが大きな声でスタッフを呼んだ。おっとりした喋り口だから緊迫感はやや少ないけど、すぐさま医療スタッフとおぼしきウマ娘が二人現れる。

 

「ウッドチップコースで頭から転んで……」

 

 彼女が俺をだっこしたまま説明を始めると、3人目のスタッフがベッドを引いて出てきた。

 流れるようにそれに乗せられて、看護師が慌ただしく動き回る中ルジェさんの顔が覗き込む。

 

「ドーロちゃん、あとは看護師さんの言うことちゃんと聞いておとなしくね? 担任の先生には伝えておきますから。

 それから、お昼になったら様子を見に来ます。しばらく一人になるけど大丈夫ですよ」

「え、あ、うん。ルジェさん、ご迷惑を掛けます」

「いいんですよ。それより自分の心配、して下さいね」

 

 一声掛けるとルジェさんはすっといなくなる。俺はベッドの上で仰向けに横たわったまま、看護師さんに連れられて検査コースを巡回していった。血液検査に始まって、CT撮影、その他諸々。そして最後は病室に運び込まれた。

 

「検査の結果が出るまで、ここで休んでいて下さいね。なにかあったら枕元のボタンを押して看護師を呼んで下さい」

「はい、わかりました」

 

 と、返事をしたとたん

 

『ぎゅるるるる』

 

 盛大に腹の虫が唸りを上げた。

 

「あらあら、お腹が空きましたね。朝練の後そのまま来てるから、朝食、まだですものね」

 

 ウマ娘の看護師さんが訳知り顔の微笑みを見せつつ、慣れた口調で続ける。

 

「でもごめんなさいね、ちょっとまだ食べてもらうわけにはいかないんですよ。先生のOKが出ないことには。

 だからきついと思うけれど、もう少し辛抱して下さいね」

 

 そんな顔でやんわりと言われてしまってはガマンするしかない。とはいうものの今まで感じたことのないレベルで猛烈な空腹感が襲いかかる。

 あまりの空腹感と慣れない朝練の疲れと先程来の検査から来る疲れにプラスして、今朝早過ぎる時間に目が覚めた代償が今頃になってまとめてのしかかってきて、すでに俺の意識は朦朧としつつあった。

 

「うぅぅ……『ぎゅるるるるるる』」

 

 力の籠もらないうめき声と凶悪な腹の虫の鳴き声が、他に人のいない病室いっぱいに響き渡る。疲れ果てた身体と精神、そしてこの寝心地の良いベッドが眠りへと誘おうとするが、空腹感と腹の虫がそれを絶対許そうとはしない。

 起きていることも眠ることも難しいまま、いつまでこんな責め苦が続くのかと気弱になっていると、扉の向こうから良い匂いが漂ってきた。

 

「ヴェントドーロさんお待たせしました、先生のOKが出ましたから朝ご飯ですよ」

 

 扉が開くと同時に先ほどの看護師さんの明るい声。そして朝ご飯の匂いが病室いっぱいに広がる。その匂いと同時、口の中いっぱいに唾液が充ち満ちた。

 看護師さんが持ってきた朝食は、記憶にある病院食のトレーよりも2倍はある大きなトレーにご飯とおかずが山と積まれていた。どう見ても普通の成人男子が食べる3倍か4倍くらいは量がある。それをウマ娘看護師さんは軽々と持って入ってきたが、ベッドテーブルにドスンと音を立てて置かれた様子から、その量が現実であることを改めて感じた。

 そして俺は看護師に勧められるよりも早く、本能の赴くままうずたかく盛られた丼飯に齧り付いていた。

 

「あらあらよだれが。がっついてますねー、大丈夫ですよご飯は逃げませんからねー。

 えーと食べながらで良いので聞いて下さいね。とりあえず検査からは重大なケガの恐れはなかったそうです。でも転んだということなので念のため、午前中は経過観察になりました。あとで先生から詳しく説明があります。それから、お食事が終わったらナースコールして下さいね。食器はこちらで下げますからね」

 

 俺はその話を聞いてただ頷くのみで、それよりも腹の虫を治めるために必死になっていた。自分でも不思議なくらいだが、とにかく今はご飯のことにしか気が向かない。そしてとても人間の食べる量じゃないと思っていた朝食が、みるみるうちに俺の胃袋に消えていく。食べても食べても満腹感は訪れず、それこそ飲み物のように食べ物が喉を落ちる。

 気がつけばトレーの上には食器だけが残り、そして食べた量に見合うだけの満腹感が得られたかというと……

 

「あ、あれっ? これで腹八分目……くらい? いや、まだそこまで行ってないとか、もしかして?」

 

 俺は、焦った。ウマ娘ってみんなこれだけ毎食食べてるのか?

 だとしたら食費だけでとんでもないことになる。果たして生きていけるのか、それすら心配になるレベルで。そして今や俺自身がそのウマ娘だ。学園の食事も無料って訳じゃないだろうし、ヴェントドーロの経済状態がどんなのだったか急に心配になって落ち着かない。

 落ち着かないままだがやることもない。お腹がある程度満たされたせいか今度は眠気が襲ってきた。ベッドに身を預けて眠る体勢を整えると一気に眠気が襲ってくる。食器を片付けて貰おうと最後に残った力でナースコールを押したまま、俺はとうとう力尽きた。




次回、腹を括れ。
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