起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
この勢いが保てると良いのですが。
織田先生のことを思い出してパッと一瞬だけ明るくなったルジェさんが一転、今度はやや話し辛そうに話を続けてくれる。
「わたしのトレーナーさんはチーム<カペラ>のサブトレーナーなんですけれど、わたしの前にもう一人担当ウマ娘がいらっしゃるんですね。その方は一昨年からトレーナーさんと一緒に走っていて、わたしは去年そこに加わることになったんです……」
ルジェさんが醸し出す重い雰囲気に俺とリズちゃんは呑まれそうになりながらも、なんとか持ちこたえて次の言葉を待った。
「先輩はジュニアG1でも好走していて、クラシック級でも活躍するだろうと目されていた方でした。事実わたしがチームに加わった去年の6月までに、皐月賞で1勝を挙げていたほどですから最有望株だったのは間違いないんです。けれど……。
……あれは菊花賞でした。皐月の1冠を持って臨んだ菊花賞で、先輩は2周目の3コーナー出口で故障してしまったんです……。幸い、取り返しが付かなくなるほどの大ケガではありませんでしたが」
重い雰囲気には訳がやはりあった。
ウマ娘に故障はつきもの。この数日の間にそんな話を俺に関わった人から幾度も聞かされて、やや食傷気味になっていた。だが実体験の話となるととりわけ重みが違う。
それは隣にいるリズちゃんも感じているようで、真剣に耳を傾けている。
「……それでですね、先輩の治療とトレーニングの助言に
わたしのトレーナーさんと織田先生の関係はそこで始まって、以来先輩のケガが完治した5月頭まで続きました」
完治したと聞いて場の雰囲気がやや軽くなった。でもそれからどうなったのか。
「あっ、なんだか重いお話になってしまいましたかあ? 大丈夫ですよ、その先輩は先週の安田記念が復帰戦で4着に入りましたからあ」
それまでの重い雰囲気から一転して嬉しいお話に。ルジェさんの話しぶりにすっかり振り回された俺とリズちゃんは、ここで笑って良いものか判断を付けかねたまま顔を見合わせるしかなかった。
当のルジェさんは破顔一笑。ひとり嬉しさを晴天の太陽みたいに部屋一面にまき散らしているのだが。
「とまあ、織田先生との関わりについてはこんなお話なんですよ。そうですかあ、ドーロちゃんも先生のお世話になってるんですねえ……。
っと、そうですよ。織田先生が関わっているのなら、わたしのトレーナーさんにもドーロちゃんのことを相談してみましょう」
「うぇ? あ? は?」
「だから、ドーロちゃんの事をうちのトレーナーさんにもお願いしてみますって言ったんですよう」
ルジェさんがいつものようにニコニコ顔で押し通してくる。
いやいや、確かに織田先生とルジェさんのトレーナーは話の上では繋がったけど、
話の渦中にいる俺ですらこの展開にはついて行けていない。リズちゃんに至っては俺とルジェさんを交互に見るのをさっきから機械的に繰り返すのみだ。
「今日はもう遅いですから、連絡するのは明日にしますね。トレーナーさんはきっと大丈夫です」
「あ、あの、ルジェさん。申し出はありがたいですけど……その、選抜レース前のウマ娘がトレーナーと接触しても良いものなんでしょうか?」
「問題ありませんよ?」
「あ、ないんですか」
それは意外だった。わざわざ選抜レースなんて開催するものだから、普段からトレーナーと未選抜ウマ娘の接触は禁止されているものと思っていたのだが。
「実際にわたしのトレーナーさんから聞いた話ですから間違いはないと思いますけど、トレーナーさん方はわたしたちウマ娘が学園に入学した日から有力
「それじゃ偶然を装ってトレーナーさんに接触したりとか、それか逆にトレーナーさんから接触してきたりとか?」
「そこまで必死な人はもちろん少ないでしょうけれど……、ないとは言えませんよねえ。でもトレーナーさんも実績が欲しいですから、有能なところをウマ娘の方から示さないと契約までは進まないんじゃないでしょうか」
結局は実力次第。やはりここはトレセン学園、実力の勝るウマ娘だけが上に昇れる場所なのだ。
その夜はそこで消灯時間を迎え、リズちゃんは名残惜しそうに自分の部屋に戻っていった。
そして俺とルジェさんもベッドに潜り込み、どちらからともなくおやすみなさいと声を交わした。明かりを消すと夢路を辿るまではあっという間だった。
§
翌朝、窓ガラスに雨の当たる音で目覚めた。カーテンの裾をそっと捲って外の様子を確かめると、ザアザアと音を立てて外の歩道に雨粒が打ち付けられているのが見える。
今日は土曜日で学園の授業はなし、自主トレもこの激しい雨ではお休みだ。程なくしてルジェさんも目を覚ましてきた。
「ルジェさん、おはようございます」
「おふぁよふございますう……、……うぅ~ん……、すごい雨音ですねえ……」
「音で起きてしまいましたか」
「ですねえ。この様子だと今日のチーム練習は室内だけでしょうかねえ……。
わ、トレーナーさん早起き過ぎです。もう今日のリスケLANEが届いてます」
伸びをした勢いで窓辺の棚に置いてあったスマホを手に取るや否や、すぐにルジェさんの驚いた声が聞こえた。
「トレーナーさん、お仕事熱心なのは良いのですけど、夜寝てないんじゃないかって時々心配になるんですよねえ」
「そんなに忙しそうなんですか?」
「バタバタ走り回っているわけではないのですけど、トレーニングを見ている間はもちろん私や先輩に付きっきりですし、チームで割り振られたお仕事もありますし。
その上わたしたちのトレーニングが終わった後もチームハウスで色々と作業をしていて。……一度消灯時間直前にこっそり見に行ってみたことがあるんですけど、明らかに消灯時間後にまで何かやってらっしゃるんですよね」
「それは……、確かに少し心配になりますね」
「でしょう? だから一度お願いしたこともあるんですよ、先輩と一緒に。きちんと休んで下さい、でないとわたしたちが逆に心配になってしまいますって。そうしたら、『心配を掛けてしまってすまない。でも、君たちの見ていないところでちゃんと休んでいるから大丈夫だ』って言うんですけど……」
「どう見ても休んでいないと?」
「そうとしか思えないんですよねえ……。時々汗のニオイが気になることもありますし……。ウマ娘って鼻が良いから分かっちゃうんですよねえ」
人の汗の臭いは確かに気にはなるけれど、担当ウマ娘にそれを逐一チェックされてしまうトレーナーという職業はなかなか大変だなと感じた。
そんな事を考えているうちにルジェさんは俺のことをLANEでそのトレーナーさんに伝えたらしく、ニコニコ顔だ。
「面会の件、オーケーだそうですよ。朝ご飯の後、私と一緒にチームハウスに来て欲しいそうです」
次回、まだ足りない。