起きたら金髪ケモ耳美少女だったんだが自分の記憶がとんとありません 作:裏白いきつね
感想いただきました、ありがとうございます。心の糧ですねえ。
今回も腹の虫が暴走気味……。
「一旦寮に戻って汗を流して着替えてから、学園のカフェテリアに行きましょうね」
ルジェさんの提案に残る2人も同意して、3人連れ立ってすっかり晴れ上がった空の下を歩く。6月の太陽はほぼ真上。その光線に熱せられて湿気をたっぷり含んだ空気が水たまりの残る地面からむわっと立ち上る。不快指数がすごくて思わず声が出る。
「なんだかすごく蒸し暑いですね……1歩足を出すたびに体に重りが乗るような」
ルジェさんリズちゃん共々それには同意してくれる。
「この季節は仕方がありませんよねえ。夏のレースではむしろ雨が降ってくれた方が楽までありますし。
ヒトは濡れるのを嫌う傾向にありますけど、ウマ娘……少なくとも競走ウマ娘は濡れるのが案外平気というか、走ると暑くなるので雨の方が涼しくてかえって調子が上がるというか」
「そうなんですね」
「バ場は晴れた方が走りやすいけど、リズも暑いのは苦手かな」
2人とも同じ意見で一致する。体温が高いせいもあってウマ娘は暑いのが苦手だが、寒い分には平気という話になった。
「レースでG1に出ると勝負服を着るわけなんですけど、結構際どいデザインで肌の露出が多めだからよく聞かれるんですよね。『寒くないですか』って。でも全然平気で」
「勝負服は分からないけど、リズは雪の降る中でも半袖ハーフパンツで走ってたなぁ」
「それ、寒い寒くないの前に肌がしもやけになったりしませんか」
「うん、だから冬場は肘とか踵とかほっぺとか、あちこち真っ赤にしてたね」
手とか顔とか真っ赤で痛々しいけど元気いっぱいのちびリズちゃん……想像するとこれまたかわいい気配しかしない。いやそんなことよりも、問題は今この熔けそうなほどの熱気で。
一度噤んでしまった口は3人とも再び開くことはなく、そこからは無言のまま寮まで歩いて行った。
§
昼間は寮の大浴場がまだ使えないので、この時間帯に汗を流すには寮室備え付けのシャワーブースを使うのだとか。そんなわけでルジェさんはさっそくシャワーに籠もって水音を響かせ始めた。俺とリズちゃんはその間寮室で待機する。
「そういえばさっきリズちゃんは、小さい頃冬でも半袖で走り回ってたって話してましたよね」
「そうだよ。リズはね、小学校に上がる前からクラブに入ってたの」
プリ子が前に言っていた、リズちゃんはクラブに入って走っていたと。それが小学校より前からだったのは初めて聞いた話だ。
「家は埼玉なんだよ。すぐ近くに大きな川があって、堤防の下がウマ娘専用レーンだったからいつも走ってたの。
レーンはどこまでも続いてたから、隣の隣の町まで走っちゃったことがあってね。おうちに帰ったらもう日が沈んで真っ暗で、ママに叱られちゃった」
えへへ、とばつの悪そうな表情を見せるリズちゃんだったが、それは取りも直さず小学生のうちから何十キロも走れていたという話な訳で。スピードはともかくとして、その破格なスタミナがあれば長めの距離が得意なのも頷ける。対する俺の方は小さい頃のことや実家の事など、まだなにひとつ思い出すことはできないままでいる。
リズちゃんの昔話を意外なタイミングで聞けて感心していると、石けんの香りを靡かせてシャワーブースからルジェさんが出てきた。
「ふう、さっぱりしましたあ。ドーロちゃん、すみませんけれどしっぽを乾かすの手伝ってもらってもいいですかあ?」
二つ返事でチェストからドライヤーを取り出し、構える。
ルジェさんにはデスクチェアーに反対向きに座ってもらって、まだ湿り気の残るしっぽをこちらに垂らしてもらう。反対側ではベッドに腰掛けたリズちゃんと向かい合ってなにやらおしゃべりが始まった。
渡されたしっぽオイルをしっかり馴染ませてからドライヤーで乾かしていく。
丁寧に乾かすこと10分あまり。あらかた乾いたところでブラシを取り出し軽く梳いていく。梳いた先から艶々でまとまりのあるしっぽの毛並みが表れて、きらきらと銀色に輝くルジェさんの美しいしっぽが復活していく。
「できましたよ」
声をかけた途端、銀色のしっぽがスルッと抵抗感なく俺の手から離れて巻き取られていく。振り向き気味にしっぽを確認するルジェさんの表情は満足げだ。
「ありがとうございましたあ。もう手慣れたものですねえ」
「そうですか? まだまだおそるおそる梳いているんですけど」
「すごくお上手でしたあ。今度から全部ドーロちゃんに仕上げて欲しいぐらいですねえ」
予想外に褒めちぎられてしまって恐縮してしまう。続いてリズちゃんも仕上げ希望に名乗りを上げてきたので、次のお風呂タイムからはなかなか大変なことになりそうだ。
そうこうするうちにルジェさんも制服に着替え終わって学園カフェテリアに向けて再出発となった。時計の針は午後1時を迎えていた。
「お昼から結構時間経っちゃったけど、お腹の虫さんは静かに待ってたね」
リズちゃんが冷静なツッコミを見せた。言われてみればこの1時間ほどは腹の虫が一声も上げていなかった。ところが。
「ドーロちゃんのお腹の虫さんは賢いですねえ」
『きゅぃきゅぃ!』
「うえぇ? ルジェさんには返事!?」
思わず声を張り上げてしまった。これはまずいかなと思いリズちゃんの方に目配せすると、少し悲しそうな表情が垣間見える。
そうでなくても最近の腹の虫はルジェさんに懐いてきているように感じられる。晩ご飯でルジェさんの手料理を2回も食べているせいなのか、他に理由があるのかは分からないが。
今の状況で俺が取り繕ってもリズちゃんが機嫌を直すかどうかは疑問が残る。なんとか腹の虫自身がフォローしてくれないかと気を揉んでいると、動きがあった。
『ぎゅいぎゅいぎゅ、ぎゅるりるきゅっきゅ』
「え? リズにも褒めて欲しいの?」
「うぇ!? リズちゃんと会話してる!? ていうか腹の虫が何言ってるか分かるんですか?」
「うーん? なんとなく伝わってきた、感じ?」
「うぇぇ……私には分かりませんよ……どういう事ですかそれ」
こうなるともはや完全に俺とは別個の生き物としか思えなくなってくる。一体全体俺の腹の中はどうなってしまっているのだろう。
次回、カフェテリアの真ん中で叫ぶ。